安倍氏の言う「居丈高な外交」の理由は事実か

2006-06-15 06:38:07 | Weblog

 安倍官房長官が「3日午前、TBSなどのテレビ番組で、小泉首相の靖国神社参拝をめぐって首脳会談に応じない中国の姿勢に触れ、『いかにも居丈高な外交だ。問題を解決しなければ会わないという外交を許せば、別の問題でも「やりませんよ」ということになる。私たち自身で解決すべき話であり、そのアプローチはやめてもらいたい』と厳しく批判した」(「『中国の外交居丈高』安倍氏 靖国巡る対応批判」06.6.3『朝日』夕刊)

 「応じない」理由として同記事は次のように伝えている。「反日教育をして国民の中にどんどんそういう機運が高まる。そういう中でこの問題について後ろに下がると、政権にとって大変厳しい状況になるかもしれないということなんだろう」

 安倍氏のこの指摘は事実に相当することなのだろうか。

 昨5年4月下旬の北京の日本大使館、上海の日本総領事館等への一部暴徒化した中国の反日デモの主体は子供の頃から徹底した反日教育を受けてきた20~30代の若者が中心で、彼らの反日感情からの抗議行動を政権批判のガス抜きに利用すると同時に中国政府が日本の歴史認識や安保入り、小泉首相の靖国参拝に如何に中国国民が反対しているかを世界にアピールする狙いがあったが、計算していたのと異なって若者たちの反日感情が統制の効かない状況に陥り、規制した場合の政府批判への方向転換を恐れて放任するに至ったためにデモの暴徒化を許し、被害を拡大させたといった見方が日本ではなされた。

 安倍官房長官の言う「この問題について後ろに下がると、政権にとって大変厳しい状況になるかもしれないということなんだろう」は、デモに対する日本の見方から導き出した解釈としてあるものだろう。と言うよりも、見方そのものの何ら変わらない反映と言った方がいいかもしれない。

 しかし反日デモに対す国際世論の批判が中国に向けられると、中国は規制に動いたが、〝反日〟が政府批判に方向転換することはなかった。安倍官房長官の表現で言えば、「後ろに下が」ったが、「政権にとって大変厳しい状況になる」ことはなかった。まるで激しい反日デモなどなかったかのように収束してしまった。

 その年の10月に小泉首相が靖国参拝を行ったあと、再び同じような激しい反日デモが展開されるのではないかと予測されたが、中国政府が前以て各種規制に動いた結果、予想されたような抗議デモは起きなかったし、規制が政府当局に反政府感情となって向けられることもなかった。

 いわば日本の解釈に反して中国政府は子供の頃から徹底した反日教育を施し植えつけてきた20~30代の若者の激しいとされている反日感情をデモ化も政権批判化もさせないだけの十分にコントロールできる統治能力を保持していたということになる。

 例え中国が靖国問題で譲歩したとしても、反日感情をコントロールできるだろう。なぜなら中国は既に経済大国化している上に、米日とも経済的のみならず、政治的にも運命共同体の状況にあるのである。日本と違って、その外交にしたたかな戦略性を備えてもいる。日本からのどのような恩恵も、例え相手が恵んでやるといった恩着せがましい態度を取ったとしても、その不快を我慢し、頭を下げ、両手を差し出して頂戴しなければならない状況にはない。譲歩するなら、それなりの見返りを求める。見返りのない譲歩はしないと言うことである。その見返りは国民の反日感情を納得させる内容を備えていなければならないのは言うまでもない。見返りがない以上、譲歩しない。日本に対して譲歩しなければならない弱さなど抱えていないからだ。靖国参拝は日本国内問題だと言うが、だからこそ安倍氏自身も「私たち自身で解決すべき話」だと言っているのだろうが、中国をも戦争相手国とした戦没者を祀った神社であって、日本だけで済む問題ではない。

 次期総理・総裁候補人気ナンバーワンの安倍氏の言うことだから、多くの日本人が単純・短絡的、瞬時に信じるだろうが、05年3~4月の最初の反日デモの結末と10月の小泉首相の靖国参拝後の中国の国内状況から、その時点で既に国内の反日感情に対する政府の〝譲歩〟カードが「政権にとって大変厳しい状況になる」危険要素となるといった予測は誤った解釈に過ぎないことを示していたのである。そのことに気づかずに、馬鹿の一つ覚えのように、あるいは一年百日の如くに、多分期待もあるのだろうが、譲歩できない理由を国民の反日感情が政権批判へと転ずる恐れにあるとしている。

 まあ、その程度の頭の人間を日本の次の首相に戴こうとしているのだから、ニッポン、バンザイではある。

 多くの日本人が中国では学校教育を通して激しい「反日教育」が行われていると言っているが、そのことも事実に相当することなのだろうか。カネがあれば中国まで出かけて調べるヒマをつくるのだが、如何せんカネがないから、インターネット等で事実かどうか確証を得ることにしてみた。

 大阪府門真市にある門真高校の生徒が2000年8月5日から9日までの5日間中国を訪問した記録を綴った「中国方正県訪問記」なるHPに遭遇した。方正県に帰った元門真高校の生徒たちと会うための訪問の予定が、せっかくの中国訪問だということで、門真市在住の中国帰国者の計らいを受けて、方正県の中学(高級中学、日本の高校に相当)や小学校を訪問して教師や生徒から話を伺うこととしたその報告である。帰国者は強制送還された中国人の家族であったり、中国残留日本人孤児の家族として日本に帰国しながら、中国に戻った家族の一員を指す。

 まず方正県唯一の後期中等教育機関(日本の高校に相当)の「第一中学」での12名の生徒が出席した【生徒との交流】を見てみる。

*生徒たちから出た質問は次のようなものであった。

 ・日本の学生の勉強の目標は?
 ・国を作る条件として教育は大切だが、最近の教育改革に
  ついて?
 ・子どもの教育問題について話し合う保護者の集まりはあ
  るか?
 ・日本は地震が多いがその心理的影響はどのようなものが
  あるか?
 ・中国語は複雑であるが、日本ではどのように中国語を勉
  強しているのか?
 ・バスケットやサッカーなどの課外活動もあるので、ぜひ
  一緒に試合をしましょう。
 ・就学援助はあるのか?
 ・日本の歴史上の有名な人物は誰か?
 ・日本の有名な大学は?
 ・保護者は子どもの将来についてどの程度かかわっている
  のか?
 ・中国史の勉強はどこを重視するのか?
 ・文系と理系について、中国では文系に女性が多いが日本
  はどうか?
 ・日本では中国の地理をどのように教えているか?方正県
  は稲作で有名であるが知っているか?
 ・日本の学生は余暇をどのように過ごしているか?

 戦争とか歴史認識に関係する質問も政治的な質問も、日本の首相の靖国神社参拝の正当性に関する質問も、一切ない。学校教育で激しい反日教育が行われていたとしたら、そのことに関係する質問が出てきたとしても不思議ではないにも関わらずである。

 このことは彼らの意識が日本で言われている20~30代の中国の若者の反日感情と断絶していると見ることができるが、学校当局がそういった質問を一切禁止し、学校が用意した質問を行ったに過ぎないと見ることもできる。

 但し、次のようにも言える。中国の反日分子のメインの活躍場所はインターネットだと言われている。昨年の反日デモでもインターネットで呼びかけ合い、携帯で連絡を取って群衆化したと言われている。そして日本にもインターネット上に激しい反中・反韓の主張を展開している、いわゆる〝ネット右翼〟と称される若者が多く存在する。日本では学校で反中・反韓の教育が行われているわけでなないから、親や友達から、あるいはマンガとかの影響を受けて素地としては持っていたとしても、学校卒業後、ある年齢に達した時点で突然変異のように突如として激しい形で反中・反韓感情が噴き出したとしか思えない。

 と言うことは、中国のインターネット上で活躍する反日中国人にしても、学校教育で反日教育が行われていなくても現れた可能性を指摘できる。

門真高校の生徒からの「日本の学校と交流する場合、どのようなことができると思うか」との質問に対する答として、

 ・文書を通して交流する。
 ・98年に東北では大きな洪水があったが、その援助など
  のボランティアを通して交流する。
 ・日本人のホームスティ。
 ・文通活動(英語で)。
 ・お互いの学校の周辺を写真に撮って送りあう。

 日本の中高生にも見られるごく普通の関心を示しているに過ぎない。学校の指示で答えているとは思えない。特に「日本人のホームスティ」の場合は、学校で反日教育を行っていたなら、反日感情を持っているだろうから、日本人の家庭に入ることも自分の家庭に受け入れるということも考えもしないはずである。

 次に「日本から帰国した生徒のほとんどは第三中学におり、現在女子6名、男子1名が在籍している」という「第三中学」での【生徒との交流】を見てみる。

*日本から帰国した4名の生徒が出席。
生徒1 1995年5月に渡日、2000年3月に帰国。福島県に居
   住後、千葉県に引っ越した。2年生を終わって帰って
   きたが、中国では勉強していないことを教えていた。
   帰国当初の1ヶ月は先生の家で指導してもらった。初
   めは授業が早いのでついていけなかったが、だんだん
   慣れてきた。
    日本は広い範囲の勉強であるが、中国は深く勉強す
   る。機会があれば日本へ留学したい。

生徒2 1996年5月29日に渡日、1999年6月に帰国。東大阪
   市のK中学に転入し、その後枚方市に移住した。学齢
   より上で入ったので、17歳であったが中国でも中学2
   年に入った。日本では妹と日本語で会話をしていたの
   で、中国へ帰った頃は中国語がよくわからなかった。
   勉強は中国の方が難しいが、友達とは仲良くなった。
   留学の機会があれば日本に行ってみたい。

生徒3 1994年6月12日に渡日、1998年9月に帰国。東京に
   居住後、埼玉県に引っ越した。小学校は日本で通った
   。日本では勉強がつらかった。去年、日本へ遊びに行
   ったが日本語を忘れていた。日本にいたときも家では
   中国語で話をしていたので、帰国後も半年ぐらいで慣
   れた。機会があれば日本へ行きたい。

生徒4 1997年7月に渡日、1999年11月に帰国。山形県に居
   住後、千葉県に引っ越した。日本へ行ったとき、日本
   語が分からなかったが、みんな優しくしてくれた。家
   では中国語で話をしていた。中国へ戻ってからは日本
   語を話していない。日本の友達は好きなので、機会が
   あれば日本へ行きたい。

 日本からの帰国だからと言って差別を受けていないと見て取れる状況は、学校で激しい反日教育が行われているとする解釈に反する状況を示している。このことは門真高校生自身が証明している。

【雑感】
 強制送還を含めて、日本から中国方正県に帰った人たちは不利益な扱いを受けている様子はなかった。
 第三中学と第二小学校で集まってくれた子どもたちの表情からも、それは感じられなかったし、それぞれの学校の教員と子どもたちの関係も悪くはなかった。学校訪問以外の場所で会った子どもたちからも、中国での扱いについての不満は聞こえてこなかった。
 ただ、保護者の人たちの仕事に関して言えば、ほとんど見つからない状態である。方正県は小さな町であるので、就職先はそう多くはないようだ。日本から帰国された方の多くは、日本で働いてためた貯金で暮らしているようである。住居は、マンション(3LDK程度)に住んでいる家族が多い。これも日本で貯めたお金で購入したようで、3LDKのマンションが日本円で120~130万円で購入できる。
  高校段階で帰国した子どもたちは方正県で高校に入学することはほぼ不可能であり、高校での教育は中断してしまう。第一中学でお聞きした話では、以前、日本から帰国した高校生が第一中学で「試験的」に勉強してみたが、結局授業についていけず、第一中学での勉強をあきらめたという。

 次に作家の村上龍が編集のメールマガジンJMM [Japan Mail Media]のうちの、『大陸の風-現地メディアに見る中国社会』第44回・「拝啓、ぽんぽこ山のタヌキさん」(ふるまいよしこ:香港在住・フリーランスライター/2005年4月28日発行)から一部抜粋して「反日教育」なるものを見てみる。

 「4月8日の夜、つまり北京で日本大使館に向けた2万人のデモが行われる前夜」に「ついでに今度はわたしから尋ねてみた。『中国の教育現場では反日的な教育がなされていると思う?』」
 「友人(30代前半)は『教育で「反日」そのものが語られることはない」と言った。『ただ戦時中のことは授業でしっかりと教わった。今の中国の建国はあの戦争と切っても切れない関係にあるから、それを基準にした価値判断というのは、共産党の正統性とともに繰り返し語られるね』ということであった。
 そして、アメリカで10年余り暮らした経験を持つ友人はさらに、『ただし、あの戦争で日本と闘ったのはほとんどが国民党軍だったと知ったのは、アメリカに行ってからだけど。毛沢東だって実際にはあの戦争のおかげで生き残れたようなもんだよ。だって、あの戦争がなかったら、絶対に国民党が風上に立ってたんだから』と付け加えた。
 日本で語られている『中国の教育現場における反日教育』とは、どこから確固とした事実として伝わるようになったのだろう。今回、歴史教科書問題をきっかけに『日本』を対象に過激なデモが行われたことで、『目には目を』と言わんばかりに町村外相が『中国の教科書を調べる』と言い出したのはいかがなものか。外国の日本に対する国民感情の調査は外務省の各担当部署が当然その仕事の一貫としてやるべきはずであるし、中国に対しても然りだろう。ただ、それをデモがくすぶり、まだ日中政府関係者のみならず、現地関係者が対応に慎重になっている時に、わざわざ外相自らがまるで『売り言葉に買い言葉』で脅しをかけるのもどうかしている。脅し、脅されの先に何があるのか。そこを一国を代表する人間としてわきまえてから発言していただきたいものである」

 少ない資料からの判断になるが、こう見てくると日本で言われているような「反日教育」は眉唾に思えてくる。もし実際に日本で言われているような「反日教育」が中国の学校で行われているとしたら、中国政府は将来的には人材育成に損失を招くととなる、偏った主義主張を盲目的に信じるだけの客観的認識能力を欠いた国民を生産し続ける愚を犯していることになる。確かに政治に対する不満は無視しがたく存在するだろう。だが、その不満を〝反日〟に向けることでガス抜きを図っているとするのは中国の政治性を一段低く見る皮相的な観察に過ぎないのではないだろうか。〝反日〟が日本商品不買運動や日本企業排斥へと発展したら、中国社会にとっても政権にとってもメリットはない。首相の靖国参拝や歴史認識が直接的キッカケとなると見る方がより正確な解釈となるのではないだろうか。

 06年6月11日の『朝日』朝刊は中国側の日中首脳会談に対する対応に関して次のように伝えている。

 「中国の胡錦涛(フー・チンタオ)・国家主席は10日午後、北京の人民大会堂で大使着任に伴う信任状を手渡すために訪れた宮本雄二・中国大使と会見し、『条件が整い、適当な機会に貴国を訪問することを願っている』と述べた」(「日中改善、ポスト小泉に秋波 胡主席『条件整えば訪日』」)

 「条件が整い」とは、ことさら説明するまでもなく、日本の次期首相が靖国参拝を行わない姿勢への見極めができたらということだろう。安倍氏の「そういう中でこの問題について後ろに下がると、政権にとって大変厳しい状況になる」云々は中国側は首相が誰になっても、その者が靖国参拝を行わない場合を除いて後ろに下がれない状況にあることを指摘したことになる。

 日本側にしても靖国参拝は「心の問題」であり、「日本自身が解決する問題」であり、この問題で中国に譲歩するようなことをしたら、「別の問題でも『やりませんよ』」ということになるから、絶対に譲歩するわけにはいかない。譲歩しないと言うことは、靖国参拝は続行すると言うことだろう。中止するつもりなら、「居丈高」などと言う必要はなくなる。

 日本側が首相の靖国参拝を中止しなければ、当然永遠に平行線を辿ることになる。いわば首相の靖国参拝が日中首脳会談=日中関係改善の踏み絵となっている。

 安倍官房長官は自分が首相になった場合、自分自身が靖国参拝をする予定でいるから、その場合中国が首脳会談に応じてくれなければ困る立場に立たされる。靖国参拝するまでの猶予期間内に中国の態度を改めさせたいがために強行姿勢を見せたといった側面はないだろうか。それとも中国側の要求からではない中止のための着地点を探っていると言うことだろうか。

 そういった中止を行ったとしても、国内の参拝支持派は黙っていないだろう。「この問題について後ろに下がると、政権にとって大変厳しい状況になる」のは日本にとっても同じことだろう。

 それにしても「反日教育をして国民の中にどんどんそういう機運が高まる」中国内の反日状況に反して、中国からの留学生が日本では一番多いということはどう説明すればいいのだろうか。反日教育が功を奏して中国人が反日意識に凝り固まっているとしたら、日本に留学生としてこないのが人間の自然な感情だろうからである。

 戦前日本人は「鬼畜米英」の合言葉で戦争相手の米英を憎むように仕向けられ、英米人を鬼畜生並みの残忍な生きものだと信じ込まされた。戦争の勝敗に関してはその憎悪は何ら役に立たなかったが、戦後の米英人に対する感情に関してはその成果があって、米英軍が駐留する段になると日本の女たちは彼らに強姦されるとの風評が流れ、それを信じて田舎に引っ越す者も出たと言うから、そのことから判断したら、中国人にしても反日教育の成果として、日本人を激しく憎悪、もしくは嫌悪しているはずであるが、そのことに反する留学人気となっている。

 06年5月18日の朝日新聞夕刊は『中国の留学生「熱烈歓迎」』と題して、「07年度にも受験生と募集定員が並ぶ『全入時代』を迎える日本の大学は、競争力の強化と中国からの留学生の確保を急ぐ」として、「大連で17日から2日間、国際協力銀行などが主催する日中の約70大学による交流会が開かれた」、安倍晋三が「反日教育をして国民の中にどんどんそういう機運が高ま」っているとする状況に反したこの友好関係は、どう説明したらいいのだろうか。

 安倍氏の言っている「政権にとって大変厳しい状況になるかもしれない」が例え事実を言い当てていたとしても、単なる状況の解説でしかなく、問題解決の糸口の提供とはなっていない。次期首相ポストを狙っているのである、少しは利口になって問題解決に向けた一歩となるような提案を創造すべきではないだろうか。吠えれば片付くという問題ではない。

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福井日銀総裁の「たいした金額ではない」

2006-06-14 06:36:37 | Weblog

 福井日銀総裁が総裁に就任する以前の民間シンクタンク富士通総研理事長時代に村上ファンドに1000万円出資し、現在も出資状態となっている問題。

 政府は法的には何の問題はないという態度を取っている。テレビも昨日の夕刊も法的に触れるとは言っていないから、政府の言うとおりに問題ないのだろう。

 福井氏は参院の委員会で「サラリーマンの感覚からしたら負担感の重い1人1000万円という金額のカネを拠出していたのは事実です」と認める一方で、「たいした金額ではない。巨額に儲かっていると言う感じではない」と言っていると14日(06年6月)早朝の日テレが報じていた。「サラリーマンの感覚からしたら負担感の重い1000万円」を「たいした金額ではない」と言ってのける感覚はさすが世界に冠たる経済大国日本の中央銀行に偉大な総裁として君臨しているだけのことはある。

 法的には問題はないとしたとしても、「たいした金額ではない」とすることができるのは、「1000万円」を〝負担感重い〟とする「サラリーマン」その他が大多数を占めているはずの国民のこと、そういった生活状況を頭に思い描くといったことをしたことがないからで、そういったノー天気な感覚は日本のカネの番人を任せられている組織の長たる者の倫理観から言ったら、あるいは道義的には問題はないだろうか。100万円だって、現金で耳を揃えてポンと用意するのは負担を感じるも何も、感じる前に用意すること自体を不可能だとする国民も多いはずである。

 あるいはノー天気だからこそ、日銀総裁が務まるのだろうか。

 耐震偽装で住んでるマンションが建て替えとなり、新たに負担しなければならない1000万、2000万のカネの準備に、それも現金ではなく、新たにローンを組む形であっても、「負担感」がズスリと重くかかって、将来の生活まで見通すと、思い悩まなければならない住人。耐震偽装に関係なくても、子どもの教育費に思い悩む世の親たち。住宅ローンの支払いが精一杯で、生活に愉しみをつくりだす余裕のない者たち。日銀の金利ゼロ政策もあって、年金が目減りして日々の生活に余裕をなくしている高老齢者たち。この日本にはそれぞれウヨウヨ、ゴマンと存在するに違いない。にも関わらず、「たいした金額ではない」「1000万円」だと言い放つことができる。

 福井総裁の「1000万円」を単純にそのままの金額として受け止めてはいけない。自分の手元を離れても、自己の生活に何ら支障のない余裕の1000万円であって、なおかつそれ相当の配当を得る。ローン形式であっても、一般国民の後々まで負担として重くのしかかってくる1000万円とはわけが違う。光の放ち方が違う。但しその光の放ちは一般国民から見た場合の、その目に映る光り方であって、福井総裁には何も光って見えず、だからこそ、「たいした金額ではない」と言い切れたのだろう。

 「1000万円」程度のカネが光って見えるなどといったことは福井総裁にとっては自分の世界にはない別の世界に属する事柄で、考えられもしないだろう。我々とは別世界の人間を日銀総裁として頭に戴いているわけである。

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なぜ靖国神社でなければならないか

2006-06-12 05:49:04 | Weblog

 「国立追悼施設は靖国神社に代わるものではない」

 森前首相のテレビ朝日・サンデーモーニングでの国立戦没者追悼施設建設に関しての発言。「私は出来ないと思っている。靖国神社に対する日本人の気持がある」(06年5月28日)

 これは森前首相一人だけの考えではない。国立追悼施設の話が持ち上がっては消える状況の繰返しから判断すると、多数派を形成した考えであろう。反対派が反対の姿勢を明確に表さないのは、新施設建設の話がある中で、それを無視する形で首相や閣僚の参拝が行われている経緯を踏まえた意思表示となるから、そのことが靖国神社信奉と取られることへの批判を恐れるからで、参拝自体に後ろめたいところを感じているからこその自制であろう。森前首相にしても「出来ないと思っている」理由を一般論に帰すのみで、自身の立場を明確に示しているわけではない。

 「靖国神社に対する日本人の気持」とはどんな「気持」なのか検証する前に建設が決定しない理由として〝世論の熟成〟如何を挙げている状況を見てみる。

 安倍官房長官は「政府が検討している新たな戦没者追悼施設については、『国民世論の動向を見つつ、諸般の状況を見ながら、検討していきたい』」(05.11.2.朝日朝刊)としながら、「『靖国神社を代替する概念で検討しているわけではない』」(同)と発言しているが、「国民世論の動向を見つつ」は永遠に続くのではないかと思える前々からの反復表明であって、建設するつもりはない口実に「世論の動向」を持ち出しているに過ぎない。すべての政策が「国民世論の動向」に対応しているわけではないからだ。小泉首相自身、自らのアメリカのイラク攻撃支持に反してマスコミの各種世論調査が反対を示している「世論動向」に関して、「世論が正しいこともあるが、世論に従って政治を行うと間違っていることもある。それは歴史の事実が証明している」と、政治が必ずしも世論に従うわけではないことを意思表示している。

 世論が追悼施設反対の姿勢を示していたとしても、その世論に逆らって、あるいは小泉首相が言うように「世論が正しいこともあるが、世論に従って政治を行うと間違っていることもある。それは歴史の事実が証明している」と建設を強行してもいいわけである。だがそういった方法を採らない。自分たちにその気がないからだ。

 選挙を直近に控えていて、議席獲得に悪影響を及ぼす消費税の税率アップといった政策でない限り、「世論の動向」よりも内閣及び政権党の政治意志に従って政策は決定される。〝世論〟は政治決定の絶対的要素を占めているわけではない。ときには政策遂行に都合が良いように世論を誘導することもあるし、世論に反して政策を強行することもある。小泉構造改革のうちの社会保障関連の改革は「国民世論の動向を見つつ」進めただろうか。進めたとしたら、財政削減最優先・中低所得者負担増無視の改革とはならなかっただろ。新しいビールの開発のたびに繰返される酒税の引き上げにしても、「国民世論の動向」に反する政策であったはずである。

 国立追悼施設建設に関しても、少なくとも政策に関しては政府及び政権党が必要とするかどうかに決定はかかっている。政治意志が必要としたなら、例え世論が反対意志を示していても、政策遂行を可能とする環境整備に向けた世論のリードが次の展開としてあって然るべきであるが、それが全然ない。世論ではなく、自民党内に反対派議員が多数派を占めているに過ぎないから、党及び内閣としての政策決定まで行かず、当然世論に働きかけるところまで行かない。それは新施設が出来上がってから、いくら靖国神社に代わるものではないとしたとしても、世論やマスコミによって、あるいは中国や韓国からの働きかけもあって、靖国神社参拝の手足を縛られることになるかもしれない危険を避けるためであろう。参拝行為自体を政治及び政策とは無関係の政治家それぞれの姿勢の問題だとしてきた手前、新施設が出来上がってからでは世論の動向は完全には無視できなくなる。世論が新施設があるから、中国や韓国との関係改善を最優先すべきだといつ豹変するか判断不能という点もある。

  安倍官房長官の「靖国神社を代替する概念で検討しているわけではない」は目下のところ建設するつもりはないが、建設された場合の国立追悼施設が「代替する」施設であってはならないと前以てクギを指したものだろう。それが本音なのはミエミエで、政策決定が「国民世論の動向」に従うとするなら、政治に関わる意志決定を洞ヶ峠に貶めることとなるだけではなく、政治自らは責任を持たないシステムとすることを意味する。

 尤も自ら決定した政策であっても、その失敗した場合であっても責任を取らないのが日本の政治における歴史・伝統・文化とはなっている。

これまでに〝世論〟を口実に機会あるごとに「国立追悼施設は靖国神社に代わるものではない」、あるいは「代わることはあってはならない」とする態度を示してきた政治家たちの言動を日本遺族会が建設反対の立場から作成したHPに発表してある〝資料〟やその他から拾い出してみる。

 福田官房長官当時の主催による「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」に対して、古賀誠は「『懇談会』では、表面上は新施設は靖国神社に代わる施設ではないことが強調されていますが、そこに現われた意見には戦歿者遺族の感情を無視し、靖国神社の存在意義を形骸化するものが少なくない。最終的には、遺族をはじめとする多くの国民が『戦歿者追悼の中心的施設』と考えている靖国神社の根底を揺るがす施設との懸念を抱かざるを得ない」といったことを言って、「遺族をはじめとする多くの国民」の意向を〝世論〟と位置づけて「新施設」が「靖国神社に代わる施設」であってはならないことを強調している。

 古賀誠が財団法人日本遺族会会長名で2002(平成14)年11月19日付けで福田氏の「懇談会」に出した『要請書』には、「戦没者遺族の感情を無視し、戦没者追悼の中心施設と考えている靖国神社の存在意義を形骸化する」とか、「国家は国のために散華された方々を靖国神社に手厚く祀り、末永く慰霊の誠を捧げることを戦没者と国民に固く約束している」とかの文言が並んでいて、今度は〝国民との固い約束〟が世論として形成されているかのように装って、「『国立戦没者追悼施設新設構想』を断じて容認できない。その撤回を要請する」と結んで、「戦歿者追悼の中心的施設」が新施設へと代わる恐れを訴えて、靖国神社を「形骸化」しかねないから建設は断念すべきであると主張している。

 中曽根康弘の参謀を任じていた後藤田正晴は「分祀したとしても、神として祀られたままでいるわけだ。戦争の結果責任はどうなるのか、という問題は残る。一番いいのは合祀されているA級戦犯のご遺族が、それぞれの家庭に引き取って静かに慰霊なされることだろう。どれもダメだというなら、新施設をつくるのもやむを得ないかもしれない」(05.7.13.朝日朝刊)と、あくまでも「やむを得ない」を条件としつつ、「国民の多くは、戦死者を祀る中心的施設は靖国神社だと考えている。戦死者自身、靖国神社に祀られたことで安らぎを感じているはずだ。新施設ができると、そうした安らぎが壊れ、遺族に対し申し訳ないとことになるのではないか」(同記事)と、「国民の多く」の「考え」を〝世論〟と見なして、「新施設」が靖国神社に代わる恐れを訴えている。

 小泉首相を見てみると、02(平成14)年8月に官邸記者団から「懇談会」で検討中の新追悼施設ができた場合の対応を聞かれ、「靖国は別ですから」と答え、同02(平成14)年11月の「懇談会」の骨格発表翌日は、官邸記者団の質問に「靖国に代わる施設じゃないから。靖国は靖国ですから」と言い、施設ができても靖国参拝を続けるのかの問いに「ええ、時期を見て判断します」とここでは直接的には〝世論〟を持ち出してはいないが、暗に多くの日本人がそういう〝世論〟を形成しているとして、「新施設」が決して靖国に代わる施設ではないこと――裏を返すと、代わってはならないことへの拘りを見せている。

 04(平成16)年1月には政府は当分の間、新たな戦没者追悼施設の具体化に着手しない方針を固め、同年1月6日、小泉首相は官邸記者団の質問に、「施設整備への意欲は『今も変わりません』と述べる一方で、『どういう施設がいいか、時期がいいかはよく考えないといけない』と語り、幅広い国民の理解を得られるまで具体化は慎重に時期を見定める考えを示した」(朝日新聞・06.1.7)と、いわゆる安倍長官の「国民世論の動向を見つつ、諸般の状況を見ながら、検討していきたい」と同じ姿勢を2年近く前に既に小泉首相は示している。新施設が靖国に代わるものではなく、それができたとしても、靖国神社参拝は続けるとしたなら、新施設は単なるダミーでしかなくなる。但し現状は「国民世論」を建設しないための第1ダミーとしていて、施設そのものをダミーとするまでには至っていない。

 例えば郵政民営化政策に関して、「郵政民営化なくして構造改革なし」と国民世論に自分の方から訴えたのに反して、追悼施設に関しては自分の方から国民世論に訴えることは一度もしていないのだから、小泉首相や安倍晋三が言っている〝検討〟が如何に口先だけのことで終わっているか、また「国民世論」が如何に建設しないためのダミーでしかないかがよく分かる。

 04(平成16)年10月。衆院予算委員会で「首相の靖国参拝が日中首脳交流を途絶えさせている」との質問に対して、小泉首相は新施設建設について、「仮に建設されたとしても靖国神社に代わるべき施設ではない」と答弁している。

 小泉首相の靖国神社参拝を中止させたい韓国は05(平成17)年6月20日の小泉・盧武鉉日韓首脳会談決定後、韓国の外交通商相が「(新しい追悼施設の)建設検討を首脳会談で強く促す」との方針を決めていると発言したのに対して、小泉首相は首脳会談3日前の6月17日に官邸記者団の質問に、「わだかまりなく追悼できる施設は検討してもいいと思うが、いかなる施設をつくっても、靖国に代わる施設はありませんよ」と明言している。

 これまでの態度から言って、言外に国民がそう望んでいる〝世論〟であることを前提として、例え内外からの圧力によって建設せざるを得ないケースに立ち至ったとしても、あくまでも「靖国は靖国だ」が〝世論〟だとの態度を固持して、靖国擁護にまわったのだろう。

 片山自民党参院幹事長が「小泉首相の靖国に代わる施設ではない」発言に対して、記者会見で、「国のために亡くなった方を祀るのは靖国神社だけという一種のコンセンサスがある。(新たな追悼施設は)国民が受け入れるとは思えない」とはっきりと国民の「コンセンサス」という形で形成された〝世論〟を計画停滞の理由としている。

 小泉首相、は6月20日、日韓首脳会談への出発前に官邸記者団に、「(新しい追悼施設について)靖国神社に代わる施設と誤解されている面もある。どのような施設が仮に建設されるにしても、靖国神社は存在しているし、靖国神社がなくなるもんじゃない」

 これは一般論(=〝世論〟)の形を借りて、代替論の否定と靖国擁護論を改めて示し、靖国神社参拝の手足を縛られることを前以て警戒した発言だろう。

 日韓首脳会談後の共同記者会見で韓国大統領が新しい追悼施設について、「会談前の両国の事務当局の調整による合意」であると断り、「首相が、日本の国民世論など諸般の事情を考慮し、検討していく」ことが合意されたと発言したが、小泉首相は共同会見後の同行記者団の質問に「建設するかどうかも含めて検討する。つくるからプラスとか、つくらないからマイナスという問題じゃない。日本人自身の問題だ」と、〝日本の世論が決めることだ〟と言い直し可能な「日本人自身の問題」という言葉を使って、それを楯に「合意」したわけではない、「検討」を約束しただけであることを表明して、「官房長官のところでいろんな意見を検討すると思う」と、安倍晋三が言った言葉で説明するなら、「国民世論の動向を見つつ、諸般の状況を見ながら、検討する」と同じことを言い、首脳会談だから話に応じないわけにはいかなかったから応じただけのその場しのぎでしかないことを語るに落ちる形で自ら暴露している。いわば、全然ヤル気なしなのである。靖国こそ絶対だと、靖国絶対論者ぶりを示したと言ったところだろう。

 6月21日麻生総務相は「(戦没者は)靖国で会おうという前提で命を亡くしている。追悼施設をつくることは、靖国をなくすこととは一緒ではないのではないか」と、「靖国で会おう」を〝世論〟だとしている。

 一方戦没者遺族や一般人の追悼施設建設に反対する者たちの意見を集約してみると、

 「国に命を捧げた肉親の御霊は靖国神社に祀られているのに、戦争で亡くなった人々を追憶し、思いをめぐらす場所だけの施設が、いま、なぜ必要なのか」

 「無宗教の追悼施設の御霊に参拝して追悼といえるのか。『靖国神社で会おう』と散っていった戦友たちは、どこに行けばいいのか」

 「靖国の英霊の殆どは、万一不幸にも戦死を遂げた場合、靖国で永久に祀られるとの言わば国家との約束を信じて戦地に赴いたのである。この英霊との約束を守るのか国家の義務である」

 以上は麻生総務相当時の「靖国で会おうという前提で命を亡くしている」との発言に対応する考えであり、それを〝世論〟とすると同時に戦没者追悼は宗教施設でなければならないという2つの意見に集約される。

 靖国神社は1869(明治2)年に明治天皇の発議により招魂社として創建され、19879年に靖国神社と改名されている。「『靖国』には『国を平安にし(「安」の字は〝靖〟に通ずる)、平和な国をつくり上げる』という明治天皇の気持ちが込められているといわれている」(『靖国神社』) と言う。

 靖国神社は戦前まで別格官幣社(べっかくかんぺいしゃ)で、国家神道の時期には陸海軍所管の特殊な神社として位置づけらていた。別格官幣社とは「1871(明治4)年、国家神道の元で改めて官国弊社(かんこくへいしゃ)の制が定められ、歴代の天皇・皇族を祀る神社と皇室の崇敬の厚い神社が官幣社に指定されて、太・中・小3等級にわけられた。1872年には別格官幣社が設けられ、国家のために特に功労があった人臣を祀る神社がこれに指定された」(『大辞林』三省堂)ものだという。

 いわば靖国神社は「皇室の崇敬の厚い神社」であり、それも皇室から「別格」扱いを受けていた神社だと言うことが先ず分かる。

 明治天皇の発議により創建された招魂社を前身としていて、戦没者を祭神(=英霊)として祀る〝国家神道〟に則った神社形式の特殊な宗教施設であることと言い、「靖国」という名前の由来と言い、別格官幣社の地位を与えられていたことと言い、戦前の天皇制に深く関わった、言ってみれば天皇の神社であろう。天皇の神社であるからこそ、「靖国で会おういう前提で」「国に命を捧げ」ることができた。その褒賞として英霊の名誉を与えられて御祭神として祀られる――ということは天皇の懐に抱かれるということを意味せずに、他の何を意味するのだろうか。戦前は国民は天皇を父とし、自らを天皇の赤子(せきし)としていたのである。

 戦前天皇は例えそれがタテマエであったとしても、国家の上に位置していた。少なくとも国民はそう教え込まれ、そう信じていた。そして天皇のため・国のために命を捧げた(靖国神社参拝理由に「国のために命を捧げた戦没者の追悼」を言うが、まずは天皇のために命を捧げたのであって、それを言わないのは歴史の事実を誤魔化すものだろう。最初に天皇陛下バンザイを叫んだのである)。何よりも天皇は神であった。日本国家は天皇という神によって支配された二次的存在でしかなかった。

 国家は抽象的な存在ではあるが、天皇は現人神として人間の姿を取った目に見える具体的存在であり、崇拝の具体的な対象となり得た。明治の政治権力は天皇の力を借りて国民を支配統合するために天皇を国家の上に位置させただけではなく、「国体の本義」等を通じてその神であること・絶対的存在であることを証明してみせ、現在の北朝鮮が金日成・金正日親子の写真をあらゆる場所に掲げさせているように、具体的崇拝の対象として天皇と皇后の写真(御真影)を全国すべての学校・役所・各家庭、その他あらゆる場所に額入りで掲げさせ、天皇の神格化とその偶像崇拝化に成功を収めた。

 「関東大震災のときに『御真影』を燃えさかる炎のなかから取りだそうとして多くの学校長が命を失った事件」(『近代天皇像の形成』安丸良夫著・岩波書店)が起きるほどに天皇崇拝は、それが不条理なことだと認識することもできずに不条理を極め、その際「『御真影』を学校から遠ざけるほうがよいという意見はだされたが、学校長が焼死するよりも『御真影』が焼けるほうがよいということはまったく問題にならなかったという事実」(同)は、それぞれの命を絶対とするよりも、それを犠牲にしてまで一枚の写真でしかないモノを救い出そうとするほどまでに天皇への崇拝が日本人の中に如何に絶対的な位置を占めていたかを物語るものだろう。

 そのような天皇意識を戦前の日本人は内面に抱えていた。天皇に命を捧げ、国に命を捧げる忠義の褒賞に、その魂は天皇の神社である靖国神社に御祭神(=英霊」として祀られる。いわば神である天皇の懐に自身も神となってその他の英霊と共にいだかれ、安らぎを得る。これ程の名誉はあるだろうか。神である天皇のための犠牲となり、神である天皇に神として祭られるのである。当然「戦歿者追悼の中心的施設」は靖国神社でなければならない。他の如何なる施設にも天皇は存在しないし、もはや存在させることは不可能なのだから。

 いわば日本人の心の中には靖国神社には見えない姿で天皇が存在すると意識していたはずである。常に存在しなければならない。英霊を胸にいだき続けるために。靖国神社がそのような構図を持っていたからこそ、兵士それぞれが天皇陛下バンザイと叫んで喜んで名誉の死に赴く姿を演ずることができたと言うことだろう。戦争に関わるこういった意志決定をつくり出していた総体が日本人の死生観にまで影響を与えていた天皇崇拝を土台とした日本人の靖国観、あるいは靖国思想であろう。少なくとも戦前までは。

 森前首相が「靖国神社に対する日本人の気持がある」と言っているは、その言葉が肯定的な意味合いを持つものであるから、このような靖国観・靖国思想を指すのだろう。

 しかし、それは戦後は否定されなければならない靖国観・靖国思想のはずである。戦前の日中戦争、日韓併合、太平洋戦争等が否定されるべき植民地戦争であるなら(否定されるべきだから天皇や歴代首相が外国に対して謝罪を繰返しているのだろう)、戦前の靖国神社思想もを否定することによって整合性を獲ち得る。戦争は否定するが、靖国神社思想は肯定してもいいでは矛盾する。

 「英霊たちは万一不幸にも戦死を遂げた場合、靖国で永久に祀られるという国家との約束を信じて戦地に赴き、その約束どおりに靖国に祀られている」としているが、そこには戦前と戦後を画する意識を些かでも窺うことはできない。

 つまるところ、否定されるべき戦前を否定せずに戦後も引きずっているからこそ、「靖国神社に対する日本人の気持」にしても、「靖国神社で会おう」という合言葉も、「国家と国民との約束」も反故を受けずに生き続け、履行されるべきものと考えているのだろう。

 だとしたら、「靖国は靖国だ」、「靖国に代わるものではない」とする立場の人間の意識の中には、戦前の国家観ばかりか、戦前の天皇観までが生きていることになる。少なくてもその影を引きずっていると言える。

 それはなぜなのだろうかと考えた場合、〝国のために命を捧げて犠牲となった戦没者を祀った〟靖国神社への参拝を通すことでしか、戦前の戦争を否定され、極東裁判を通して悪とされた日本の存在そのものの名誉を維持し、自らの矜持を示す口実が残されていないからなのではないだろうか。

 極東裁判をいくら否定したとしても、ゴマメの歯軋り程度の効果しかなく、その歴史事実は抹消不可能であるし、侵略戦争否定史観も反撥を受けるだけで力を持ち得ないし、強制連行・従軍慰安婦・南京虐殺等の否定もその事実があったことを示す証拠資料の発見で否定の否定を受け、残されたものは靖国神社に祀られている戦没者を「国のために戦った」、「国のために殉じた」と参拝・顕彰する形式を借りて、「戦った」対象・「殉じた」対象である「国」そのものを肯定し、それと同時に「国」という存在に絶対性を与えて名誉回復を図る。

 このこと自体も戦前の「国」と戦後の「国」を画せずに、一連のもの、連続するものとして把える意識の働きからの合理化に過ぎない。

 この手の合理化は戦前の侵略戦争等の日本国家の誤謬・日本の負の歴史を認めがたいとする意識の裏返しとしてあるそれらの肯定化ではないだろうか。そうであるなら、首相の靖国参拝を過去の戦争の肯定と取られるのは当然の受け止めとなる。

 かくして、「戦没者追悼の中心的施設」は「靖国神社でなければなら」ず、他にどのような施設を建設したとしても、「靖国に代わるものではな」く、「靖国は靖国」であり続けなければならないこととなる。

 最後に小泉首相が「靖国は靖国」だとか「いかなる施設をつくっても、靖国に代わる施設はありませんよ」と言っていることに対して、マスメディアは単にあった事実をあったままの事実として伝えるだけではなく、事実を事実としている由来を解き明かして伝えることも情報伝達者の役目であろうから、現在の靖国神社をどう把え、どう位置づけているのか、小泉首相自身の靖国観を問うことも自らの守備範囲としなければならないのではないだろうか。

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〝愛国心〟――評価すべきことか

2006-06-10 10:44:14 | Weblog

 今朝(06.6.10)の朝日新聞、『通知表に「愛国心」190校』

 「『愛国心』は、大半が、小6もしくは小5の社会科の『関心・意欲・態度』についての評価項目に盛り込まれ、A~Cなど3段階評価だ。
 典型は『我が国の歴史や政治、国際社会における役割に関心を持ち、意欲的に調べることを通して、国を愛する心情や世界の人々と生きていくことが大切であるということの自覚を持とうとする』(茨城県龍ヶ崎市)
 多くは『調べ学習を通じて』の前提付き。『現実には前半の「調べ学習」部分で評価を決める』と複数の自治体が話す。国際理解や世界平和も観点に併記される」

 茨城県龍ヶ崎市の「我が国の歴史や政治」以下はまるで教育基本法の前文に書き込むようなご大層な文章となっている。このようなご大層な目標に「小6もしくは小5」の年齢の生徒が果たして言葉どおりについていけると考えているのだろうか。

 その年代の生徒にどの程度の「我が国の歴史や政治」を教育することができ、「国際社会における役割」をどの程度に理解させることができるかをまず考えたのだろうか。「国際理解や世界平和」についても同じことが言える。教師・生徒共々、口で言うだけの教育で終わることは目に見えている。

 考えずに目標だけを掲げ、目標どおりの実現を図るとしたら、生徒に目標結果を強制的に装わせなければ達成できない。いわば洗脳形式による粉飾の形を取らなければならない。生徒は口先だけで「我が国の歴史や政治」・「国際社会における役割」・「国際理解や世界平和」を言うだけとなるだろう。いわばウソを装わせることになる。

 正直な姿を取らせようとしたなら、年齢相応の、その範囲内の「関心」であり、そのような「関心」に応じて獲得可能な「心情」と「自覚」でしかない、幼いなりの制限された情操であろう。それを以て「愛国心」評価とする。その矛盾に気づかない。

 「『調べ学習』部分で評価を決め」たとしても、これこれ調べましただけで以て「愛国心」評価とすることになる。そこに誤魔化しを介在させることにならないだろうか。

 どちらにしても年齢相応の理解の程度を考えたなら、評価の性格を違え過ぎる。〝愛国心〟を基準として評価すること自体が見当違いを犯していることにならないだろうか。

 そういったことを無視したとしても、「小6もしくは小5」の年齢の生徒が「我が国の歴史や政治、国際社会における役割に関心を持ち、意欲的に調べ」学んで、「国を愛する心情」を育みました、「世界の人々と生きていくことが大切」だとする「自覚を持」ちましたと評価を信じ、評価に合わせた態度を疑問もなく取ったなら、学校教育によってそういった姿を導いたのである、却って仮構でしかないその頭でっかちが空恐ろしくならないだろうか。

 その空恐ろしさは無視できまい。眠りこけてクビをがくんと折った幼い弟を背中におぶい、直立不動の姿勢て天皇の玉音放送を聴く小学生くらいの丸坊主の少年の愛国心に凝り固まった姿を新聞の写真で見たとき、空恐ろしささを感じたが、それに通じる空恐ろしさではないだろうか。

 日本はどこそこの国に400億円の無償援助をしたとか、PKOを派遣したとか、表面的な紹介はできる。日本が世界有数の援助国だとかPKOを派遣したとかを教えて日本は素晴しい国だと単純に信じさせたとしたら、その信じ込みの代償として、生徒から客観的認識能力の育みを奪うことになるだろう。援助するについてもPKOを派遣するについても、石油資源が欲しいとか、中国とかの影響力を殺ぐためとか、安保理常任入りの支持を得るためとか、国際社会に日本の役割を認知させるためとか、様々な理由・利害があることを伏せることになるからである。伏せなければ、客観的認識能力は育つだろうが、逆に「国を愛する心情」獲得の教育とはならない。

 ビン・缶やゴミを捨てて川や公園や道路を汚さないこと、自分の意見を恐れずに言い、他人の意見にも耳を傾け、人によって色々な考えがあり、色々な生き方があることを学ぶという基本的な人間のあり方の学びを通して社会の一員としての客観的認識能力を育んでいく。そのことがゆくゆくは世界の国々には色々な考え方の人間が存在し、色々な生き方をしている人間がいることの国際理解の学びにつながり、日本が国際社会の一員であることの学びにつながっていく。

 そのことと並行して他国との関係で「我が国の歴史や政治」を学校が教えなくても、テレビや新聞、その他の情報から成長と共に学んでいくだろうし、「国際社会における役割に関心」を持つことにもなるだろうが、それが客観的認識性に立った成果であるなら、中国で激しい反日デモが繰り広げられたからと言って、単純直情的に反応して中国を意味もなく敵視したり嫌悪したりするような偏狭な「愛国心」となる危険を避けることができる。

 子どもたちが基本的な対人関係の知識を満足な形で身につけず、客観認識能力を育まぬままの「我が国の歴史や政治、国際社会における役割」知識、あるいは「国際理解や世界平和」知識は自国のいいとこだけを取る優越民族意識に発展する危険性を抱えることにもなる。だが、そういった生徒ほど「愛国心」評価は高得点を獲得することになるだろう。

 以前は評価「項目に盛り込んでいたが、削除したという学校は、少なくとも122校あり、その多くが児童の内面を評価することの難しさを挙げている」(同記事)と言うことだが、試すまでもなく決して評価すべき事柄ではないと気づくべきことであろう。

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マレーシア・アブドラ首相が言う「日本の役割」

2006-06-09 05:58:33 | Weblog

 自民族中心主義からの靖国神社参拝と日本外交

 「【シンガポール=小倉いずみ】22日から訪日中のマレーシアのアブドラ首相は朝日新聞の書面インタビューに答え、小泉首相の靖国神社参拝をめぐる問題について『日本と近隣諸国が、間に横たわる障害を取り除かなければ、地域の平和と協力が影響を受ける』と懸念を表明した」(『靖国参拝アジアに影響 マレーシア首相、懸念示す』06.5.23.『朝日』朝刊)

 まあ、このことはどうでもいいことだろう。小泉首相も安倍晋三も、首相の靖国参拝をどうこう言っているのは中国と韓国だけで、アジアの他の国は何も言っていないという態度を取っているのだから、放っておけばいい。問題は記事の最後に挙げてあるアブドラ首相の言葉である。

 「近年の国際社会は日本に対し、外交面でその経済力と政治力に見合った役割を果たすようシグナルを送っている」

 つまり、日本は「外交面でその経済力と政治力に見合った役割を果た」してこなかったし、現在も果たしていない。そういったお粗末な状況に立ちすくんでいるのは果たすだけの力を持っていなかったし、現在も持っていないからということ以外に理由を見つけることができるだろうか。だからと言って中国の影響力のみが突出したのではアジアのみではなく、世界のバランスを危うくする。その危機感に立って業を煮やす形でそろそろ果たすべきではないかと言っているのだろう。無理な注文かなと、薄々気づきながらなのかもしれない。

 このこともどうでもいいことか。そんなことを言っているのはマレーシアのアブドラ首相だけだと片付ければ済むことだから。自己中心でしか考えられないのは日本の歴史・伝統・文化としてある日本民族優越意識からの発想であろう。自分は優秀だと思い上がった人間は自分の考えはすべて正しいとし、他人の言うことは耳に入らない。大体が「国のために戦った」と日本のことだけしか考えない自己中心の靖国神社参拝となっているのである。

 自己中心の政治に他国との関係を問い・調和させる外交上の創造的な相互性など期待できようがない。

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村上世彰と〝愛国心〟

2006-06-08 06:23:13 | Weblog

 善人であっても、叩けばホコリが出る。

 村上世彰が善人だというのではない。あくまでも譬えであって、まるっきりの善人など存在しないということである。

 一つの仕事に就くとき、大まかに分類すると、善人から出発する場合と、最初から悪人として出発する場合、それに悪人、善人どちらでもなく出発する三つの場合があるだろう。村上世彰が通産官僚を辞し、株の世界に身を投じるに当たって善人から出発したのかどうかは知らない。善人から出発したと仮定してみよう。巨額の資金を取り扱う機会に恵まれて、その機会を無駄にせずに取り扱った巨額の資金に見合う利益を獲得することによって名声と才能を認められて、再び巨額の資金を取り扱うチャンスを与えられる立場にいる人間が、法律に触れることになると知りながら、チョット操作すれば一獲千金の利益を得ることができると分かっていて、その誘惑に負けない人間がどれ程いるだろうか。一度ならず首を振って誘惑を退け、一獲千金の利益を棒に振った人間なら、あのとき法を犯してでも手に入れていたならと後悔したとしたら、次の誘惑に対する抵抗力を相当に弱めるに違いない。

 例えば、100万円のカネを拾って、バカッ正直に警察に届ける。落し主が現れて、法律下限の5%の5万円を謝礼として手に入れる。もし届けなかったなら、拾った100万円を丸々自分のカネとして自由に使えたのにと届けたことを後悔した人間は、次にカネを拾ったら、果たしてネコババの誘惑に勝てるだろうか。

 村上世彰が利益のためには少しくらい法律に触れても構わないという姿勢で最初から出発したとしたら、もはや論外である。今回のインサイダー取引の疑いも、自己の姿勢のストレートな具体化に過ぎなかったことになる。

 国会議員の場合を考えてみる。多くの人間がこの国を良くしようと理想に燃えて政治の世界に身を投じるに違いない。だが活動を維持するのも、議員という身分を維持するのも、カネなしに満足に任せることはできない。派閥の領袖や派閥幹部に議員活動を支援して貰うにしても、顔や名前もさることながら、カネのバックアップなしには有効に機能せず、カネの力がモノを言う世界だと思い知る。当然誰の支援もなしの自分ひとりの活動では、その幅を広げるのも頻度を上げるのもカネの力が必要で、カネへの渇望が高まる。

派閥の会合を高級料亭や高級ホテルで時には高級料理、女付きで開くのも、カネをかけることに意義があるからだろう。カネの力で新人や下っ端にはマネのできないことをして感じ入らせて派閥に感謝させ、恩を着せることができるからだ。派閥の力を自分の力だと錯覚させることもできる。
 
自分一人で飲み食いに行くにしても、カネの使いようで先生、先生と持てはやされもする。みみっちく飲み食いしていたら、国会議員のくせにと軽蔑されるだけである。誰か同僚を連れてなら、なおさらにカネ次第で相手にさすがはと思わせ、店にも受けをよくすることができる。結果として恩を着るのも着せるのもカネ次第だと学ぶ。

 カネの力が自分の能力に取って代わることすらある。自分の能力では解決できないことをカネが簡単に解決してくれる。解決だけではなく、相手に感謝されて頭を下げさせることすらできる。

 かくして資金が潤沢であることに越したことはないということになる。いくら有り余っても、有り余ることはないことを知る。カネが十分にあれば、若いうちから大学や官僚、企業の中から同じ世代の有能な人材を見つけ出して仲間とし、飲み食いを含めた会合に関わる資金をすべて自分持ちとし、謝礼まで出して情報交換したり、議論を闘わせて政策知識を深めることもできる。いわば派閥に所属していたなら、派閥の親分に従属する子分の身であっても、カネがありさえすれば、それなりのグループをつくって親分の地位に納まることもできる。カネに恵まれなければ、余程政策的に優れているなら話は別だが、ずっと子分の身でいなければならないだろう。

 そのようなカネを親の遺産もなく自分の才覚一つで稼がなければならないとなったら、自分の才能にプラスアルファも2アルファもつけるためにも、政治献金が潤沢に集まらない若手のうちは支持者を介した有利な株の取引や自分でできる口利き――地元の市会議員や県会議員を通した国会議員という肩書きにモノを言わせる便宜供与で謝礼を得るといった資金集めに時間と力を注いで、歳費以外にも稼ぐといったことをしなければならなくなる。そのうちインサイダー取引だって辞さなくなるだろうし、地元での口利きが談合や情報の漏洩に当たることになっても、自分の政治を実現させ、世のため・国のために尽くすという口実の元、実際はカネのために魂を売ることにもなる。

 閣僚でございます、党役員でございます、派閥会長でございます、総理総裁でございますと、さも有能で立派な政治家ですといった顔を曝していたとしても、完璧にウラのない人間は存在しないし、まるきり善人で通した政治家も存在しないだろう。

 そういった政治家たちが自分たちのいかがわしさを隠して学校教育で生徒に〝愛国心〟教育をすべきだと主張する。学校の生徒は〝愛国心〟教育を導入した政治家たちが実際はウラにいかがわしさを隠しているとは気づきもしないだろう。国を愛しなさい、日本の歴史・伝統・文化はこんなにも素晴しいという教示はそれぞれのいかがわしさを隠す隠れ蓑の役目も果たす。

 そういえば村上世彰に関しても、「株主価値を高める」という立派な目標を掲げ、盛んに口にしていた顔からはウラに不法行為を隠しているとは誰も気づかなかったに違いない。

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戦後60年・繰返される〝謝罪と反省〟

2006-06-07 08:08:09 | Weblog

 今日(06.6.8)からアジア訪問へ出発する天皇が昨夜(06.6.7)記者会見した。

 ――先の大戦によって、日本に対する複雑な思いも残る地でもあります。戦後60年を経て再び訪問されることに、どんな思いがおありでしょうか。
天皇「先の大戦では、日本人を含め多くの人々の命が失われました。そのことは返す返すも心の痛むことであります。私どもはこの歴史を決して忘れることなく、各国民が協力し合って争いのない世界を築くために努力していかなければならないと思います。戦後60年を経、先の大戦を経験しない人々が多くなっている今日、このことが深く心にかかっています」

 戦後60年経過するというのに、〝謝罪と反省〟を――少なくともその気持を示すことから始める。

 昨年インドネシアのジャカルタで行われたアジア・アフリカ会議<バンドン会議>50周年の首脳会議(05.4.22)では小泉首相自身が「国のために戦った」と称賛して戦前の日本国家への奉仕を絶対価値と示す靖国参拝姿勢を裏切って、村山談話を引用しながら、「わが国はかつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」と、「国のために戦った」軍人・兵士、戦争自体を謀議した政治家・軍部が「与えた」主体であることには靖国参拝しているのだから当然意を介さずに「こうした歴史の事実を謙虚に受止め、痛切なる反省と心からのお詫びの気持を常に心に刻みつつ」云々と〝謝罪と反省〟に当たる「痛切なる反省と心からのお詫びの気持」を表明している。

 1990年韓国の盧泰愚大統領来日時の宮中晩餐会で現天皇が「我が国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味われた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」と、天皇自身が〝謝罪と反省〟を述べたのに対して、当時自民党に在籍していた小沢一郎が「反省しているし、協力している。これ以上地べたにはいつくばったり、土下座する必要があるのか」と怒りもあらわにというか、不快感もあらわにというか、これ以上の〝謝罪と反省〟への全面反対の姿勢を示す言葉の露骨さ自体に物議をかもしたが、小沢一郎の場合は何度も繰返している、もう繰返す必要はないという気持からの意思表示だったろう。

 単に〝これ以上〟という回数や量、あるいは表現の問題ではない。戦前の戦争に関係する節目節目に〝謝罪と反省〟から入らなければならないのはなぜなのか、今以てそういった形を取っていることを問題にすべきだろう。例え天皇が被侵略国へ訪問した場合に於いてでもである。

 つまるところ戦後日本がアジア各国に対する戦争責任を金銭的な補償のみで片付いたものとし、自らは自らの手で自国人の戦争責任を問わずに曖昧にしたばかりか、極東軍事裁判自体に疑義、もしくは否定的見解を示し、最も責任あるA級戦犯を靖国神社に合祀・参拝する形で日の当たる場所に名誉回復させ(このことは自国人の戦争責任は問わずに曖昧化したことと符合する事柄であろう)、あるいは侵略戦争の否定、強制連行や従軍慰安婦、南京虐殺といった事実の否定、さらに国の戦争責任を認めることになる国家の資格での個人補償の否定等々を行い、気持の上では戦争責任をきっちりと取ってこなかった、戦後処理を真正な形で行ってこなかったことから、無意識下に精神的な借り、あるいは負い目を感じていて、それを埋め合わせる代償行為として、〝謝罪と反省〟から入らざるを得ないのではないだろうか。

 何度催促されても借金を返済しきれない人間が債権者に対していつまでも頭をペコペコと下げなければならないようにである。
 
 戦後の早い時期に戦争責任をきちんと認めて、国内的には自らの手で戦争犯罪人を裁き(裁いていたら、靖国神社参拝は否定的行為となっていたに違いない)、アジア各国が納得する戦後処理を物心両面に亘って果たして日本が国家としての信頼を回復していたなら、戦後60年を経過しても〝謝罪と反省〟から入らなければならない場面は避けることができたのではないだろうか。日本の方から〝謝罪と反省〟から入ったとしても、相手が、もういいよ、と言ってくれるだろうからである。言ってくれないのは、まだ足りないと思っているからではないだろうか。

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マッチポンプな安倍晋三の「再チャレンジ政策」

2006-06-05 20:30:51 | Weblog

 もっとスケールの大きい政策を展開できないのか

 安倍晋三が力を入れる「再チャレンジ」政策を後押しする「『再チャレンジ支援議員連盟』の設立総会が2日、自民党本部で開かれた。出席した国会議員は安倍氏周辺の予想を上回る94人」(06年6月3日『朝日』朝刊)だと言う。

 〝議員連盟設立〟に名を借りた9月総裁選に向けた安倍支持派の旗揚げということらしい。再チャレンジ政策とは安倍官房長官が議長を務める政府の「再チャレンジ推進会議」が掲げる政策のことで、5月30日の会合で纏めたその中間報告の柱となる政策を同じ記事から見てみると、

【人生の複線化政策】
 ①働き方の複線化
  新卒一括採用システムの見直し(国家公務員中途採用の
  拡大)▽正規・非正規労働者間の均衡処遇(有期労働契
  約を巡るルールの明確化、社会保険の適用拡大)
 ②学び方の複線化
  大学等で社会人の「学びの見直し」の推進(専門職大学
  院や実践的コース・講座の開設支援)▽地域の情報窓口
  の構築▽ITを利用した生涯学習推進体制の構築
 ③暮らし方の複線化
  U・Iターンの再チャレンジ支援(農林漁業就業支援)
  ▽職・住提供支援(人材登録・研修事業の創設)▽地域
  の創意工夫支援のための枠組み構築
【個別の支援策】
  個人保証に過度に依存しない融資の推進(枠組みの創設
  、金融機関に説明徹底の要請、再チャレンジプランナー
  の創設)――等を目標として掲げている。

 「複線化」に関わる各コースはスローガンとしては感動を誘う美しい言葉の羅列となってはいるが、本質的な問題を把えて社会全体の矛盾を狙い撃ちするようなスケールの大きさは感じさせず、逆にこれはといったところを拾い出して並べただけのスケールの小ささしか見えないが、それは安倍晋三のスケールの小ささが自然と滲み出した因果性からの政策結果なのだろうか。

 「国家公務員中途採用の拡大」とは、国家公務員3種採用(受験資格高卒程度以上)に関して毎年100人程度の30~40歳のフリーターや子育てが一段落した主婦らを対象とした採用枠を新設して就労機会の提供を図るということらしいが、そのことだけにとどまる「新卒一括採用システムの見直し」だとしたら、例え民間にも同じことを要求したとしても、余りにも限定的に過ぎる。

 「U・Iターンの再チャレンジ支援(農林漁業就業支援)」とは、定年になった団塊世代や若者の就農漁業支援を眼目としているとのことだが、既に過疎の農漁村が試みている地域振興策に国のカネで便乗するだけのことを「U・Iターンの再チャレンジ支援」と立派に名づけたとしたら、その割には内容が見劣りがする。

 「再チャレンジ」政策の推進によって、「フリーターの数を03年のピーク時(217万人)から10年には2割減の約170万人に減らすことや、女性と60歳以上の高齢者の雇用を15年までの10年間で185万人増やすことなどを目標に掲げ」(「毎日新聞」インターネット記事:06年5月30日20時52分)ていて結構づくめの政策となっているが、「パートへの厚生年金の加入拡大やパートの正規社員への転換制度導入などは、政府が過去に法改正を検討したが業界からの反発で見送った経緯があり、実現までには曲折も予想される」(同)と警告している。

 「業界からの反発」は人件費の高騰が企業経営へのマイナス要因に撥ね返ることへの拒絶反応からなのはいうまでもない。フリーターの存在にしても、その人件費の安さが企業経営のメリットとなっている。いわば需要と供給の市場原理に成り立っているフリーターの存在でもある。今後とも景気回復基調が続いて就職環境が改善されたとしても、人件費抑制の流れが賃金は横ばいのままフリーターをパートや派遣社員と名前を変えて存続させないとも限らないし、政府の「見送った」前科からすると、企業側の抵抗をどれ程無効として社会の流れとすることができるか、具体化は曖昧な限りである。

 小泉首相が中・韓の強硬な反対にも関わらず靖国神社参拝を強行したことを受けて、安倍晋三が「小泉首相の次の首相も靖国神社に参拝するべきだ。国のために戦った方に尊敬の念を表することはリーダーの責務だ」と、「国のために戦った」ことがアジア各国に悲劇をもたらしたことを棚に上げて宣言した以上、良し悪しは別として靖国問題がアジア政策に直接関係するということだけではなく、自身も「リーダー」を目指していることへの整合性を持たせるためにも9月の総裁選に向けた政策争点に加えるべきだろう。それを「靖国問題は総裁選の争点とすべきではない」という立場を取っているのは、総理・総裁になった場合の自らの行動を自分で縛ることになる単なる都合からだろう。

 そういった安倍晋三の自己の主義・主張の便宜的な軌道修正のカメレオン性から窺うとしたら、小泉構造改革の継承者であることを任じてポスト小泉を狙っている関係から小泉構造改革の一大成果である〝社会格差〟を韜晦して受け継ぐ価値あるものとしなければならない立場上、「再チャレンジ」という名の〝新たな政策〟(是正策ではない。是正としたら、〝継承〟ではなく、断絶と新規を意味することになる)を打ち出さざるを得ず、「機会の平等を求め、結果の平等は求めない」と急遽機会平等論者を装った辻褄合わせと疑えないことはない。

 その疑いが濃厚だからこそ、「再チャレンジ」政策の項目それぞれがスケールが小さく纏まった形でしか出てこなかったということではないだろうか。
  
 「機会の平等」を妨げている本質的な原因の一つに学歴主義の社会的なのさばりがあるのは誰も否定できまい。「人事院は2・3種採用職員の幹部登用を推進しており、04年度で本省課長などへの登用実績は計40機関、129人となっている」(『国家公務員3種にフリーター枠検討』東京新聞・06年6月4日)と努力していることを示しているが、「2・3種採用職員」は公務員全体で最多人数を占めているはずであるにも関わらず、たったの「40機関、129人」の「登用実績」である。1都1道2府43県の47地方自治体で割ると、1自治体で平均3人弱の割合にしかならない、しかも「本省課長」止まりの学歴主義の障壁状況を示している。

 安倍晋三の「再チャレンジ政策」が小泉構造改革の矛盾の韜晦を狙ったものではないとするなら、またそのスケールの小ささから脱するためにも、誰が受験しようとも国家公務員3種採用(受験資格高卒程度以上)に関しては受験者の学力は試験そのもので問えばいいのだから、受験資格を〝高卒程度以上〟とせずに、〝中卒以上〟と明確に規定すべきだろう。〝中卒以上〟とすることが〝脱学歴〟の宣言となって、学歴とは無関係の本人の努力とチャレンジ精神が基本的な採用基準と化し、そのことが社会全体の学歴主義の払拭に影響しないことはないだろうからである。

 いわば〝学歴主義〟という本質の部分を変えることによって、学歴主義が生産してきた社会全体の格差、その矛盾を是正していくスケールの大きさこそが求められる改革ではないだろうか。

 当然、国家公務員1種・2種試験に関しても、受験資格は〝学卒〟とせずに、〝中卒以上〟とすべきで、本人の努力とチャレンジ精神に任せるべきだろう。そのような試験制度改革は採用基準がゆくゆくは学歴主義から人物本位に向かう流れをつくり出さないではおかない。霞ヶ関の国家公務員の場合、新人研修(初任者研修)というそもそものスタートラインで「機会の平等」は与えられず、キャリアとノンキャリアで明確に分けらているそうだが、そういった慣習も不純とされ、是正に向かわざるを得ない。

 学歴主義から人物本位への流れは、現在も色濃く残る男女差別の是正をも巻き込まずに済むまい。学歴の上下に関係せず、また男女の性別に関係せず、すべての人間を同じスタートラインに立たせることが真の「機会の平等」の実現を可能とする。スタートラインを違えて、「機会の平等」は存在しない。いわば「機会の平等」は学歴主義・男女差別の否定から入らなければ意味を成さない。

 【個別の支援策】として、「塾に通えず機会不平等となるおそれのある母子家庭や生活保護世帯の子供たちには、教職を目指す大学生や教員OBが放課後や週末に勉強を教える『寺子屋』を作る」(「毎日新聞)インターネット記事・06年5月30日:20時52分)といった趣旨に関しても、学歴主義は親の、あるいはさらにその上の親族の学歴も心理的に採用基準にプラスされる傾向を持っていることから、一時的な「機会の不平等」の修正にとどまらせないためにも、学歴主義や男女差別自体の排除なくして「寺小屋」は最終段階に至ってまで機能するといったことはないのではないか。
 
 学歴主義・男女差別(=人物本位の否定)は、日本の衆議院議員の女性進出率が昨年9月の総選挙史上最多の43人が当選したにも関わらす、世界的に低い位置にあるという事実、05年に男女均等法成立20年を迎えながら、同じ正社員でも男女の賃金格差は徐々に縮んではいるが、先進国の中では縮小度が鈍く、依然として3割以上、働く女性の3割を占めるパートの場合は男性正社員の4割台でほぼ横ばいが続いている状況(05.6.28『朝日』朝刊)、日本の大手6行の女性役員はゼロ(05.11.12.『朝日』朝刊)という現況等が示す社会格差を依然として生産し続けているファクターとなっているのである。殆どの先進国で禁止されている〝間接差別〟の横行という状況も学歴主義・男女差別(=人物本位の否定)が影響していないことはない社会格差の一つであろう。

 『日本の大手6行・女性役員はゼロ・米団体、世界50行調査』の記事全文を見てみると、「女性の経営参画を支援する米団体CWDIが世界の大手銀行50行の取締役の性別を調べたところ、対象となった日本の5行と農林中央金庫を合わせた取締役58人の中に女性はゼロで、少なくとも1人は女性のいる銀行が7割(35行)に達する世界の状況と差が大きいことが分かった。11日に公表する。
 05年6月時点の調査で、50行の本店所在地は14カ国に亘る。国別で見ると、女性役員がいないのは2行で、計43人が全員男性だったイタリアと日本の2カ国だけだった。
 女性役員ゼロの15行のうち、資産量で上位5行中4行が邦銀。みずほ、三菱東京(現三菱UFJ)。三井住友、UFJ(同)の各グループ持ち株会社だった。
 取締役中の女性比率が最も高いのは、スウェーデンのノルデア36・4%(11人中4人)、アジアからは中国銀行が30・8%(13人中4人)で4位、中国建設銀行が15・4%(13人中2人)で14位だった。米国はシティグループ、バンク・オブ・アメリカが各3人いるなど、対象の6行すべてに女性役員がいた」

 世界でゼロは日本とイタリアだけというのは何と名誉なことだろう。ノーベル賞ものではないか。

 小泉構造改革以来急速に拡大した各種格差是正の対策として、基本のところで深く影響している日本社会に日本の歴史・伝統・文化として巣食っている学歴主義や男女差別と真っ向から向き合ったのではない、必要と思われる事柄を個別に拾い集めたようにしか見えない「再チャレンジ政策」の項目の数々から判断できることは、安倍晋三の「機会の平等を求め、結果の平等は求めない」を趣旨とする「再チャレンジ」政策は、「自分でマッチを擦って火をつけておいて自分で消火ポンプで消す意」の和製語である〝マッチポンプ〟に過ぎない印象しか出てこない。

 自らも幹事長、次いで官房長官として加わった小泉構造改革が日本社会の格差をマッチを擦って火をつけたように拡大させたのだから、責任が及ばないうちに慌ててポンプを持ち出して自分たちがつけた火の消火に当たり、格差拡大の責任は取らないまま、単なる後始末でしかない是正を後始末と思わせないで手柄とするといったところではないだろうか。

 小泉首相に金魚のフン並みにべったりと引っ付いて格差社会を共につくり出しておきながら、格差社会に取り残された者に「再チャレンジの手を差しのべる」とは、まさしく自分で火をつけておいて自分で消火ポンプを持ち出して消して、その手柄で次の総理・総裁の地位という大きな利益を得ようと言うのだから、まさしく虫がいいマッチポンプとしか評しようがない。

 出生率の減少も学歴主義・男女差別とそれらの延長にある賃金差別が子育てに必要な資金を十分に投入できない状況(私設保育所の保育料が高すぎるために頼りとしている公立の保育所の空きがなくて、子どもを産めないといった状況等)を受けた結果性ということもあるに違いない。

 格差の本質に潜んでいる学歴主義・男女差別に手をつけない格差の是正は、単に格差の表面を取り繕うに過ぎない。安倍晋三はそれをやろうとしている。その程度の政治家でしかないからだろう。「再チャレンジ支援議員連盟」の設立総会に94人も集まったとニンマリしている程度なのだから。

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優先順位を間違えた小泉改革

2006-06-03 05:28:38 | Weblog

 『05年の合計特殊出生率1・25 過去最低を記録』
 
 6月2日(06年)の新聞・テレビが一斉に伝えた。

 少子化の進行による年金・医療・介護といった社会保障制度への深刻なマイナス影響、将来的な労働力減少による経済への深刻なマイナス影響だけを取っても、国民生活の土台そのものを揺るがしかねないだけではなく、ひいては国家の安定した存立そのものを揺るがしかねない問題であろう。いわば少子化問題は国にとっての、勿論国民にとっても最重要な〝死活問題〟に位置づけなければならないはずである。いや、位置づけてこなければならなかったはずである。

 同じ日の『朝日』夕刊が『高齢化率2割を越す』――「65歳以上の高齢者は05年10月1日時点で過去最高の2560万人となり、総人口に占める割合(高齢化率)は前年同月に比べ約0・5ポイント増の20・04%と初めて20%台に乗った。先進国の中ではイタリアと並ぶ最高水準の高齢化率になったと見られる」と伝えているが、この国の活力・社会の活力を奪いかねない高齢化現象も出生率低下を原因とした若年層の減少というマイナス要因がさらに次のマイナス要因を呼び込んだ悪循環結果であろう。

 地方の格差問題も都会の少子化による若年層の減少が、その埋め合わせとして地方の若年層を簡単に引き込み、結果として招いている高齢化・過疎化が地方活力の減退をさらに招いていることから起こってもいる格差であって、少子化問題抜きには語ることはできない。

 かつて厚生大臣まで務め、厚生族の一人に数えられていたのである、国と国民にとっての〝死活問題〟である以上、〝少子化対策〟は小泉改革の中心に据えるべき最優先政策でなければならなかったのではなかったか。そうするだけの問題意識を持つべきだったのではなかったか。

 だが小泉首相は「郵政民営化なくして、構造改革なし」と大ミエを切り、国民にそう信じ込ませて、その実現のために自党の反対派議員さえも切り捨て、郵政民営化を改革の中心に据え、すべての構造改革に優先させるべき政策として断行した。果たして「郵政民営化」は「少子化問題」に優先する、あるいは優先させるべき国・国民にとっての〝死活問題〟だったのか。

 「30年間政治は無策」との小見出しで、新聞は昨年末既に次のように伝えている。「『日本が人口減少社会になっていくのは実は30年前に分かっていた。残念ながら30年間、我々の社会は有効な手段を準備できなかった』
 22日の閣議後の記者会見で竹中総務相はこう語った。合計特殊出生率は1970年半ば以降、人口を維持するのに必要とされる2・1を割り続けている。これが続けば自然減を迎えることは百も承知だったわけだ。
 それなのになぜ有効な手を打てなかったのか。竹中氏は『要因は多岐に渡る。経済、住居、所得の環境、教育のあり方、男女参画のあり方の問題』と指摘した」「人口減 産めぬ現実」(05.12.22.『朝日』朝刊)

 小泉内閣成立以来、小泉構造改革の参謀役を担ってきた竹中総務相自身が少子化問題に関わる30年間の自民党政治の無策を「我々の社会は」という言葉で責任を転嫁しつつ認めたのである。「我々の社会」は自民党政治の主導の下、国民と協同してつくってきたのである。主導者である自民党政治が一番に責任を取らなければならない。それとも「我々の社会」が招いたことだと、国民に責任を取らせるつもりなのだろうか。

 「35年と半生を縛る多額の住宅ローン、仕事と子育てを両立しにくい社会、それに年金や医療などの将来不安がのしかかる・・・・。とても安心して子供を産める環境にはない」(同記事解説)

 問題点が分かっていないならまだしも、分かっていた。後は優先順位の問題だが、しかし最優先政策としなかった。「郵政民営化なくして、構造改革なし」と、郵政民営化を最優先政策とした。

 『05年の合計特殊出生率1・25 過去最低を記録』を受けた記者の質問に対して、小泉首相は「今後、少子化対策は最重要課題となってくると思いますね」と、国及び国民の緊急を要すべき〝死活問題〟を30年間有効な手を打てず出生率の低下を許してきたのだから、無為無策状態で放置したまま、その責任には触れず、また改革のピントがズレていたことにも触れず、「今後」の「最重要課題」だと先送りした。

 分かっているのかな、小泉さん。06年9月首相退任を自らの決定事項としているのだから、自分では「最重要課題」としないまま、次の政権の「最重要課題」にしてくださいと言うわけである。

 ぶっちゃけた話、〝最重要課題〟に位置づける印として小泉改革のスケジュール表には◎(二重丸)はついていなかったわけである。優先順位を遥か後方に下げた場所に無印のまま記載されていただけだから、「今後」の問題とせざるを得なかったのだろう。間の抜けた話ではないか。

 郵政民営化も必要だろうが、少なくとも国及び国民にとっての緊急の〝死活問題〟ではなかった。それ以上に少子化対策は最優先に取組むべき日本社会全体の〝死活問題〟だったはずである。「古い自民党をぶっ壊した」という成果が虚ろに響く。

 〝死活問題〟を土産に残して、退任時期が4ヶ月後に迫っている。多分、「古い自民党をぶっ壊した」名宰相としての名声を獲得して。それも虚しいことであることがいずれ暴露されることだろう。

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『まちづくり3法』と駐車違反取締り強化の相互矛盾

2006-06-02 07:46:42 | Weblog

 5月31日に『改正中心市街地活性化法が』が成立し、巨大店舗を郊外に出店することを原則禁止する『まちづくり3法』が来年秋にでも全国で適用される」(06.6.1.朝日朝刊)とのこと。既に「9都道府県がスーパーなどの大型店の郊外出店を厳しく制限する独自規制を設けたり検討したりしている」そうだ。

 同記事によると、『まちづくり3法』とは、中心地の空洞化に歯止めをかけるための関連法で、大型店の出展地域を規制する『都市計画法』、中心部の活性化のために交付金支援する『中心市街地活性化法』、出展計画の届出を求める『大規模小売店舗立地法』を指すとのことで、郊外への出店規制を大幅に強化するとともに、中心市街地に商業施設を誘導しやすくする法律だという。法律自体も小泉流規制緩和に矛盾する規制強化への転換である。

 中心市街地のシャッター通り化、既設大型郊外店の隆盛、一般店舗から100円ショップやコンビニへの転換とその成功、スーパーの恒例化した日替わり安売り販売等々――、これらの状況から導き出すことのできる答は、一般消費者の1円でも安い店へ流れていく消費動向が既に趨勢化しているということであろう。

 この流れは変わらない。欧米先進国に比べてバカ高い教育費、持ち家であれば、バカ高い住宅建設費・土地代、持ち家でなければ、バカ高いアパート・マンション代等が生活を圧迫して、いくら稼いでも、有り余るカネとはならないからだ。そのことが豊かであっても、殆どがギリギリのところで生活している状況をつくり出している。ましてやたいして稼げない最大公約数の一般国民にとっては、1円でも安くは死活問題となっている。

 日本の歴史・伝統・文化として鎮座している日本の素晴しい政治のお陰で年金給付が将来的に当てにならないといった不安要素も加わって、稼いだカネの稼いだ分だけの有効利用が〝1円でも安く〟という姿をさらに取らせ、そのことが誰もの生活上の至上テーマとさせているのである。

 〝1円でも安く〟の生活者にとって車が交通手段となっている今日、駐車料金を取られる駐車場を利用しなければ買い物ができない店舗への出入りは〝1円でも安く〟の自己否定となる。無料で駐車できる大型駐車場を抱えた安売りの郊外型大型店に向かうのは生活上の要請であった。例え少しぐらい時間とガソリン代がかかろうとも、払う場合の駐車代金よりも安く上がるのは確実であるし、まとめ買いすることで時間とガソリン代の節約を図ることもできる。

 このような時代的な流れを元に戻そうということで『まちづくり3法』を制定したのだろう。中心市街地に商業施設を誘導しやすくしたとしても、安売り大型店舗と同時に大勢の客を受け入れることのできる大型無料駐車場を用意できなければ、〝1円でも安く〟の流れを変えることはできない。ただでさえ地価が高い中心市街地に大型無料駐車場を抱えるとなれば、中心部の活性化のために交付金を少しぐらい支援したとしても、無料駐車場確保のために投下した資本を商品単価に撥ね返らせずに営業できる企業がどれほどあるか、1円でも郊外店よりも高ければ、消費者は郊外店に向かう。

 投下資本の節約のために商店街共同で駐車場確保に動いたとしても、小規模の個人商店にとっては馬鹿にならない投資で、その回収に余裕を持てる小規模店がどれほどあるかも問題となるし、大体が間近に確保できる土地そのものがあるかどうかである。少しでも遠くて、目的の店まで歩かなければならないとなったなら、敬遠されるだろう。

 無料駐車場を抱えない営業開始に対して、消費者が手頃な値段で欲しい商品があったとしても、駐車違反車両取締まり強化の民間委託業務が6月1日から始まっている。無料駐車場がないからと、罰金を支払う覚悟で違法駐車してまで欲しいと思った商品を手に入れようとする利口者はいないだろう。

 『まちづくり3法』を制定しながら、同時に市街地から車を追放することにもなる駐車違反取まり強化を開始する。取締り強化によって市街地に於ける消費者の過疎化がますます進めば、平行して車の流入量も減少し、違法駐車も減る。但し、中心市街地の活性化をなおざりにする矛盾を犯さなければならない。

 その矛盾を回避するために警察と委託先民間業者にワイロを贈って、中心市街地の駐車取締まりに手心を加えて貰うという手もある。

 そうしたとしても、この商店街は駐車違反取締まりが免除されていますと公に知らしめることはできないから、口コミで広まるまでには時間がかかる。広がったところで、噂が憶測を呼び合って、駐車違反取締まりがないのはどうも警察にカネを握らせているからしいといった情報が行き交い、マスコミが取り上げるに至り、特別扱いが露見することになるといった展開か。

 アルバイトを雇って二人で配達することにした運送業者もあると言うことだが、失業率改善には役立っても、人件費の増加が最終的には商品に転化されて、国民の生活を低所得者から順に圧迫する。生活格差社会が小泉改革の隠れたテーマでもあったから、小泉首相にとっては本望となる成り行きではあるだろう。

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