先にご紹介した佐賀関の絵図を眺めていたら、遠見山とある。標高172m、まさに360度見渡すことができる所である。
佐賀関番所は肥後藩領77関の上関21ヶ所の中に含まれており、重要な番所であった。上ノ浦・下ノ浦番所があり総じて佐賀関番所と称していたのだろうが、当然遠見番所の機能が最大の勤めであったのだろう。
細川家が熊本に入り、豊後鶴崎や佐賀関等が細川藩領になると、寛永十五年この地に番所が設けられた。熊本から三人の侍が一年交代で常駐した。その下に足軽十人が配置された。
さてこのような関(番所)はどういう所に配置されたのであろうか。
随分以前堀内傳右衛門覚書を読んだとき、傳右衛門が高森峠を越え延岡に向かう途中の国境の関所でいろいろ世話になった場面に遭遇した。 http://blog.goo.ne.jp/shinshindoh/e/741e61d85748ffadd2e6ed582607b4d4
77関のリストを見ると、中関18ヶ所の中の、「阿蘇郡南野尻草ヶ部村・岩神口」であることがわかる。歩之者二人が詰める番所である。
労を惜しまず(少々疲れるが)77関をご紹介しておこう。正確な場所は承知していない。ご存知の方はご示教いただきたい。
上関(21ヶ所)
陸口 南関 玉名郡南関 侍一人・足軽六人 参考:南関番所役人 久野次郎左衛門について
肥後南関番所の検閲体制
袋口 芦北郡水俣陣内 侍一人・足軽四人
馬見原 阿蘇郡南郷菅尾大野村 侍一人・歩之者三人
坂梨 同 坂本村 侍一人・足軽四人
鶴崎 豊後ノ内 侍一人・足軽三人
佐賀関 同 侍一人・足軽十人
海浜 白浜 飽田郡五町河内村 侍一人・足軽三人
大島 玉名郡荒尾大島 侍一人・足軽三人・町廻二人
長須(洲)同郡ノ内 同
清源寺 同郡腹赤 侍一人・足軽三人
洒浦 同郡ノ内洒村 侍一人・歩之者三人
高良 宇土郡松山高良 侍一人・足軽三人
三角 同郡郡浦ノ内 同
郡浦 同郡網田 同
日奈久 芦北郡 侍一人・足軽三人・町廻二人
田浦 同郡ノ内 侍一人・足軽三人
海浦 佐敷小田浦村ノ内 同
斗石 同 同
津奈木 同津奈木村ノ内 同
水俣 同陣内村 侍一人・足軽三人・陣町廻二人
袋浦 同芦北水俣 侍一人・足軽三人
中関(18ヶ所)
陸口 和仁口 南関和仁口 歩之者二人
九重口 南関長田村ノ内 同
岩本口 芦北郡佐敷野瀬村 同
岩神口 阿蘇郡南野尻草ヶ部村 同
川地口 同野尻村ノ界 同
生味口 菊池郡河原 同
松葉口 玉名郡荒尾 同
川口 川尻 飽田郡銭塘二町村 歩之者四人
高橋 同郡池田 同
近津 同郡五町河内村 同
小島 同 池田 同
小川 上益城郡河ノ口 歩之者三人
浦 瀬戸口 宇土郡郡浦 同
戸馳 同 歩之者三人・走ノ者三人
戸口 同 歩之者四人
下り松 同松山上 同
植柳 八代高田 歩之者四人
鏡 八代野津 同
下関(38ヶ所)
陸口 境崎 玉名郡 足軽四人
石坂口 芦北郡 郡筒・足軽二人宛五日交番
久木野 同 郡筒二人・足軽二人
須口 芦北郡遠見 同
矢谷 山鹿郡中村 足軽二人
茂田井 同 同
桃田口 同 同
柏木口 同 同
星原口 同 同
中津原口 同 同
三楠木口 同 同
伊野口 菊池郡河原 同
長山口 同 同
半尺口 同 同
穴川口 同 同
鳳来口 同 同
河野口 南郷菅尾 同
椛山口 同 同
水野口 南郷野尻 同
河原口 同 同
二田水口 阿蘇郡久住 同
小池野口 同 同
楡木野口 同 同
久住口 豊後直入郡 同
山中口 同 同
宇土口 小国馬場郷 同
北里口 同七日市郷 同
湯田口 同馬場郷 同
中湯田口 小国北里 同
黒淵口 同 同
志屋口 同 同
岳湯口 同 同
下明里口 同 同
萩原口 同 同
杖立口 同 同
田原口 同 同
白嵩川口 鶴崎志村ノ内 同
(以上)