三齋公御代に薮三左衛門殿は御家ゟ立退紀州大納言頼宣公へ三千石にて被召出候由紀州にて毎年正月初めに御鷹狩の御出被成候儀
御吉例にて御供は大名多く相應/\に人も多く召連銘々場所に結構成るどんす或は絹幕に定紋付け辨當も長持に魚鳥料理のさせ荷物も
多く持せ給へ申事も埒明不申揃申儀度々延引候故三左衛門殿被召出候て御供に被召候て御覧被成候へは布の幕うら主従共に腰辨當三
左衛門は将机にて幕をしほり一番に給仕舞居申候を御覧被成 三齋所へ居申たる様子顕れ見へ申候向後何も御家来其絹幕無用布に仕
辨當もかろく三左衛門ことく可仕旨被仰聞候由承及候 親薮内匠は豊前米田監物肝煎にて壹萬貮千石にて被召出候由 内三千石は與力の様に内匠殿家来にては
無之候へ共或は縁者又は所々にて手に付働有之者之内湯浅三太夫は五百石被下候弟■羽左衛門湯浅角大夫代に御暇被下候服部真野松村大勢内匠上りと申候
其刻監物殿は六千石にてさのみ内匠殿におとり不申監物か内匠被召出偖々能き者御家に参候とて歓被申候由にて長岡筑後殿御咄候由
白木貞右衛門咄申候
(旦夕覺書ー肥後文献叢書・四 p277)
+--大隈 +--右衛門==丹左衛門---兵左衛門---丹左衛門---源太---隼之允 (九十郎家)
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藪伊賀守----内匠--+--図書--------+--図書------三左衛門----右膳----弥次右衛門----内蔵允 (一家)
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+--三左衛門 +--熊之允(御暇)
| (紀州藪家)|
| +--丹左衛門(兄・左衛門養子)
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| +--源太左衛門(男子なく断絶)
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+--市正--------+--惣左衛門----弥次左衛門----久左衛門----+--市太郎 (市太郎家)
| (槙庵) | (槐堂)
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| +--茂次郎 (小吉郎家)
+--権左衛門(男子なく断絶) (孤山)