安倍晋三とプーチンは2016年5月6日、ソチでの日露首脳会談で北方領土交渉の停滞を打破し、突破口を開くために双方に受入れ可能な解決策の作成に向け、今までの発想に囚われない「新しい発想のアプローチ」で交渉を精力的に進めていくとの認識を両首脳で共有した。
そしてその年の暮れ、2016年12月15日に安倍晋三とプーチンは安倍晋三の故郷山口で首脳会談、翌日12月16日も東京で会談、「新しい発想のアプローチ」に基づいて北方四島で共同経済活動のための双方の法的立場を害さない「特別な制度」を構築、共同経済活動によって北方四島の経済発展と島民の生活向上への貢献を通して平和条約締結という共通の目標へと前進させていくことで合意した。
だが、この首脳会談から8カ月経過していながら、“双方の法的立場を害さない「特別な制度」”を構築し得ないでいる。ロシア側がロシアの法律に矛盾しないことという条件を突きつけているからだ。
つまり北方四島でのロシアの主権を譲らないでいる。対して日本側は北方四島の領有権の帰属を解決してロシアとの間で平和条約を締結するという方針を掲げている以上、“双方の法的立場を害さない「特別な制度」”は領有権の日本側への帰属にスライドさせる前段階と位置づけていることになる。
「特別な制度」のところで停滞していながら、日本の企業団が北方四島を訪れて、経済開発や企業活動の話だけが進んでいる。いわば“双方の法的立場を害さない「特別な制度」”は置き去りにされた形を取っている。ロシア側、あるいはプーチンにとっては好都合な状況となっているということなのだろう。
相手にとって好都合と言うことは安倍晋三、日本側にとって不都合と言うことになるが、安倍晋三は“双方の法的立場を害さない「特別な制度」”の構築が置き去りにされたとしても、プーチンと十何回も首脳会談を行って築いてきた信頼関係をウリにしている手前、共同経済活動を投げ出す訳にはいかない。
投げ出してしまったなら、全てをフイにするだけではなく、安倍晋三自身の外交無能力が問われることになって、批判に曝されることになるだろう。
プーチンは共同経済活動を前に進める以外手がない安倍晋三の足許を見て、ロシアの主権に基づいた共同経済活動を譲らないでいるのだろう。
いわば北方四島を返還する気はサラサラない。だから、北方四島でミサイル配備等の軍備増強を図り、軍事演習まで行い、軍事拠点化を進めている。ロシア国民に土地を条件付きで無償提供して北方四島の住民を増やしている。
なぜプーチンが北方四島を返還する気がないかは北方四島が米国の軍事的脅威に対抗する重要な軍事拠点と見做しているからであり、プーチン自身が2017年6月1日にサンクトペテルブルクで各国の通信社代表らと会見を行い、そのことを自ら明らかにしている。
そして2017年6月15日、プーチンは国民からの質問に直接答えるテレビ番組に出演したあと、記者団の北方領土での日本との共同経済活動について質問されて、「問題を複雑にしているのは、この地域で、日本が同盟国に負っている義務など安全保障上の課題だ。詳細かつ入念な検討作業が必要で、最終的な決定は、この作業の行方次第だ」(NHK NEWS WEB)と答えている。
これはロシアが日本に北方領土を返還した場合にアメリカ軍が日米安全保障条約に則って北方四島に駐留する可能性への指摘ではないはずだ。なぜなら、断るまでもなくプーチンは返還する気はないからだ。「第2次世界大戦の結果、ロシアの領土となった」というロシア領有権の正当性を持ち出すこともないだろう。
あくまでも懸念を示すことで、返還しない口実に利用しているだけだろう。
もし返還した場合、米国の軍事的脅威に対抗する重要な軍事拠点としての北方四島を手放すことになる。そうすることは2014年にウクライナの主権と領土の一体性を侵害してクリミアをロシア領土に併合した際、それまで良好な関係を築いてきたアメリカとの関係が併合に対する対ロ金融・経済制裁によって決定的に悪化したことの教訓を無意味化することになる。
常に利害が一致するとは限らない。双方共に譲ることができない利害が衝突した場合、それが軍事的衝突となって現れない保証はない。最悪、それが戦争に発展しない保証もない。
これがクリミア併合後の米ロ関係の教訓であったはずだ。そのような最悪に備えて常に軍事的に対抗できる力を蓄えなければならない。軍事的な力は軍事的拠点に左右される。
北方四島は太平洋側からの軍事攻撃に対する格好の軍事的拠点足り得る。
と言うことなら、日本が日米安全保障条約を破棄、日ロ軍事同盟を結んで、返還を受けた場合の北方四島での太平洋側の米軍事攻撃に対する防波堤の務めを日本自身が担うことにすれば、ロシア自身が防波堤の役目を負うよりも好都合であるはずし、ロシアにとって、日ロ軍事同盟締結は四島返還の最高のプレゼントになるはずだ。
これくらいの思い切ったことをしなければ、北方四島は返還されることはないだろう。