イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

持統天皇の生きた時代と空間をたのしむ!(時間と空間の旅 ① 3/10)

2014-01-31 | 第一章「意識と知覚」

 U先生と出会い、「生き甲斐の心理学」を学んできたが、卒論にあたる論文テーマに「持統天皇」が与えられた。それから何年か経ったが、持統天皇の課題は私にとって不思議なほど魅力的に観える。

 私は、東京生まれの東京育ちであるが、父方が広島県の瀬戸内海沿いの町の出身であるため、幼い頃から第二のふるさとのように夏休みになると行った。さらに、社会人になってからも、関西につごう6年暮らし。飛鳥をはじめ関西も懐かしい土地となった。

 一方、持統天皇は7世紀から8世期初頭(645-702)の女帝で、唐と新羅の連合軍と白村江で戦うために、瀬戸内海を通り九州に遠征したり、難波京や大津京もあった時代で海や湖にとても縁がある女帝だったようだ。そして、壬申の乱では大海人の皇子とともに戦う。奈良、吉野や伊勢、そして本拠地の飛鳥。どこも、私の好きな土地である。

 そして、7世紀、8世紀も私にとってはもっとも好きな時代だ。高校生のころに、仲間と徹夜して乙巴の乱のころの放送劇?を作った楽しい思い出があるからだ。大学受験の最中で受験と関係もなかったが、好きだった日本史の授業は結局、高校紛争のため途中で終わってしまったこともあり、私の歴史の原形は7-8世紀に定着したようだ。

 7-8世紀。私の祖先はどこにいたのだろうか?場所はわからないが必ず存在したので今の私が存在する。一世代ごとに二人の親が存在するので、1300年前くらいでは一世代30年で計算すると、ざっと43世代となる。当時の祖先の数は2の43乗なので、現在の世界人口70億人を遥かに超えてしまうので怪しいが、必ずや日本史に登場する人物の最低一人くらいは関係する祖先がいたのだろうと妄想してしまう。

 持統天皇については、歴史家の著書、小説家の著書など実に多い。ただ、戦国時代の信長や秀吉、家康に匹敵する大政治家と思うのだが、残念ながら国民的愛読書はまだ出ていない気がする。

 それがなかなか現れない理由は、いろいろあると思うが、ひとつは当時の非常に複雑な国際事情、政治事情、宗教事情、歴史事情を解明するための知識が乏しいのではと思う。恐らく、当時を理解するためには、世界的な視点を持った比較宗教学、比較文化学、心理学、歴史学などの学際的知識が必要なのだと思う。

 とはいえ、持統天皇の時代の先人の努力のもとに生まれた小説。まだ、積ん読も沢山ある。以下に私が知っている小説である。まだ、熟読していない小説も沢山ある。皆様も楽しまれたら如何だろうか。数字は小説の舞台になる年代を参考に西暦で表している。

黒岩重吾著
茜に燃ゆ     648-671      (額田女王)
天の川の太陽  654−672    (壬申の乱)
落日の皇子     640-645     (蘇我入鹿)
闇の左大臣   665-717    (物部麻呂)
中大兄皇子    641-671     (天智天皇)
天翔る白日    679-686   (大津皇子)
天風の彩王   664-720   (藤原不比等)
役小角仙道剣  687-702?   (役小角)
 
日本史の反逆者 私説・壬申の乱  645?-672  井沢元彦著
額田女王                  654-678 井上靖著
炎の女帝 持統天皇                  643-720  三田誠広著
鉄の女帝 持統                     671-702 小石房子著
飛鳥の風 持統天皇                  643-702 吉田知子著

時間と空間の旅 ① 3/10      

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歴男・歴女はエリクソンから考えるとどうか?(時間と空間の旅 ① 2/10)

2014-01-30 | 第一章「意識と知覚」

 昨日は四ツ谷での勉強会のあと、四ツ谷界隈の遠足をした。残念ながら男性だけの遠足となってしまったが、新宿歴史博物館でナウマンゾウの化石や縄文土器等を眺めたり、江戸時代の新宿界隈を楽しく学んだりした。

 そして、お岩稲荷田宮神社をお参りし、続いて、お寺の密集する地域を通り、四ツ谷の四つの谷のひとつを超えて西念寺にたどり着いたときは日も随分暮れていた。そして服部半蔵のお墓も参拝することができた。

 皆さん歴史にも随分詳しい。いろいろウンチクのあるお話もいただいた。幼い頃の私は、四ツ谷の単純な3次元空間に住んでいたが、歴男・歴女の年になると、これに時間軸が付け加わり、四次元空間をワープする旅になるようだ。

 自ずと、感じるものも違ってくる。深まってくる。

 さて、昨日の勉強会はエリクソンの性格形成論を結構楽しんだが、生まれ落ちてからの8つの区分の最後は61歳以上で知恵の時代と言われている。つらつら考えると、この年代は自分への理解を深める年代なのだと思う。そして、味のある統合感を見出す。絵画だけで全てを語れないが、老境の東山魁夷の作品やシャガールの作品に流れている統御感。これは老境ゆえの作品だなと思ってしまう。

 自分への理解は、自分の生まれてからの生育史だけではなく、両親、祖父簿、祖先・・・日本文化の理解も必要なようだ。自ずと歴男・歴女になってしまうのではないか?(ちょっと怪しいが)。自分やルーツの歴史を俯瞰し受容するなかで、自分が一層見えてくるのは確かだとおもうが。

 写真は梅のつぼみ。花が咲くにもつぼみが必要であり、枝も幹も根も必要。

時間と空間の旅 2/10      

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違って見えてくる地元の旅!(時間と空間の旅 ① 1/10)

2014-01-29 | 第一章「意識と知覚」

 旅について、NPOの活動でも取り上げられてきた関係もあり、哲学してみた。

 やはり、認識論ではないが、旅を考える場合時間と空間の二つの要素で考えなければならないというのが、このところの気づきである。

 実は、今日「生き甲斐の心理学」の勉強会を午後行い、そのあとに会場近くの四ツ谷界隈の遠足を計画している。そして、そこは私が幼い頃から青年期まで育ったところであり、今でも実家があるのでよく行く場所でもある。従って、よく知っているはずなのであるが、今回準備のために歴史を紐解いたり、久しぶりに下見をし、「四ツ谷育ちの四ツ谷知らず」に唖然としたのだった。

 それは、四ツ谷界隈という空間で1950年代から2014年という限られた時間の経験が殆どで、ちょっと前の第二次世界大戦や明治や江戸、そして中世、古代、ナウマンゾウを追っていたころの四ツ谷とは結びつかない。また、自分の生育史からくる偏りで、目の前にあるものを見逃していたりもしていた。

 その中では、身近だったはずの台地や谷底、坂の意味するものも限りなく限定されていた。美しい宮殿や教会がある土地に何があったかも知らない。その側の平和な公園がかつて貧民街であったことも知るよしもなかった。そこに吹く風や花の意味も実に平板だったようだ。

 自分の狭い知識と意識の世界。そして、それゆえに知覚できない何か。それを、今回のことで学んだようだ。

 歴史をたどることにより経験は深まる。五感・体感から伝わるものも変わってくる。時間系の知識が増えることで、同じ空間の印象もかわる。

 歴史を学ぶという自分への世話をすることで、退屈だった景色も彩を増すようだ。

 

時間と空間の旅 1/10      

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厳しさに育てられてますか?(愛ある問いかけ ③10/10)

2014-01-28 | 第十章「今ここでの恩寵」

 3月に行くことになった関西。春の気配を感じる中で、ちょっと冷めていた持統天皇熱がまたも復活してきた。古本屋さんで何気なく手にとった「日本史の反逆者 私説・壬申の乱」(井沢元彦著)がきっかけだ。

 日本書紀の中に、私のいくつかの謎があった。それが、点から線、線から面と解きほぐされるようで、ひたすら感心しつつ読ませていただいた。今でも不明な天武天皇の誕生と前半生の謎。大化の改新前後の謎。今と同様な東アジアの緊張の舞台裏。有名な天智天皇と天武天皇、額田王の関係。白村江の戦いの謎。遷都から壬申の乱。それらがイキイキと繋がり素晴らしい。

 そして想うのだが、現代もそうだが激動の時代に生きることは、多くの敵の中、厳しさの中で生きることかなと思う。ただ、敵といっても、その存在が自分なりの人間観を育て、真剣な現実吟味を迫り、こころの防衛機制を健全にするところもある。逆説的だが激動の時代は人を育てる時代なのだろう。そして、人は脱皮しつつ一回りもふた周りも成長していく。

 さて、「愛ある問いかけ」が今日で通算30になり幕を閉じる。エリクソンとロジャースの性格形成論を下敷きにしての自問自答を未熟ながらトライしてみたのだ。

 今日の激動の時代に育てられることを思索すると、ロジャースの次の命題が浮かんでくる。人の成長するさまが正確に記述されているが、直接表現されていないものの、成長を促す何かが気になる。これは、厳しさばかりではなく、北風と太陽の太陽のような存在であり、それゆえ育つものが育つのだろう。厳しい時代の中にも愛の神秘は隠れていると思う。

 19.個人は、自分の有機的経験をますます多く自分の自己構造へと知覚し受容するにつれて、自分が歪曲して象徴されていた自分の内面への投影にきわめて大きく基礎づけられた現在の価値体系を、つぎつぎと起こっている有機体的な価値つけの過程と置き換えていることに気づくのである。

愛ある問いかけ ③ 10/10      

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槍の達人のような一直線人生!(愛ある問いかけ ③9/10)

2014-01-27 | 第十章「今ここでの恩寵」

 写真は四ツ谷の西念寺の服部半蔵のお墓。槍の達人でも有名で、その槍は西念寺の寺宝として現存する。一度拝見できればと思っている、29日の四ツ谷遠足で見ることができたら嬉しい・・・

 槍は、今読んでいる井沢元彦さんの「日本史の反逆者 私説・壬申の乱」にも印象的に出てくる。乙巳の変での槍、大海人皇子と天智天皇の葛藤の場面にでてくる槍事件。槍は人間の直進的な行動を象徴するかのようで、何かワクワクする。

 さて、「生き甲斐の心理学」の今日の問いかけは「あなたの行動は首尾一貫していますか?」である。

 四ツ谷育ちの四ツ谷知らずは、昨日のお岩稲荷田宮神社だけでなく、服部半蔵のお墓にもあった。実は、小学生のころ少年サンデーの「伊賀の影丸」のファンで、伊賀忍者をいつも妄想していた時期があった(可愛かったなぁ)。しかし、当時の私の自己実現の道(建築家になる)から考えて、一大決心をして漫画を読むのをやめたのだ(大学生になってから、この禁は破られた)。

 その貴重な決心ゆえに、私は服部半蔵に蓋をしてしまったようだ。

 ただ、心理学を勉強し、歴史を勉強したりする今では蓋の必要はない。それゆえ、服部半蔵の本能寺の変による家康脱出劇を想像したりし墓参りをするようになったのだ。でも、心理学の面から四ツ谷育ちの四ツ谷知らずを研究すると実に面白い。人の行動は、意識・無意識を通しても基本的には首尾一貫しているものだと思う。

 もちろん、そうでない、ある意味病的なときもある。自分でも理解できないような無意識の行動を指摘されたりすることは、大きな葛藤の中で起こりがちだ。また、小学生のころ、何かショックを受けると、それが寝ぼけての変な行動を引き起こしたりすることも。そのときは、「生き甲斐の心理学」では、そうした行動にも前向きな意味が含まれていると教えてくれる。変に倫理道徳で裁くかわりに、全体を俯瞰しつつ意味を考えると、ハッと悟ることも。

 でも、今週の勉強会のあとの四ツ谷・遠足で槍を観たくなった!

愛ある問いかけ ③ 9/10      

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