イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

素晴らしい縄文土器をつくるために良い粘土を!(行動化 5/10)

2016-04-30 | 第九章「愛」

 縄文時代の祖先は原始的な生活を送っていた・・・そんな若いころ作られたイメージは、この10年で激変した。きっかけはいくつかあったが、最大の驚きの一つは、霧ヶ峰のそばの星糞峠の鷹山遺跡群を観た時だ。山の中腹にたくさんあるクレータ状のすり鉢のような地形は黒曜石の採掘現場で、それが旧石器ー縄文ー弥生と一万年以上続いていたのを知って胸が熱くなった。

 一昔前の教育では、青銅器とか鉄器などの金属が表れてはじめてまともな社会になるようなイメージをもたされるところがある。しかし、例えば、矢じりに使う黒曜石などは八ヶ岳や星糞峠のように全国的も産地が限られており、それが流通し例えば東京の多摩でも使われている。そして、切れ味は鉄器などと比べても遜色がなく、今でも黒曜石製のメスが使われているとも。見方を変えれば縄文時代の祖先は最先端の道具を使っていたともいえる。

 縄文土器は、郷土資料館などに行けば、必ずと言ってよいほど展示されているが、その原料の粘土も祖先は拘ったのであろう。多摩境のストーンサークルの近くにある粘土採掘遺跡の展示を昨日東京都埋蔵文化センターで見学したが、2mとか深く穴を掘って粘土を採集していたのには驚いた。

 その熱意は一体なんだったのだろう。

 美味しい食事のための土器。その土器をうまく作るために、祖先はいい加減に土を採取していなかった。その熱意は家族への愛からだったかもしれない。村人や交流のある人々の為だったかもしれない。そうした努力が私たちへの生命のリレーに貢献したことは間違いないのだろう。

行動化 5/10

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書を捨てて、縄文の森に行こう・・・(行動化 4/10)

2016-04-29 | 第二章「五感と体感」

今日はオフで時間もあったので、午前中多摩センターの東京都埋蔵文化センターの展示場と併設する縄文の森(公園)に行った。風も心地よく穀雨の間の好天気で、エビネが綺麗に咲いていた。ガク紫陽花などもきっと縄文時代からあっただろう植物で、縄文の祖先とエビネを通して楽しく語り合ったような気がした。

   

   

展示は、ちょうど展示替えがあったばかりで、今まで見たくてもみられなかった堀之内72遺跡(1000年村)の翡翠(北陸産)大珠や深鉢の顔面装飾を心行くまで眺めることができた。

 

さらに、大英博物館で話題になった若葉台の土偶まで見られた。この土偶、何とも味のある。

堀之内の愛宕神社の近くの446遺跡から出た土器も実に見ごたえがあった。前も観たことがあった気もするが、とても新鮮に見えた。

「書を捨てよ、街に出よう」ではないが、観念の世界ではなく五感・体感で味わうことのできる世界は何かこころが揺さぶられるようで、目が覚めるようだった。これで、縄文小説を書くエネルギーがかなり蓄えられた。

行動化 4/10

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文は人なり・・・表現する中で味わう自分の傾向!(行動化 3/10)

2016-04-28 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 中学2年の時の最大の苦手科目であった国語。それが、最近は興味を持ち文章を書くという行為を楽しむようになってしまった。そして、文章を書く修行をいろいろ素人ながらしているが、推敲をする時に自分の変な傾向を意識できるようになってきた。

 生き甲斐の心理学を学んでいなかったら、自分の性格形成に興味がなかったら見過ごしたかもしれないが、自分の文章の癖をとおし、自分の無意識の領域まではびこっている自分の傾向、自分を支配する感情を間接的に知ることができるようだ。特にエリクソンの8つの人格形成の理論はありがたい。

 そして、つくづく文は人なりという名言に先人の知恵を感じた。

 文章は、自分だけの日記のようなものもあるが、ブログや公開される文章は、時には誰が読むのかわからないということがある。それゆえ、心の防衛機制が発動し、ある領域の話題から遠ざかったり、逆に過度に近づいたり、抑制がやや過度であったり、置き換えをしたり、投影をしたり忙しい。それゆえ、間接的に人となりが透けてみえるのだろう。しかし、その中にあっても、魂の声と行ったらよいのかさまざまな障害を突き抜けてくるものもある。日本には昔から言霊という考えがあるが、実に味がある。

行動化 3/10

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なんで縄文小説などを書き始めたのだろう?(行動化 2/10)

2016-04-27 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 実は、昨日の今まで読まなかった本とは流行作家の本であり、最近小説をどう書くかでいろいろ考えていたこともあり買って読み始めたのだった。

 そして、昨日は仕事の合間に週末の勉強会を思索するために、縄文小説を何故書き始めるようになってきたか、自分の年譜を作った。

 これは、なかなか面白く、幼いころ庭で小さなシャベルで穴を掘ったりする興味から始まり、南東アラスカの体験、カトリックの信仰を日本でもつことのアイデンティティを模索したこと、生き甲斐の心理学や古代ルーツ探索への好奇心、そして、縄文時代の遺跡に実際に行ってみたときの体感の数々、今年になってからの編集者や協力者との出会いなどに連なってくる。

 年譜にすると、小さなビジョン、言語化、行動化の積み重ねから、自分の環境や他者の影響を受けつつ(感謝・感謝である)、想像以上に大きなうねりになっていた。

 なお、自分はまともか否か、現実吟味力を失ってないか、何故失わなくて済んだのか・・・などの自問自答も生き甲斐の心理学の学徒なのでしてみた。生き甲斐の心理学では空想の世界も健全と病理の場合があることを教えてくれる。

 その自問自答は勉強会でのお楽しみだが(勉強会は相互的であり、自分の殻を越えた果実も得られるかもしれない)、今朝浮かんだのは、五感・体感を忘れず、大切にしてきたことかなと思う。土のにおいがする野菜を育てるに似たところがあるかも。

行動化 2/10

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普段しないことをする!(行動化 1/10)

2016-04-26 | 第一章「意識と知覚」

 いつも良く眼にするのに、本屋さんで買わないある著者の本。そういう本があるのだが、昨日私は古本屋さんで一冊、私が買わないような本を買ってしまった。そして、読み始めているがなかなか面白い。

 私のことを良く知っている方なら、なんでそんな本を私が買ったのか不思議に思うのだろうが、実は、その不思議な行動の後ろに私のはっきりとした意図があった。それを私自身は知っているので、別に不思議でもなんでもない。

 行動には必ず意図が隠されている。これは生き甲斐の心理学を学んで理論的につかんだ法則だが、日常の中で結構便利な法則である。それは、人間のあらゆる行動に当てはまるものであり、赤ちゃんでも、認知症の方でも、異国の方でも、さまざまな環境の中に生きる人に当てはまる。

 そのことを知っていれば、随分心が軽くなる。私はこの法則のありがたさを介護の現場などで感じたものだ。知は力である。

行動化 1/10

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