一般財団法人南都経済研究所が発行する「ナント経済月報」2013年4月号に「観光地奈良におけるリピーター獲得の方策を考える」という特集記事が載った。執筆されたのは主席研究員の丸尾尚史さんである。NPO法人奈良まほろばソムリエの会のことも紹介していただき、以前、その部分だけ当ブログに掲載させていただいた。さて本記事のリード文は、
観光(産業)は今や地域の基幹産業としての役割を担っているが、観光の形態は旧来の物見遊山的な観光から参加型観光や着地型観光など新しいスタイルが増えつつある。一方、市場全体は拡大しないパイの中で競争が激化しており、今後厳しい競争に勝ち抜くためには他者との差別化を図る必要がある。その際にキーとなるのがリピーターの存在である。
本稿では、まずは、先行研究の「リピーターの要因分析(6つのパターン)」を示し、そのパターンを奈良県の観光に当てはめる。次に、県内で観光の振興に取り組む団体の成功要因および過去に当研究所で行った調査結果から見えてくる奈良の魅力を明らかにする。そして、これらのことから、観光地奈良におけるリピーター増加策の重要性とリピーター獲得の方策について考える。
よく「リピーターを呼ぶことが大切だ」というが、往々にしてそれは単なるキャッチコピーにとどまり、中身までは分析できていなかった。丸尾さんは先行研究をよく調べ、それを県観光に当てはめた。すると、そこからいろんなことが見えてきた。「修学旅行で奈良に1度来ていれば、大人になるとリピーターになって再訪してくれる」と唱える向きには、ぜひ読んでいただきたい労作である。以下、全12ページにわたる論文から、私がピンときたところだけ抜粋・再構成して紹介する(引用部分は青字。太字は私が付した)。
写真は、奈良まほろばソムリエと歌って巡ろう!大和路・万葉の旅(トップ写真とも全4枚。4/29撮影)
■リピーターのパターン
1.リピーター獲得の重要性
物理的、経済的要因によって観光に行けない人を観光に向かわせることは並大抵のことではない。小売業やサービス業では一般的に、「新規顧客の獲得には既存顧客を他へ行かないように食い止める5倍以上のコストがかかる」といわれている。したがって観光客を増加させるには、そもそも観光をしない(またはできない)人に観光を勧めるよりも、既に観光を行っている人に対して、当地への訪問回数を増やすアクションを行うこと、すなわち「リピーターの獲得」の方をより重要視する必要があるだろう。
2.リピーターの要因分析(パターン類型)
旅行先へのリピート行動は、対象物が無形物である点で、物を手に入れる通常の消費行動とは異なる。すなわち、形がないことから、旅行者(観光客)は同じ先を再度訪れる場合であっても、実際には同じ行動の繰り返しではないことが多く、また旅行先の捉え方や具体的な活動内容によっては実際には様々な形態が存在することが考えられる。
「第24回日本観光研究学会全国大会学術論文集」において、大方優子氏は「旅行先への再訪行動に関する研究」の調査結果を発表している。それによると、旅行先の再訪行動(同一の旅行先へ2度以上訪れるという現象)は6つのパターンに類型化できるとしている。以下にそのパターンを示す。
①ファン型
旅行者がその旅行先に特別に強い思い入れや愛着があり、そのため、その地域へ定期的に何度も訪れるというパターンである。この場合、旅行先での行動範囲や活動も毎回ほぼ同じであることが多い。このパターンにおける旅行者はその地域のファンのような存在である。
②習慣型
旅行者はその旅行先に特に強い思い入れや愛着があるわけではないが、利便性や経済性などにおいて強い訪問促進要因が存在し、さらに当該地域に対する強い不満も存在しないという理由で、その地域へ習慣的に訪れるというパターン。
③パズル完成型
前回訪れることができなかった場所を訪れたり、出来なかった活動をしたりするために、その地域を再訪するというパターンであり、旅行者にとってその地域全体はジグソーパズルのようなものと例えられる。つまり、一度の訪問でパズルのすべてのピースを埋めることができなかったため、残りのピースを埋めるために再度訪れるという感覚である。
④再チャレンジ型
前回の訪問の際に、個人的、あるいは状況的な要因により目的が達成されず、それによって生じた不満や物足りなさを解消するために再度その旅行先を訪れるパターン。この場合、行動範囲や活動内容は同じであることが多い。そして、旅行者がその地域訪問になんらかの達成感を抱いた場合で、そこへの訪問が終了する。
⑤変化型
再訪問において、旅行者の行動範囲や活動は前回と同じだが、それ以外の旅行条件などの点で何らかの変化が伴うと考えられる場合に、再訪行動が生起するパターン。
⑥行為リピート型
その旅行先というより、そこで行う特定の活動を目的に、結果的にその旅行先に再度訪れるというパターン。この場合、旅行者は地域自体に対する関心は薄く、その特定の活動と地域との関係がなくなれば、その地域への訪問も終了する。
私(tetsuda)としては、これからの説明を単純化するため「②習慣型」と「⑥行為リピート型」は無視することにしたい。単に近くて交通費がかからないから行く(習慣型)とか、走りたいから、踊りたいから、キャンプしたいから行く(行為リピート型)ということであり、あまり参考にはならない。
以下、「①ファン型」(その土地が大好き)「③パズル完成型」(テーマに沿って、くまなく回りたい)「④再チャレンジ型」(回り残したところを回りたい)「⑤変化型」(違う側面を見たい)の4つに絞って話を進める。
3.観光地訪問後の行動パターン
以上のことを踏まえ、観光客が観光地を初めて訪問した時にどういう印象を持ち、それがその後の行動にどう影響するかを整理する。人が初めて観光地を訪問した時の感情は、①「満足した」、②「満足していない」(単に満足していない状態)、③「不満」の3つに分類できる。
①「満足した」場合には、その後の行動は2通り考えられ、訪問した地域に対する達成感を抱いた場合には、訪問は終了し、次の観光の機会には他の地域を訪問することになる。しかしながら、訪問地に強い愛着を持った場合には、その地域を何度も訪れるファンとなる。
②「満足していない」場合には、単に満足していないということで「怒り」の感情はない。逆に、何らかの心残りが生じており、心残りを解消するために再訪問を行う。
③「不満」の場合には、その地域への訪問は終了する。
以上のことから、初回訪問者がリピーターになるパターンとしては、満足してファンになる場合(満足型)と満足はしておらず、何らかの心残りがある場合(心残り型)の2つに類型化される。
4つに絞った類型のうち、「満足型」に当たるのが「①ファン型」であり、「心残り型」(完璧に満足しておらず、何らかの「心の残り=再訪につながる動機」がある)に当たるのが「③パズル完成型」「④再チャレンジ型」「⑤変化型」である。
大和の美仏めぐり(全3枚。4/28撮影)
■奈良県観光のリピーター
①ファン型
ファン型は、旅行者がその旅行先に特別に強い思い入れや愛着を持つパターンである。奈良の観光は非常に奥が深いといわれ、ディープな奈良ファンも少なくない。歴女、仏像人気などといった最近のブームも追い風となり、歴史に造詣が深い人も多く奈良を訪れている。そういった中、奈良ファンは、まずは自らが頻繁に奈良を訪れる。そして、奈良の良さを知人・友人に宣伝してくれる、知人・友人を実際に連れてきてくれるなどの大きなメリットがあることから、リピーターの中でも最も重要な位置を占める。さらに、近年、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及に伴い、人的ネットワークの幅が格段に広がっていることもあり、その宣伝効果は計り知れない。
③パズル完成型
点在する観光資源を「点の集まり」とみるか「面」とみるかによって大きな違いがある。点の集まりとは、観光資源が多くあってもそれぞれが独立しており、ピース(一部)になっていない場合である。一方、面とは、数多くの観光資源がそれぞれピースのひとつを構成している場合である。点とみた場合には、観光客は仮に点のひとつを訪問しなくても、その事による心残りは生じないからリピーターとはなりにくい。しかしながら、面として捉えればパズルのピースがひとつでも揃っていなければ観光客は満足できず、再訪問の行動を取りやすい。
④再チャレンジ型
このタイプについては、目的が達成されないことがたまたまの場合であることから、特に奈良だけに当てはまるものではないが、例えば、
・友人と回るコースの意見が合わず、自分の行きたいところをあきらめた。
・正倉院展など、行列が出来ていて、時間の制約があり、あきらめた。
・人気のお店に行こうとしたが、予約がいっぱいで、食事が出来なかった。
などが考えられる。
この場合、奈良観光のバリエーションの豊富さや人気の高さが促進要因となり、再び観光地を訪れる気持ちを引き起こさせると思われる。
⑤変化型
観光資源は季節が変われば、趣が大きく変わるものがある。また、見せ方を変えれば同じものでも異なって見える。したがって、季節や見せ方を変える事で異なった奈良を見る事ができ、そのことが観光客に心残りの気持ちを起こさせる効果があると思われる。また、期間限定で行われる秘仏等の特別開帳なども有効であると思われる。だだし、特別開帳はあくまでも特別なものであり、期間限定という希少性は担保しておく必要はあるだろう。
①はシニア層に多く、しっかりとおカネも落としてくれる有り難いお客さんだ。口コミでPRもしてくれる。③は大和十三佛霊場、大和七福八宝めぐり、大和地蔵十福などに参加したり、ご朱印帳を持って社寺をお参りする人が典型である。④は「せっかく行ったのに花が咲いていなかった」「予約していなかったので入れなかった」というパターン。⑤は、「若葉の吉野山を見たい」「秘仏公開しているからもう一度行きたい」というケースである。
■「首都圏在住者の観光の動向と奈良県への観光に関する調査」より
(首都圏在住者を対象に、インターネットで行った調査・調査時期は2008年8月)
「首都圏調査」によると、首都圏在住者のうち、奈良県への訪問が「1回」と回答した人は約半数(45.7%)おり、そのうちの91.9%が修学旅行での奈良の訪問である。つまり、調査結果からみると、首都圏在住者の半数近く(91.9%×45.7%=42.0%)は修学旅行で奈良を訪れたきり、一度も奈良を訪問していないという結果となっている。
調査結果から見る限り、修学旅行での訪問は、リピーターの増加に直接繋がっていないものと思われる。以上のことからみると、新規獲得については、コストがあまりかからない奈良ファンのクチコミなどに委ねることも方法のひとつと考えられる。
私は以前この調査に興味を持ち、丸尾さんにこんな分析をお願いしたことがある。アンケートで「今後、奈良に行きたい」と答えた人には、「1回は奈良に行ったことがある」という人の方が多いのか、「1度も奈良に行ったことがない」という人の方が多いのか。もちろん「1回行った」は9割以上が修学旅行である。
その結果は、ほぼ半々(ごくわずかだが「1回も行ったことがない」人の方が多かった)であった。つまり「修学旅行で奈良へ行っただけで、それが即『また行きたい』とはならない」のである。やはり《修学旅行での訪問は、リピーターの増加に直接繋がっていない》のだ。修学旅行で強制的に奈良へ拉致された人の再訪を期待するより、《奈良ファンのクチコミなどに委ねる》ほうが、よほど頼りになるのだ。
■丸尾さんの提言
1.奈良ファン(満足型)を増やそう
ファンは頻繁に奈良を訪れるうえ、無料の宣伝も行ってくれることから、奈良県の観光にとって、リピーターの6つのパターンのうちファン型が最も重要であると思われる。したがって、まずは「奈良ファン」を増やすことが最優先である。奈良は通り一遍の観光では不十分なほど奥が深い。問題はどうやってその奥深い奈良の良さを観光客に理解してもらうかである。なぜなら、観光客は奈良の良さを知ることによってファンとなり、ファンはさらに深い奈良の良さを知ることで、ファンの度合いを高めるからである。
ファンになるということは、好きになるということであり、要はそのきっかけを作ることが大事である。そのためには、漫然と観光資源を見て回らせるのでなく、素材のウンチクやガイドブックには載っていない豆知識などを伝えてくれるガイド役の存在が必要となってくる。すなわち、県内で広く活躍するボランティアを中心とするガイドがリピーター獲得の重責を担っているといえるだろう。(太字はtetsudaが付した)例えば、奈良まほろばソムリエの会は、多様なニーズに対応できるコースやレベルによって観光客の満足度を高め、リピーターの増加に貢献していると考える。
一口に奈良ファンといってもファンの度合いにレベルの違いはあるが、いずれにしてもファンは一朝一夕でなく、長年の積み重ねでできあがったものである。つまりファンづくりには時間がかかるため、着実に積み上げていかなければならないことは念頭においておく必要がある。また、奈良ファンには新規観光客獲得の役目を担ってもらう。彼らの情報ネットワークを使いクチコミ等で奈良の良さを伝えることが効果的・効率的な施策であると考えられるからだ。
2.県下の観光資源を「面」でつなげよう
観光資源のひとつひとつを単独のものと考えず、エリア単位、県単位で捉まえたピースの一部分と考えれば、訪問しなかった箇所は心残りを持つ要素となりやすい。その方策としては、ありきたりだが、地域の違ういくつかの観光施設が共同してスタンプラリーを実施するなどの仕掛けが必要だと思われる。
また、これまでも実際に行われているが、何かのテーマのもとに、地域をつないで巡るツアー(例えば、聖徳太子ゆかりの地とか、万葉集に詠まれている場所や能の演目になっている土地など)なども効果的であると考えられる。
以上のことから考えると、市町村や地域にこだわらず「エリアを超えた観光地が協力して奈良を売り出す」ことも有効な方法であるだろう。 2010年に開催された「平城遷都1300年祭」では市町村の枠を超えた各地域のイベント・行事での連携が成功裏に終わり、観光客の満足を得たことは記憶に新しい。有数の観光資源が点在する奈良だからこそ、広いエリアでの広域的な連携が必要なのである。
天誅組の史跡めぐり(全3枚。4/27撮影)
3.観光客の「不満」のネタを作らない
観光客が観光地を訪れる場合に、訪問を阻害する要因(その地に心残りはあるが、再訪問を止めるような要因)としては以下のようなものが考えられる。
・現地でのもてなしの印象が悪く嫌な思いをした。
・提供を受けたサービスの多くは良かったが、1か所の対応が大変悪かった。
・ほかにもっと魅力的な観光地が見つかった
上記のうち、期待を裏切るようなサービスの悪さは、観光に限らず、すべての業界において致命的であることはいうまでもない。阻害要因を排除するには、おもてなしの醸成や顧客満足の向上があげられるが、阻害要因を取り除く最たるものは弱点を弱点に見せない工夫である。
先ほど温泉の例で示したように、温泉がない(少ない)という事実に対しての観光客の感情を「不満」ではなく「満足していない」という状況にすることができれば、再訪問の阻害を幾分和らげるものと思われる。つまり、温泉はないが、それを打ち消すだけのおもてなしやサービスの提供、奈良の持つ歴史・文化のすばらしさを伝える事ができればいいということである。そして、それは新規の観光客を誘引する要因にもなる。
かつて「奈良・もてなしの心推進県民会議」なる組織が作られたことがあった。県民、事業者、行政が一体となり《「もてなしの心」の醸成や「もてなしのまちづくり」を県民運動として進めていく》という趣旨であった。私(tetsuda)が申し上げたいのは、もとも県民・住民の「もてなし」には何ら問題がない。問題なのは(「大仏商法」と揶揄される)ごく一部の事業者の「接客サービス」なのだ。「もてなし」(ホスピタリティ)と「サービス」をごっちゃにしては、実態が見えてこない。
4.変化を演出する
何らかの変化を作り、今までとは違った角度や方法で観光資源を見せる仕掛けづくりを検討する。観光客に対して、今の目線ではなく、違った角度や高さから見せることも効果的である。例えば、元々すばらしいロケーションの平城宮跡や燈花会を、通常の目線ではなく高い場所から見学できるような高見の場所を設けることができれば、今までとは違った新しい発見へと繋がるだろう。また、平城遷都1300年祭で行われた特別公開なども新たな変化という観点では有効であった。
5.修学旅行に工夫を
「生涯で奈良に行ったのは修学旅行の時だけ」というようにならないようにしたい。
その対策を例示すると、「農家民泊」は時流に乗った観光プログラムとして全国各地で展開されており、奈良においても実施されている地域がある。修学旅行で農家の体験を希望する学校が増えているなか、奈良の持つ歴史的・文化的資源はもともと教育的な観点からみても価値があることから、農家民泊と奈良の観光をセットにする修学旅行は、学校側にとって好都合であると思われる。
■全体の総括
観光地にリピーターとして訪れてもらうためには、目玉となる観光スポットがあればそれで良いというわけではなく、限られた観光資源を多様化させることが必要である。
多様化とは、現在すでに存在する観光資源を、今までになかった形で見せることにより、新たな魅力を引き出すことである。それにはもちろん、新たな観光スポットを開発することも含まれるが、現在ある観光スポットにおいて、タイミングや場所、季節、見せ方、アプローチの仕方などを変えることで、新たな付加価値を見出すことが最も重要である。逆に言うと、観光地奈良という素材の良さを観光客に伝える術が必要であるということである。
リピーターの獲得は奈良県の観光振興に必要不可欠なものである。さらにキーとなる人物や団体の存在も欠かせない。
リピーターの獲得は今始まったものではないが、もう一度原点に立ち返り、リピーターの獲得に邁進することが、他のライバル地域との差別化を図るベストプラクティスなのではないだろうか。
私(tetsuda)の言葉でいうと、「奈良県には観光資源がある」という段階でとどまっていてはダメで、大切なのはその「見せ方」「つなぎ方」である。
「心残り型」の3類型、すなわち③パズル完成型(残りのピースを埋めたい)、④再チャレンジ型(まだまだ訪ねたいところがある)、⑤変化型(違う側面も見てみたい)として奈良を訪ねているうちに、奈良が大好きになり①ファン型(「満足型」)に移行するのである。ファン型に移行すれば、口コミ、twitter、Facebook、ブログなどでいくらでも奈良情報を発信してもらえる。《人的ネットワークの幅が格段に広がっていることもあり、その宣伝効果は計り知れない》のである。
「心残りを作り出す」ためには、「こんなテーマで奈良を巡りませんか」「奈良にはまだまだこんな見どころがありますよ」「今の時期は(今年は)こんなものが見られますよ」と呼びかけ、再訪を促すことが大切なのである。
手前味噌であるが、NPO法人奈良まほろばソムリエの会の古事記を巡るバスツアー、歌って巡ろう!大和路・万葉の旅、および大和の美仏めぐりは、「心残り型」(③パズル完成型、④再チャレンジ型、⑤変化型)の人々を引きつけるツアーである。シニア層が多いので、歩く距離は短く、現地での解説は短時間、バス車中の時間を有効利用する、という工夫をして、奈良ファンの拡大に努めている。
丸尾さん、これの分析は目からウロコでした。県観光の振興に携わるすべての人にとって有益な情報を、どうも有り難うございました!
観光(産業)は今や地域の基幹産業としての役割を担っているが、観光の形態は旧来の物見遊山的な観光から参加型観光や着地型観光など新しいスタイルが増えつつある。一方、市場全体は拡大しないパイの中で競争が激化しており、今後厳しい競争に勝ち抜くためには他者との差別化を図る必要がある。その際にキーとなるのがリピーターの存在である。
本稿では、まずは、先行研究の「リピーターの要因分析(6つのパターン)」を示し、そのパターンを奈良県の観光に当てはめる。次に、県内で観光の振興に取り組む団体の成功要因および過去に当研究所で行った調査結果から見えてくる奈良の魅力を明らかにする。そして、これらのことから、観光地奈良におけるリピーター増加策の重要性とリピーター獲得の方策について考える。
よく「リピーターを呼ぶことが大切だ」というが、往々にしてそれは単なるキャッチコピーにとどまり、中身までは分析できていなかった。丸尾さんは先行研究をよく調べ、それを県観光に当てはめた。すると、そこからいろんなことが見えてきた。「修学旅行で奈良に1度来ていれば、大人になるとリピーターになって再訪してくれる」と唱える向きには、ぜひ読んでいただきたい労作である。以下、全12ページにわたる論文から、私がピンときたところだけ抜粋・再構成して紹介する(引用部分は青字。太字は私が付した)。
写真は、奈良まほろばソムリエと歌って巡ろう!大和路・万葉の旅(トップ写真とも全4枚。4/29撮影)
■リピーターのパターン
1.リピーター獲得の重要性
物理的、経済的要因によって観光に行けない人を観光に向かわせることは並大抵のことではない。小売業やサービス業では一般的に、「新規顧客の獲得には既存顧客を他へ行かないように食い止める5倍以上のコストがかかる」といわれている。したがって観光客を増加させるには、そもそも観光をしない(またはできない)人に観光を勧めるよりも、既に観光を行っている人に対して、当地への訪問回数を増やすアクションを行うこと、すなわち「リピーターの獲得」の方をより重要視する必要があるだろう。
2.リピーターの要因分析(パターン類型)
旅行先へのリピート行動は、対象物が無形物である点で、物を手に入れる通常の消費行動とは異なる。すなわち、形がないことから、旅行者(観光客)は同じ先を再度訪れる場合であっても、実際には同じ行動の繰り返しではないことが多く、また旅行先の捉え方や具体的な活動内容によっては実際には様々な形態が存在することが考えられる。
「第24回日本観光研究学会全国大会学術論文集」において、大方優子氏は「旅行先への再訪行動に関する研究」の調査結果を発表している。それによると、旅行先の再訪行動(同一の旅行先へ2度以上訪れるという現象)は6つのパターンに類型化できるとしている。以下にそのパターンを示す。
①ファン型
旅行者がその旅行先に特別に強い思い入れや愛着があり、そのため、その地域へ定期的に何度も訪れるというパターンである。この場合、旅行先での行動範囲や活動も毎回ほぼ同じであることが多い。このパターンにおける旅行者はその地域のファンのような存在である。
②習慣型
旅行者はその旅行先に特に強い思い入れや愛着があるわけではないが、利便性や経済性などにおいて強い訪問促進要因が存在し、さらに当該地域に対する強い不満も存在しないという理由で、その地域へ習慣的に訪れるというパターン。
③パズル完成型
前回訪れることができなかった場所を訪れたり、出来なかった活動をしたりするために、その地域を再訪するというパターンであり、旅行者にとってその地域全体はジグソーパズルのようなものと例えられる。つまり、一度の訪問でパズルのすべてのピースを埋めることができなかったため、残りのピースを埋めるために再度訪れるという感覚である。
④再チャレンジ型
前回の訪問の際に、個人的、あるいは状況的な要因により目的が達成されず、それによって生じた不満や物足りなさを解消するために再度その旅行先を訪れるパターン。この場合、行動範囲や活動内容は同じであることが多い。そして、旅行者がその地域訪問になんらかの達成感を抱いた場合で、そこへの訪問が終了する。
⑤変化型
再訪問において、旅行者の行動範囲や活動は前回と同じだが、それ以外の旅行条件などの点で何らかの変化が伴うと考えられる場合に、再訪行動が生起するパターン。
⑥行為リピート型
その旅行先というより、そこで行う特定の活動を目的に、結果的にその旅行先に再度訪れるというパターン。この場合、旅行者は地域自体に対する関心は薄く、その特定の活動と地域との関係がなくなれば、その地域への訪問も終了する。
私(tetsuda)としては、これからの説明を単純化するため「②習慣型」と「⑥行為リピート型」は無視することにしたい。単に近くて交通費がかからないから行く(習慣型)とか、走りたいから、踊りたいから、キャンプしたいから行く(行為リピート型)ということであり、あまり参考にはならない。
以下、「①ファン型」(その土地が大好き)「③パズル完成型」(テーマに沿って、くまなく回りたい)「④再チャレンジ型」(回り残したところを回りたい)「⑤変化型」(違う側面を見たい)の4つに絞って話を進める。
3.観光地訪問後の行動パターン
以上のことを踏まえ、観光客が観光地を初めて訪問した時にどういう印象を持ち、それがその後の行動にどう影響するかを整理する。人が初めて観光地を訪問した時の感情は、①「満足した」、②「満足していない」(単に満足していない状態)、③「不満」の3つに分類できる。
①「満足した」場合には、その後の行動は2通り考えられ、訪問した地域に対する達成感を抱いた場合には、訪問は終了し、次の観光の機会には他の地域を訪問することになる。しかしながら、訪問地に強い愛着を持った場合には、その地域を何度も訪れるファンとなる。
②「満足していない」場合には、単に満足していないということで「怒り」の感情はない。逆に、何らかの心残りが生じており、心残りを解消するために再訪問を行う。
③「不満」の場合には、その地域への訪問は終了する。
以上のことから、初回訪問者がリピーターになるパターンとしては、満足してファンになる場合(満足型)と満足はしておらず、何らかの心残りがある場合(心残り型)の2つに類型化される。
4つに絞った類型のうち、「満足型」に当たるのが「①ファン型」であり、「心残り型」(完璧に満足しておらず、何らかの「心の残り=再訪につながる動機」がある)に当たるのが「③パズル完成型」「④再チャレンジ型」「⑤変化型」である。
大和の美仏めぐり(全3枚。4/28撮影)
■奈良県観光のリピーター
①ファン型
ファン型は、旅行者がその旅行先に特別に強い思い入れや愛着を持つパターンである。奈良の観光は非常に奥が深いといわれ、ディープな奈良ファンも少なくない。歴女、仏像人気などといった最近のブームも追い風となり、歴史に造詣が深い人も多く奈良を訪れている。そういった中、奈良ファンは、まずは自らが頻繁に奈良を訪れる。そして、奈良の良さを知人・友人に宣伝してくれる、知人・友人を実際に連れてきてくれるなどの大きなメリットがあることから、リピーターの中でも最も重要な位置を占める。さらに、近年、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及に伴い、人的ネットワークの幅が格段に広がっていることもあり、その宣伝効果は計り知れない。
③パズル完成型
点在する観光資源を「点の集まり」とみるか「面」とみるかによって大きな違いがある。点の集まりとは、観光資源が多くあってもそれぞれが独立しており、ピース(一部)になっていない場合である。一方、面とは、数多くの観光資源がそれぞれピースのひとつを構成している場合である。点とみた場合には、観光客は仮に点のひとつを訪問しなくても、その事による心残りは生じないからリピーターとはなりにくい。しかしながら、面として捉えればパズルのピースがひとつでも揃っていなければ観光客は満足できず、再訪問の行動を取りやすい。
④再チャレンジ型
このタイプについては、目的が達成されないことがたまたまの場合であることから、特に奈良だけに当てはまるものではないが、例えば、
・友人と回るコースの意見が合わず、自分の行きたいところをあきらめた。
・正倉院展など、行列が出来ていて、時間の制約があり、あきらめた。
・人気のお店に行こうとしたが、予約がいっぱいで、食事が出来なかった。
などが考えられる。
この場合、奈良観光のバリエーションの豊富さや人気の高さが促進要因となり、再び観光地を訪れる気持ちを引き起こさせると思われる。
⑤変化型
観光資源は季節が変われば、趣が大きく変わるものがある。また、見せ方を変えれば同じものでも異なって見える。したがって、季節や見せ方を変える事で異なった奈良を見る事ができ、そのことが観光客に心残りの気持ちを起こさせる効果があると思われる。また、期間限定で行われる秘仏等の特別開帳なども有効であると思われる。だだし、特別開帳はあくまでも特別なものであり、期間限定という希少性は担保しておく必要はあるだろう。
①はシニア層に多く、しっかりとおカネも落としてくれる有り難いお客さんだ。口コミでPRもしてくれる。③は大和十三佛霊場、大和七福八宝めぐり、大和地蔵十福などに参加したり、ご朱印帳を持って社寺をお参りする人が典型である。④は「せっかく行ったのに花が咲いていなかった」「予約していなかったので入れなかった」というパターン。⑤は、「若葉の吉野山を見たい」「秘仏公開しているからもう一度行きたい」というケースである。
■「首都圏在住者の観光の動向と奈良県への観光に関する調査」より
(首都圏在住者を対象に、インターネットで行った調査・調査時期は2008年8月)
「首都圏調査」によると、首都圏在住者のうち、奈良県への訪問が「1回」と回答した人は約半数(45.7%)おり、そのうちの91.9%が修学旅行での奈良の訪問である。つまり、調査結果からみると、首都圏在住者の半数近く(91.9%×45.7%=42.0%)は修学旅行で奈良を訪れたきり、一度も奈良を訪問していないという結果となっている。
調査結果から見る限り、修学旅行での訪問は、リピーターの増加に直接繋がっていないものと思われる。以上のことからみると、新規獲得については、コストがあまりかからない奈良ファンのクチコミなどに委ねることも方法のひとつと考えられる。
私は以前この調査に興味を持ち、丸尾さんにこんな分析をお願いしたことがある。アンケートで「今後、奈良に行きたい」と答えた人には、「1回は奈良に行ったことがある」という人の方が多いのか、「1度も奈良に行ったことがない」という人の方が多いのか。もちろん「1回行った」は9割以上が修学旅行である。
その結果は、ほぼ半々(ごくわずかだが「1回も行ったことがない」人の方が多かった)であった。つまり「修学旅行で奈良へ行っただけで、それが即『また行きたい』とはならない」のである。やはり《修学旅行での訪問は、リピーターの増加に直接繋がっていない》のだ。修学旅行で強制的に奈良へ拉致された人の再訪を期待するより、《奈良ファンのクチコミなどに委ねる》ほうが、よほど頼りになるのだ。
■丸尾さんの提言
1.奈良ファン(満足型)を増やそう
ファンは頻繁に奈良を訪れるうえ、無料の宣伝も行ってくれることから、奈良県の観光にとって、リピーターの6つのパターンのうちファン型が最も重要であると思われる。したがって、まずは「奈良ファン」を増やすことが最優先である。奈良は通り一遍の観光では不十分なほど奥が深い。問題はどうやってその奥深い奈良の良さを観光客に理解してもらうかである。なぜなら、観光客は奈良の良さを知ることによってファンとなり、ファンはさらに深い奈良の良さを知ることで、ファンの度合いを高めるからである。
ファンになるということは、好きになるということであり、要はそのきっかけを作ることが大事である。そのためには、漫然と観光資源を見て回らせるのでなく、素材のウンチクやガイドブックには載っていない豆知識などを伝えてくれるガイド役の存在が必要となってくる。すなわち、県内で広く活躍するボランティアを中心とするガイドがリピーター獲得の重責を担っているといえるだろう。(太字はtetsudaが付した)例えば、奈良まほろばソムリエの会は、多様なニーズに対応できるコースやレベルによって観光客の満足度を高め、リピーターの増加に貢献していると考える。
一口に奈良ファンといってもファンの度合いにレベルの違いはあるが、いずれにしてもファンは一朝一夕でなく、長年の積み重ねでできあがったものである。つまりファンづくりには時間がかかるため、着実に積み上げていかなければならないことは念頭においておく必要がある。また、奈良ファンには新規観光客獲得の役目を担ってもらう。彼らの情報ネットワークを使いクチコミ等で奈良の良さを伝えることが効果的・効率的な施策であると考えられるからだ。
2.県下の観光資源を「面」でつなげよう
観光資源のひとつひとつを単独のものと考えず、エリア単位、県単位で捉まえたピースの一部分と考えれば、訪問しなかった箇所は心残りを持つ要素となりやすい。その方策としては、ありきたりだが、地域の違ういくつかの観光施設が共同してスタンプラリーを実施するなどの仕掛けが必要だと思われる。
また、これまでも実際に行われているが、何かのテーマのもとに、地域をつないで巡るツアー(例えば、聖徳太子ゆかりの地とか、万葉集に詠まれている場所や能の演目になっている土地など)なども効果的であると考えられる。
以上のことから考えると、市町村や地域にこだわらず「エリアを超えた観光地が協力して奈良を売り出す」ことも有効な方法であるだろう。 2010年に開催された「平城遷都1300年祭」では市町村の枠を超えた各地域のイベント・行事での連携が成功裏に終わり、観光客の満足を得たことは記憶に新しい。有数の観光資源が点在する奈良だからこそ、広いエリアでの広域的な連携が必要なのである。
天誅組の史跡めぐり(全3枚。4/27撮影)
3.観光客の「不満」のネタを作らない
観光客が観光地を訪れる場合に、訪問を阻害する要因(その地に心残りはあるが、再訪問を止めるような要因)としては以下のようなものが考えられる。
・現地でのもてなしの印象が悪く嫌な思いをした。
・提供を受けたサービスの多くは良かったが、1か所の対応が大変悪かった。
・ほかにもっと魅力的な観光地が見つかった
上記のうち、期待を裏切るようなサービスの悪さは、観光に限らず、すべての業界において致命的であることはいうまでもない。阻害要因を排除するには、おもてなしの醸成や顧客満足の向上があげられるが、阻害要因を取り除く最たるものは弱点を弱点に見せない工夫である。
先ほど温泉の例で示したように、温泉がない(少ない)という事実に対しての観光客の感情を「不満」ではなく「満足していない」という状況にすることができれば、再訪問の阻害を幾分和らげるものと思われる。つまり、温泉はないが、それを打ち消すだけのおもてなしやサービスの提供、奈良の持つ歴史・文化のすばらしさを伝える事ができればいいということである。そして、それは新規の観光客を誘引する要因にもなる。
かつて「奈良・もてなしの心推進県民会議」なる組織が作られたことがあった。県民、事業者、行政が一体となり《「もてなしの心」の醸成や「もてなしのまちづくり」を県民運動として進めていく》という趣旨であった。私(tetsuda)が申し上げたいのは、もとも県民・住民の「もてなし」には何ら問題がない。問題なのは(「大仏商法」と揶揄される)ごく一部の事業者の「接客サービス」なのだ。「もてなし」(ホスピタリティ)と「サービス」をごっちゃにしては、実態が見えてこない。
4.変化を演出する
何らかの変化を作り、今までとは違った角度や方法で観光資源を見せる仕掛けづくりを検討する。観光客に対して、今の目線ではなく、違った角度や高さから見せることも効果的である。例えば、元々すばらしいロケーションの平城宮跡や燈花会を、通常の目線ではなく高い場所から見学できるような高見の場所を設けることができれば、今までとは違った新しい発見へと繋がるだろう。また、平城遷都1300年祭で行われた特別公開なども新たな変化という観点では有効であった。
5.修学旅行に工夫を
「生涯で奈良に行ったのは修学旅行の時だけ」というようにならないようにしたい。
その対策を例示すると、「農家民泊」は時流に乗った観光プログラムとして全国各地で展開されており、奈良においても実施されている地域がある。修学旅行で農家の体験を希望する学校が増えているなか、奈良の持つ歴史的・文化的資源はもともと教育的な観点からみても価値があることから、農家民泊と奈良の観光をセットにする修学旅行は、学校側にとって好都合であると思われる。
■全体の総括
観光地にリピーターとして訪れてもらうためには、目玉となる観光スポットがあればそれで良いというわけではなく、限られた観光資源を多様化させることが必要である。
多様化とは、現在すでに存在する観光資源を、今までになかった形で見せることにより、新たな魅力を引き出すことである。それにはもちろん、新たな観光スポットを開発することも含まれるが、現在ある観光スポットにおいて、タイミングや場所、季節、見せ方、アプローチの仕方などを変えることで、新たな付加価値を見出すことが最も重要である。逆に言うと、観光地奈良という素材の良さを観光客に伝える術が必要であるということである。
リピーターの獲得は奈良県の観光振興に必要不可欠なものである。さらにキーとなる人物や団体の存在も欠かせない。
リピーターの獲得は今始まったものではないが、もう一度原点に立ち返り、リピーターの獲得に邁進することが、他のライバル地域との差別化を図るベストプラクティスなのではないだろうか。
私(tetsuda)の言葉でいうと、「奈良県には観光資源がある」という段階でとどまっていてはダメで、大切なのはその「見せ方」「つなぎ方」である。
「心残り型」の3類型、すなわち③パズル完成型(残りのピースを埋めたい)、④再チャレンジ型(まだまだ訪ねたいところがある)、⑤変化型(違う側面も見てみたい)として奈良を訪ねているうちに、奈良が大好きになり①ファン型(「満足型」)に移行するのである。ファン型に移行すれば、口コミ、twitter、Facebook、ブログなどでいくらでも奈良情報を発信してもらえる。《人的ネットワークの幅が格段に広がっていることもあり、その宣伝効果は計り知れない》のである。
「心残りを作り出す」ためには、「こんなテーマで奈良を巡りませんか」「奈良にはまだまだこんな見どころがありますよ」「今の時期は(今年は)こんなものが見られますよ」と呼びかけ、再訪を促すことが大切なのである。
手前味噌であるが、NPO法人奈良まほろばソムリエの会の古事記を巡るバスツアー、歌って巡ろう!大和路・万葉の旅、および大和の美仏めぐりは、「心残り型」(③パズル完成型、④再チャレンジ型、⑤変化型)の人々を引きつけるツアーである。シニア層が多いので、歩く距離は短く、現地での解説は短時間、バス車中の時間を有効利用する、という工夫をして、奈良ファンの拡大に努めている。
丸尾さん、これの分析は目からウロコでした。県観光の振興に携わるすべての人にとって有益な情報を、どうも有り難うございました!