猛暑の時期である。工場の窓は全開であるが工場内に風が吹き込むことはなかった。有機溶媒が揮発して充満した室内気は陽炎のように揺れてはいたが、室内によどんでいて決して屋外へ動くことはなかった。一緒にアルバイトに行った同級生は不謹慎にも「おぉぉー、このトルエンの臭いはすげぇ~なぁー。頭がラリってしまう。いいバイトだなぁー」とジョークを言っていた。しかし数時間もするとただでさえサウナのようなこの暑さに加え、有機溶媒で頭が麻痺してきたのか、だれも会話をしなくなった。会社の従業員も目が点になったまま(?)一言も喋らずに無機的に働いていた。今考えるとものすごい労働環境である。ただひたすら大釜の縁に口金を開けた一斗缶を逆さまにおいて、中のトルエンをドップンドップンと空になるまで揺すりながら入れるのである。完全に意識はトロ~ンとしてきた。