津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

きぬかつぎ

2009-09-26 14:18:16 | 徒然
 衣被(きぬかつぎ)という言葉がある。皮をつけたままふかした里芋(小芋)のことだが、古の風雅な言葉として今に伝えられ、俳句の秋の季語になっている。お月見の夜には、きぬかつぎを盛ってお供えをするのだそうだが、一般のご家庭ではもう見られない風景だろう。
 今日は妻が小芋を買ってきた。このきぬかつぎは私の好物で、妻も承知していて時折食膳に並べてくれる。皮を指でおすと、白い身がぬるりと顔を出し、塩をつけたり、醤油をつけたりしていただく。日本酒があれば言うことは無い。妻の祖母は茹でた里芋の食感を「にとん・にとん」と表現していた。結婚したての時その言葉を始めて聞いて思わず笑ってしまった。「それじゃー熊本では何と表現するの」といわれると、確かに熊本にはそれに変わる言葉が無い。以来我が家では「にとん・にとん」である。
 熊本で「だごじる」と呼ばれる「団子汁」には、小芋が欠かせない。阿蘇の小国地方ではかって、小川の流れの「芋水車」をつかっていもの皮を剥いていた。
小国の地を旅した高濱虚子は
           小国町南小国村いも水車
                                  という名句を残している。 

小国の里に至る阿蘇外輪の草原は、そろそろ銀色のススキが一面風に揺れる壮大な景色を見せることになる。案外小国地区あたりでは、「きぬかつぎ」が盛られたお月見の風景が残されているかもしれない。今夜は日本酒で一献とまいりたい。
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芸術新潮10月号

2009-09-26 10:42:57 | 書籍・読書
 芸術新潮の10月号は「出雲大社」が特集されている。
私は一時期、梅原猛の「神々の流竄」に、面白い解釈だと思いながらはまり込んで、何回と無く読破したものだ。その折買い込んだ読んだ「古事記」や「日本書紀」が今では本棚でごみを被っている。出雲は不思議なロマンを感じさせる場所であり、出雲大社は建築史の上からも興味ある建物である。美しい写真で親しむのも良かろうと、「こいつあ買わずばなるまい」とおもっている。

今ひとつ期待しているのは、「聚楽第行幸図屏風」が紹介されているようだ。
現物が上越市立総合博物館で公開されているようだが、これはとてもお目にかかることが出来ない。せめて写真ででも拝見したいという次第だ。

新潮社から毎月案内メールをいただいているのだが、本屋さんに走ったほうが手っ取り早い。足をひきずって(今日はとくに調子が悪い)出かけねば成るまい。
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竹田家の「稲妻紋・・?」

2009-09-26 08:30:44 | 歴史
 足利将軍家家臣・竹田梅竹軒の子孫は、細川家と松井家の家臣として脈々と続いた。
神紋ともされる稲妻紋を家紋とする竹田氏だが、そのデザインは本来、中央から右周りに四角い渦を巻き、最後は真下で終わっている。(上図) 処が細川家家臣竹田家の稲妻紋は少し様子を異にしている。中央から左回りに渦を巻き、最後は左脇で終わるというデザインである。(いろいろ探したが見つからず表示できない)

 「肥陽諸士鑑」で家紋を眺めていたら、同じ稲妻紋があった。我が侍帳には竹田氏は一軒しか記載していなかったのだが、いま一軒先祖を同じくする竹田家(早之允)があった。私の完全な見落としである。家紋が記されていなかったら、気が着かなかったかもしれない。別家をたて御小姓役を勤め200石を拝領しているが、その後の事は判らない。絶家したのだろうか。

 今年の7月29日のブログで「細川家家臣・竹田氏」を書いたが、その折の略系図に加筆してご紹介しておく。


 梅松軒---+--松井織部---松井角左衛門・・・→松井家家臣竹田家
        |
        +--源助長勝
        |
        +--永翁
        |         初代
        +--半左衛門---平大夫---安右衛門--+--平大夫・・・→細川家家臣竹田家
                                 |
                                 +--早之允
コメント (5)
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