すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

棒を担いでいきたい

2011年12月31日 | 雑記帳
 3.11は私的にも個としても大きい出来事ではあったが、その多くを公的な部分で振り返られることは、同じ東北に在ってもひどく幸せなことなのだと改めて思う。

 学校の仕事にかかわって、3月震災以降、4月の余震時、自ら判断するべきことが多くあった。被災地の方々に比べれば微々たる経験であるが、緊張を強いられたいくつかの物事を忘れないことが、自分にとって震災と向き合うことだと肝に銘じたい。
 多くのアクションがある。自分も何かの棒を担いでいきたい。

 経営や実践上のことで、いくつか新しく始めたことがある。スタート時の研修、学習形態、はがき新聞、15分授業…まずまずの形で進んでいるとはいえ、勝負?は三学期に持ち越すことになるだろう。

 問題意識として浮かびあがってきたものを記しておく。
 教育と行政の関わり~もはや最大の課題といっていい。これは11月に宴席で野口芳宏先生と隣り合わせることが出来、その折に不躾にも質問させていただいた。座が盛り上がっていて中断したのが残念である。
 「技術」と「あり方」~授業づくりネットワーク関連のメルマガで取り上げられていた。これは自分にとって若い頃からの継続的な課題でもあった。これをもう一度掘り下げたいと考えている。


 さて、私的なこととして、私以外の家族はともに大きな変化(決断や準備や踏ん切りや…)があった年だった。その結果はいずれ来年以降のこととなり、自分が支える部分も多くなるだろう。
 地震並みに大雪、雪害のことも忘れられない。雪国に暮らす宿命のようなことを感じるし、それが齢を重ねていくに従って重くなっているのは確かだ。ただ、出来ること出来ないことを工夫して判断するなど、自分なりの前向きの視点も残っていることが救いだ。

 このブログの中心になっている「読書」であるが、読了112冊だった。
 http://homepage3.nifty.com/spring21/hondana.html
 まずまずだろう。
 最高ランクをつけた本が三冊あり、再読した『悪人』と、『奇跡のりんご』そして『残酷人生論』だった。

 もちろんどれも印象深いが、特に『残酷人生論』の冒頭は風呂の中で何度繰り返し、文字を追ったことか。
 池田晶子の著書であり、それは意味の塊のような文章なのだろうが、なぜ繰り返し読まざるを得なかったか、いや読みたくなったかは、意味とはまた別の、文章の肌触りとかリズムとかメロディーのようなイメージが大きいように感じる。
 読書についてまた違う切り口を見た感じがしている。

 絲山秋子という作家が、ある雑誌表紙に筆蹟を残している。その言葉はこうだ。
 
 意味がないっていうのは、つくづくいい。

 なんとなく、その意味がわかってきたか…いや、そう考えるのは意味があるっていうことだし、その境地に達するには、まだまだ意味にこだわることも大切ではないか。
 
 傍からみれば、意味のない繰り言のようにみえるこのブログも、本当にたくさんの人に訪れていただき、やはりそのことに励まされ続いている。
 今年もありがとうございました。
 良いお年をお迎えください。

晦日、物理的な心構えをつくる

2011年12月30日 | 読書
 先週、漫才の番組に出たスリムクラブのネタの一つ。真栄田があの独特の声と間で(だいたい)こんなことを言った。
 「人と人とがつながりあって…そこに、何が生まれるでしょう………宗教です!」

 客席爆笑。
 日本人の多くが持つ宗教についての認識をよく表していると思う。
 まったく同列とは言えないが、祈りや供養という言葉もそういったとらえ方をされている面もある。

 『原発と祈り』(内田樹・名越康文 メディアファクトリー)を読んだ。

 表紙には橋口いくよという女性作家の名が「聞き手・文」として挙がっていて、実際には鼎談という形になっている。

 この第三章は、題名そのままの「原発と祈り」とされていて、読書系の月刊誌「ダ・ヴィンチ」をたまたま買ったときに読んだ記憶がある。
 内田氏のブログ上でも取り上げられていたこともあり、部分的には結構知っている内容だった。

 ネット上でどの程度「原発供養」や「鎮魂」が話題になっていたのかわからないし、そんな著書も手にしていない自分だが、かなり前から「言霊」ということが気になっていたので、この本には共感できる面が多かった。

 もちろん、いわゆるスピリチュアルなことが語られると全て「イカガワシイ」と遠ざけるという考える人も少なくないだろう。 しかし、そういう思考も含めて、全体を包みこみ、考えを分割しながら、共通項を見いだして、今何をなすべきかということについて、真摯に考えようという姿勢が感じられ、どこか安心して読むことができた。

 この著は、『呪いの時代』の別バージョンといっても差し支えないと思う。
 なぜ「呪い」に気づき、「呪い」に引っぱられないようにすべきか、「おわりに(内田)」に典型的な言葉がある。

 邪悪な自然などというものを存在しない。邪悪な津波も邪悪な地震も存在しない。邪悪であるのは人間だけである。

 震災、原発問題を、そういう括りで見たら、また景色が違うだろう。
 人は、そうとは気づかずに、邪悪な言葉を口にし、邪悪な行動をとる。「善人」が無意識のうちに撒き散らす邪悪さにあふれている。結局はそういう時代の邪悪さが悪夢のような出来事を呼び込んだ、と断言したときに、それを全否定できる人がはたしているだろうか。

 その後も続く邪悪さに取り込まれないための具体的な行動として、まずは「怒らないこと」。
 そして、自分ではない誰か、何かのために「祈ること」。

 さらに、最終章で語られた「心構え」。
 これは「今を生きるための心構え」と題されているが、それは「死に対する心構え」でもあった。そんなこと到底できないと、ほっぽらかしそうになるが、ここに救いの一言があった。
 「死ぬのが怖いっていう人はけっこういるんじゃないか」という問いかけに、内田氏が軽く返答する。

 だったら家を掃除すればいいと思うんだけど。

 まずは「物理的な心構え」から。
 ということで…しっかり、大掃除をして、今日を生きましょう。

「祝福」の時代にしよう

2011年12月29日 | 読書
 連れと待ち合わせる時刻まで30分あったので、ちょいと秋田駅前のJ書店に入った。

 エスカレーターから書店入口にいくとすぐ新刊本のコーナーがあり、目に入ってきたのは『原発と祈り』という内田×名越の対談集。すぐ一冊とって教育書コーナーへ向かおうとすると、「当店の今週のランキング」が掲示されている。その1位は…

 『呪いの時代』(内田樹 新潮社)

 こんな東北の地でも1位なんだあ、さすがベストセラー作家だあと思わず感心してしまう。
 そして、それじゃあどのくらいの人がこの考え方に影響をうけているのだろうか?結構な数だとすれば、もしかしたらこの県だって明るい未来が見えるかもしれない…などと短絡的な発想までしてしまった。

 それはともかく対談本に先駆けてページをめくったこの本も読みどころが多かった。
 一番考えさせられたのは第三章「『後手』に回る日本人」である。
 もはや得意技といっていいほどの日本人論だが、切り口が面白いのでつい引き込まれる。

 アメリカの大統領選挙、演説などを皮切りに、歴史的経緯から世界におけるアメリカという国の特殊性を描きだしてみせ、日本の政治家との違いを際立たせる。
 
 武道の言葉で言うと、アメリカは基本的に「先手」の人であり、日本は「後手」の人ということです。

 そしてそれは当然のことながら、政治家にとどまらず、いわゆる国民性として深く根付いていることは間違いない。
 納得の一言はこうだ。

 相手がこう来たらこう返す、こうされたらこう逃げるという受け身の姿勢でいること、つねに状況に対して「後手」に回るという日本の政治文化は受験生に似ています。

 それを「受験生マインド」と呼び、出された問題に対する解答、最適解を求めるという習性が深く染み付いていることを指摘する。もちろんその能力に長けていること自体を否定はできないが、政治家の言い逃れや言いつくろいという「小技」が、これだけ日常茶飯事化している現実は悲惨と言えるのかもしれない。

 端的にいえば、教育現場にあっても結局「後手」得意の日本人の育成が現状ではないか、そんな考えが浮かぶ。
当事者である私たちはそれをどのレベルで理解しているだろうか。考えているだろうか。

 夏に、本県教育の重点として示された「問いを発する子ども」について駄文を書いた。
 その1
 その2
 その3

 私の問題意識はそこ止まりだし、それ以上構造的な段階へ踏み出していっても、道に迷う気がする。そこにこだわりたい。

 内田氏はこう書いている。

 武道的観点から言うと、「問題に正解しなければならない」という発想をする人は、構造的に敗者であるということになります。

 武道の嗜みはないが、それはわかる。
 しかし「構造的に敗者」という表現を、傍点で強調していることは、もう一つ俯瞰的にみた方がいいという意味だろう。
 そんなことからまた「呪い」に嵌ってしまっては元も子もない。

 目の前の出来事、事象から問いを立てる習慣、そういう感覚を養いながら、「祝福」すべき時代にしようという心構えだけは忘れてはならない。

『家政婦のミタ』のある見方

2011年12月28日 | 雑記帳
 年間ドラマランキングが発表された。
 http://www.oricon.co.jp/entertainment/special/2011/viewer1222/index.html#ranking

 『家政婦のミタ』を初回から続けて観てはいたが、まさかこんなに視聴率をとるとは思わなかった。

 これほど有名になると、いろんな所で様々なウォッチャーが語るだろう。
 高い視聴率の理由はともかく、誰もしていないような妄想的な分析?をしてみたい。

 ミタのスーパーウーマンぶりは、観ている人ならすぐわかる。
 しかし、言葉の意味の解説ならまだしも、AKBのメンバーの名前などまで全て頭に入っているとは…。いったい、家に帰ってから(その場所も謎だ)どんな暮らしをしているのだろうか。

 まず、ああいう知識を入れるためにはネットは必需品であろう。暗い部屋の中で、ヘッドホンでもしながら、ひたすらにニュースチェック、そして主要な言葉を暗唱する、食事をするときもひたすら知識注入している姿が思い浮かぶ。

 頭脳だけではない。
 ミタの動きは驚異的だ。
 窓から落下した末娘を両手で受けとめた。刃物を手に長女に襲い掛かる(ふり)をしている動きも実に正確。恐怖を与えるためのスピード感もあって、実によろしい。

 さて、私が一番に注目したのは、ミタの歩き方である。
 ここに、ミタの動きの典型がある。

 それは「手を振らない」である。

 末娘にせがまれて手をつないで歩くときは別にしても、自分で進むときの振れはほとんどない。
 ミタの動きの秘密は、つまり、体を捻らない動き。武術的といっていいと思う。
 これは訓練や修業したものだろうか。稽古着に身を包んでいるミタを想像できないわけではないが、少し飛躍がありすぎるか。

 悲惨な過去を背負ったミタが、身にまとったのは「無表情」だった。
 しかし実はこれが、他からの命令や要求に対して敏速に的確に動ける精神であり、身体なのだということがわかる。
 その運用さえ間違わなければ…と思う。

 もちろん表情のない人生も虚しい。しかし、だからといって阿須田家の主人のように、あまりに素直に表情と言葉を表したために、周囲を不幸とする例は数多いだろう。
 ここまで書いてみて、このドラマがある対比をもとに作られている、進行したということに気づく。

 それにしても、視聴率40パーセントにはちょっと驚いた。
 まあ個人的には、『JIN~仁~』の方が好きでしたけどね。

ひととき、スローリーディング

2011年12月26日 | 読書
 『灘校・伝説の国語授業』(橋本武 宝島社)

 6月に取り上げた雑誌記事

 8月に取り上げた著書

 これらの経緯から、この本はやはり手にとってみなければならない。
 宝島社が主たる購買層をどこにおいて発刊したが分からぬが、自分にとっては興味深い。

 内容のアウトラインは『奇跡の教室 ~エチ先生と「銀の匙」の子どもたち~』(伊藤氏貴著 小学館)にも示されていたが、実際にどんなことを取り上げたかいくつかのポイントが挙げられ、授業の様子が想像できる。

 読み終わって、いくつか頭に浮かんだことを列記してみる。

 まず「語彙が増える」ことを一番の力とみている。
 これは野口芳宏先生の教えと同一であるなあと素直に感じた。
 また、実際に取り上げられている事項のなかに、自分が知らなかった「擬人名語」や「連声」といった日本語にかかわる用語名が出てきたとき、これはまさしく学習用語だろうと膝を打つ思いだった。

 著書もあるほど「いろはがるた」に関しては専門のようでずいぶんとページが割かれている。
 ほとんどとは言わないがその8,9割を自分が知っていることに少し驚いた。
 授業で習った記憶はないが覚えているという理由は様々あろう。ただ一つだけ確実に言えるのは、亡くなった祖母や今は年老いている母から、幼い頃にそういった言い回しで教えられたり、たしなめられたりする記憶があるということだ。
 そして、親になった自分がそんな言い回しをして子どもに教えたことがほとんどないという点にも気づかされた。
 「伝統的な言語文化」の一つの必要性を、今さらながら実感してしまう。

 さて、「スローリーディングのポイント」として、四つのことが挙げられている。

 1 寄り道をする
 2 追体験をする
 3 徹底的に調べる
 4 自分で考える


 これは指導者の方針や方法としてあると同時に、3,4は生徒に身につけさせる力と重なっている。つまり、1,2の手法を用いることで、自分で調べ、追究し、思考していく生徒を育成しようというねらいがあるだろう。
 その意味で「寄り道」と称された「知への誘い」は、読み手にとっても効果的だった。

 前段で出てきた「七草をはやす」という言葉にえっと反応した自分がいて、そこから広辞苑、方言辞典、国語大辞典をめくりながら、いくつかの知識を得、予想をし、一つの仮説をつくりあげた(笑)。

 ひととき、スローリーディングの生徒になったような気分でしたよ。

降誕祭前夜のサンタ三題

2011年12月24日 | 雑記帳
 その1

 先週土曜に出席した某ポスターコンクール表彰式のことである。
 審査委員長を務めた方が講評の場で、冒頭にこんなことをおっしゃった。

 「ここにいる全員に訊きます。サンタクロースはいると思いますか?いないと思いますか?」
 
 この問い自体はよく提示されるものだ。
その方は「いる」「いない」そして「わからない」という三択のどれかに手を挙げさせたあと、このように言った。

 「では、その答えは…。講評が終わった最後に言うことにします」

 ああ、ずいぶんと引っぱったなあと感じながら、この一言でかなり場が和んだように思えたし、期待を持たせて話を聞かせるいいテクニックということに気づいた。
 講評の内容のなかに、答のヒントになるものが盛り込まれていれば、その筋道を話していく展開となって、より高度だろう。
 残念ながらそこまでは計画していなかったようだが、「答を遠くの位置におく」という一つの方法を学んだ。


 その2

 今週月曜日、いつものように朝の教室廻りをする。一年生の教室にいくと、これもまたいつものように数人が集まって、いろいろとおしゃべりをしている。
 ある男の子が、その内容を報告?してくれる。

 「○○くんの家へ、もうサンタが来たんだって!」

 一週間早いお出ましだが、家庭の事情もあるだろう。この話も珍しくはないが、やはり周りの子供たちにとっては衝撃に違いない。

 「ええーーーっ、そりゃ凄い」と驚いてみせて、「でもたくさんの家にいかなくちゃいけないから、ちょっと早めにしたんだよ」というと、羨ましがられやや責められたような視線を浴びていた○○くんもニッコリである。
 ただ、それでは今夜をどう過ごすかというと、若干の物足りなさを感ずるだろうなと思う。

 サプライズか定番か…将来の思い出話だとすれば、定番が長く続くことか。そんなふうにも思う。


 その3

 職場での休憩時に、クリスマスプレゼントが話題になっていた。小学生以下の子どもを持つ職員も数人いるので、いろいろと盛り上がっていた。
 そのなかで、人から聞いた話として、ある職員が言ったことは衝撃!だった。
 詳しい経緯は知らないが、知り合いの家の子が「今年はプレゼントがない」ことに不満と疑問を持ち、親にそのわけを尋ねたらしい。それに答えた親の一言。

 「サンタは死んだ」

 爆笑した。
 高齢(そうに見える)のサンタクロースである。
 寒いなか重労働もしているだろう。一気にたくさんの場所を廻る過酷な仕事をしている。
 そうかあ…死んだかあ。

 子どもも驚いたろうが、複数いるこの地区担当のサンタだということにすれば、真っ当な?理由となる。
 さらにこの一言を解釈すれば、哲学的な意味にさえ思えてくるから、不思議だ。

 思い切って消滅させてしまう、この大胆さを学ぼう。


 ☆ 
 書き出してみれば、ささやかでも形あるものとなって、今年もサンタにプレゼントをもらった気分になる。

 降誕祭前夜。
 サンタが多くの家に灯りをともしてくれますように。

一陽来復を引き寄せる

2011年12月23日 | 雑記帳
 冬至のことを調べていたら、「一陽来復」という言葉に出会った。
 佐藤正寿先生がブログで書かれた「冬至の小話」にも載っていた。
 
 一陽来復…『天地明察』を読んで四字熟語の世界に浸ったこともあり、妙に心に沁みてくる言葉である。

 冬至を「太陽の力が復活する日」と位置付けると、なるほどその日から、陽つまり明るい運気がもどってくるとするのは、なるほどと思える。
 少し字を眺めているうちに、陽、来、復はその通りとして、では「一」とは何かと考えた。
 「一」は「一つ」「はじめ」の他に「全て」「まとまり」という意味があるから、おそらく後者だろうと予想してみる。

 出典は、以下のページに書いてある。
 http://kanbun.info/koji/ichiyorai.html

 うーーん、これはちょっと外れたかなという感覚で受けとめる。
 さらに調べてみると、こんな解釈ページが…
 http://www.st.rim.or.jp/~success/itiyou_ye.html

 なるほど。この「一」とは、これは一筋の光というイメージか。それを手始めにして陽が戻ってくるというストーリーなのだ。
 今、置かれている状況が、曇天であったり、しとしとと降り続く雨だったりしている人は少なくないだろう。
 けして「運気」だけで解決できるわけではない、またそんな個人的な問題ではない、という場合の方が圧倒的かもしれない。

 しかし「一陽」はあると信じて足を進めることの大切さ、その心がけが今の時代に必要なのではないか。

 そのためには、下を向いていてはいけない。何か落ちていないかときょろきょろしているようでは駄目だ。
 また視線が常に周辺にしかないようでは、クズのような、すり寄ってくるだけの情報しか見えてこない。

 視線を上げる。
 曇天であっても、しっかり見据える。
 一陽はそうすることで目に留まり、来復を引き寄せることができる。

 今年の冬至はいい言葉を知ったなあ、と忘年会明けの二日酔いの頭で考えた。

偶然のぼんぼら

2011年12月22日 | 雑記帳
 二日間学校を空けるので、その前に終業式の挨拶のことは考えておかなければ…と思っていた。
 毎回のパターンどおり(通知表の所見欄から教育目標に沿ったものを紹介してみる)でいいか、という気持ちもあったのだが、今年は暦の関係で冬至の日と重なったので、めったにないからそのことを中心に話してみようと思い立った。

 冬至の説明をし、柚子、カボチャのことなどについて触れよう、どちらも冬の季節にしっかりあうよなあ…さらに、カボチャという言葉にもふれ、方言も取り上げるか、と構想をねった。

 私の住む地方独特の呼び名がある。
 「ぼんぼら」である。
 こんなページを発見した。
 http://www.khb-tv.co.jp/kotomaga/number/km050827.html

 秋田での栽培のはしりであることは、今まで知らなかったし、ずいぶんと小規模限定方言であることも意外だった。
 実は「ぼんぼら」という言葉には、もう一つの意味があり、昔はよく親の叱責や口喧嘩の折りに使われたものだった。

 カボチャは種の部分をとると、中が空洞状態にあり、それを人間の頭になぞらえて…つまり、頭が空っぽ状態の人を指すということである。そのあたりをオチにして…。
 ゆずとカボチャはほしいなあ。できれば半分に割ったかぼちゃもあればいいかなあ…と当日までのモノの準備も浮かんできた。

 構想がまとまったので、少しゆっくりした気持ちで、退勤後に馴染みの理容店に向かった。

 いつものように世間話をしながら髪を切ってもらった後に、店の方から「ほら、これ茨城の柚子を一つどうぞ」と差し出された。
 うあーっ有り難いなあ、実は…と話したら、それならカボチャも持っていってと、ごそごそと取り出してきた。
 えっいいの、と言いながらついにこにこ顔になる。

 ところが、もう一つスーパーのレジ袋に包まれたものが、ちょいと横に置かれているではないか。店の母さんがさっき「持っていって」と声をかけてくれたものだ。
 なんとその中には、大振りのカボチャが半分にされ、きれいに種がとられた姿で…。
 本当に、ええーっだった。
 いくら冬至が近いとはいえ、偶然によってここまでお膳立てが叶うとは…。
 
 つくづく人間の付き合いというのは嬉しいものだ。
 自分を取り巻く人たちの温かさを感じながら、二学期最後の決めゼリフ?をこんなローカルな言葉にしてみる。

 ぼんぼら食べても、ぼんぼらになるな!

天との約束の物語

2011年12月21日 | 読書
 職場は忙しい最中だったが、空いている日がないのでやむを得ずこの時期の人間ドッグになった。
 当然のごとく二冊ほどバックに詰めこんで出かけたが、待合室の書棚でその背表紙が読んでくれとせがんでいる…ような気配だったので、結局持ち込んだ新刊本は開かずじまいだった。

 黒いカバーに白抜きの題字。帯には「2010年本屋大賞」の大きな文字。

 『天地明察』(冲方丁 角川書店)

 500ページ近い作品を、検査の合間に、夕刻から朝にかけて読み切った。
 時代小説など21世紀になってから読んだことがあったろうか、と思うほどのジャンル初心者だが、さすがの本屋大賞である。
 帯に書かれた書評は、トップから順に、かの野蛮人の養老、内田の各先生方。キャッチコピー的に書かれてあることが見事に的を得ている。

 現代人もこういう風に生きられないはずがない。同じ日本人なのだから(養老)

 「こういう生き方って、いいよね」という素直で朗らかなロールモデルの提示(内田)

 主人公である渋川春海はもちろんそうだが、脇役たる登場人物がまた魅力的である。
 歴史的に名を残している人物も多く出てきていて、その描き方がやや劇画っぽくありながら、それがまた存在感あふれる。酒井忠清、水戸光圀、保科正之…
 何より算数の教科書にもその名前は載っているだろう和算の関孝和。この存在が全編を通してのバックボーンとなっていて、後半になるまで姿を見せない点やその劇的な出会いのシーンなど実に絵になる。

 関の能力を示した「一瞥即解」のような、四字熟語の言い回し、リズムにも浸れる。これは時代小説ならではだと感じた。
 給湯茶事、数理算術、播種収穫といった実用?用語も何か背筋を持ったように、きりりと文章を引き締める。
 しかし、一番はなんといっても「天地明察」というこの題名だ。すっきりしていて奥深い、比喩性にもあふれている。
 いつかこの言葉を使える日が、もしかしたら訪れるかもしれないと思わせてくれるような響きのある言葉だ。


 実は、初めの場面で最も考えさせられた一文に出会っていた。
 今まで自分のなかになかった概念だ。

 暦は約束だった

 この物語を読み終えて、再びそこにもどると、また一層味わい深い。
 暦は紛れもなく、天との約束だった。それを取りつけに幾千の人が、自らの生を滾らせた。

 考えてみれば人は「明日も生きている 明日もこの世はある」という証拠を、まず暦の中にみているのではないか。

 もうすぐ新しい暦になるのだなあと、ベッドのなかで思った。
 ドッグの帰りには、ロフトに立ち寄り、来年の暦を買う。

野蛮人入門挫折

2011年12月17日 | 読書
 続けて『身体を通して時代を読む ~武術的立場~』(甲野善紀・内田樹 文春文庫)

 野蛮人には、生き難い世の中になっている。
 動物園のシマウマとサバンナのシマウマを比較しながら、内田氏がこう語る。

 僕はこういう生物の本質的な生命力の衰弱は「平和のコスト」だと思っているんです。平和であるというのは、そのコストを受け容れるということではないでしょうか。

 野蛮人たちは、そういう世の中で「生き延びる力」を開発しようとしているのだが、そんなに努力しなくとも生き延びられる世の中になっている現実はあるわけで、その声はなかなか直接に伝えにくい。

 しかし、いったん事があるときに、それらの存在は大きく光を放つのではないか。
 この対談は数年前に行われていて、内田氏が阪神淡路大震災のことについて触れている箇所がある。そこにも文明人に対する的確な批判がある。

 中央に中核的な司令部を作って情報を一元的に管理し、優先順位に従って適切な資源配分をしようじゃないかという提案そのものが「平時」の発想なんです。

 この件はまさしく今年の現実でもあったと、誰しも感じるのではないか。
 今年の東日本の悲惨な現場の中でも、かすかに光放つ存在であった方々は、現場のシグナルをすばやく聴き取り、マニュアルなしに突き進んでいることを改めて思い起こす。

 そういう方々はいつも現場にいて身体を使っていることは、間違いないことだろう。
 そして、おそらく自分のしていることの「正しさ」を声高に主張はしないし、これでいいのかという自問を抱えながら、それでも前に進むという姿勢を崩さない。

 甲野氏が紹介した言葉が沁みる。

 動けばそれが技になる

 実際、野蛮人はいつも動くことで、自身を高めている。
 よく使ういい表現を見つけた。「手さぐり」である。
 見えるものにしか手を伸ばさないのではなく、常に手を出してみてその感触によって先に足を進めていく…野蛮人の極意見つけたり!
 ってあまりに早すぎませんか。

 こんな朝っぱらから、キーボードとマウスの生活をしていること自体、もう文明の塊みたいな者だから、いいかげんあきらめなさい。ともう一人が言っている。