今考えると、触ると死ぬような物質がそうやたらと町の工場にあるわけはない。たぶんガラスの粉は粒子が細かいのでちくちく皮膚にささるか、吸い込んで呼吸器症状を起こすかのいずれかなので工場側としても大げさなリスク・マネジメントとしてそう言っていたのかもしれない。それよりも換気のされていない室内で長時間有機溶媒を吸い続けることのほうが身体にはよくなさそうである。まあいずれにせよ数十年以上も前の話であるのでやむをえない。それにしても当時の我々高校生はたかだか1~2週間程度のアルバイトである。ここの従業員は毎日このような環境でずっと働き続けているのである。自分はとてもこのような環境のところには就職できないと感じた。劣悪な環境だからというわけではなく、とにかく猛暑の中での重労働が長時間続くので耐えられなかった。
大釜の中では大きなプロペラのような攪拌棒が、塗料の粉と有機溶媒を混ぜるためにゆっくりと回転している。「この中に落ちたらきっと死ぬんだろうなぁ~」と思いつつも、トルエンで麻痺した頭では恐怖感は感じなかった。さて次に作業員から「あの棚の袋の中身を全部、釜に入れろ」と指示が出た。やはり同様に20~30kgくらいの袋が数十もある。一つ袋を開けてみると、中身は白くキラキラ光るガラスの粉のようなものだった。手を入れようとしたら怒られた。「バカ、触るな。触ると皮膚から体に入り込んで心臓がつまるぞ」と脅かされた。「えっ? そんな怖いものなのか?」と、この高校生(私)は素直に大人の従業員のいうことを信じ込んだ。道路のラインや標識文字を描くための塗料には、夜間でも光るようにこの粉を入れるのであると初めて聞かされた。
猛暑の時期である。工場の窓は全開であるが工場内に風が吹き込むことはなかった。有機溶媒が揮発して充満した室内気は陽炎のように揺れてはいたが、室内によどんでいて決して屋外へ動くことはなかった。一緒にアルバイトに行った同級生は不謹慎にも「おぉぉー、このトルエンの臭いはすげぇ~なぁー。頭がラリってしまう。いいバイトだなぁー」とジョークを言っていた。しかし数時間もするとただでさえサウナのようなこの暑さに加え、有機溶媒で頭が麻痺してきたのか、だれも会話をしなくなった。会社の従業員も目が点になったまま(?)一言も喋らずに無機的に働いていた。今考えるとものすごい労働環境である。ただひたすら大釜の縁に口金を開けた一斗缶を逆さまにおいて、中のトルエンをドップンドップンと空になるまで揺すりながら入れるのである。完全に意識はトロ~ンとしてきた。
路面に描かれた「止まれ」標識の白文字がキラキラ輝いているのをみて思い出した。高校時代のことである。夏休みに塗料工場でアルバイトをした。予備校の夏期講習もあるので短期のアルバイトであった。バイト要員は毎日、各部署の人手の足りないところに回される。回された先はまさに道路の標識文字に使用する塗料の製造現場であった。造り酒屋の酒樽ぐらいある大きな鉄製の大釜で作るのだが、まず30kgの白い塗料の粉の入った袋を数十袋も大釜に入れるのである。これが重労働であった。しかも細かい白い粉が舞うので夏の暑い盛りであったがマスクをせざるをえなかった。息苦しいし、とにかく暑い。次にその塗料の粉を溶かす有機溶媒が一斗缶に入っているのだが、これを何十缶も大釜に投入するのだ。
先日、家の前の道路で工事が行われていた。新たに敷かれたれたアスファルトの上には真新しい純白の「止まれ」の文字が道路に描かれていた。冬の夕方である。オレンジ色の太陽光が斜めに差しこんでおり、その光線の加減で標識文字が細かくキラキラと輝くのが見てとれた。その細かい輝きが不思議であったため、近づいてよくみると白いガラス粉のような細かい砂状物質が太陽光を反射して光っているのだ。これは夜間、路上の標識文字がよく視認できるように反射物として塗料にまぜているものようであった。とにかく冬の柔らかい光が反射されてキラキラする様は周囲の荒々しい工事風景と奇妙なコントラストをなしていた。あーそういえば思い出したのだ。
うちのクリニックは巣鴨地蔵通り商店街から少し住宅街に入った所に位置している。地蔵通りからくる初めての患者さんにはどこで曲がったらいいのか分かりにくい。だから曲がり口のところの電柱に看板をおきたいのだが、これがずっと空かないのである。この電柱の広告は昔からあるお店の看板のままのようである。日ごろ、見回っては空いていないか確認にいく。おそらく営業マンより頻回の見回りだろう。しかし空く気配はない。最近、亡父が撮った大昔の地蔵通りの風景写真をみた。うちへ至る曲がり口の写真があった。驚くことに、なんと当時の電柱も写っていたが今と同じその店の広告だった。昭和35年ごろの写真なのでかれこれ50年以上もそのお店が看板を出し続けていることになる。すっ、すごい!これではこれからも空くはずないわ~・・(驚)。
広告代理店だから「一手に引き受けている」という話を書いた。ふっと思い出したが我々の業界も似たようなもんだ。標榜科目に該当する患者さんを診療するということは、まさに広告代理店として「一手に引き受けている」ようなものである。しかしうちでは小児科は標榜していないのだが、時々お子さんも来院するので小児疾患の診療もしている。まさに代理店ではないにもかかわらず他社の商品を取り扱っているようなものである。現在の法律では診療科目の変更をしたら2種類の診療科目しか選べないことになっている。今掲げている科目は増やせないので自分はこれからも「小児科」は追加しない予定であるが・・・。なんだ、広告業界よりもお前らの業界のほうがもっと複雑だろうと言われれば、・・・う~ん、そう言えるかもしれない(笑)。
つまり極端な話、自分が近所を見回り電柱の空きを見つけたなら、直に電柱の持ち主に「うちが広告出したい」と交渉すれば中間手数料はいらないことになる。各社営業マンの提示する広告価格が異なるのは、おそらくこの「中間手数料の上乗せ価格」の微妙な差なのであろう。でもいまだ正確なウラのカラクリは良く分からない。「うちは代理店なのであそこの商品を「一手」に扱っているんですよ」という言葉を営業マンからきくが、「広告代理店」でなくても扱っているのだから、「それがどうした?」と聞き返したくなってしまうのである(笑)。セールストークというのはまさに誇大広告のようなものであろう。
話をきいてみたがどうも複雑である。電柱の持ち主はT電力に間違いはなさそうである。しかし今現在、どこの電柱に空きがあるのかという情報をリアルタイムに集約し管理している会社はないようなのである。各社の営業マンが現地で見回り、空いて放置されている電柱を探し出し、それを顧客に「売る」のだそうだ。顧客が広告を出すという希望があればそれを電柱の持ち主会社に申請し、中間マージン(自分の儲け分)を乗せて顧客に請求するのだそうだ。また営業マンによって割り当てられた受け持ち区域があると言うわけではなさそうなのである。だからたぶんどこの営業マンでも、この空き電柱を見つけたら売ってもよいようであり、とにかく早い者勝ちのようなのである(たぶんこの事情はもっと細かく複雑であろうが)。