百醜千拙草

何とかやっています

劇場というよりは学芸会

2016-09-27 | Weblog
実家の用事を口実に休みを取っております。
休み中ですが、10月末が締め切りのグラントを書いております。
面白い実験データがあるとグラントを書くのもまだやる気が出ます。信じられるネタをつかんでいなければ、私の場合、Convincingな計画書は書けません。今回のは、新たな小さなプロジェクトのための資金追加を求めるためのものなので、帰りの道中の間だけで、骨格の半分は書きあげることができました。今週中に最初の草稿はできそうです。あとは、図表と参考文献のリストを作ってはめ込み、文献を読み直して、締め切りまで推敲を重ねれば良い、ということで早い目に見通しが決まったので精神的に楽です。

久しぶりに映画を見ました。スペイン映画「ma ma」は、設定は苦しいものの良かったです。末期乳がんの主人公が妊娠して女の子を出産して死ぬという話ですが、ビーチを訪れた時に、主人公のイメージの中で、未来の娘が、カニをを海に投げ捨てるというシーンがありました。カニは癌のことなので、胎児である娘が主人公の癌の進行を止めているというメタフォアですね。そして余命を越えて出産を迎えることができ、出産と同時に主人公はその命を娘に与えて死んでいく。苦しみや死んでいくプロセスも人生の重要な一部であり、物質的存在である人間は死んでも、その精神は死なずに受け継がれていくというメッセージで、暗い話題ながら明るさを感じさせるエンディングで主治医が歌う懐かしい曲調のテーマ曲も悪くないです。もう一本、ちょっと似たようなメッセージを含む実話に基づいた映画、「Miracle from Heaven」。難病を発症した女の子が臨死体験の間に癒されると言う話。魂の不滅がテーマです。ちょっと宗教臭いですが、主役の女の子の演技がいいです。おばさんとなったJennifer Garnerも悪くないです。

久しぶりに平日の朝の出勤前のテレビ番組を見ましたが、ヒドいものですな。朝から芸能ニュース、食べ物の話、スポーツの話題、どうでもいいことでコマーシャルとコマーシャルの隙間を埋めています。国民総白痴化装置とは言いますが、昔からここまでヒドかったのでしょうか。

アベ氏の国会での学芸会のお遊戯の話は、ここまでバカかと思いましたが驚きません。振りがな、ト書き付きの原稿を書いてもらって、あんなバカげたパフォーマンスをやらされて、本人は自分がバカにされているとは思わないのでしょうかね。

余りにおふざけが過ぎると、さすがに志位委員長は苦言。戦争産業で回してきたアメリカが、侵略戦争を正当化するために、他国に侵略して一般市民を殺傷するようなアメリカ軍人を国を守る「英雄」と称え、「最高司令官」である大統領も議会で「愛国心発揚」のために、そうしたパフォーマンスを行ってきました。しかし、アベ氏の場合、あまりにやり方がサル真似なので、ギャグにしか見えません。この際、国会議員にブザーをもたせて、パフォーマンスの評価をさせればどうですかね。

劇場政治と言えば、築地の豊洲移転問題。すべて自称文豪が都知事だった間の出来事です。それを「知らない」で済まそうとするのですからね。実際、知らないのでしょう。あるいは、知って知らないふりをしていたのかも知れません。利権の巣窟ですから、知らないフリをしているのが最もラクで金にもなるというわけですし。新都知事も探られれば痛い腹を持つ身、利権に真正面から対峙しようとすると、前都知事の二の舞になることは重々承知でしょうから、本気で追及などしないでしょう。結局は残尿感残る結末になって、最後に都民にツケが回るといういつもの結末。
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縮小

2016-09-23 | Weblog
学会から帰ってきました。
昔の知り合いに会うのは楽しいのですけど、学会の内容そのものは年々、寂しくなる一方です。というのは、この分野で最も関連する臨床的疾患で最も多く使われている薬のパテントが数年前に切れ、その間に開発された新薬も期待されたほどではなさそうだということがわかってきて、製薬会社のモチベーションが下がっていることがあります。加えて、今回、期待されていた新薬の臨床試験の結果、有害事象の発生のため、とある大手製薬会社は巨額の損失の上に製品化を諦めたという事件が起こり、ただでさえ冷めかけている分野に冷水を浴びせるかのような状態になっています。この事件を受けて、この分野はさらに縮小化が進むだろうと思われ、研究者も徐々に研究疾患対象をシフトして、これまであまり注目されていなかったRare diseaseへの関心が高まってきているようです。事実、今回は複数のRare diseaseのセッションがあり、通常プログラムの後に夜の11:00近くまで行われた追加プログラムは満室という盛況ぶりでした。Rare diseaseを主なターゲットとして土台を築いてきたバイオテク・製薬会社はCommon diseaseをターゲットとしてきた大手製薬会社よりも順調なような感じで、事実、慢性的に治療が必要なRare diseaseであれば、患者が世界で数百人もいれば、十分、ビジネスとして成り立つということです。大きく儲けることはできないが、特定のリピーターを確保できるので長期的に帳尻が合うということですね。

知り合いにあってする会話も、この先、この業界はどうなるのだろうという不安と愚痴が多くなり、ワクワクするような明るい展望について語り合うことが少なくなりました。ふと気がつくと、数十年続いたこの分野の国際学会が一つ消失していました。

収穫はありましたが、あまり嬉しい話ではないですね。私がやっている二つのプロジェクトで競合状態にあるグループがあって、一つのプロジェクトの競合グループとはまずまず良好な関係ですが、相手は随分と進んでいます。ただ、パテントを取るのが先なので、出版を来年まで遅らせているという話。向こうも一応、こちらの出版を気遣ってはくれてはいるのですが、私の方は当初の予定の出版計画でいくと、来年にはちょっと間に合いそうにありませんので、計画を変更しないといけなくなりそうです。また別の研究で競合している一方のグループもかなりオーバーラップする研究をやっていて、これは二年前に通らなかったグラントに関係しており、私はそのグラントを来年初めに再提出するつもりにしています。彼らの論文が出版された後でも、グラントの新規性が損なわれないように、予想される論文の内容から数段上を目指したような研究計画を提出する必要があり、それは、今つかんでいるリードがストーリーになるかどうかにかかっているのではと思っています。このグループとは特に友好的関係はないので、とにかく、真正面から当たることはできるだけ避けて、彼らがやりそうにない部分にフォーカスする方針で行きます。

そういえば、この学会には座長をするはずであったとある日本の大学の先生が欠席していました。忙しかったのかな、と思っていたら、学会から帰った日に、その大学での研究不正の調査が始まったというニュースを見ました。うーむ、出る杭は打たれるのか、打たれるようなことをしたから出ることができたのか、何れにしてもこう言うスキャンダルは分野にはマイナスです。

今回、前回、さらにその前と、この大学での不正事件は、内部、外部の告発でした。匿名の告発というあたりがちょっと引っかかります。これも自浄作用の一つであるとも思えないこともないですが、こうして「事件」にすると裁くものと裁かれるものという立場ができるわけで、その対立関係の結果として費やされるエネルギーは馬鹿になりません。対立が起こった場合にいづれの側にも得は発生しません。こじれた場合に間に入る弁護士が儲けるだけで、研究界全体としては損失しかありません。なんとかならんもんですかね。

さて、日本全般のニュースに関して、ちょっとだけ。
民進党の人事を見ましたが、この党は学習能力がゼロですね。政権を担っていた時に、国民を裏切り、トドメを刺した最大の犯罪者が幹事長ですからね。ま、もうこの党が政権を取ることは未来永劫ないですからどうでもいいですが。志位委員長も共闘を呼びかけた相手がコレではやってられんのではないでしょうか。

それから、政府は今面している財政破綻をどうするつもりでしょうかね。やはり戦争をやって非常事態のドサクサでチャラにする予定なのでしょうかね。
田中宇さんの記事から。
 、、、、中国は、世界経済の戦略決定の面で、米国と並ぶ存在になっている。きたるべき米国発の金融危機は、リーマン危機以上の規模になり、世界経済に大打撃を与える。中国など新興諸国も打撃を受けるが、中国やIMFが用意している非ドル的な多極型の新体制がうまく導入されれば、長期的に新興諸国の打撃はかなり緩和される。最後まで米経済覇権(債券金融システム)の延命に固執する米国や日本の方が、きたるべき危機から受ける打撃がはるかに大きくなる。、、、、日本の経済破綻を避けるためには、QEやマイナス金利をできるだけ早くやめて金融的な米国との無理心中を避け、中国やIMFが用意する多極型体制への協調を強めることが必要だ。だが残念ながら、すでに日本がQEをやめるには時期的に遅すぎる。しかも日本では、対米従属と、その派生策としての中国への敵視や嫌悪があまりに強く、鳩山小沢の敗北以後、多極化への対応が検討されることはない。座して死を待つ感じだ。


私もそういう道筋を取ると思います。世界大恐慌は遠からず起きて、アメリカとそのアメリカを支えてきた日本は相当な打撃を受けることになると思います。その時に戦争をやってリセットするという青写真ではないでしょうか。第二次世界大戦で経済を立て直したアメリカと同じことを考えているのでしょう。しかし、第二次大戦以後も世界で戦争をやり続けて経済を回してきたアメリカがそもそも行き詰まっており、アメリカ国民も戦争を望まず、世界から手を引いて縮小していくことを考えています。人口がどんどん減り、経済的競争力も低下してきているのに、するはずもない「経済成長」を目指してアホノミクスとやらをやっている変な国、これは確信犯です。老年期に入りかけた人にいくら成長ホルモンを射っても、末端肥大が起きて体を悪くするばかりで成長などしないのは誰でもわかると思うのですが。
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卑怯者のやり口

2016-09-16 | Weblog
学会出発前に。

沖縄、高江で、住民の意思を無視しての政府の強硬な作業は続いております。しばらく前にアベ夫人が抗議住民のテントを見に来た事件がありましたが、以降、政府のやり方は強引さを増す一方です。かつての自民党にはなかった強引さで、しかも今回、沖縄振興予算を大幅にカットし、過去予算と基地問題はリンクしていないという立場を否定して、兵糧攻めにまで出てきています。政府のやり方は「卑怯」としか言いようがないです。この国の政府は誰のために働いているのか、建前は「国民」であり、その建前は少なくとも形上は尊重してきました。今や、本音が露骨なアベ政権、いくら宗主国の番頭代理だとは言っても、やり方が稚拙すぎるのではないでしょうか。

東京新聞、社説、「沖縄ヘリパッド 工事強行に理はあるか」 2016年9月14日

 沖縄県東村周辺で始まった米軍ヘリパッド建設をめぐる国の対応は看過できない。工事用重機の運搬に自衛隊機を使ったり、機動隊が抗議する人を強制排除したり、強引な進め方に理はあるのか。
 沖縄の小さな集落でいま、何が起きているのか。
 防衛省は沖縄県東村と国頭村にまたがる米軍北部訓練場でのヘリパッド(ヘリコプター離着陸帯)建設のために、陸上自衛隊の大型輸送ヘリを投入し、工事用の大型トラックを建設現場近くまで運んだ。住民らの抗議活動で資機材の搬入が遅れているためとはいえ、米軍施設の建設に自衛隊機が使われるのは極めて異例だ。
 ヘリパッド建設は、日米両政府が一九九六年に交わした合意の一つ。国内最大の北部訓練場の半分にあたる約四千ヘクタールを日本側に返す条件として、米側が既存ヘリパッドの移設を求めた。日本政府は沖縄の基地負担軽減策と強調するが、県民には米軍基地の再配置であり、機能強化だと映る。
 ヘリパッドは人口百四十人余りの東村高江の集落を囲むように六カ所が計画され、すでに二カ所が完成。垂直離着陸輸送機オスプレイが頻繁に飛来している。
 ヘリパッド移設が計画されてから、当時の那覇防衛施設局はオスプレイ配備について県民に情報提供する努力を怠ってきた。危険性が増すオスプレイ配備を心配する県民よりも、米軍への配慮を優先させることになった。
 沖縄防衛局が工事資材を搬入したのは、自民党の沖縄担当相が大差で敗れた七月の参院選翌日。安倍政権の対沖縄政策への異議が県民から度々示されているにもかかわらず、工事を強行するのは民主主義のあり方としておかしい。
 小さな集落を警察車両が物々しく列をなして走る。全国から動員された四百人とも五百人ともいわれる機動隊員が、座り込む人の手足をつかみ、ひきずる。けが人が続出し、逮捕者も相次ぐ。記者も取材を妨害されている。
 ヘリパッド建設地は「やんばる」と呼ばれる亜熱帯の生態系が豊かな森。ヤンバルクイナなど希少生物が多く、世界自然遺産登録も目指している。県民の水がめでもある森の上空をオスプレイが飛び、騒音は激しい。
 翁長雄志県知事は強引な工事を批判し、高江の住民や県議会は反対している。地方自治をゆがめ、人権や環境にも悪影響を及ぼす工事だ。地元の納得を得られないなら即刻中止すべきだ。


沖縄県知事が前知事が懐柔されて承認した辺野古移設許可を取り消したことに対して、県と国とで裁判になっているわけですが、その判決が間もなく出ます。国が沖縄にずっとウソをつき続けてきて、移設のために合意した条件を反故にされたので、移設許可を取り消したという経緯です。取引で言えば、偽物を掴まさせておいて支払いを拒否した方を、話し合いも無視して訴えたという感じです。チンピラヤクザがやりますな、コンテクストを無視して言質を取って言いがかりをつける、というのは。「一旦、承認したではないか、承認した以上、取引の内容がウソでもデタラメでも約束は約束だ」ちゅーことですな。「国」という看板を盾にして、立場の弱い沖縄をいじめる卑怯者です。
あいにく、最高裁まで行くことは最初から決定しており、最高裁は彼らの一味ですから、結局、国相手の裁判には勝てないのですが、少なくとも高裁では司法の矜持を示してもらいたいものだと思います。

辺野古移設16日判決、高裁支部 承認取り消しの適否焦点
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設問題で、国が翁長雄志知事の対応の違法確認を求めた訴訟は16日午後、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)で判決が言い渡される。移設先となる沿岸部の埋め立て承認を取り消した知事の処分の適否が焦点。普天間問題の議論に影響を与えるのは必至で、結論が注目される。
辺野古移設を巡る国と県の対立に、司法判断が示されるのは今回が初。敗訴した側は上告する方針で、年度内にも言い渡される最高裁判決で決着する見通しだ。


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日本の私

2016-09-13 | Weblog
日本人であるとは何か、ということを小さい時から折々に考えることがありました。正直、こういうことを考えて気持ちが明るくなったためしはありません。
幸せに毎日を生きている人なら、自分が何人ということを気にするはずもないと思います。日本人である私、ということを悩むこと自体、日本人であることに満足していないということでしょうし。戦後の豊かで安全な国に生まれて、物質的には恵まれた中で育ったわけで(最近の若い人は気の毒だと思います)私などが不満を言えばバチあたりと言われるでしょう。かつて朝日新聞で、「日本に生まれて幸せか」という連載コラムがありました。人間というものは、物質的に豊かでなければ不平を言い、豊かであれば豊かなりに不平を言う生き物のようです。

私には、日本人を意識することとは、中国とアメリカという二つの国に対する劣等感(仮に劣等感でなくても常に意識せざるを得ない相手)に縛られていることを実感することであるというように感じます。これは別に中国人やアメリカ人に劣等感を抱いているというわけではなく、日本が今の形の日本であることへ対してのこれらの国の影響力の大きさを抜きに、日本人とはなにかを考えることはできないということです。すなわち日本人は、歴史的、世界的に見れば、その根本は辺境民であり、常に諸外国の顔色を伺うことで自己を認識してきたということが、若い頃は悔しかったわけです。島国根性という言葉もありましたね。

そんな多少いじけた屈折した思いが、開国以来の日本にあったのだろうと思います。大和魂とかいう言葉もありました。かつて、鈴木大拙は、日本はまだまだ欧米諸国に物質的には及ばないがその精神性の高さは優れていると、負け惜しみのようなことを言いました。しかし、よく考えれば、その精神性とは1000年前の中国で発展した中国仏教に基づいたものでした。

日本人のアイデンティティーとは何か、若い頃は多少、考えたものですが、もう最近はそんなことを思うこともあまり無くなりました。ま、自分の民族や国に誇りを持ちたいという気持ちも突き詰めれば、結局はエゴに過ぎないわけですし。Natureに論文を載せたい、新聞に研究を取り上げてもらいたい、大学教授になって先生と呼ばれたい、、、中国には負けたくない、、、オリンピックでは日の丸を掲げたい、、、自分の子供は偉くなってもらいたい、、、ま、同じようなものですな。私は、別段、世界征服したいとかいうような野望もありませんし、仮にNatureに論文が載ったところで、もはや人生がそれほど変化することも考えられないし、別に自分は何人でもいいや、死ぬまで淡々と楽しく日々を過ごすことに集中しようという気分です。

いずれにせよ、これらのかつての中国や欧米に対する劣等感は、抑圧され無意識化され、いまだに我々の年代の日本人を縛り続けているようには感じます。ただ、この傾向は若い世代では随分、薄れてきているように思います。あるいは、実はアイデンティティーの「軽さ」こそが日本人のアイディンティーなのかも知れません。

どうでも良い話でした。
今週から学会なので、しばらくお休みします。
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下品くらべ

2016-09-09 | Weblog
数日前のニュース。


【ビエンチャン共同】安倍晋三首相は6日午後(日本時間同)、フィリピンのドゥテルテ大統領とラオス・ビエンチャンで会談し、フィリピンの海上警備能力を強化するため、大型巡視船2隻を供与する方針を伝えた。海上自衛隊の練習機も貸与する考えも示し、パイロット教育を通じた安全保障面での協力強化にも意欲を示した。南シナ海で海洋進出を強める中国をけん制する狙いだ。大型巡視船は全長約90メートル。政府開発援助(ODA)の円借款によって日本で建造し、完成後にフィリピンに引き渡す段取り。約164億円を見込む。


アベ氏のまたまた大盤振る舞い、今度はフィリピンに164億円。相手はドゥテルテ大統領。金も無くて、国民に対しては、消費税を増税し、福祉をカットし、福島の原発事故被害者を見捨てるDVオヤジのくせに、外に向かってはそうまでしても見栄だけは張りたいのですかね。まず借金をなんとかして、例えば塩漬けになっているアメリカの国債をドカッと売って金を作ってから、バラ撒くのが筋でしょ(できないだろうけど)。

さて、ドゥテルテ大統領といえば、その暴言を受けて、オバマが予定されていたドゥテルテ大統領との会談を中止したというニュース。(結局、側近がうまくとりなしてひっそりと会談は行われた様子)

問題の発言があったのは、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議が開かれるラオスに出発する際、地元ダバオで開かれた記者会見だった。ドゥテルテ氏は6月末の大統領就任後、過激な麻薬取り締まりを実施。容疑者1000人以上が当局に殺害され、国際社会から批判を浴びている。会見でドゥテルテ氏はこうした問題をオバマ氏から問われるのではと聞かれ「彼のことは気にしない。誰だそれは」などと反発。さらに「売春婦の息子め。ののしってやる」と罵倒した。


政策ではなく、個人を下品な言葉で貶めるというのは、人間としてダメです。しかし麻薬犯罪に対する厳しいやり方に国内は比較的好意的ですが、。もちろん海外では人権を無視するような強引なやり方は不評です。市長時代に麻薬取り締まりの名のもとに殺した人間は1000人と言われており、加えての暴言癖があるようです。

ただ、どうも発言の裏にはスペインそれからアメリカに蹂躙されたフィリピンの積年の恨みがあるようで、下のような発言が見られます。
「誰も俺に口出しすべきでない。我が国は独立国だ。誰も俺に講釈を垂れる権利は持っていない」「我々は平等な立場であるはずだ。我が国は小国だ。経済的にも厳しい。しかし、侮辱は容認できない」「俺は主権国家の大統領だ。もう植民地ではないんだ。フィリピン国民以外は俺の主人じゃない」

ここがアベ氏とは違うところでしょう。アベ氏は尖閣諸島や南シナ海での中国の動きは非難するくせに、戦後ずっと日本を植民地状態においてきたアメリカに対しては媚びを売り続けています。辺野古の自然を破壊し、沖縄住民の権利を蹂躙し、日本国民である彼らを犠牲して、アメリカ軍基地を恒久化しようとしてきました。アベ氏は、実質独立国でなくても、体裁さえ整っていて自分がその長であれば満足なのでしょう。ま、総理大臣ごっこです。こういうのは、ドゥテルテ大統領の暴言よりも下品ではないでしょうか。
「俺は主権国家の首相だ。もう植民地ではないんだ。日本国民以外は俺の主人じゃない」などとは、宗主国の番頭には言えないでしょう。
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ツイてる研究者

2016-09-06 | Weblog
研究費申請書の準備、学会準備、論文の投稿とレビューなどが重なり、ちょっと世間から離れております。
私は、昔は心配性で、何か予定があるとそのことが気になって目先のことに集中できないようなタイプでしたが、最近は引き受けたものをギリギリまでホッタラカシにすることにあまりストレスを感じなくなってしまいました。そうなると仕事はどうしても雑になるわけです。しかし、量はとりあえず、こなせます。
私の場合、質と量を秤にかけて、総合的にどちらがより生産的かを見てみますと、多少の完成度は犠牲にしても数をこなした方が良いという結論に達しました。これは人によると思います。基礎研究者の最終プロダクトといえば、とりあえずは論文かと思います。研究をまとめて論文に発表するという点に関していえば、超一流で研究資金に不安のない人で、どうやっても論文は出るという立場の人、あるいは独立を狙っているポスドクの人なら数よりも質でしょう。しかし、私レベルではパーフェクトの論文を1本だす手間を二つに割いて、7割の完成度のものを二本出して、残った3割を後に別の小さな論文に譲る(もしくは追求しない)という戦略でいかないと、生産性を疑問視されて研究費の申請が通りません。私レベルでは責任著者の論文を、1.5流雑誌に数年に一本、その下の専門分野の雑誌に一年一本ラインをキープしていかないと(と言ってもそれでも、現在の小規模勢力では厳しいのですが)数年後にはまた廃業の危機です。だいたい今や、技術も飽和し、手軽にやれることはやり尽くされつつある訳で、そう簡単にそこそこのレベルの論文になりそうなネタは見つかりませんから、一本の当たりを引くために複数の小さな研究を常に同時進行させて見込みのありそうなものを拾い上げていくという地道な活動をやらざるをえません。そういう点からもとにかく量をこなすことが必要です。
ま、そんな自転車操業を繰り返しているうちにツジツマを合わせるのはうまくなりました。

そんな感じで日々、あがいておるわけですが、それでも雑用はやってきます。それをヒョイヒョイと、右から左へと受け流す、という達人のレベルにはまだまだ達しません。受けるだけ受けて単に忘れてしまい、期限が迫ってきてから気がついて慌てるということにしばしばなります。明日の論文紹介の当番に当たっていることは数日前にお知らせが来ました。例によって気軽に引き受けて忘れていました。適当な論文を探しているヒマもないので、自分の研究に絡んでちょっと前に読んだSicenceのmitochondria病のマウスを低酸素で治療するという論文を読むことにしました。インド系アメリカ人の著者は気鋭の中堅、十年ほど前に、彼が開発したマイクロアレイのデータからどの転写因子が動いているかを予測するコンピューターアルゴリズムを使わせてもらったことがあったので、彼の名前は知っていました。しかし、Sicenceに二週連続で論文掲載というのはシブいですな。

ストーリーが単純なので発表はラクできそうだと思ったのですが、そもそもmitochondriaの異常がどうしてあのような多彩な症状につながるのかという分子メカニズムは必ずしも明らかでないようなようです。ATPの産生効率の低下とReactive Oxygen Spiecesの産生過剰、が起こるのでしょうが、そこから病気の発症までの道のりは必ずしも詰められているわけではありません。この論文ではGenome-wide CRISPR KO (GeCKO) スクリーニングで、新たな疾病に影響する遺伝子を同定し、Hif1aの安定化がmitochondria病のモデルの症状を改善することを細胞と動物レベルで示しています。人ごとながら、キレイにCRISPR KOスクリーニングが効いてヒットが見つかったのは、幸運としか言いようがありません。ひょっとしたら、他のスクリーニングで散々ハズした挙句にようやく当たった努力の成果なのかも知れませんが。ま、優秀な研究者は「運」もいいので、普通ならスクリーンニングプロジェクトのような山師的研究は9割以上ハズレに終わるものが、こういうレベルの研究者は5割ぐらいでアタリを引いたりします。

また、mitochondria病の世界も広くて深く、結構、競争も激しい世界のようです。そこで頭一つ抜け出すためには、研究成果に加えて、そのPRが重要な役割を果たしていると私は思います。雑誌のフロントページや新聞で取り上げてもらったり、学会で目立つ、などなど、すなわちコネですな。そうしたものを利用して研究の内容に加えて、研究者の「評判」を高めていくのです。品質に加えてブランド。名前が売れているからこそ、より高値で売れるのはこの業界でも同じでしょう。その研究者ブランドをどうやって確立していくのか、このあたり、ツイている研究者とフツーの研究者の違いが生まれてくるメカニズムも研究すれば、何らかの法則が見つかるのではないかと思うのですが。

私は、無印良品を目指しております。
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Shoot the messenger?

2016-09-02 | Weblog
マスコミは権力です。大手マスコミにデンツーなどの広告代理店経由で、政府、大手企業などから金が流れるわけですから、そういった「支配者層」にマスコミ言論というものは支配されているわけで、マスコミは「社会の木鐸」というのは建前で、そもそもが、権力者に都合の良いプロパガンダ流布装置であり、スポーツ、娯楽番組を通じた国民総白痴化計画の一環として発達してきたという側面を持ちます。もちろん、現場では、真実を伝えるための報道を行おうと真摯に努力している記者やジャーナリストの方も少なくないと思います。しかし、マスコミも会社組織であり、ビジネスです。スポンサーには逆らえません。会社も社員も生活も家族もあり、スポンサーに逆らって干されて飢えるぐらいなら、その手先となって良心を売るのもやむをえないと考える人の方が多いでしょう。

今回、反原発知事、新潟の泉田知事が4選目の知事選への出馬を撤回したとのニュースを聞きました。

ハフィントンポストから。
新潟県の泉田裕彦知事(53)は8月30日、次の知事選(10月16日投開票)への立候補を撤回すると、後援会のホームページで明らかにした。
泉田氏はホームページに掲げた文書の中で、地元紙・新潟日報社の報道を強く批判した。最も強調したのは、「日本海横断航路」に関する内容だった。、、、、新潟日報は7月から8月にかけて、県側が購入判断に関与していた可能性を報じていた。県側は計9回の申し入れや抗議文を新潟日報に送っている。これについて泉田氏は文書の中で「再三の申し入れにもかかわらず、訂正や説明もなく、最近まで県から申し入れがあった事実も報道してもらえませんでした。(中略)このため、県が組織的に虚偽答弁をしているのではないか等の誤った印象が形成されている」と新潟日報を強く非難した。

泉田氏は経済産業省職員を経て、2004年に自民、公明の推薦を受けて知事選に初当選し、現在3期目。、、、大きく注目を浴びたのは、福島第一原発のメルトダウンを巡る、東京電力への厳しい姿勢だった。東電が求める県内の柏崎刈羽原発の再稼働について、泉田氏は「福島の事故の検証と総括が先だ」と認めてこなかった。その発端になったのは、福島第一原発事故から7日後の2011年3月18日。泉田氏は柏崎刈羽原発の関係者を呼んで福島の状況説明を受けたが、メルトダウンについて「可能性を含めて認めなかった」ことを問題視した。新潟県は独自に「技術委員会」と呼ばれる有識者会議で福島の事故の検証を続け、技術委は東電に再調査を要求。東電は当初、メルトダウンについて「定義されていなかった」と説明していたが、2016年6月、「メルトダウンの判定基準が社内マニュアルに明記されていたが、5年間その存在に気づかなかった」と発表し、謝罪した。

2016年8月25日、東電は姉川尚史常務(原子力・立地本部長)が新潟県庁を訪れて泉田氏に謝罪した。、、、泉田氏の8月30日の文書では、新潟日報社の原発報道を巡る姿勢も批判している。東京電力の広告は、今年5回掲載されていますが、国の原子力防災会議でも問題が認識されている原子力防災については、例えば、県が指摘している現在の指針に従えば避難が必要になったときにはUPZ圏内の住民40万人強を2時間で避難させなければならなくなる問題等県民の生命・健康を守るうえで重要な論点の報道はありません

新潟日報、逆に知事の出馬撤退会見で、新潟日報の報道姿勢を批判したことをさらに批判して、「報道に対する圧力だ」と言ったそうです。それに関して、さらに反発。
毎日新聞から
任期満了に伴う新潟県知事選(9月29日告示、10月16日投開票)への立候補を撤回した同県の泉田裕彦知事(53)は31日の定例記者会見で、撤回の理由として名指しした地元紙・新潟日報が「報道機関への圧力にも等しい」との記事を掲載したことに対し、「事実に反する記事の訂正を求めることが圧力だというのは理解できない」と反論した。
 泉田知事は会見で、県が出資する海運会社の子会社の事業を巡る同紙の一連の報道に対し、訂正を求めたことについて「圧力だというなら、県からこういう申し入れがあり、我が社はこう思うと紙面上で議論すればいい」と指摘。「言論には言論で、というのが民主主義の鉄則だ」と強調した。

正論と思いますが、疑問は残ります。選挙に出れば、反原発の支持者層は厚いのだから、これぐらいのネガティブキャンペーンで落選するはずはない。こんな理由で撤退するのはおかしい、と考える人もいるようです。かつて、岩上さんのインタビューで、泉田知事は原発村のやり方を批判し、次の記事にあるように言っていたことから、原発村から脅されて、出馬を断念したのだろうと推測している人もいます。
「泉田知事、インタビューのあと、「ここまで言ったら危ないかも」と呟いた。:岩上安身氏」  原子力・核問題 (2013 9月

やはり何か脅されるネタがあったのでしょうかね。しかしそうなら新潟日報を批判してやめるというのは、スジがちょっと違うような気がします。いずれにせよ、脅しがあったとすれば、東電の広告を今年5回も掲載している新潟日報は原発村の手先だったわけでしょうね。出馬撤回の記者会見で、新潟新報を批判したのは、Shoot the messenger という感じだったのかも知れません。もしそうなら、オレだけに責任をなすりつけるなよ、と逆ギレした新潟日報の行動も分からんではないです。(が、同情は全くできませんね)
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