原題:『Les Amants du Tage(テージョ川の恋人たち)』 英題:『The Lovers of Lisbon』
監督:アンリ・ヴェルヌイユ
脚本:マルセル・リヴェ
撮影:ロジェ・ユベール
出演:フランソワーズ・アルヌール/ダニエル・ジェラン/トレヴァー・ハワード
1955年/フランス
「カサブランカ」から「リスボン」へ
第二次世界大戦中にナチス・ドイツに占領されていたパリが解放された1944年8月27日、降下部隊として兵役についていたピエール・ルービエが鍵を使って自宅の扉を開けると見知らぬ男と一緒にいる妻を目撃し銃殺してしまう。妻の不貞ということで裁判で無罪となったものの心に深い傷を抱えたピエールは世界中を放浪し、ポルトガルのリスボンではタクシーの運転手として生計を立てている。ある日、ピエールはロンドンから旅行に来たというカトリーヌ(=キャサリン)を車に乗せたことで知り合いになる。パリの香水の売り子をしていたカトリーヌはイギリスのディンバー卿と出逢い、結婚したのであるが、一年前に夫を自動車事故で失い一人旅をしているとピエールは聞いた。宿泊しているホテルからピエールが住んでいる近辺のアパートに移り住み、ナザレの浜やテージョ川を船で観光したりして楽しい時を過ごすのであるが、ロンドンからハリー・ルイスという警部が来たことから状況が一変してしまう。
ルイス警部はカトリーヌの部屋に電話をかけて、ピエールが電話に出たことで2人が付き合っていることを確認すると、ピエールを利用してカトリーヌから自白を引き出そうと画策する。ピエールには夫の死を一年前と言っていたのであるが、実際は74日前だったことを知るとさすがのピエールも動揺してしまう。カトリーヌにとってはピエールに嘘をつくつもりはなく、夫の死がいつだったかどうかはもはや問題ではなかったために、適当に返事をしていたのであるが、妻に裏切られていたピエールにとってはその小さな嘘が気になってしかたがない。カトリーヌに部屋の鍵を渡されたことでさえ、本来なら信頼されているからこそ鍵を渡されたはずなのであるが、ピエールにとっては鍵は‘悪夢’と結びついてしまうのである。
ピエールに真実を告白したカトリーヌを連れてブラジル行きの船に乗り込んだものの、ルイス警部の巧みな話術にはまってしまったピエールは、自分はカトリーヌに利用されているのではないのかという思いが頭から抜けない。カトリーヌに「私はあなたを愛している。今度こそ信じてもらえるわね」という問いかけにピエールは何も言わずに部屋を出て行ってしまう。そこでカトリーヌは驚くべき行動に出る。船が出航した時に、ルイス警部と波止場に立っているカトリーヌをピエールは目撃する。カトリーヌは自ら逮捕されることで自分は逃亡するためにピエールを利用しているのではなく、本当に愛していることを証明するのであるが、同時にピエールの妻が浮気をしていた原因もこのようなピエールの愛情の欠落に端を発しているのではないのかという疑惑も生じるのである。
脚本のみならず演出も優れている。例えば、ルイス警部がホテルにチェックインする際の、机に反射するルイス警部の歪んだ顔や、カトリーヌがパスポートを持って警察に出頭する際の、扉に映るルイス警部の影、あるいはテーマパークでカトリーヌの友人のミゲルがカトリーヌに対して、知り合いになれた途端に雲に隠れる太陽のようにいなくなってしまったと嘆いた後に、水の入った瓶を持ってやって来たピエールを指してカトリーヌが「私の雲」と例える。その後、ルイス警部が綿菓子を持って食べるシーンが続くのであるが、それはあたかも綿菓子を雲に見立てて、ルイス警部が‘雲’であるピエールを食ってやろうというメタファーと見なすことが出来るのである。
ミシェル・ルグランの音楽もアマリア・ロドリゲスが歌う「暗いはしけ」も素晴らしく、『カサブランカ』(マイケル・カーティス監督 1942年)の換骨奪胎のような作品なのであるが、何故かいまだにDVD化されていない映画史に埋もれた傑作である。ちなみに『カサブランカ』に関しては、『柄谷行人蓮實重彦全対話』(講談社文芸文庫 2013.7.10)のp.364に興味深い指摘が書かれている。