(時宗豊國山遍照院 愛媛県松山市道後湯月町)
今回で三度目の参拝になる。私はこの寺に縁のある僧に対して、血縁だけではないものを感じるのである。
私は、小学生のときに母を亡くした。そして、父の仏縁によって私は出家した。然し、私が二十五歳のとき父が他界、家督を継ぐために還俗したのである。その後、私は宗教の組織化というものに疑問を抱き、神道、キリスト教、新興宗教、様々な宗教に接し、仏教は寺院を構えては駄目だという結論に達した。そして、生来一箇所に留まれない私は、時間を見つけては各地を流浪するようになったのである。
私の今後は如何様になっていくのであろうか。私の最期が近いのかもしれない。

(関連記事:寶厳寺平成二年 平成十七年)
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私は、小学生のときに母を亡くした。そして、父の仏縁によって私は出家した。然し、私が二十五歳のとき父が他界、家督を継ぐために還俗したのである。その後、私は宗教の組織化というものに疑問を抱き、神道、キリスト教、新興宗教、様々な宗教に接し、仏教は寺院を構えては駄目だという結論に達した。そして、生来一箇所に留まれない私は、時間を見つけては各地を流浪するようになったのである。
私の今後は如何様になっていくのであろうか。私の最期が近いのかもしれない。



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