イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

縄文時代を、「思考・感情・行動」の視点で観る (縄文世界を感じるとき 5/10)

2023-01-18 | 旅・雑記帳

2023年になってから「生き甲斐の心理学」の勉強会を3回開催したが、加速する縄文活動?のために話題も知らずしらず縄文にのめり込むこと・・・(笑)。

ところで、縄文の世界も今私たちが置かれている世界に似ていて、例えば日常の「思考・感情・行動」の流れが人生を決めていくことは同じだと思う。縄文時代の人々の思考や感情の多くは文字がなかったので殆ど分からないが、多くの行動の軌跡は遺物や遺跡の中に残されている。そして、例えばかつてノーベル平和賞の候補となった心理学者カール・ロジャース(1902~1987)の人格形成論、「19の命題」は遺伝子的には殆ど現代人と変わらない縄文人に応用してもおかしくないと思う。「19の命題」は文化の違いを乗り越える現象学を基盤とした理論であり、今では心理学の分野だけでなく、国際政治や経済などの分野でも応用されている。ロジャースが平和賞の候補になったのも国際政治を通してと聴いたことがある。

遺伝子的には4,5万年前の人間と現代人は殆ど変わらないという説もあり、縄文人をその視点でとらえるとどうなるか。ロジャースが人間の複雑な挙動(動物や植物にも適応できる領域から、時には宗教的な心の成長や変化までを説明する領域)をたった19の命題であらわしたのは、実に驚くべきことだ。Wikipediaの英語版に載っているのでご興味のあるかたはこちらを。私はかつて短期間だが福祉分野の仕事(修行?)をした。その時にこの19の命題は本当に役立った。ただ、理論は学術用語が難解でもあり、また理論を使えるように身に着けるのには自己事例の研究も必要で結構時間がかかる。

さて、私は今土器づくりの体験をしていることもあり、博物館に行っても、本を読んでも土器や土偶に眼が行ってしまう。

身近な資料館や博物館を訪ねても、縄文土器は弥生土器や古墳時代の土器などと比べても明らかに存在感がある。縄文土器は無紋のものもあるが、縄文などの文様が付いているものが主流。例えば縄文はしめ縄のような原体(道具)で生渇きの土器表面につける文様である。土器の表面積を文様をつけて増やすという実利はあるかもしれないが、その蛇のイメージは死と再生(脱皮)と繋がり、世界の伝統宗教のそれにもつながっていく。今日はその説明は詳しくできないが、縄文人は土器をつくるときは祈りながら作っていたのではと思う。

さらに、土器だけでなく、土偶、石棒、石器、あるいは住居などもそのイメージの中で祈りを込めて作られたように思う。当然ながら、その成果物は真善美と繋がり、現代人にも日本人以外の人々の心を打つ。

ところで、この2-3年は持統天皇の研究もしたが、その時「嫉妬心」のことを結構思索した。嫉妬は一般に嫌な感情として処理されがちだが、生き甲斐の研究をしているとそれが決してマイナスなものではなく、嫉妬をうまく解釈し新たな行動にでると、人生を左右するようなプラス方向性に舵を切ることがあるように思う。現代でも最先端の美と思われる縄文時代の土器や土偶。その裏にはどのような人生のドラマと祈りがあったのだろうか。

写真は大栗川の鷺だが、最近は注口土器が歩いているように見えてしまう(笑)。

縄文世界を感じるとき 5/10

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入手方法

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  四ツ谷サンパウロさんへ 定価(1,500円+税)送料別。

  電話:03-3357-8642(書籍・視聴覚)

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2.電子書籍版はアマゾンさんで、1000円で購入できますが、

  Kindle unlimitedなどの特典で無料でも読めます。 


       森裕行

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修行時代を考える・・今も縄文時代も (6/10 自分の道が見えてくる)

2021-11-18 | 旅・雑記帳

若者と修業時代はイメージ的に重なるが、私のように年寄りでも修業時代のまっただ中という人間もいるようだ。

U先生から「生き甲斐の心理学」を学び始めたのが2000年ごろ、縄文時代の勉強を始めたのは2014年ごろであり、そんな中で縄文小説を書いたりする活動をしているが、若い頃と同じようにいい年なのに修業時代のまっただ中かなと思う。

修業時代とは何だろうか。これはまだ師匠のように確固とした何かを掴んで無い状態。つまり自分では目標とする状態が見えていない状態なのだろう。安易にこれを勉強するとXXが出来ますとか、それらしいことをいう人やケースがあるが、本来師が修行をしていないものに到達時点を表現することは至難のわざだと思う。

恩師への忠誠心は極めて大事で、そうした忠誠心とか信頼関係がなければ修行は成り立たない。そして、信頼関係の中で修行をすることで順次アイデンティティの統合がなされ新しい到達点が得られる。初めから確固たる恩師のようなアイデンティティを持つことはありえないだろう。

さて、このところ時間があれば江戸東京博物館の縄文2021の展示会に通っているが(笑)、展示の中に翡翠(ひすい)や琥珀(こはく)の紹介がある。特に翡翠は糸魚川水系の姫川あたりでしか産出しないこと、またダイヤモンドなみに硬い石材なので加工が難しいことが知られている。

私も何年か前に姫川に行き、少し怪しげな翡翠を安価に購入して磨いたり、いろいろしたが確かに硬い。そして、縄文時代の大珠のように穴を穿つのは相当の技術だと実感している。それが、実験考古学で研磨剤と竹のような柔らかい棒状のものを使えば一時間くらい必死で回転させつつ翡翠の表面の一カ所を押し込んで行けば、1時間に1ミリ程度穴が空いていくようだ。気の遠くなる作業だが、写真の八王子の大珠のように縦に穴を開けているのを観ると、縄文時代に翡翠の穴を穿つ集団があり、師がいて弟子がいるという関係があっただろうと想像できる。また、これは単なる穴を開ける作業集団でもなさそうで、次の万葉集の歌は姫川の翡翠の神秘性を歌っているようだ。どのような集団であったか・・・今では殆ど分からない謎の人たちだ。

沼名川の 底なる玉 求めて得し玉かも拾ひて 得し玉かも あたらしき 君が 老ゆらく惜しも  (巻13-3257)

以上は翡翠の話であるが、漆とかそのほかにも高度な技術が使われたことがあり、興味津々である。

私と同じように年をとってからも魅力に駆られ修行をしていた祖先もいたかもしれない。

6/10 自分の道が見えてくる

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平和への知恵袋 (10/10 五感と生き甲斐と縄文)

2021-02-09 | 旅・雑記帳

昨日は楽しいオンラインでのおしゃべり会があり、久しぶりに沖縄の島々のことを思い出した。もう二年前に行った初めての沖縄。中でも久高島の印象は強烈だった。日本人の信仰の原点とは何か、いろいろ考えてしまう。玉砂利の話題も楽しかった。

さて、先月までの3か月「生き甲斐の心理学」の関係で、日本の原型といわれる7世紀の日本のことをいろいろ調べ考えた。世界の中で特異な日本の文化(甘えの構造、恥の文化、わびさび、穢れと禊、もののあはれ、幽玄の美)もいろいろ思索したが、どこの文化でもそうだが邪悪の問題にも取り組んだ。個人でも社会でもそうだが、なぜ人はもともと愛すべき存在なはずなのに邪悪になれるのか。もちろん、これは他人事の問題でもあるが自らの問題でもある。国や隣国の政治家の言動も気になるが、身近な日常の中で散見できることもある。もちろん自分のこころの動きも気になる。

人は何故邪悪になれるのか。

嘗て複雑系の話が盛んに言われたが、ちょうちょの羽が起こす僅かな空気の動きが、地球の反対側で台風を起こすようなことがあるという。気が付かないような些細なことが将来に大きな禍根を残す。私たちの幼少期のいくつかの愛の原型の羽音の一つ一つに将来が託されているようでもあるし、周りの大人のちょっとした些細な対応が原因かもしれない。人は、幼いころから年をとり死ぬまで年齢的な課題を持つものであるが、最近特に子供や孫世代のことが気になる。自分の過去の過ちと同じことが繰り返されなければいいとも思う。親の視点ばかりで子供の視点(かつて子供だった経験)ををどれだけ大切にしてたか。コロナ禍の影響が心配である。子供のこころにどのような影響を与えるか。子供の中に自他肯定的な芽を摘んではならない。

比較的平和だった縄文時代も当然疫病はあっただろうし、自然災害は想定外といわれるような火山のカルデラ爆発や、ノアの箱舟のような天候不順の時代もあっただろう。縄文の祖先たちは生き延びるために私たち以上の努力を惜しまなかったと思う。しかし、私はそれ以上に内なる邪悪とも戦ったのだと思う。それはいったい何だったのか?今一番興味があることである。自他を肯定し仲良く暮らす平和への知恵。

10/10 五感と生き甲斐と縄文

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自分を大切にする心理学と最古の漆糸製品・・・ (自己実現、今も昔も 5/10)

2020-10-29 | 旅・雑記帳

 自分を大切にするとは何か?結構難しい問題であり大事なはずだが、体系的に習う機会は少ないようだ。そんなことを言う私も、自分を大事にすることを深く考え、実践しだしたのは生き甲斐の心理学を学び始めてからで、せいぜい15年くらいである。

 テレビを見ていると、身体の健康情報にあふれている。確かに身体を大事にするのは大切で日本中でコンセンサスがなされていると思う。

 次に自分を大切にするといっても、自分だけのエゴイズムに陥るのではなく、他者や環境も同じように大切にしようということがある。伝統宗教やきちっとした哲学者はそのことをよく語る。盆や正月になれば、聖所で手を合わせことは、今の日本でも普通にあるが、自分の魂(単なる肉体だけでなく死んでも残る何か)を大事にすることと関係が深いと思う。

 そして、もう一つ心理学が対象とする領域がある。自分の生きてきた個人史、生育史だ。

 日々の生活の中である嫌なできごとに出会うと、その出来事に重なって自分の過去のできごとの記憶が蠢き、過度に感情を高ぶらせたり、判断力を奪ったりすることがある。ただでさえ嫌なことが今あるのだから、過去の出来事で加速されれば誰でも過度の防衛機制を働かせてしまう。

 自分の過去の生育史で起こったできごと。それはある意味動かしがたいことである。しかし、そのできごとはその時の自分の解釈(例えば6歳の時の解釈)からの感情と強く結びついている。そして、その解釈が変われば、缶詰の中にあった感情は解き放たれ、明るい感情に変わったりする。そして、あのことを経験したから今の自分があったのだと、肯定的に出来事を捉えられるようになる。

 この年になると、利害関係から離れて友人や親しい人と過去を楽しく語り合ったりするが、その語らいの中から、過去の新事実が判明して(自分の解釈が偏ってい)嫌だったと感じたことが雲散霧消したという経験が増えてくる。皆さんはいかがだろうか?

 この領域は、結構自分の幼い頃とか青年時代といった人生のはじめの頃の思いこみが多い。そして、生き甲斐の心理学を学ぶとこうした時代の出来事に関心が深まり、そして解釈を変えて重荷が少なくなる経験を積み、生き方も健康になってくる。

 こんな風に私は自分のこころ=生育史の発掘作業をやってきたが、この作業をやってくるうちに自分に影響を与えた両親、祖父母、曾祖父母といった過去の歴史にも興味が湧いてきて、ついに縄文時代にも深い興味を持つに至った(笑)。

 コロナ禍で日本の自粛文化がは特異なんだと知りその功罪が気になるが、私の祖父母は東日本、西日本と文化的に違っていたりして日本列島の中の文化の差も気になる。そして、若い頃など東京育ちの私が大阪で営業を経験し文化の差を感じたりもした。何でそうなったのか?意識すると好奇心の渦に巻き込まれる。

 

 さて、先日函館の函館縄文文化交流センターを訪れることができた。著保内野遺跡の国宝中空土偶を見ることが主な目的であったが、見学の中で驚くべきことをいくつか発見した。深謝である。その一つ。漆製品は今まで鳥浜遺跡、東名遺跡、東北・・・いろいろな所で見る機会があったが、漆糸は初めてだった。しかもこの漆糸は世界最古でAMSで9000年前であることが立証されたようだ。

 漆糸については前から聞いてはいたが、現代に伝わっていなかった漆の利用方法で、その重要性についてはあまり意識していなかった。自分の生育史を大事にすると言ったときにも、自分の当時の真実の理解や解釈を妨害していたのは移ろいやすい世の中の常識や倫理観だったりした。漆糸もそれに似て私の中では、デザインとか在る領域では興味あることかもしれないが、所詮廃れた技術と思っていたことがあった。

 歴史も生育史が常識や倫理道徳の影響で変に解釈するがごとく、その時々の歴史観によって強く影響を受けていたように思う。縄文時代も私が学生のころは原始人と言った感じで真面目に勉強する雰囲気ではなかった。また、今でも相当見直され批判されている進歩史観で真実が歪められているように思うこともある。脳科学的には数万年前から人類の脳は殆ど変わっていないと言われているので、縄文時代の遺物の中には現在の私たち以上の芸術や自然理解の証拠があっても全く不思議ではないと思っている。漆糸は何だったのか?単なる装飾品の一つ以上の小宇宙があったのではないだろうか?漆糸製品を身につけた人の埋葬。そこには何か普遍的な真善美が隠れているようにも思う。もっとめがねを外して(それだと私は見えないが(笑))謙虚に考える必要があるようにも思う。 

(自己実現、今も昔も 5/10)

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聖地で感じるもの・・・(湧き上がる感情 5/10)

2019-12-06 | 旅・雑記帳

 まもなく冬至。そして世界的に様々な宗教で、民族固有のお祝いの仕方で、春を感じつつお祝いをする。そして、多くの人は聖地に行く。日本人は特に真夜中に寒空の中でさえ聖地に行く人が多い。そして、何かを感じて新しい時を始める。

 私は聖地が好きだ。幼い頃の最初の記憶が日光の東照宮だったことも大きいかもしれない。カトリックの幼児洗礼だったのでミサは退屈だったが幼い頃でも良く教会にも行った。就職すると関西に単身赴任となったので、休日となると京都、奈良の聖地(神社・仏閣など)に行った。京都の神社・仏閣も好きだったが、飛鳥のよく分からない石像、古墳。そんなところを訪れたことが印象に不思議に残った。西行ではないが「何事の おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」なのである。難しい神学その他をとおして聖地を理解するより、ほとんど知識なしで五感・体感で祈りの空間を味わうことが大事なようにも思う。疑惑感の中では聖地の良さは分からない。

 人間のストラクチャーについて身体のことを考える人は多いが、生育史からなる心や宗教的な領域である魂のことまで意識している人は日本では少ないように思う。身体、生育史からなる心、そして魂。この3つの要素から成り立つと考えることは、比較宗教学や比較文化論の世界ではポピュラーで、WHOでも健康の定義に魂という言葉を入れるか真剣に討論したことがあるようだ。それはともかく、聖地に立って、しかも事前の知識が乏しいなかで立って何かを感じるとどうだろう。時には、不思議に日常のストレスが解消されというか、癒やされることがあるのではないか。

 京王線の沿線で多摩境というところがあるが、そこから5分も歩かないところに田端遺跡がある。これは既に埋め戻されているが、その地にプラスチック製で正確に再現されたストーンサークルがある。長径9m短径7mの小さな楕円形に石が積まれているが、電車で気楽に行けるストーンサークルということで人気がある。特に、冬至にはこの場所から丹沢山系の最高峰ヒルガタケに日が落ちるので人が集まる。ただし、綺麗な日没が見られるのは私の経験ではまれであり、前後一週間くらいでもほぼ同じ位置に落ちるので空気の澄んだ日に行くのがよいかもしれない。冒頭の写真は昨年の冬至の頃に写した写真である。

 今から3500年位前から縄文晩期までの500年以上、当時の人達の墓地や祭りの地として機能した聖地は何か違うように思う。この近くで北海道の国宝の著保内野遺跡の土偶に似た中空土偶の頭部が発見されている。

 聖地で感じるもの、それは身体から来る何か、生育史から来る何か、魂から来る何か・・そんな風に湧き上がる感情を楽しんでみると一層味わい深くなると思うが、どうだろうか。

湧き上がる感情 5/10

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