今日は、一つ自分なりに発見したことがあった。この2月は特に冬至でもなく春分でもない平凡な季節と思っていたが、特別な意味があることを感じたのだ。
それは、2月28日の後に29日がうるう年には追加されることもある月(季節)ということだ。年に一度太陽暦の微調整をするのだ。しかし、それが12月でも1月でもなく、何故2月なのか?これは、ユリウス暦など大昔からの慣例のように思って殆ど疑問にも思わなかった。
しかし、どうも根拠があるようで、金山巨石群(岐阜県下呂市の4-5千年前の縄文遺跡で縄文時代の天文観測施設と最近言われている)のことを調べていたら。この調整は、春分、秋分のころに太陽の見かけ上の速度が大きくなり暦の誤差を観測しやすいことと、誤差の補正のロジックを組み合わせると2月28日ごろというのがでてくるようだ(「縄文」太陽観測ガイド 小林由来、徳田紫穂・著 三五館 2016年 55ページ参照)。これはマヤ文明等でも同じようなロジックを使っているので、世界で使われているグレゴリオ暦も含め同根の太陽暦の原型があるのかもしれない(おそらく人類が文明・文化を志向すれば太陽暦の必要になる)。ちょっと脱線するが、縄文のストーンサークルや海外のストーンヘンジの存在は暦が前提となっているが、意外に人は縄文時代・新石器時代の暦を信じていないのは考えてみれば不思議だ。
さて、この2月の終わりに、東大寺のお水取りも実質開始される。二十四節気であれば、立春が終わり雨水となる微妙な時期だ。
私事だが、この時期に日常を離れて小旅行をしようと思っている。それについては後日報告ということにしたい。しかし、このカレンダーの話は私にとっての祖先の真実を感じた貴重な話であった。小旅行の前に何か魂が震えるような感動を覚えた。自己実現は、自分の傾向や渇望を追うポジティブな面もあるが、一方、こうした真善美に出会うというか、そうした恵みも大事だ。
自己実現の道の歩み方 9/10