’88年版・ベストエッセイ集「思いがけない涙」の中にあるエッセイである。エッセイスト内田英世氏の筆になるものだが、これは今は壊されてないご実家のものだ。ご母堂が一人お住まいになっておられた。
私も母の形見の鍵を二本守っている。母が使っていた箪笥の鍵である。タンスと書くより箪笥が似合う古いもので、多分東京から帰る時に持ち帰ったものである。昭和28年の大水害で完全に水没したこの箪笥は、出し入れにも困るようにがたがたになったが、母はこれを使いつづけた。二本の鍵は全く使用不可能になって使われることはなかった。亡くなる数年前に転居したが、その際この箪笥は廃棄処分となった。「もう捨てるよ」という母の一言によってであった。母が亡くなった後、わずかばかりの遺品を整理していたら、文箱の中からこの二本の鍵が出てきた。「何故鍵だけ?」という思いがあった。鉄製の鍵は錆が出ていて、手が入れられた気配はない。サンドペーパーで丁寧に錆を落とし、油で拭き上げるとなかなか捨て難い。現在キーホルダーの一部となって、交通安全の御守りにして入る。
内田氏の「使われることのない鍵」は、父母兄弟や実家への想いに繋がって氏の手元にある。
私の鍵も同様母への想いに繋がっている。二人の息子に一本ずつ残そうかと考えていたが、私がもって母と再会したときに、「文箱に残された鍵」の謎を聞きたいと思っている。
私も母の形見の鍵を二本守っている。母が使っていた箪笥の鍵である。タンスと書くより箪笥が似合う古いもので、多分東京から帰る時に持ち帰ったものである。昭和28年の大水害で完全に水没したこの箪笥は、出し入れにも困るようにがたがたになったが、母はこれを使いつづけた。二本の鍵は全く使用不可能になって使われることはなかった。亡くなる数年前に転居したが、その際この箪笥は廃棄処分となった。「もう捨てるよ」という母の一言によってであった。母が亡くなった後、わずかばかりの遺品を整理していたら、文箱の中からこの二本の鍵が出てきた。「何故鍵だけ?」という思いがあった。鉄製の鍵は錆が出ていて、手が入れられた気配はない。サンドペーパーで丁寧に錆を落とし、油で拭き上げるとなかなか捨て難い。現在キーホルダーの一部となって、交通安全の御守りにして入る。
内田氏の「使われることのない鍵」は、父母兄弟や実家への想いに繋がって氏の手元にある。
私の鍵も同様母への想いに繋がっている。二人の息子に一本ずつ残そうかと考えていたが、私がもって母と再会したときに、「文箱に残された鍵」の謎を聞きたいと思っている。