この一年ほど、ちょっと大きめのDNAコンストラクトをマウスのゲノムにノックインしたいと思っていて、ずっと自前のシステムで挑戦しているのですけど、うまく行きません。トランスジェニック コアを使ってmicroinjectionすれば、できるのはわかっているのですけど、自前でやる場合の10倍以上のコストと手間がかかるので躊躇っていました。しかし、これまで重ねた失敗の労力を計算に入れれば、もうすでにそれぐらいをはるかに超えるコストはかかっていると思いますけど、将来的にも複数のこの手も実験をやりたいと思っているので、もう少し、足掻いてみようと思っているところです。こうした一見、些細にみえる実質上のブロックというのは、プロジェクトの方向性にも大きく影響します。一回、50万円の実験を「ちょっと」思いついたから、やってみよう、という気分にはなりませんけど、一回、数万円なら話は違います。その「ちょっとやってみるか」という気軽さが思考の幅も広げると思います。
自前のシステムというのは東海大の大塚先生たちが開発した方法で、DNAとCRISPR分子を、電気穿孔法で母マウス体内の受精卵に導入して遺伝子改変するやり方です。DNA切断後に一本鎖オリゴDNAを使って小さな変異を導入するのは非常に簡単なのに、大きなDNAコンストラクトは一本鎖、二本鎖にかかわらず、私の手ではうまく行きません。やり始めたころは余りに簡単に小さなノックインならできるので、大きなコンストラクトを入れるのも多少の条件をかえれば、同様に行くのではないかと楽観視していました。しかし、簡単と思ったときこそ落とし穴があるものです。小田嶋さんの「ア ピース オブ 警句(cake)」というコラムの題名を思い出しました。
MicroinjectionならOKで電気穿孔ならダメというなら、理由は核内への高分子DNAの輸送効率の差ではないか、ということで、大昔の文献などを漁ってみました。まず、核膜は細胞膜とは異なった構造をとっているというあたりから勉強し直さなければなりません。受動的な拡散で核内に移行できない高分子のDNAを核内のゲノムに到達させるためには、核膜が消失する細胞分裂期を狙う、物理的に核に穴を開ける、核輸送メカニズムを利用する、の三つの手段のうちどれかをつかうことになりそうです。マウスの体内で行うというシステム上、受精卵が2または4細胞へ分裂する時の細胞周期の分裂期を意図的に狙って操作を行うのは難しいことと、それからDNAの相同組み替えは主に分裂前のG2期に起こるということもあって、この方法だと仮にコンストラクトをゲノムに接触させることができても、DNA相同組み替えのタイミングが合わない、ということで、これは選択肢から除外。あとの二つの方法を適用する余地があるかを検討し始めました。
ウイルスベクターに頼らないDNA deliveryの研究は古い歴史がありますけど、遺伝子治療を念頭にいまでもコツコツと研究している人々がいるというのは興味深い発見でした。世の中広いですね。こうした地味な研究によって蓄積された知識の基礎があって、はじめてインパクトのある研究というものが起こりうるのだと実感します。
核膜に物理的に穴を開ける方法には三つありそうです。microinjectionで針を直接突き刺す方法、電気穿孔法、それから薬をつかって核膜の穴を広げる方法。このうち最初のは自前でできませんし、三つ目は細胞毒性が高過ぎて無理です。電気穿孔は、われわれの使っているパルスジェネレーターのセッティングを変えればなんとかなるのではないかと思い、論文を漁って、バルト三国の工科大学の研究者にたどり着きました。彼らは自前で電気穿孔機を自作し、市販の機器ではできないセッティングで実験をおこなっています。話を聞いてみると、多分、核膜にそれなりの穴をあけるには、高電圧にしないといけないが、それだと細胞にダメージが大きいので、通電時間をマイクロ秒単位に縮小する必要がある、しかしそれでは穴があいてもDNAが電流によって核内へ移行するだけの十分な泳動時間が得られない、という問題があるようです。それを解決するには高電圧ナノパルスのあとに低電圧のミリパルスを加えたらイケるのではないか、という話で、機械を一時的に提供してもいいとのありがたい話。でしたが、マウスの一〜二細胞期の胎児を使う実験ですので、条件の検討だけでも時間と手間がかなりかかるので現実には試行は難しく、とりあえず電気穿孔法による核内DNAデリバリーは第一選択からはずしました。
それで、最後の選択肢、核輸送システムを利用する方法を検討しだしたのですが、長くなりそうなので続きはまた次の機会に。うまくいったら報告します。