衣被(きぬかつぎ)という言葉がある。皮をつけたままふかした里芋(小芋)のことだが、古の風雅な言葉として今に伝えられ、俳句の秋の季語になっている。お月見の夜には、きぬかつぎを盛ってお供えをするのだそうだが、一般のご家庭ではもう見られない風景だろう。
今日は妻が小芋を買ってきた。このきぬかつぎは私の好物で、妻も承知していて時折食膳に並べてくれる。皮を指でおすと、白い身がぬるりと顔を出し、塩をつけたり、醤油をつけたりしていただく。日本酒があれば言うことは無い。妻の祖母は茹でた里芋の食感を「にとん・にとん」と表現していた。結婚したての時その言葉を始めて聞いて思わず笑ってしまった。「それじゃー熊本では何と表現するの」といわれると、確かに熊本にはそれに変わる言葉が無い。以来我が家では「にとん・にとん」である。
熊本で「だごじる」と呼ばれる「団子汁」には、小芋が欠かせない。阿蘇の小国地方ではかって、小川の流れの「芋水車」をつかっていもの皮を剥いていた。
小国の地を旅した高濱虚子は
小国町南小国村いも水車
という名句を残している。
小国の里に至る阿蘇外輪の草原は、そろそろ銀色のススキが一面風に揺れる壮大な景色を見せることになる。案外小国地区あたりでは、「きぬかつぎ」が盛られたお月見の風景が残されているかもしれない。今夜は日本酒で一献とまいりたい。
今日は妻が小芋を買ってきた。このきぬかつぎは私の好物で、妻も承知していて時折食膳に並べてくれる。皮を指でおすと、白い身がぬるりと顔を出し、塩をつけたり、醤油をつけたりしていただく。日本酒があれば言うことは無い。妻の祖母は茹でた里芋の食感を「にとん・にとん」と表現していた。結婚したての時その言葉を始めて聞いて思わず笑ってしまった。「それじゃー熊本では何と表現するの」といわれると、確かに熊本にはそれに変わる言葉が無い。以来我が家では「にとん・にとん」である。
熊本で「だごじる」と呼ばれる「団子汁」には、小芋が欠かせない。阿蘇の小国地方ではかって、小川の流れの「芋水車」をつかっていもの皮を剥いていた。
小国の地を旅した高濱虚子は
小国町南小国村いも水車
という名句を残している。
小国の里に至る阿蘇外輪の草原は、そろそろ銀色のススキが一面風に揺れる壮大な景色を見せることになる。案外小国地区あたりでは、「きぬかつぎ」が盛られたお月見の風景が残されているかもしれない。今夜は日本酒で一献とまいりたい。