イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

気づく!

2007-06-30 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

鎧兜に身を固め、必死に考えているときは、意外と何かに気づくことがない。勿論思考を精緻化したり、理詰めに追ったりすることはできるが、肝心の何かに気づかない、そして思考は空転することが多い。

朝起きて、窓を開けて微かな涼風を身体に感じた時。遠く鶯ののどかな囀りを聞いた時。ほっとして、友達と語らっている時。そんな時に「気づく!」ことがある。

林檎が落ちて、万有引力を発見したニュートン。お風呂で気づいたアルキメデス。そんな、天才による大発見もあろうが、自分のそれなりの人生の中で重要な「気づき」も重要である。

亡くなった父の思わぬ優しさを発見し、自分のどこかに張り巡らせていた呪縛的な考え方から開放される。自分を襲う危機に気づくこともあった。重要な人生の選択に気づくことも・・・

リラックスし、五感を働かし、どこかで自分の見えない心か魂を映し出している時かもしれない。自分の姿に「気づく!」。

これから、「気づき」について数回ご一緒に考えてみたい。

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仮面を外す!

2007-06-29 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

私にとって子供の頃のヒーローは、スーパーマンであった。気弱な新聞社に勤めている若者が、変装のメガネを外し、あっという間に赤いマントのスーパーマンに変身する場面が大好きであった。

スーパーマンの放映後、テレビでは月光仮面、ナショナルキッド、ウルトラマンなどが登場したが、変身するのは同じだが、素顔を隠すヒーローが主流である。

スーパーマンは反対に素顔を出しているのが好きだ。

人間年をとってくると、仮面をつけることを学ぶ。中学校、高校、大学とちょっとした仮面をつけていた。社会人になったときは、周りの先輩の仮面に驚いたこともある。

営業の部署に入ったが、明るく笑うにこやかな顔、明るい声・・いかにも営業マンという感じで、不気味であった。

会社に入って5-6年もすると、仕事もある程度覚え、「いかにも」の仮面をつけることは、苦にならなくなった。

28年勤めた会社を去り、サラリーマンを辞めた。それから数年し、今に至るが、昔の仮面は殆ど外した感じである。今は、自然体とありのままの自分を大切にしている。

厚い仮面を取り去ると、世の中が変わってくる。スーパーマンの赤いマントは無いし、より非力な自分になる。しかし、不思議なことに自分も周りもイキイキしてきている。

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良い児童書を読む!

2007-06-28 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

4年前にサラリーマンを辞めてから、2回ほど宗教家(仏教とキリスト教)の方から、児童書を貸していただいたり、紹介していただいた。

岩波ジュニア新書も何冊か読んだ。絵本も紹介していただいて買ったりした。そして、最近はギリシャ神話の良い本を求めて、児童書を購入した。

50歳台にして、児童の時代を再度経験しているようにも思う。そして、人間にとって本当に必要なものを学んでいるようでもある。

残虐な少年犯罪が増加し、「いのちの大切さを学校で教えるべきだ。」などの声を聴く。何となくもっともだという発言であるが、大教育者の見識豊かな方が、何を具体的に教えろというのだと嘆いていた。

確かに良く考えてみると、実に何を教えろというのかと叫びたくなる問題である。こんな難しい問題をポンと学校教育だけに押し付けるのもどうかと思う。

ただ、骨のある児童書は、直接言及していないまでも、やんわりと本当に大切なものは何かを教えている。

現代は、ドストエフスキーの「罪と罰」が100円で古本屋で売っている時代である。偽者と本物が混在しているのは児童書でも同じだと思う。

次世代と自分自身のために私たちはもっと児童書に関心を寄せ、実際に買ってみて、時には音読してみよう。児童書には隠れた至宝があるようだ。

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(多摩センター ねむの木)


自分の為のタイムカプセル!

2007-06-27 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

小学生の頃、クッキーの缶を利用して兄弟や友達とタイムカプセルを作り庭に埋めたことがあった。その後、何処に埋めたのかも忘れ、その土地も他人のものとなった今、あのタイムカプセルは完全に行方不明だ。

ある時の自分を記念して、どこかに記録するという意味では、こうしたタイムカプセルでなくても、写真やビデオ、日記などが替わりの役目をする。そして、それは貴重な宝になることがある。

私の大切なタイムカプセルは、33年前の大学4年生の時に、工学部の仲間7-8人で作った文集に寄稿した短編小説である。

未熟でるあるが、当時好きだったカフカ風で、他人には極めて判りにくいが、自分の心情や謎が正直に保存されていた。

この短編小説は、丁度10年前に偶然見つけ出し、10年前の自分が33年前の自分と対面した。その時のメモがあったが、これも10年前の自分を知る上で大変興味深い。

そして今、33年前の自分の心情や謎はかなり解明され、当時の不安は平安に変わった。

身近にある、昔のタイムカプセル、懐かしい思い出と共に、自分を知る上の重要な宝になることがある。

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明るく生きる意味!

2007-06-26 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

30歳台のころ、父と話していた時に父から注意されたことがあった。もっと明るく物事を解釈すべきだということであった。

その時は、確かに暗い話ばかりしているよりは、明るい話題をするほうが家族団欒にはよいかなと思う程度であったが。こころのどこかに父の言葉が引っかかった。

今、父が私に話をしてくれた、同じ年頃になり、父が何故そんな話をしたのか、判るようになった。一番の理由は「生き甲斐の心理学」を学んだ為であるが、年をとり明るく生きる意味を実感できる年頃になったこともあると思う。

不安感は現実と理想のギャップに生じるが、殆どの場合、現実と理想の重なる達成できた部分も存在し、そこを明るく解釈することで、解決の一歩が始まるようである。

さらに、日々の小さな幸せを意識することで、人間大いに助けられるものである。

40歳台のとてつもなく不安が日々を覆っていた時期、何故乗り切ったかと思うと、こころの支えになってくれた方が居たことでもあるが、このことがあったように思える。

不安は、見えない領域を見続けると、さらに限りなく不安になるものである。疑惑感が嵐のようにやってきて、その中で思考し行動すれば、きっとさらに事態は悪化しただろう。

その反対に、うまくいっている部分にこころを集中し、感謝の気持ちを少しでも取り戻したため、事態が好転したように思う。

そして、毎週一回、決まった喫茶店で友人と朝食をとった、その小さな幸せも大きな励みになった。

梅雨の毎日、鬱陶しいが、植物にとっての恵みの雨と考えること、幸せな気分になれる。

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