昨日在熊メディアは一斉に、JR熊本駅と周辺広場の開発計画案を発表を放送した。
延べ面積107,000㎡に及ぶ施設の建設が、2021年春の開業を目指して始まることになる。
鹿児島・大分に後れを取ってしまったが、いささか僻地感のある駅周辺が副都心(?)として大きく様変わりしていく。
昨日在熊メディアは一斉に、JR熊本駅と周辺広場の開発計画案を発表を放送した。
延べ面積107,000㎡に及ぶ施設の建設が、2021年春の開業を目指して始まることになる。
鹿児島・大分に後れを取ってしまったが、いささか僻地感のある駅周辺が副都心(?)として大きく様変わりしていく。
明治5年の今日、太陰暦12月3日を明治6年1月1日とする「太陽暦」を布告した。
これは月給制になったことにより、太陰暦による「閏月」と、12月の2日分の給料経費の削減が目的であったと、大隈重信の「昔日譚」に記されているが、いささか動機が不順ではある。
庶民にとっては誠に迷惑なことで、小野田部村(現・宇城市小川町)では、「盆会も新暦で行く」と云はれ、「村長が新(死)でしまへと云ふけれど 灸(旧)でもすへて生きたがよかろふ」という狂歌(?)が残されていたという。
一番困るのは「暦屋さん」、今般の天皇退位に伴う改元問題も頭の痛い事であろう。