京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

不器用な男を見つめる

2023年03月19日 | こんな本も読んでみた

ウイリアム・ストーナーは、貧しい農家に生まれた。父の後を継ぐつもりでミズーリ大学コロンビア校の農学部に進学し、学業はまじめに手を抜かず、楽しくも苦しくもなくいそしむ。
2年目に必須科目の英文学と出会い、専攻を文学に転じる。学位取得後は母校の大学の教師に迎えられるが学内の人事では冷遇され、終生、助教授のまま終わる。意中の女性を妻とするが結婚生活は波乱続き。研究生活もままならない。

うだつの上がらない大学教師。42歳で「行く手には期して待つものもなく、来し方には心温まる思い出などなきに等しかった」。
そんな彼に、キャサリンとの出会いが訪れた。
「日一日、その自制の厚い殻が少しずつ剥がれ落ちて、…気後れなく打ち解け合」うひとときを慈しみ、しみじみとした喜びに浸る。

運命を常に静かに受け入れ、限られた条件のもとで可能な限りのことをして黙々と生きる。
こうしたストーナーのあまりに忍耐強く受動的な生きようは、華やかな成功物語を好むアメリカ人には当初受けなかったようだ。


作品は1965年に刊行されたが、著者(ジョン・ウイリアムズ1922-1994)亡きあと存在は忘れられてしまった。
それが2006年に復刊されたことから運命は大きく変わっていく。
まずフランスで訳されベストセラーに。翌年は近隣諸国で翻訳出版が相次ぎ、2013年にはイギリスで、さらに本国のアメリカでも人気に火がついて、数日後にはアマゾンで、わずか4時間の間に1千部以上売り上げる驚異的記録をたたき出したという。
「訳者あとがきに代えて」(布施由紀子)に詳しかった。

周囲の抑圧には無表情で寡黙で無関心。けれど世間に向けた顔とは裏腹に、情熱と愛の力は強く内在させていた。

『ストーナー』に描かれる悲しみは、「文学的な悲しみではなく、もっと純粋な、人が生きていくうえで味わう真の悲しみに近い。読み手は、そうした悲しみが彼のもとへ近づいてくるのを、自分の人生の悲しみが迫りくるように感じとる。しかも、それに抗うすべがないことも承知しているのだ」
とイギリスの作家・ジュリアン・バーンズが書いていることも紹介されていた。

原文の美しさはわかりようもないけれど、翻訳の文章もいい。わずかな期待も抱き、引き込まれるようにしてストーナーの人生を共に歩んだ。


『二十五年目の読書』(乙川優三郎)の中で、書評家・響子が読み始めたのが『ストーナー』だった。

 「少しずつ、どこかにいたであろう他人の人生が見えてくる。
  存在そのものが光り輝くことはないが、その存在を知る意義は大きい」

彼女が思ったことが、今よくわかる。

     
     他者の人生から学ぼう。
     他者の存在やありようを想像する。
     「人間への洞察」。
       いろいろな本を読んで…。


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