すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

令和五年神無月は去り

2023年10月31日 | 雑記帳
 初旬に紹介文コンクール審査会とその始末、そして中旬は宮西達也絵本ライブそして来月のこどもブックフェスタ構想など、今月も目いっぱい動いた月になった。時々ミスが目立ってきたのは齢相応だと思うが、「落ち着け」のキーホルダーを握りしめることで遺漏はなくしたい。オーバーペースなどもってのほかだ。





 図書館ブログを始めて3年目となった。アクセス数は多いとは言えないが、それでも4つの学校でアップしている頃よりはずっといい。記事によって100を超す日もある。やり始めたら続けることが自分の持ち味なのかもしれないし、それを認めてくれる僅かな方々もいることが励みだ。数えてみたら10年も続けた。


 今さら学校教育関連で自分が事務局をするとは思いもしなかったが、これも一つの縁と捉え、かなり動きの鈍くなった腰を上げた。今こうした民間研究会の集客は非常に難しい。しかし、声をかけて反応があることは嬉しい。開催まで三週間余り。登壇ラインナップは文句なく充実しているので、もう一歩PRしよう。

 https://ryomoedu.exblog.jp/33488489/


 読了した本を読み直しているのは、指南書と考えているからだろう。今、3冊ぐらいそんな感じで寝床や風呂に持ち込む。何度読んでも身につかない事柄があり、それは実際に行動するとき明確に意識化がされないからだ。「体験」と「読書」の往復運動と偉そうによく書いているのに、自分がおぼつかないのが笑える。

情けない話は笑いで…

2023年10月24日 | 雑記帳
 国会のニュースで、首相が「経済、経済!経済!!」と重ねて声を強めた場面が映った。それを見てなんだか情けなくなる。それを視聴者がどう捉えるかは様々だろうけど、確かに多くの人の関心事には違いないのだろうけど、そんな言い方をしなければならない、それをまたメディアが取り上げて報じる、その連鎖は…


 この国に一番必要なのはそれだと考える人は、本当に多いのか。大事さは認めても、そこに突き進んだおかげで、もっと大切な何かが失われたのではなかったか。結局はみんなに行き渡らない「お金儲け」は、いくら良好、良化となったとしても、一握りの誰かを喜ばせるだけだ。そしてその顔を美しいとは思えない。


 もうすぐ閉店するコンビニ、お世話になりました

 情けなくなるような報道は県内でも…「四国の料理や酒がおいしくない」と挨拶で知事が語った。個人としての見解と公人としての発言をいつもごちゃ混ぜにするのが、この方の特徴だ。取り上げたメディアは、知事に反省を促したいのだろうか。今まで何度も繰り返してきたことも重々承知しているはずではないか。


 こうなると四国の出方が気になる。例えば「四国の名産物をたくさん知事宛てに送り、感想を求める」とか、「四国VS秋田の食べ物という企画をメディアに持ち込む」など思いつく。いやこの際知事を四国に招待して…と妄想が膨らむが、そこまで四国の方々は暇ではないか。いや気にかけない大らかさがあるだろう。


 ああ暴言(笑)失言も何かに転化して笑ってしまえばいいか。「国会檀上で叫びたい一言」…それも「三連発部門」と「連なり言葉部門」に分ける。三連発は、例えば「限界、限界!限界!!」。連なりは「限界、日本!脱出!!」とか…面白くないか。にしても情けない話は笑いでやっつけよう。経済を叫べば軽罪では済まないぞ。

参参参(34&35)取り合えず読了

2023年10月22日 | 読書
 10月になって半月ぐらいの間に読んでいた本。それなりに没頭して読んだが、すぐ記さないと感想など消えてしまうものだと改めて思った。
 取り合えずの読了メモという事で…




『百花』(川村元気  文春文庫)
 母と息子の「記憶」の話。確かに切ないストーリーだが、やや技巧が過ぎる展開に思えた。映画化されている。息子役の菅田将暉はちょっとイメージが違うなあ。


『大河への道』(立川志の輔  河出文庫)
 志の輔の新作落語をもとに小説化された。面白い。設定や背景は違うけれど、名作「歓喜の歌」を彷彿させる。どんでん返しがあり、ぜひ映画で見たい。


『マリコ、うまくいくよ』(益田ミリ 新潮文庫)
 お仕事漫画の文庫化。世代の違う三人の「マリコ」を、同じ場面に立たせることで心情を際立たせていく。この手法は漫画の特性をうまく活かしていると感心。


『古武術に学ぶ 子どものこころとからだの育てかた』(甲野善紀 ビジネス社)
 今年の発刊。甲野氏の生き方は、私たちが本当に教育の根幹を理解しているか、と大きく心を揺さぶる。第一章のタイトルでそれがわかる。曰く「コロナ禍で浮き彫りになった『子どもは後回し』社会


『古武術に学ぶ身体の使い方』(甲野善紀・岡田慎一郎  夜間飛行)
 上著に続いてはずみで購入。これも今年の刊行。「70歳の壁などない!」という副題にもそそられたか。実に興味深かったのは「コラム 失せ物探し」。探し物についてのある結論を得心した。


『答えは出さないという見識』(平川克美  夜間飛行)
 出版社のメールマガジンで行っていた人生相談をもとにした著書。しかし普通ではないことが書名にも現われている。「胸のすくような回答」は一切なし。なぜなら、人生において大事なのは答えではなく…

絵本ライブ始末記

2023年10月20日 | 雑記帳
 今週水曜に「絵本ライブ」が無事終了。最も予算を使う大きなイベントだけにやはり安堵感はある。ふと、昨年のことを思い出してブログを見返してみたら、ずいぶん違いがあった。それはライブのことではなく、取り巻く周辺状況や作家の個性の質などに起因する内容。しかし一年も経てばずいぶんと忘却している。


 今回はお呼びした宮西達也さんは知る人ぞ知る超大物。なんといっても「徹子の部屋」にも出ているし、作品が映画化されその音楽担当が坂本龍一氏で、共に数日過ごした経験もあるという。本町への来訪は2014年以来2度目となり、2020年に計画しコロナで中止となった経緯のリベンジがようやく叶ったわけだ。

 絵本ライブ①

 絵本ライブ②

 文字通り全国行脚の日々で、ここの前は北海道そして翌日は鹿児島とタイトな日程だった。宮西さん自身が「今年でよかった」と口にされたのは、来年以降は出歩くのを控える計画を持っているらしい。様々な事情があるとは思うが、あのエネルギッシュなライブをみると、同齢の自分としては想像できる部分がある。


 当日の送迎をしながら、そして夕食を共にしながらたくさんの話ができた。今の絵本の出版編集事情やプライベートな事柄まで及んだ。同世代としての価値観に共通したものを感じ、食文化から落語やスポーツの話題等、まるで友人とのお喋りのように盛り上がった楽しい一夜だった。別れの握手に力がこもっていた。



 生意気にも「作品を読み解く」と題した拙文を続けてしまったが、書かれた背景をもっと想像しなければ…。私が最近改めて感じた名作の良さを話すと、「年数を経ても読み継がれる」価値に触れ、ティラノのシリーズが20年を超えたと本当に嬉しそうだった。一つの仕事に打ち込んだ者だけが実感できる境地だろう。

宮西達也作品を読み解く(4)

2023年10月19日 | 絵本
 ティラノサウルスシリーズはウルトラマンシリーズ同様、人気が高い。裏表紙のコピーをみると、「愛情物語」「友情物語」という括り方で紹介されている。手元の『キラキラッとほしがかがやきました』『であえてほんとうによかった』の2冊を見て少しだけ深掘りしてみたい。いずれも、最初は「乱暴者」「嫌われ者」だ。





 それがある者との出会いによって変化していく。「キラキラッ~」は災難と裏切りによって苦境に立たされた時、「であえて~」も本当の出会いは、島に取り残された災難からと言ってよい。物語が動き出すのは非常時という点だ。そういう出来事によって、人物の本当の気持ちや頭の働かせ方(知恵)などに気づいていく。


 根本は「やさしさ」や「人を思う」意味に収斂されていくが、前段階で正直さを吐露する場面が描かれる。自分自身の心底をさらけ出してこそ、近づくことが出来る境地だ。それは自己否定、そして悲しい結末となる。どちらも象徴的に「赤い実」が登場する。食べると幸せになる、元気になる実は「血」と重なる。


 『おまえうまそうだな』から始まるシリーズには、題名の変化もある。もちろん重層的な意味を持つが、爬虫類的、強者の語から共感的な価値のある語がダイレクトに出るようになった。穿った見方をすれば手に取りやすいとも言える。しかしそれは、題名は表紙とともに一種の顔であり、メッセージとなるからだろう。


 最後にもう一冊。『きょうは なんて うんが いいんだろう』は、まさしくWINWIN(今は使わないか)の極致。誰(動物)も殺さないストーリーは安心感がある。幸せに満ちていればみんな殺生しないよ、そんな生き方もあるじゃないかと思わせてくれる。クマ騒動が激しい秋田県で、駆除された一方を考える。

宮西達也作品を読み解く(3)

2023年10月16日 | 絵本
 「道徳より一冊の絵本を…」なんて大声では言えないが、その可能性を秘めていることは確かだ。小さい子の場合は、絵本という形だからこそダイレクトに心に響く期待が大きい。『ニンジャ さるとびすすけ』は忍者というモチーフと作家独特に集団や多勢を描く絵柄が効果的で、楽しんで「生き方」を学べる一冊だ。




 猿飛佐助の孫という「すすけ」の最初の悩みは「ちちとははのおしえのまき」。勉強重視の母と遊び重視の父の助言に迷い、殿様に教えを乞う。次は「いじめ問題」。そして最後は「しんだあとは?のまき」と、レベルアップしていく。結論は言うなれば「マインドフルネス」の考え方になるわけで、なんとも今風である。


 これなら低学年にぴったりではないかと、今さら教師根性(笑)が出てきてしまった。それはさておき、次のこども園のメニューに加えようと決めたのが『ヘンテコリンおじさん』。系統としてはウルトラマンシリーズと同様だろう。設定が恐竜のいる時代になっていて、その点に、読み物としての面白さが感じられる。


 「ゆめはかなう」を皮切りに「あきらめない」「あきらめない2」「はやいとおそい」「しあわせだなぁ」「じぶんだって」「どうぞどうぞ」「なきむし」と強弱や硬軟を取り混ぜて、人間らしさを描いてゆく。シンプルに価値観を照らし合わせる。端的にはかなり大人に向けたメッセージといえるのが、宮西作品の特徴だ。


 最終章は「おじさんのねがい」。ここでプテラノドンにのったおじさんは「みんなのいえに マンモスのおにくをくばって」まわる。そして雪が降ってきたので赤い毛布をかぶった。「も もしかしたら おじさんは…」というエンディングがいい。おじさんの行動に込められた願いが拡がりますように…と余韻が残る。

宮西達也作品を読み解く(2)

2023年10月14日 | 絵本
 「ふしぎな●●やさん」シリーズ。これは全部で「キャンディーや」「タネや」「カサや」「ヒーローや」の四作品ある。かなり以前に大型絵本で「キャンディーや」を語ったときがある。どれも展開がほぼ同じであり、いうなれば起承転結が明確で楽しめるし、その中に繰り返しの要素があり、安定した作品群と言える。



 2007年発刊の「キャンディーや」と次の「タネや」は、一層共通点が多い。どちらも小さく、口のなか、土のなかへと入れられ、挙句にブタくん自身が変化したり、木に実がなったりと一定の筋が予想される。最後に「大物」が登場して、オオカミが逃げ出す逆転のオチを見せる。ブラックボックス的な面白みの典型だ。


 「カサや」は、傘の図柄が空中に広がるというビジュアルが楽しい。途中、黒い傘からお化けが出る変化や、たくさんのブタが消えてなくなるオチも愉快だ。「ヒーローや」は、初めて「身につける」という動作が出てきて、モノによって違うパワーを持つ、しかしその度に危機はやってくるという顛末で、救うのは…。


 こんなふうに並べてみると、手渡された「好奇心」は、使えば身を救うけれど、一時的なものに過ぎず、必ず「最終的手段」が必要になるという括り方になるだろうか。自分が巨大化する、味方?が現われる、思いもかけない展開になる…と様々だが、現実に喩えてみれば、逃げ切れる何かを持っているのは強いことだ。


 「あるひ、ブタくんが、もりのなかを、トッコトッコあるいていくと」登場する「ふしぎな●●やさん」。そしてそこに必ず現れるオオカミ。これは一種の比喩といってもいい。一つの良き出会いの次には、壁や不運が待っている。これは人間の宿命なのだ。出会いによって得た力で負を解消していく。その繰り返しだ。

雑な、かなり雑な雑感

2023年10月13日 | 雑記帳
 連休前からずっとアナログ日記も書き忘れていて、慌てて一週間ぐらいをメモっておいた。おすすめブックの審査会があった日からなので結構目まぐるしく働き、休みに入ったらとたんにノンベンダラリとしてしまったから、こうなったか。実は書き残しておきたいことは結構あったのだ。一つは独り視聴者委員会(笑)




 「二周目の『あまちゃん』」と題してBSで再放送した「あまちゃん」を書こうとした。とにかく思い出すのはあの年(2013)どんな気持ちで見続けていたかだ。最初はクドカン脚本にニヤリとしていたが、そのうち「どんな形で震災を迎えるのか」という不安めいた感情がわき上がり、緊張感が高まったことを覚えている。


 それを抜きに今回改めて観たら見所いっぱい。結果的にハイライト場面は最終回近くの薬師丸ひろ子の歌唱シーンだったな、と収めておく。もう一つ書きたかったのは「エマージェンシーコール 〜緊急通報指令室〜」の素晴らしさ。ドキュメンタリーとして秀逸。あれほど人間の生の声に引き付けられたのは久しぶりだ。


 雑誌『ちゃぶ台』(ミシマ社)を数冊読む。時々はっとさせられる内容に出会う。何度も読み直したのは「移住する生活」というインタビュー記事。発泡スチロールで作った「家」に入り旅して歩く美術家だ。重要な感覚は物の重さだ。「動く」という本質と絡めると非常に興味深い。金、水、家、風呂…その価値はどこに。


 将棋八冠の話題が新聞一面トップに…。一人の天才に多くの目が注がれるが、その熱はやはり将棋を愛する人々に敵わない。『蜜蜂と遠雷』という映画を観た。フィクションとはいえ、そこに現れた天才の輝きも眩しかった。それを感じさせてくれるのが凡人の存在であり、その光を真摯に受けとめるからこそ際立つのだ。

宮西達也作品を読み解く(1)

2023年10月11日 | 絵本
 来週水曜に絵本作家宮西達也さんを招いて、小学生向けの「絵本ライブ」を予定している。超のつく有名人、売れっ子といってよいだろう。本館にも70冊ほどの作品が揃っている。個人的に好きな「ニャーゴ」「やきいもとおにぎり」は読み込んでいるが、他作品に目を向ける意味で少し俯瞰的に作品群を見たい。


 まずは「おとうさんはウルトラマン」シリーズ。これは6冊揃っている。1996年発刊の「おとうさんはウルトラマン」が起点だ。家族・父親・母親像を描くモチーフとしてウルトラマンを充てたというより、ウルトラマンを一個の生物としてとらえ想像を拡げて人間らしさ、素敵さを適用させたと言ってよくないか。



 扉のことばはこう記されている。
ウルトラマンは、目には見えないけれど
確かなものをいつも追いかけていた。
勇気と希望を、優しさや思いやりを、
そして愛を…


 スーパーヒーローにも弱さがあり、いい加減さも垣間見えてしまう。それらも含めて「かっこいい」という考えを根付かせる象徴がウルトラマンだ。最終的には一生懸命さの価値観につながるように感じた。そして、もう一つは「真の強さ」という点か。典型的なのは「せいぎのみかた」シリーズ2冊にも表れている。


 「ドラフラ星人の巻」では、見た目や言葉に左右される人間の姿が描かれる。「ワンダーマンの巻」では、守る意味とは何を指すのかが問われている。いわば「戦いの本質」とも言える。対比される存在が出てくる二つの物語は、可視化された即時的・即効的な成果にばかり期待する、今の社会への批判に違いない。

参参参(三十三)没頭の読み書き

2023年10月04日 | 読書
 何をもって「読書の秋」というか。没頭の瞬間を愉しめればいい。


『墨のゆらめき』(三浦しをん  新潮社)

 何故か、時々読みたくなる書道関連モノ。漫画は多いが小説はあまりないので手にしてみた。ちょうどTVで『ばらかもん』という軽いドラマもやっていたし、少しそんなモード(どんな?)に入ったのかな。なかなか続けて修行できない一つに、書道がある。小学校から手をかけ、大人になっても通信添削をしてみたのだが、どうにも挫折してしまう。いつかいつかと思いつつ出来ないのは、きっと「心を込める」「没頭する」能力に欠けるのではないか。この小説の遠田薫という書家は、いいかげんそうに見えて芯がぶれない、作風の自在さに秀でているが、それが本来の姿とは言えない。何度目の正直かわからないが、また筆を持ちたくなる。





『5と3/4時間目の授業』(高橋源一郎   講談社文庫)

 教育に携わっていながら、この学園の存在は頭になかった。「きのくに子ども村学園」…フリースクールではなく、文科省の認可を受けた正式の学校である。こうした自由度の高い場で育つ子どもの将来は、どんな姿なのか。今は非常に興味がある。この本は作家高橋源一郎がその学園の生徒を相手に2日間「授業」をした記録だ。しかし、自分の概念からするとこれは「講義」ではないかなと思う。この考え方の相違が決定的ともいえるか。いずれ高橋は「たぶん、読んじゃいなよ」と「なんとなく、書いちゃいないよ」という2つのテーマで、饒舌に語りかけている。生徒の反応はまさしく多種多様だし、そこに「学び」があるかどうかの判断も読者に問うている気がする。個人的には「木村センさんの遺書」の紹介が、ずんと心に残った。



『ひと』(小野寺史宜 祥伝社文庫)

 数年前のベストセラー。図書館内でも気になっていた本だが、文庫があったので購入した。母親の急死、大学中退、惣菜屋でのバイト、友人関係…何か大きな事件があるわけではないが、一人の若者の「境遇」を、実にディテールにこだわって見せてくれるような内容だ。些細な言動に込められた人間の素性や本性、強さと弱さをないまぜにしながら、何か大切な芯をつかみ取ろうとする主人公の姿に共感が湧いてきて、知らず知らずに読み進めたくなる。本屋大賞2位らしいが頷ける。「ひと」というシンプルな題名は、いったい何を指しているか。読み手が想像することか、解説の中江有里は「孤独」と解したのだろうか。