百醜千拙草

何とかやっています

広げよう安全法案反対運動

2015-06-30 | Weblog
小さな事件、たとえばサラエボ事件やローザ パークス事件とか、が非線形的反応を起こして世界を変えることがあります。それはきっかけに過ぎないのだろうと思います。人々の中の静かな共通の意識の高まりが、ちょっとしたことが最初に触媒となって、急激な連鎖反応を引き起こすのです。世界の人々は繋がっており、大多数の「ふつう」の人々は多かれ少なかれ一定の価値観を共有していると思います。人は知り合いの知り合いを7人辿れば、世界中の殆どの人と繋がっているという話も聞いたことがあります。いまやインターネットの世の中で、情報は急速に人から人へと繋がります。権力側の人間がマスコミなどを通じての一方向的な情報コントロールはすでにできにくくなっています。

そして、今回、自民党議員の「広告料を絞って新聞社に圧力をかけろ」という発言、とある作家の沖縄基地問題で沖縄県民の意見を代弁する「沖縄の二新聞を潰さないといけない」という傲慢きわまりない暴言(また、その後の言い訳もそうとう見苦しいですが)が触媒となったのか、これまで政府からの広告料を通じた圧力で政府の批判を控えてきた多くの大手新聞社までも「言論弾圧」と反発を露わにしてきました。「潮目が変わりつつある」という感触が確かなものに思えてきました。今年は2009年の政権交代から6年です。時代はだいたい6年おきに転機を迎え、経済は7年おきに暴落すると私は思っておりますので、今年はその両方が起こりそうな気がします。

さて、暴走アベ政権、これを契機に是非、その暴走を止めなければなりません。野党に力がなくバラバラの状態で、このバカ殿をとめるのは圧倒的多数の人々の声しかないと思います。そのためには、個別にデモ、反対運動などを行っている活動を拡げて、人々を繋いでいかなければなりません。

東京新聞、安保法案廃案の署名、165万人 報道圧力「恐怖覚える」というニュース

憲法学者や作家らでつくる「戦争をさせない1000人委員会」は29日、「憲法9条を真っ向から否定する」として、集団的自衛権行使を容認した昨年7月の閣議決定の撤回と、安全保障関連法案の廃案を求める署名約165万8900筆を衆参両院に提出した。
 提出に先立ち、呼び掛け人が東京・永田町で記者会見し、ルポライターの鎌田慧さんは引き続き署名を集める方針を表明。自民党若手議員の勉強会で報道に圧力をかけようとする発言が出た問題について「戦争を知らない『恐るべき子どもたち』であり、こんな国会議員が現れていることに恐怖を覚える」と批判した。

関連して、現時点で学者の賛同者7,000人を数える、安全保障関連法案に反対する学者の会 [安全保障関連法案に反対する学者の会 事務局・佐藤学(学習院大学教授] では、7/20日、学士会館で、「100人記者会見」を行い、一万人の賛同学者を集めてアピールを行いたいということです。まだ、賛同されていない大学関係者の方および一般の方は、是非、賛同をお願いします。また、今後の活動として法案に反対して運動している学生のグループSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)と共同して集会・デモ、外国人記者クラブにおける海外発信の記者会見も予定しているとのことです。

自分自身だけでなく日本の将来の世代を考えれば、アベ政権がやろうとしいる立憲主義の否定、民主主義の否定、平和主義の否定は危険きわまりないです。原発を体中に巻きつけている日本が軍国化したところで、国防には何の意味もないのは明らかで、アベがいう国防は、戦前のアジアの帝国日本に戻したいというタダの個人的な自己満足のための言い訳にしか過ぎません。その自己満足のためには、アメリカ軍の使いパシリとなって、無関係の国に戦争を仕掛けるのに使われて、日本人が戦争で殺されても、日本が加害者になって世界中から恨みを買って嫌われて無差別テロの標的になっても自分には関係ない、とでも思っているのでしょう。この短絡的で非論理的、自己中心的で妄想まみれのアベ政権は、大事が起こる前に止める必要があります。

是非、安全保障関連法案に反対する学者の会のサイト からご賛同下さい。
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論文とかカレーとか

2015-06-26 | Weblog
沖縄の戦没者慰霊式典で、「帰れ!」「何をしにきたんだ!」という怒声を浴びせられたアベ氏、これだけ人々の恨みを買い、支持率も急低下しているというのに、過去に前例のない3ヶ月の国会延長してまでも大多数の人々や専門家が違憲だという安保法案をムリに成立させようとさせよううとする執念はなんなのでしょうかね。式典の場にいたキャロライン ケネディーは何を考えていたのでしょう。「帰れ」コールはケネディーにも向けられてもおかしくはないはずですが、沖縄の人々は、結局、対米隷属、沖縄基地の恒久化を望んでいるのは、むしろ日本政府の方であるということを認識しているということでしょう。沖縄の人々にとってみれば、第二次世界大戦、その後の占領時代、返還後の基地と、もっとも犠牲を強いられてきた沖縄に、今後も基地恒久化のために辺野古移設を強引に推進しようとするアベが、口先だけで沖縄の犠牲の人々への慰霊の言葉を口にしても、バカにするなという悔しい気持ちで一杯であっただろうと思います。やまない雨はありません。アベ政権は遠からず消えます。対米従属が終わる日も必ず来ます。

身の回りを見渡せば、日常には変わったことはとくにありません。やらねばならない実験をぼつぼつ再起動したり、来年に向けての研究アイデアを練ったりして静かに過ごしております。投稿間近の論文、書いているうちにハイになってきました。五年越しのプロジェクトで、現象ははっきりしているのですが、うまくまとまるようなメカニズムのデータが出ずに数年苦労していたものです。ところが、二年前に来てくれた人が、バシバシと重要なデータを出してくれて、急展開して奇麗なストーリーにまとまりました。大変うれしいです。ラマダンが終わったら美味しいものでも驕るつもりです。

あまり書くことがないので、カレーの話でも。
最近、週末にカレーをまとめて作って、毎日食べています。この数年、肉食をやめているので、野菜のカレーです。最初は、冷凍食品のほうれん草とチーズのカレー(サグパニール)を食べていましたが、自分で作った方が安いだろうと思って、作りだしました。最近はもっぱら、ほうれん草ではなくレンズ豆を入れた豆カレーで、牛乳を固めたチーズのかわりに、ジャガイモを入れています。

レンズ豆は洗って軽く水で戻し、ニンニクとタマネギをみじん切りし、ショウガは手軽さから乾燥した粉状のものをつかいます。鍋に油を入れクーミンの種をいれてゆっくり加熱、ショウガも入れます。クーミンとショウガのこのさわやかな香りが漂ってきたところへ、唐辛子とニンニクも入れて更に香りと辛みを出します。ガラムマサラも適量加えます。タマネギを加えてしっかり焦がさないように炒め、さらにサイコロ状のジャガイモとレンズ豆を加えてさらに炒めます。缶詰トマトをプロセッサーで潰して加え、水、塩、野菜ブイヨンを加えて、沸騰させてからしばらく弱火で煮込み、豆が柔らかくなれば出来上がりです。ちょっとこのままではコクが足りないような気がするので、アプリコットソースやチョコレートソースなどで甘みと酸味を足したり、市販のカレーのルーを少量足したり、クリームやヨーグルトを加えたりして好みの味にしています。

毎日食べても飽きません。クーミンとニンニクとショウガの香りがたまりません。あと自分ではつくりませんけど、コリアンダーとココナッツミルクの香りがたっぷりのタイ風のカレーも大好きです。それにしても、なぜ日本人はこんなにもカレーが好きなのでしょう。不思議です。一方で、私、米と味噌と醤油の日本の伝統の味も大好きです。玄米に味噌にちょっとの野菜、宮沢賢治ではないですが、それだけで十分、幸せになれます。
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日本会議とカルト政権

2015-06-23 | Weblog
週末、レビューのレビューとグラントのレビュー済ませました。二本とも実は同じ著者が被っています。今回は某国ではなく、科学レベルでは私は尊敬しているヨーロッパの国からのものですが、二つともあまり感心しない出来です。レビューは再投稿されたものです。Invited reviewで、専門家が自分の専門分野に関して書くのですから、本来それほど出来が悪くなるはずがないと思うのですが、記述は間違いだらけ、自己論文のの不適切な引用、重要論文の無視、図表がデタラメ、と余りに酷いので、一度、突き返したものです。多分、レビューだから向こうもやる気がないのでしょう。レビューのレビューはいつも形だけチョロチョロで済むのでラクなはずなのに、今回は本当に疲れました。いくらやる気がないと言っても書いた本人もこんなレビューが出版されたら評判を落とすだけだと思うのですが。

週末、安保法案、1万5千人が国会囲む、というニュース。しかも、女性による集会だったようです。頼もしいです。国民を甘く見過ぎたアベ政権、あまりにデタラメすぎる詭弁を弄して、無理にごり押ししようとした反発がどんどんと大きくなってきているようで、五十年ぶりの第三次安保闘争でもいうべき様相を呈しつつあるような感じです。このモメンタムを保って、まずはとにかくこのデタラメ政権を崩壊させる必要があります。

常識的に考えれば、アベ政権はすでに死んだも同然です。問題は、彼らにその自覚がないことでしょう。第二次世界大戦でどうしてアメリカは徹底的に日本を攻撃し、勝ったも同然の時期にあえて原爆を投下し、無差別な空襲を繰り返したのか、それは彼ら自身が日本人に恐怖していたということは理由の一つのようです。負けているのが分かっている戦争にわざわざ自爆攻撃を仕掛けてくるのは彼らにとっては狂気でしかありません。日本人は理屈の通じない化け物だ、徹底的に潰さないと何をしてくるかわからないという恐怖感があったようです。私が、アベ政権に感じるのもその不気味さです。アベノミクス詐欺もあらわになり、史上最低の知性をもつ政権との認識が広まり、独善的で極めて危険な傾向示す反民主主義、独裁主義政権であると人々が認識しだしたというのに、まだ辞める気配がありません。第二次大戦の時のように、国民を巻き込んで玉砕するつもりでしょうか。
しかし、最近、私は潮目が変わったように感じます。これまで、政府から圧力をかけられて積極的に発言しなかった多くの新聞社やNHKまでが政権に批判的な発言を始めました。これも、大勢の国民の人々や大学人、知識人の人々の活動の一つ一つの結果が具現化してきたのだと思います。

安保に関連して、この安保法案の違憲性については、二百人の憲法学者が「違憲である」と言い、国会に呼ばれた参考人でさえ、口を揃えて「違憲」と断じたわけですが、自民党が「大勢」と呼ぶところの三人の憲法学者は憲法を逸脱してないとと言っているそうです。そのうち二人が先週、記者会見をしたとの話。新聞に顔写真、実名を晒されています。

集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案が「合憲」との立場をとる、憲法学者の西修駒沢大名誉教授と百地章日大教授が19日、東京都内の日本記者クラブで記者会見し、政府解釈を支持すると表明した。西氏は「限定的な集団的自衛権の行使容認で、明白に憲法の許容範囲」とし、百地氏は「憲法9条の枠内の変更」と主張した。


さて、大多数の憲法学者と意見を異にするこれら三人の人は、どういう人なのか、ということについて、憲法学者の長谷部恭男氏と小林節氏が先だっての記者会見の中で触れています。
真実を探すブログの記事から抜粋します。

会見の質疑中に雑誌エコノミストの記者が『安全保障法制を「合憲」としている3人の学者は皆「日本会議」に属している。その意味や、「日本会議」の影響力をどう見ているか』と質問したところ、小林氏は『日本会議に沢山の知り合いがたくさんいるので私が答えますが、日本会議の人々に共通する思いは、第二次大戦で敗けたことを受け入れ難い、だから、その前の日本に戻したい』と述べ、日本会議の目的は戦前回帰であると強調しています。
更に上記の発言に続けて、『かれらの憲法改正案も明治憲法と同じですし、今回もそうですが、日本が明治憲法下で軍事五大国だったときのように、アメリカとともに世界に進軍したいという、そういう思いを共有する人々が集まっていて、かつそれは、自民党の中に広く根を張っていて、かつよく見ると、明治憲法下でエスタブリッシュメントだったひとたちの子孫が多い』と日本会議の正体を明らかにしました。
日本会議は安倍晋三首相を始め、安倍政権の閣僚が8割以上も所属している一大組織です。憲法改正や国家神道を強く掲げ、自民党議員を中心に野党系の議員らも多く所属しています。
また、大企業の関係者や知名度を持った有識者らも所属しており、正に日本の政治情勢を影から動かしていると言えるでしょう。
日本のメディアは小林氏の回答を報じないばかりか、日本会議の存在その物をあまり報じていません。
、、、

☆ナショナリズム団体「日本会議」の危険性:エコノミスト紙や仏誌が相次いで指摘
URL http://newclassic.jp/24129
引用:
安倍政権に多大な影響力
日本会議のメンバーは、国会議員の大半を占めるばかりではなく、安倍政権の閣僚の多くを構成しており、安倍首相自身も同団体の特別顧問として名を連ねている。
The Economist 誌 は、2012年に自民党が発表した新たな憲法草案は、多くが日本会議の思想に基づいていると指摘しており、彼らの存在は、韓国や中国の民族主義者に日本の軍国主義の高まりを主張させる根拠になり得る、と述べている。


関連して、wantonのブログの記事、安倍晋三が名を連ねている日本会議がこういうデマポスターを貼りだしているらしい。 で、寒気を覚えさせるような「日本会議」が作ったとされるポスターが晒されています。これがパロディーでないのなら、これはかなり深刻な狂気ですね。こういう連中が政府にいて、自分のエゴか理想かなんだか知りませんが、いずれにして国民も国の未来もそっちのけで、自慰行為にふけっているのです。

早い話が、アベ政権というのは、オウム真理教なみのカルト集団ということですな。さしずめ、安保を合憲と強弁する憲法学者は、「ああいえば上祐」さんといったところですか。

先ほど、内田樹の研究室で今回の安保に関してのインタビュー記事「対米従属を通じて『戦争ができる国』へ」がアップされていました。

日本の現状は次のようにまとめれると思います。
日本はアメリカの植民地として統治されており、日本の政府は対米従属を貫くことによって国民の不利益と引き換えに自己利益を増大させている。しかし、国民に対しては、日本は、独立国で、立憲主義に基づいた法治国家、民主主義国家であると教育している。対米従属は官僚組織を頂点とする権力システムが政治を操作し、彼らの利益を増大させることを目的に維持されている。政治家には日本の統治を決定する実質的な力はない。

それにしても、アベら日本会議のメンバーの思いが、「第二次大戦に負けたことが受け入れられず、戦前に復帰したい」というものであれば、第二次世界大戦に誘い込んで日本をコテンパンにしたアメリカこそが現在の日本を作り上げた元凶であるはずです。しかるに、まず戦争ができる国にするためには何が何でも対米従属を貫き通すという倒錯した自己矛盾はどういうことなのか。おそらく、そこまで視野狭窄してしまっている一種の強迫神経症なのでしょう。精神の病ですな。
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カネのない社会

2015-06-19 | Weblog
最近、Kindleで本を読んでいます。やはり、インクの匂いを嗅ぎながらページの感触を感じながら読むのと比べると味気ないですが、私はもともと本フェチでもないし、殆どの本は読み飛ばして終わりですから、このお手軽さはありがたいです。本を選ぶのもウェッブサイトでクリック一発で、本屋や図書館に行く必要もなくその場で手に入ります。Kindleの本を買いだしてから気づきましたが、多くのebookが無料であったり、大変廉価に売られていたりします。思うに、eBookであれば、物理的な本を出す場合に必要な編集者、出版社、印刷工場、物流システム、こういったものを場合によっては全部すっ飛ばすことができるので、コストが下がったということではないかと思います。これは素晴らしいことです。インターネットによって情報が無料で瞬時に共有できるのですから。思うに、将来的には紙に印刷された本というものは消滅するのではないでしょうか。そうなると、誰もが作家になって情報を発信し、誰もがその作品をほぼ無料で読めるようになるのです。つまり、本は「商品」として資本主義社会での金銭をやりとりする手段でなくなっていく可能性があります。私が望むのはこれがどんどん他の分野に広がることです。現在、生活必需品を含めたほとんどの「モノ」が投資や金儲けの対象として利用されています。資本主義において、金はパワーであり、そのパワーは結局は他人を縛るために使われるのです。命よりもカネ、それが資本主義というものですから。他人や他集団を支配したいという個人や集団のエゴが資本主義を支えていると思います。そんな中で、ネットを通じて、かつては有料であったモノが無料化してきていることは素晴らしいと思います。もしも今後、人間にとって最低限度必要なもの、すなわち衣食住の値段も、本と同じ様に下がっていけば、人々はカネの必要のない社会を実現できるかも知れません。いろんな産業で機械化は進んでいるのですから、本来、生きていくのに人々は昔ほど一生懸命に働く必要はないはずです。しかるにそれどころか現代人は昔の人々以上に働き、過労死したりしています。それは、必要なものを買うためにカネを介する必要があるという現在の通貨制度によるものだと思います。モノはあってもそれと交換するカネがなければ、モノは手に入りません。だからこそ、大量のコンビニ弁当が捨てられている横で餓死者が出たりするのです。売り物にならないコンビニ弁当を、単に食べ物を必要としている人に回せば、ゴミ問題と飢餓の問題が一緒に解決するのに、食べ物をコモディティーとしてカネを得るための取引対象として扱うために、このようなことがおこります。人々は他人をコントロールしたいというパワーへの欲があり、カネはその道具として使われています。無制限に無からカネを生み出すことができる現代のシステムでは、輪転機を回す立場の一部の人間は無制限のパワーを得ることができます。だから、私は金本位制に基づかない現代の通貨制は危険でありかつ非人道的であると思っております。カネがモノとモノの交換のための道具という本来の役割に戻ることができれば、より人道的な社会が実現できるのではないかと想像しているのですが、(甘いのでしょうね)。
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ニュースなど

2015-06-16 | Weblog
日曜日に、引き受けたレビューをやってしまおうと思ったのですが、半日潰して、3本目に入ったところで、根性がなくなりました。それにしてもやはり某国からの論文読むのは疲れます。一般化してはいけませんが、これまでこの国からの投稿論文はかなりの数を読みましたが、ほぼ100%共通する性質があります。読みにくくわかりにくいのです。データの絵はそれなりです。でもそのデータの詳細を理解しようとして本文やレジェンドを読んでもしばしばどういう実験をしてどういう解析をしたらその結果が出たのかということが理解できないことがあります。読む人の立場に立って書かれていないことが第一の原因ですが、データだけはそれなりなのに実験の詳細がしっかり書かれていないというのは、あるいは、最初から結論があってそれにあわせてデータを適当に選んでいるのではないかとさえ勘ぐりたくなります。(そういうスタイルで一流紙に再現性のない論文を連発している人がおります)とにかく、コメントはしないといけないので、とりあえず内容を理解しようとはするのですが、それさえ十分にできない場合もあります。やっていると腹が立ってきます。一度は、余りに記述が不完全な上、エラーが多くて内容がよく理解できないので、エディターにエラーを直してから再投稿するように著者に言ってくれと伝えたら、エディターから「エラーが多過ぎて理解不能である」というコメントを一行書いて、リジェクトにしてくれと言われました。なるほど。しかし、そういうコメントを書くのも勇気がいりますしね。

その他、目についたニュースなど。

低分子G蛋白研究のAlan Hall氏、5月にニューヨークでジョギング中に心臓発作で死去とのこと、Cellの訃報欄で知りました。まだ62歳だったとのこと。随分前、近い分野にいた人が、スマートでモテモテのイギリス紳士なのでうらやましいとかくやしいとか言う話を聞いた覚えがあります。どんなにエラい人でもモテモテの秀才でも死は平等に訪れます。

細胞周期研究のTim Hunt氏、研究室の女性について周囲の男性に「恋をする。批判すると泣かれる」などと会議で発言したことがTwitterで広まってユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)の名誉教授職の辞任に追い込まれたという話。実体験で感じていたことを公の場でついうっかり漏らしてしまったのでしょう。口は禍いの元、有名人ほど気をつけなければなりません。だいたい涙は女の武器、アカデミアで戦っていくのに男でも女でも使えるものは最大限利用するのは当然と思います。現にこうしてUCLから男性のポストが一つ減りました。そういえば、我が国のノーベル賞科学者T先生、ついこの間もScience論文を出しておられましたが、数年前に女性教官の採用を阻止しようとしてスキャンダルになって、研究所所長を辞任した事件を思い出しました。

音楽関係。オーネット コールマン氏85歳、ニューヨークで死去。研究でも音楽でもそうですが、人々は常により新しい知識や技術、スタイルや概念を求めていきます。しかし、60-70年台のヒッピームーブメントやフリージャズは振り返っても奇異に移ります。ジャズが現代の音楽として急激に発展しだしたのは、多分バップからではないかと思います。チャーリー パーカーは若くして死んで伝説となった一方、マイルスはどんどん新しいスタイルを開発していって、彼なりに行き着く所まで行って一旦、引退してしまいます。コルトレーンはマイルスと別れた後に「至上の愛」でモードを極め、そしてアチラの世界(フリージャズ)へ行き、そしてやはり地上を去りました。コルトレーンのスタイルの変化は(少なくとも表面上は)彼の宗教的深化と関連しているように見えます。アチラに行ってしまった以上、あとは死ぬしかなかったのだという必然性を感じます。一方、セシルテイラーやアルバート アイラーやオーネット コールマンはどうだったのでしょうか。むしろヒッピーのような思想的、知性的な実験だったのではなかったのだろうかと想像します。自由であることは、構造性が低いということだと思います。ジャズ(に限らずクラッシック音楽の進化も)は構造(の一部)を意図的に壊していくところにその妙味があったわけですが、破壊度が大きくなり過ぎたら、結局、それ以上進化のしようがなくなり行き詰まってしまう、ということなのではないかと私は思います。フリー(自由)というものは自由でないものがあって初めて意味があるのでしょう。安定した構造の壁があり、その一部を壊してみて、そこから無限に広がる青空を眺めるからこそ、自由であることの尊さが理解できる、そういうものだと思います。大きな視点から見れば、モダンジャズにはそもそも伝統的な音楽的制約を超えて自由に演奏してよいという了解がそもそもあります。ならば、フリーもジャズの一部として内包されている一構造だという見方もあるでしょう。
 因みにセシルテイラーは二年前に京都賞を授賞しています。たぶん京都賞を授賞した唯一のジャズ音楽家だと思います。かつてジョン ケージが授賞しているのを見ると、この賞の音楽部門の選考基準もなんとなくわかりますが、個人的にはナベサダぐらいに賞を上げてもいいのではないかと思うのですが。

ヒラリークリントン、大統領選に向けて始動との話。オバマが二期やったので次は共和党になるだろうというのが普通の見方ですが、どうも史上初の女性大統領という筋書きがあるようで、何事もなければ次の大統領はヒラリーさんになるだろうとのこと。日本よりはマシでしょうが、アメリカもイギリスも議会でやっていることは、政策をダシにした単なる勢力争いです。民主党であろうが共和党であろうが大差はありません。
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ニュースなどあれこれ

2015-06-11 | Weblog
先日は、とある旧知の研究者と久しぶりに会う機会がありました。この十年でハイインパクト論文を量産し、ウチの研究分野ではすっかりスターとなりましたが、久しぶりに会っても見た目はポスドク時代とかわらず、楽しく雑談しました。人には役割があって、彼のように大成功してリーダーとなる人も必要だし、そうでない人も必要だと思います。私のように分野の裾野で小さなことをチマチマとやっている人間も必要だと思っております。

レビューの依頼。一つはよく知っている人の総説、もう一つは某国からの論文。前に引き受けたグラントのレビューをすっかり忘れていたのを思い出しました。まとめて週末やることにします。多少でも社会に貢献できるのなら何でもやらせていただきます。
十年前に学会で発表したネタがようやく論文となりました。十年間、そのブロジェクトに打ち込んだというわけではありません。他のことで忙しくなったり、ぱっとしないデータが連続したりしいて、なかなか出版へのモチベーションが維持できずに放置されてしまっただけのことでした。こういうのはいけません。やはりやる気のある間に集中して、完全でなくてもとにかく出すことを考えないといけません。別のグループとの共同研究で、原稿まで書いたのに詰め切れず、オクラ入りになっているものが数本あります。いい作品にしたいという気持ちは私も十分ありますけど、オクラ入りはいけません。出さないとゼロですからね。

論文と言えば、ちょっと前のNatureのFront pageの記事。
多数の研究者が関与する大規模プロジェクトが近年増えてきて、著者の数が1000人を超える論文もかなり出版されています。現在の記録は2015年にPhysical Review Lettersに発表された粒子物理学の論文で、著者数は5,154名とのこと。著者の数を数えるだけで一日がかりです。一行に10名の名前が書けたとして、著者欄だけで500行、所属、連絡先などの情報を加えたら50ページぐらいになるのではないでしょうか。印刷するのはムリですね。ま、ここまで来たのだから、次は一万人著者を目指して頑張ってもらいたいと思います。

さて、社会面では、原発廃棄物、地下で10万年隔離 原子力規制庁が提案 というニュース。

 原発から出る放射性廃棄物の処分基準を議論する原子力規制委員会の検討チーム会合が9日開かれ、放射性レベルが比較的高い廃棄物の処分地について、地下に埋めてから10万年間、土地の隆起などを考慮しても一定の深さが保たれることを要求すべきだとの案を規制委事務局の原子力規制庁が示した。外部有識者から大きな異論はなかった。
 具体的な深さは今後検討するとした。また濃度基準については、10万年後に土地の隆起や浸食で仮に廃棄物が地表付近に出てきた場合でも、周辺住民が受ける被ばく線量が年間20ミリシーベルト以下となることを求める案も示した。


来年のことを言うだけでも鬼が笑ったりするのに、10万年計画です。10万年後には人類が絶滅している可能性も十分あるのではないかと私は思います。10万年後の周辺住民が受ける被爆線量を考慮して検討するのだそうです。すでに福島で垂れ流し、いくら金を積んでも、核廃棄物の埋め立てに賛成する地方は一つもないという現実を無視して、10万年後の世界に思いを馳せる、、、ロンマンティックですな。

それから、秘密保護法など反対集会 参考人・小林氏訴え というニュース。

特定秘密保護法廃止などを訴える市民団体が八日、衆院第二議員会館前で集会を開き、参加した慶応大名誉教授(憲法)の小林節氏が「(与党は)秘密保護法で口、目、耳をふさぎ、さらに戦争法案を通そうとしている」と安全保障関連法案への反対を強く訴えた。
 約五十人が集会に参加。小林氏は今月四日の衆院憲法審査会で参考人として、集団的自衛権行使容認を柱とする安保法案を「憲法九条違反」と指摘した。
 集会では「海外へ軍事活動に出ることは主権者国民との最高の約束を権力者が無視すること。独裁政権の始まりだ」と批判。「憲法審査会で潮目が変わった。危機感を国民が共有できている」と話した。
 このほか、海渡雄一弁護士が「戦争法案ができたら、政府は『(集団的自衛権の行使が認められる)存立危機事態だが、詳細は特定秘密に当たる』とするはずだ。国民が何も知らされないまま戦争に突き進む恐れがある」と訴えた。


それが売国政府の手口です。余りに露骨すぎて頭の悪さに驚くばかりですが、それを平気でゴリ押しして力ずくでやってしまおうというキチガイぶりには戦慄するばかりです。

なぜ、本当の敵は、中国でも韓国でもなく、アメリカだと認識できないのでしょうか。にこにこしながら「トモダチ」と近寄ってくるヤツほどうさん臭いものです。それはともかく、日米合同委員会での決定事項という名の上意下達を「ははー」とかしこまって承り、そのために憲法も民主主義もねじ曲げて、宗主、アメリカ様に貢ぐために、国民を売り飛ばすことしか考えられない売国政府とそれに担ぎ上げられるXX。戦後の日本のように、もっと露骨にアメリカに踏みつけにされながらも、ステルス経済戦争を仕掛けて一泡ふかせてやろうとするぐらいの気概のある官僚はいないのでしょうかね。日本がアメリカ相手にもう一度戦争をやって勝てる見込みはありません。ならば、それを前提に、うまく交渉を続けてお互いの得になるような落としどころを探っていくぐらいの知恵があってもよいでしょう。何が何でもアメリカ様の言うことは絶対服従ならば、政治家も官僚もはしつけのよい小学生にでもやらせればよいでしょう。
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どうでもいい話

2015-06-09 | Weblog
大して取り上げたいニュースも事件もないので、どうでもいい話。

しばらく前に、Natureのフロントページで読んだ話。
過去50年ほど、東アジアでの近視の罹患率の上昇は驚くべきものがあります。最近では眼鏡をしていない子供の方が圧倒的に小数派です。眼球は子供時代にも成長していき、子供の成長につれて近視も増えていきます。近視の発症原因としては、一般にテレビの見すぎ、本の読み過ぎ、勉強し過ぎなどが原因と考えられていたようですが、この記事によると、比較的最近のprospective, obervation studyでは、近視の発症率と読書とは関係がなく、もっとも相関度 (負の相関) が高かったのは、屋外で過ごす時間でした。もっと端的に言うと「明るさ」です。戸外で明るい光を浴びることが近視の発症のもっとも大きな抑制因子なのだそうです。
私は近視にはならなかったのですが、妹はなりました。本は小学校の高学年から、結構読んだ方だと思いますし、テレビもよく見ていたほうだったので、自分でも不思議に思っておりましたが、腑に落ちました。私、田舎で育ったので、小学校低学年のころは屋外で遊びたおしておりました。子供時代はなるべく毎日屋外で数時間は、光を浴びる生活をするのが目には良さそうです。小学校の間は、宿題するのも外でやればいいのではないでしょうか。

フレンチオープン男子決勝、ワウリンカは早いタイミングで打つフォアの早いボールが武器のようです。フォアはアガシが打つようなタイミングで打てるようです。このショットは決まっている間は強力です。しかし、どうもこの選手はその他にすごいと思わせるようなものはパッとみあたりません。あともう一つ、たとえばサンプラス並みのスライスサーブとボレーなんかが、加わればすごいのですけど。プロテニスのスタイルが、道具の性能の向上に伴って、画一化してきたような気がして最近のテニスは、見ていてもあまり面白いと感じなくなりました。正確で強力なグラウウドストロークを打ち続けることにより秀でたものが勝つという感じで、見ていて単調な感じがします。この際、サーブ&ボレーでのエースはボーナス点を加えるとか、採点法を変えたらもうちょっと面白いプレーも増えるのではないかと思うですが。

最近知って、ちょっと衝撃的であったが、やっぱりどうでもいいこと。前から爽やかな風味のアールグレイ紅茶が好きでしたが、この柑橘系の風味はベルガモットで人工的につけたものであるということを知ったこと。香りの強さから考えてみればあたり前のような気がしますが知りませんでした。柑橘系というとマセガキだった大昔に4711の整髪剤を使っていたことがありましたが、4711の所在地がドイツのケルン(コロン)で、この土地で作られた香水をオーデコロンと呼ぶのだということを最近知りました。4711は本場のオーデコロンだったのでした。オーデコロンはてっきりフランス産だと思っていました。Wiki先生とGoogle先生は偉大ですな。

またまた、ネットで話題になっている地震の予言。今年の夏前、船の事故が起きた数日後に、静岡沖で地震が起こり沼津が大きな被害を受けるという話が数ヶ月前に投稿されていたという話。念のため。

以上、どうでもよい話でした。
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研究技術の進歩

2015-06-05 | Weblog
来週の論文紹介でテクノロジー論文を読むことにしました。

生命科学分野に限りませんが、テクノロジーの進歩と衰退の早さは驚くべきものがあります。私が学生時代には、ルーチンだった分子生物学実験の基本的な技術は既に新しいものにおきかわってきています。学生のころは、ノーザンもサザンもシークエンスもあれほど嫌というほどやったのに、PCRの進化で、この十年、ほとんどやった覚えがありません。制限酵素の組み合わせを工夫して複雑なコンストラクトを組むのは私の得意技でしたが、いまやGolden gate やGibson cloning で、複雑なコンストラクトでもあまり頭を使う必要もなくなりました。中でもシークエンシング技術の進化は大きく、ゲノムワイドでの遺伝子変異解析、遺伝子発現解析などといったマイクロアレイでなされていたことが、シークエンシングで行えるようになったほか、日常レベルのちょっとした実験にもこの技術が使われ始めています。先日は約10 kbのプラスミドのシークエンシングをdeep sequencingで行いました。bar codeをつけてmultiplex化することで、一つあたりのシークエンスのコストを下げています。プライマーも要りません。全長があっという間に読めます。最近、汎用化されてきたCrispr/Casなどによる遺伝子編集の解析もdeep sequencing なら大変効率的にできます。

その論文紹介で読もうとしいる論文は、Single cell transcriptome解析を大量に行う技術の開発についてで、非常によく似た技術を開発した別グループの論文と一緒に発表されています。後で偶然知ったのですが、筆頭著者は知り合いの知り合いでした。この二つのグループは地理的にも近く、非常によく似た技術と手法で研究を進めているので、てっきり最初から共同的にやってきたのだろうと想像していましたが、話を聞くと実はこの二つのグループは全く独自で技術開発しており、投稿直前まで競合者がいることを知らなかったそうです。これはmicroRNAの発見の複数論文もそうで、全く独自にやっていた研究がほぼ同時に発表に至りました。もう一方のグループは有名研究室ですが、本来、生物学研究室でテクノロジストではありません。にもかかわらず、ここまで技術開発にリソースを割いて、かつ成功させることができるというトップラボの底力には全く驚嘆しました。

Single cell transcriptomeの解析は、以前にも行われていますが、今回はそれを千、万というレベルの細胞数で行うために、いろいろな工夫が行われています。数が少ないと何でもないことでも、スケールアップすることはしばしば困難です。最大のブレークスルーは、各々の細胞を一つ一つ分離して正確に細胞特異的のバーコードをつけたcDNAライブラリーを効率よくつくる技術の開発です。その一つ一つのステップに細かい配慮と工夫がなされていて感動しました。その集大成がこの技術となっているわけです。

この技術はおそらく、いろいろな分野で非常に有用であろうと思われます。例えば、われわれの分野に多少関係するところでは、体組織に内在するStem cellの多様性というのが大きな問題となっていて、現在、いろいろなマーカーを使って試行錯誤的に個別に調べたりしているわけですが、そういった研究をもっと包括的に行うことが可能であろうと思います。

同時期にScienceには、多数のSingle cellでopen chromatin領域を同定するための技術開発の論文が出ていました。この論文でのSingle cellの分離はflow cytometryを使ったsingle cell sortingと比較的traditionalな方法を使っていて、そこには余り目新しさはないのですが、1000以上の細胞のゲノムを個別にbar codeしてopen chromatin領域を同定していくために、ATAC-seqを応用している所がナイスです。ATAC-seqはDNase-seqなどと異なり、Transposaseがopen chromatin領域にアクセスしやすいという性質を利用して、高活性型Transposaseにより外来性遺伝子をin vitroで挿入することでopen chromatin領域にタグをつけていく方法です。これによって、Bar-codeとPCR用配列をopen chromatin領域に挿入するというクールなアイデアです。

10年以上前にMassive parallel sequencingの技術が開発された時も、私は随分衝撃を受けましたが、今ではそれが汎用技術となり、今回はその技術を使ったSingle cell biologyへの応用がなされつつあります。生物学研究は技術開発ではないですが、しばしば技術の進化が生物学研究を押し進めてきました。数十年前の技術を使って実験している私は、このままでは気づいたら浦島太郎になっているかも知れません。

さて、政治社会面では、沖縄の翁長知事、DCで国務省役人や前共和党大統領候補のジョン マケインらと会談し、沖縄住人の強い反対があり、辺野古移設が非民主的に行われようとしていると訴えました。日本政府を飛び越えて宗主のアメリカ様に直訴、この知事の行動に対して日本政府の反応が聞こえてきません。翁長知事の主張に理があることを承知しているからでしょうか。
もう一つ、アベ政権の改憲にむけて審議中の安全保障関連法案に反対して、憲法学者ら171名の呼びかけ人と賛同者が廃案を求めて声明を発表というニュース。アベ政権の傍若無人のデタラメには天誅が下ると私は信じております。
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ニュースあれこれ

2015-06-02 | Weblog
論文二本とグラント一件のレビューの依頼、うち一本は某国からの論文です。昨日、久しぶりにあった全く別分野の研究者の人と雑談していて、またも某国からの論文は信用できないという話をされました。某国の当事者はどう思っているのでしょうか。

その他のニュースあれこれ

Alex Rich氏死去。友達の友達はまた友達、師匠の師匠はまた師匠、世の中の大きな研究室の元を辿っていくと、比較的少数の研究の系譜に行き着くのだそうです。

ちょっと前のNatureのFront pageでの記事。Japanese academics fear military incursion
日本の大学人は、大学への軍事侵入を憂慮している。
第二次大戦後、日本は平和主義をうたってきたが、日本のアカデミアは、防衛省が300億円の軍事研究の支援を始めたことをうけて、危機感を高めている。
「軍事目的や軍事論理(での研究資金援助)は大学の活動にも大きな影響がある」と、ハマダ モリヒサ氏は言う。、、、
1950年に日本科学会は、戦争に繋がる研究をしないという声明を出しそれを継続してきているが、タカ派のアベシンゾーや高まる中国や北朝鮮との緊張で、大学と軍との関係が変わりつつある。、、、
「大学や研究施設に軍事研究をさせようという政府の方針は、大きな方向転換だ」と琉球大学のカメヤマ ノリカズ氏は言う。ハマダ氏とカメヤマ氏は、軍事がアカデミアに侵入してくることに反対するオンラインの抗議サイトを昨年3月に立ち上げ、1000人の署名を集めている。「われわれは科学者の良心に訴える」とカメヤマ氏は言う。


首相、日本攻撃意思不明でも行使 集団的自衛権、衆院審議で
安倍晋三首相は1日の衆院平和安全法制特別委員会集中審議で、米国などを攻撃した相手国について、日本への攻撃意思が不明確な場合でも、集団的自衛権行使の対象になり得るとの認識を示した。中谷元・防衛相は専守防衛の基本方針に関し、昨年7月の憲法解釈変更に伴い概念が変わったと認めた。


この政権のデタラメさ改めて恐れ入ります。平然と憲法解釈変更というそもそもやってはならないことを根拠にして、とにかくアメリカ様に行けと言われたら相手の意思を無関係に先制攻撃するということを明言したわけです。開いた口が塞がらないとのはこのことでしょう。恥ずかしくないのですかね、この連中は。

鳩山元首相の述懐。総理大臣さえ知らされない日本人の立場
つまり日米合同委員会の決定事項が、憲法も含めた日本の法律よりも優先されるということですよね。そのことを総理大臣の私は知らなかった。鳩山由紀夫(第93 代日本国総理大臣)


日本というのは今もそういう状態に置かれ続けているのです。

沖縄県知事、ハワイ、DCで基地問題について会談というニュース。翁長知事:ワシントンで会見「計画断念求める」改めて主張

がんばってもらいたいです。本当に冤罪でっちあげには気をつけて欲しいと思います(原発に反対して収賄事件をでっち上げられた前福島県知事のアドバイス)翁長知事も十分、その危険は承知の上の行動でしょう。政府が沖縄を押さえつけ、沖縄を犠牲にし、その声を聞こうとしないのだから、いくら政府に言ったところでムダです。占領時代、返還後ともに沖縄が耐えてきた70年の苦難は想像するに余りあります。日本政府を飛び越えてアメリカ要人と会談を続けていくということしか現状を変えるよい方法はないと私も思います。アメリカの方が「恒久的に沖縄にいるのは、さすがにマズいのじゃないか」と言い出せば、日本政府の方も変わる可能性がありますから。

最後に小笠原沖の8.5Mの地震。ちょっと不気味です。伊勢女の予言というのが数年前からネットで話題になっており、それによると、夏の天気のよい平日の朝に関東で大地震が起きて首都圏とその周辺が大規模な津波の被害を被るという話。今回の地震の状況とよく似ています。本震がやってくるかも知れません。
お気をつけ下さい。
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