すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

昔,オレが沼沢だった頃

2014年06月30日 | 雑記帳
 6月も最終日となった。賞与支給日ではあるが、誰一人そんなことを口にする余裕はないのか、慌ただしく一日が過ぎていく。今日は学期末全校PTAがあり、また3日間は「みんなの登校日」というフリー参観が続く。今年の折り返し地点という節目を意識したい日なのだが、折り目もつかないままに切り取られた。


 このひと月は中盤からずいぶんと慌ただしかった。外部会議、各種訪問、そして修学旅行等々。毎年似たことを繰り返しているわけだが、ずいぶんと密度が濃かった。正直、今までは自分がやると決めたことはクリアしてきた。しかし今年はやむなく断念。振り返ると、予定外の事が次々に入ってきたことが原因か。


 予定外といっても要は予想が甘いだけ。環境が違うのだからもう少し緻密に仕事配分すべきだった。計画性を高めることをこの齢になって悟っても手遅れでしかない。とすると、あとは優先度に従って「諦める」ことを学ぶべきか。現に今回も一つ諦めたことによってぐっと楽な気分になれたが、どうも敗北感が漂う。


 「何に負けたのか」と訊かれれば、「自分に負けた」と劇画のような答になってしまう。ルーティン?と課している学校報、校内報は予定をクリアした。集会挨拶、読み聞かせ等もそれぞれOK。さらに高学年の授業実施も開始。こうして数えるとそれが順調なだけに、職務上の他の諸事に押し込まれて土俵を割った。


 6/20付けの読売新聞に学力向上関係での取組みが掲載され、氏名が出ていた。それが「沼沢」とあって、そう言えば昔はこの名字を使っていたことを思いだした。数回話した記者の方には名刺を渡したのだが…。まあそれ以上に気になったのは、使われた談話が「学力向上推進派」のようなイメージであったことか。


 と、結局繰り言多く、今月も幕。今日はウィスキーを飲むといいかもしれない…「昔、オレが沼沢だった頃、ボーナス日は本当にウキウキしたものだった」「昔、オレが沼沢だった頃、プールの季節の眩しさに今年の泳力目標でワクワクしたものだった」「昔、オレが沼沢だった頃…今のことは想像できないよなあ」

恒例?連ドラ回顧

2014年06月29日 | 雑記帳
 「半沢直樹」の後継?としての池井戸原作「ルーズヴェルト・ゲーム」「花咲舞が黙っていない」はどちらも観た。視聴率通りにまずまずというところか。ストーリーには一定の勢いがあった。「ルーズヴェルト~」は唐沢・江口というコンビになったが,なんだか「愛という名のもとに」「白い巨塔」に続くパターンがある感じで,妙に印象がだぶる箇所があった。


 「花咲舞~」は,「ごちそうさん」の杏の勢いそのままという感じがして,あのテンションも慣れれば気楽に楽しめる。以前だったら,それに恋愛ストーリーが絡んだりするのが常道だろうが,そうならないことに「時代」を感じる。先日,新聞に取り上げられていたが,恋愛モノはわずかに「続・最後から二番目の恋」だけだそうで,それは年齢からして当然観た。


 「最後から~」も前回ほどとは言えなかったが,あそこにある日常感(もちろん作り物ではあるのだけれど),空気感に惹かれる同世代は多いだろう。聞くところによると若い年代にもある程度人気らしかった。主役二人の「男前」な点と,昭和を引きずっている感覚が,小さい灯のように心に残っていくようなイメージがある。もう一回くらいは続編があるかな。


 期待していた「弱くても勝てます」,「ブラック・プレジデント」は,ある程度観たが展開が気になるほど面白くなかった。パターン化し停滞している刑事モノでは,小栗旬主演の「BORDER」が面白く続けて観た。中でも第五話,宮藤官九郎をゲストに迎えた回は実に秀逸。他の回とは違う異色な展開だった。最終話の結末も予想外で脚本の力量を感じた。

花子とアンと学習本位

2014年06月28日 | 雑記帳
 『花子とアン』も三か月見続けた。個人的には前年度の二つよりは面白みに欠けると思っている。視聴率はずいぶんいいようだが…。主演の吉高がはたして合っていたのか。製作の意図はなんとなく想像できるが,彼女は田舎出ヒロインに合わない印象がある。他の女優であれば,ずいぶん違ってきたのかもしれない。


 職業上の興味として,学校や教室場面を見ることは楽しい。今回も特にあれはどういうことだろうと思ったのは,花子が務める学校の職員室に掲示してあった,一つのポスター(というよりスローガンか)。こう書いてあった。「學習本位の教育」…学習者本位ではない。学習が本位である。では他の要素とは何か。



 明治・大正期と考えれば,「学習」と並ばせるのは例えば「指導」であったり「訓練」であったりするのだろうか。ネットで検索してみたら,さすがに「学習本位の教育」はずばりとヒットしなかった。関連で調べ続けていくと,「教育の三要素」というサイトがあり,こう記されていたが,今ひとつぴんとこない。



 自己は、外界への働きかけによって知恵を身につけることができる。
 その働きかけには、三つの要素がある。一つは、学習である。もう一つは、研究である。そして、最後に指導である。
 この三つの要素を、繰り返す事で、教育は、その効果を上げることができる。



 ページ全部読んでもストンとこなかった。検索を続けて「学習本位」を冠した昭和6年の「尋六の地理教育」という出版物を見つけた。なんと明治図書。そう考えると「学習本位」とは「新しい授業づくり」のようなスローガンなのか,と一応結論付ける。意味は確かにあるだろうが,言葉が一人歩きしそうなタイプだ。

また叱るかあと口にしつつ

2014年06月27日 | 雑記帳
 書店に立ち寄る機会もなかったので、少々遅れながら『総合教育技術』誌の7月号を昨日買った。特集は『「叱る」技術「叱らない」技術』。正直、またかと思った。「叱る」関連は毎年登場している。管理職等が対象の教育雑誌に、3年連続して取り上げられることは、現場の悩みが浮き出ているという証しなのか。


 確かに「叱り方」に気を配らなければならなくなった。また「叱る」ことの効力に疑問を持つことも多くなった。それゆえ、叱ることに腰が引けている、また無駄ではないかと考えている教師も皆無ではあるまい。つまりは「叱る教育」の後退が進んでいる。とすると、この特集名は微妙な立ち位置にあることがわかる。


「叱る技術」とは、「叱る」という言語行為の有効性を高めようとすることだ。つまり子どもたちの状況や場面、個性等にあった適用を図ることだ。一方「叱らない技術」とは、いわば「叱る」という言語行為の代替になること、または、その行為に及ばないための周辺を固めていくことを指しているようだ。興味深い。


 結局、「叱る」という直接行為は減っていかざるを得ない。そんな現状にあることをわかりつつ、この特集が組まれるのは、やはり「叱る教育」は捨てきれるわけがなく、捨てることがけしていいことではないという認識だ。安易に「叱る」ことを反省し、自分の働きかけをチェックしろという激励と取っておこう。


 古荘純一氏が書いていた次の文章を心に留めたい。

 心理学の分野では「ほめる」と「叱る」の割合が3対1ていどでないと、叱る効果が上がらないという研究報告もあります。


 有田和正先生を偲ぶ特集も組まれていたが、そのなかに先生の連載の再録があり、次のような文章も載っていた。

 私の体験では「8割ほめて2割叱る」くらいの割合がいいように感じている。感じであって、科学的な根拠はない。


 共通性を持つ量的な見解に、私たちは「叱る技術」の一つの結論をみる。

 つまり、むやみに叱らない。

 当たり前のことと笑うなかれ。

「感情労働者」としての教師は、そういうバランスを持っていることが大きな資質である。

いつかの6月26日には

2014年06月26日 | 雑記帳
 先週、三年生の研究授業を見たとき、なぜか初めて三年生を担任した頃が懐かしくなった。実はその当時4月に指導した物語文が、題名は思い出せないが同じファンタジーだったことを覚えていて、その授業でとんでもない失敗をしたからだ。どうしても文章に根拠を見つけさせたくて、子どもを泣かせた記憶がある。


 想像力豊かなその女の子が語ることを遮って、「どこに書いてあるの?」と問いかけた気がする。分析批評に目覚めた?頃、その大人げなさを自覚できなかったのだろう。残念ながら手元の学級通信集にその記録は残っていなかったが、やはり少し肩に力の入った時期だったし、それは当時の原動力でもあったのだろう。


 懐かしの通信をめくっていたら、なんと「6.26研究会後記」などというタイトルがあるではないか。それ以前に研究会に関することなどあまり触れていないのに、よほどほっとしたのだろう。若干31歳、研究主任2年目で研究経過説明などを、200人ぐらいの教員の前でしたはずだ。いやあ、イケイケでした。


 発問研究真っ盛りであり、研究協議の目指したものは、当該授業の発問検討をすること、そしていくつかの代案を提示し、それに検討を加えることだった。ある面の厳しさはあったが、今になってみると、つくづく安定した基盤で授業が出来たものだ。発問という一つの言葉かけによくも悪くも染まっていた時期だ。


 受け持っていた学級は校内事情により結局4年間持ち上がり。その当時でもあまり聞いたことがない。自分もつらく感じた時はあったが、子どもたちはそれ以上ではなかったか。ただ出会いで私の問いに泣いた子は、一番の理解者になってくれたようで、授業の発言、自学等々、印象深い学びを私に見せつけてくれた。


 6月26日というのは何かの縁か。「授業を見合う週間」の今日、出張補充ではあるが「授業提案」という形で5年生の音読指導を行う。ビデオカメラあり参観者も数名おり、なんとなくプレッシャーがかかる。子どもはりっぱだったが、発問を全然練り込んでおらず、もっぱら指示と説明でしのぐ。時の流れは怖い。

選択の力を取り戻す

2014年06月25日 | 読書
 「2014読了」63冊目 ★★★

 『ポーカー・フェース』(沢木耕太郎  新潮文庫)

 相変わらず上手いなあ、読ませるなあと思いながら、味わうことができた。
 一つの話題を、自他の経験と結びつけながら、何層にも重ね合わせて考えていくようなイメージだ。

 これは当然、著者が単に文章上手ということではなく「体験」に裏打ちされた深い認識を持っているからだ。
 年頭の書き初めに「動」と書いたものの、あまりの経験の狭さに今頃怖気づいている自分なぞには、けして手の届かない世界観なのだろうなあ。


 さて、今回収められた13篇はどれも興味深いが、最終の「沖行く船を見送って」にある「選択」に関する実験や文献の紹介が心に残った。
 そもそもは表題のように「無人島に持っていく一冊」から始まって「博打の必勝法」につながり、そこから「選択の科学」というふうに進んだものだ。

 そこで紹介されているラットを使った実験では、「経験」と「意志」の関係について述べられていた。シーナ・アイエンガ―という学者はこう書いている。

 わたしたちが「選択」と呼んでいるものは、自分自身や、自分の置かれた環境を、自分の力で変える能力のことだ。選択するためには、まず「自分の力で変えられる」という認識を持たなくてはならない。


 ここに「しない」選択の形がどう位置づけられるのか検討に値するが、例えば現状維持は不変的ではないし、何かは絶えず変わっていることを考えると、いずれにしろ納得できる。
 選択を「能力」と考えると、そこでの判断は常に現実を変える力の一部として積み重なっていくと見るべきなのだろう。

 学習していないラットは早く溺れるという実験結果は、当然とはいえ、選択の機会を全ての子に保障するという教育の根本を支えるものだ。
 ただし、選択にある諸相は現実社会で大きな幅を持って存在している。その内実を凝視してみると、逆に飼い馴らされている自分に気づいたりするから怖ろしい。


 さて「選択の自由度と満足度の相関関係」は、単純に予想もできるし、理解もできる。

 そして自らの仕事に照らし合わせれば、その自由度は明らかに狭まってきていることは間違いない。狭める側の片棒をかつぎたくなくとも、そんな状態に陥っているのかもしれない。
 もう一度、身近なところから「これは選択できるんだよ」と数え始める姿勢が必要だ。

生き物感あふれる日常

2014年06月24日 | 雑記帳
 今週は「授業を見合う週間」と位置付けられていて、昨日から一時間じっくりと各学級の授業を参観している。改めて、一人一人の子どもや教師の個性が見られるものだ。教師の指示通りにぱっとすばやく動ける子も素敵だが、問いかけにうーんと唸る子、すぐ口を出す子…と様々な姿にこそ生き物感があると思う。


 今週は出張する職員の後補充やら、六年生の俳句作りの手伝いやらで少し授業する。それ自体は楽しみだが、なんせ「忙殺」状態で準備ができない。気が小さい私はなんとなく不安になる…ああ,これも一つの生き物感か。某先生が言う「勤め始めて23年間、一度も忙しいと思ったことがない」の声が、恨めしく響く。


 今日は久しぶりに徒歩通勤をした。車で2,3分の移動よりはるかにたくさんの情報量があるはず、なんてことを考えながら歩いた。時間的に5,6倍あるのだが、書き出してみれば10倍以上は軽くあるのではないか。これは理解に属することでなく、行き会う犬猫、木々、そして風や匂い…皮膚感覚的な蓄えにつながる。


 初めて書く小説の題名は決めてある…「薬指の憂鬱」。三年ほど前だったか、薬指に異変が生じた。皮膚炎だろうとたかを括っていた。しかし市販薬ではいっこうに治らず、結局医者に診てもらった…そして完治したように見えたが、最近再発。以前と共通項があったことをベッドの中で気づいた。ただし書く予定なし。

それでも教育は未来を

2014年06月23日 | 雑記帳
 土曜日の「石川晋×堀裕嗣『ふたり会』feat.佐藤正寿in仙台」は、なんとも興味深い会だった。お三人の知名度は相当なものだと思うが意外と集客度が低いのは、どういう理由か。やはりある意味では「通好み」なのかなと勝手に解釈する。実践的な内容より人物的な関心が強いと言える自分などは最たるものだろう。


 講座を聴いて印象に残った言葉はいくつかもあるが、今回特に残しておきたいマイベスト3は「すぐれた実践と言われているものは、すべからくキモい(石川)」「仕事力とは、スキルではなく考え方である(佐藤)」そして「(教職を目指したのは)データ収集できる面白さ(堀)」である。多様な内容だった。


 今回のテーマは「つなぐ」ということ。この三人の「つなぐ」に関する意識は、表面上は違いが際立つように感じるが、根底には共通点があるように思う。信ずるに足る自分を作り上げてきた道程の深い洞察である。手の伸ばし方や引っ込め方がきっと自在なのだと思う。凡人はぐずぐずしている。鼎談でよく分かった。


 会場入り前、石川さんと偶然に出会った。その折話された教師教育の現状への危惧や、正寿さんが耳にされた某県教育センターの対応の酷さなど、詳しく書けない話が大変面白かった。直接出逢う醍醐味だ。さて、三人の鼎談の最後には教育の未来を語る困難さが指摘された。しかし、教育は未来を語ることに違いない。

先週の「ったく,もお」

2014年06月22日 | 雑記帳
 ある方と話していて「バカの壁」を久しぶりに思い出した。わかりあえない気がする。この壁をどう崩せるか、いやそんな発想をせずに、飛び越しはできなくても、横からまわったり、少しずつ叩くことで向こう側と応答すべきだ。…しかし難しい。笑顔?で応答しているうちに手の中でボールペンを壊してしまった。


 麻雀には染まらず生きてきた。しかしこんな話を聞くと凄いなあと単純に思う。筑紫哲也、井上陽水らが畑正憲と徹夜麻雀をして、畑が仕事に向かうため「ぼちぼち出ないと飛行機が…」と言うと「ほー、仕事に行くんだ、畑さんは」と白い目で見られ、結局そのままに…。やはりここまでやらないと、阿呆と呼べない。


 愛読連載「ネにもつタイプ」…翻訳家岸本佐和子が妄想する景色は、まったく異次元。その世界に簡単にはまる自分も自分だが…。某有名リフォーム番組を見て、こう言い放つ。「あの番組の『ビフォー』部だけをつないだ番組を作ってくれたら、私はきっとテレビの前で正座してかぶりつきで観る」。巫女のようだ。


 週末の修学旅行引率。ここ数年はビデオカメラ係としてのみ専念(笑)していたが,今年はもう一つ「今時の子どもの声」を拾ってみたいなと漠然と考えていた。バスに乗り込み、学校の玄関を出たとたん、さっそくその瞬間がやってきた。一人の男子がこう叫ぶ。「先生!修学旅行って、もう始まっていますよね」

「分ける」と対極にあるもの

2014年06月21日 | 雑記帳
 文藝別冊として『まど・みちお』が並んでいたので買い求めた。
 2000年に初版が発行され、今年の3月に2刷となっている。

 まどさんの詩やエッセイ、そしてインタビュー、対談、さらに他の方々から寄せられたエッセイ等で構成されている。

 ぼやーっとしたような感じでぺらぺらとページをめくっていただけれど、河合隼雄氏の書いた「魔法のまど」という文章を読んで、はたとひらめいたことがあった。
 次の文章である。

 最近亡くなられた井筒俊彦先生が次のようなことを書いておられた。われわれは通常は自と他とか、人間とぞうとか、ともかく区別することを大切にしている。しかし、意識をずうっと深めてゆくと、それらの境界がだんだんと弱くなり融合していく。


 ここを読んで、ああそうか、まどさんの詩の魅力というのはそこなんだと思った。

 そして、すべからく詩とはそういうものかもしれない、という思いにとらわれた。

 「わかる」は「分かる」つまり「分ける」をもとにしているという論には納得がいく。
 毎日私たちは、わかるために分けることを多用している。
 その連続こそが生活と言えるかもしれない。
 そしてそれを突き詰めていくことを、学習と呼んでいるのではないか。

 ところが、詩とか詩情とかは、まったく正反対のものを指している気がする。
 そんな仮説が浮かんできた。

 分けずに見ること、もしくは分かれる前を想像すること、存在としてあるものの根に想いをはせていくこと…この感覚はどのようにして身につくか、皆目わからないが、せめてまどさんの詩に触れることで、今日考えたことを忘れずにいたい。

 たまたま開いたページに載っていた「つぼ・Ⅰ」という短い詩にも、存在の根ということが色濃く出ているではないか。

 つぼを 見ていると
 しらぬまに
 つぼの ぶんまで
 いきを している