百醜千拙草

何とかやっています

参院選告示に際して

2013-07-06 | Weblog
夏休み中ですが、emailで雑用が追いかけてきますね。学内のグラントレビュー26本の割当がきて、どんよりしました。ぱらぱら見てみました。ポスドク用の小さなグラントにもかかわらず、研究内容もそのプレゼンテーションもどれも大変よく書けていて、感心しました。指導教官がある程度は見てはいるのでしょうが、私の若い頃の「できなさ加減」を思い出すと、ちょっと落込みますね。

自民党参院選候補者、改憲に93%が賛成、というニュース。改憲といっても憲法のどこをどう変えたいのかで違うでしょうが、こんなことがニュースになるのですね。
われわれ、一般国民は、法律に従って生活を送っており、違反すると大抵、なんらかの罰則などがあります。これは、法治国家の社会をスムーズに送るために必要だから、ということになっています。では、憲法は何のためにあるのか、ということです。一般の法律が、各々の国民の自由をある程度制限するかわりに、他の国民の自由や権利をなるべく尊重できるように制定されている、という建前に準じるならば、憲法は、国家権力の自由を制限することによって、国民の権利と自由を守るたものものだ、と言えるでしょう。国家権力にとっては、憲法はその力を縛り制限するもの、国民にとっては、国家権力の暴力から国民を守るためにあるもの、と捉えることができると思います。立法に属する政治家を含めて、権力側にあるもの(三権)がその力を制限する憲法を都合良く変えたいというのは、彼らの自己中心的な当然の欲求であると思われます。逆に、一般国民の立場に立つ人ならば、一般国民の意思と利益を尊重することをまず考えるでしょう。
 だから、憲法改変というのは、国民の「憲法を変えた方がよい」という多数の意思を汲み上げた上で、初めて議論に上るべきものであって、アベ氏のように、自分(権力側)の都合に悪いから、という理由で変えようとするべきものではない、と思います。憲法は、アベ氏のような、常識と判断力に欠ける人間が不幸にして権力を持った場合に、バカをしないようにと制定されているものですから。(ここまで書いて、同じ話を前にも書いたのを思い出しました、失礼しました)
 
参院選告示に合わせて、各党党首の演説がありました。あきれかえったのが公明党。この党首、ねじれたヒモを引っぱって結び目を解いてみせて、「ねじれの解消はこうやるんです」とニヤニヤしてみせました。こんなxxは見たことがありません。改憲をする、ねじれを解消する、その目的は、権力を持つ側がその権力を制限するものを排除しようとすることです。ねじれを解消して、何でも与党の思う通りにしたい、と与党側は思うのは当然でしょうが、それを選挙に際して広く国民に訴えるというのはどういうねじれた思考回路ゆえなのでしょうか。つまり、与党が少数意見を無視してやりたいようにできる政府をつくります、という言っているわけですね。ふつう単なる傲慢さだけでここまでできないでしょう。常識と判断力の欠如は自民党党首だけの専売ではなさそうです。それに対し、小沢氏は、「強いものが勝ち、好き勝手にやってよいという社会がいいのなら、政治はいりません。ほっとけばよいのです」と演説しました。その通りですね。一般国民は弱いものであり、官吏と資本家は強いものです。昔から変わっていません。大多数の一般国民は弱者です。であるのに、その弱者は強いものの言いなりになればよく、その生存は自己責任だ、と言い放つような自民党や公明党になぜ票が入るのか、私は不思議でなりません。もっとも考えられる理由は、与党に票を入れる人々が自分は弱者ではないと思っているということではないでしょうか。まもなく物価が上がり消費税が上がります。弱者には厳しい世の中になっていきます。
コメント
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