火曜日(6/16)、時事通信社の「内外情勢調査会 奈良支部6月例会」に顔を出させていただいた。この例会(講演会)のことは、当ブログで以前にも何度か紹介したことがある。会員制の組織で、毎月、奈良ホテルで著名講師による講演会が開かれる。
※参考:呉善花さんが語る「日本人の縄文的世界観」
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/eec9d9a1ee6e06678436f966724f401a
今回の講師は同志社大学大学院ビジネス研究科教授の浜矩子(はま・のりこ)氏で、演題は、今最も世間が注目する「どうなる?世界同時不況の行方」だった。素晴らしいお話で、目からウロコ、口からタメ息の連続だった。快刀乱麻を断つが如き明快な氏の主張を、以下にまとめて紹介する。
… … … …
最近「景気が底入れした」という声をあちこちで聞くようになった。例えば、G8財務相会合の「世界経済の安定化を示す兆候がある」旨の共同声明(6/13)など。しかしこの認識は「著しく甘い」と言わざるを得ない。今の状態は、幕間の狂言のような小休止状態に過ぎない。
世界同時不況を芝居にたとえよう。4幕に、序幕(プロローグ)と終幕(エピローグ)を加えた6幕の構成になるが、今は第2幕と第3幕の間あたりである。
序幕(プロローグ)は「金融大暴走の幕」(=カネの世界)だった。一人歩きした金融が大失速の末、大暴走した。第1幕は「金融大激震の幕」(カネの世界)。アメリカ大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが倒産し、世界最大の保険会社・AIGが国有化された。
第2幕は「生産大縮減の幕」(モノの世界)、第3幕は「雇用大調整の幕」(ヒト
の世界)で、今はこの幕間にある。これからの第4幕は「通貨大波乱の幕」となり、終幕は「新たな夜明けか、永遠の暗闇か」。
始まりつつある第3幕(雇用大調整の幕)では、3つの厄介な問題が待っている。
1つは「自分さえ良ければ病」。個別の合理的な行動が、全体としては悲惨な状況になる(=合成の誤謬)。例えば金融機関の合理的な行動は、貸し渋りや貸し剥がしになる。一般企業だと雇用調整、国だと保護主義だ。その典型がアメリカの「Buy American」(自国製品の優先調達)である。
2つめは「統制経済化」。国がヒト・モノ・カネに口を出して介入すると、統制経済になる。オバマは、どこまで「不本意男」になるのだろう。彼は自分の本意に反して、「不本意ながら」と言いつつ、統制経済化に引っ張られている。GMは、Government Motorsになってしまった。リーマン以後のアメリカ政府の対応は「迷走」だ。
3つめは「元の木阿弥」。各国政府が大規模な経済対策を打ち出し、金融機関に資本を投入すれば、経済が大膨張して生産規模も過大に膨張する。これは結局、国が次のバブルの種をまいているのだ。「山高ければ、谷深し」で、高すぎる山に登ったから、世界同時不況の深い谷に落ちた。しかし「谷深ければ、山高し」とはならない。統制経済で再び高い山をめざせば、とんでもない状況になる。
これから第4幕(通貨大波乱の幕)に至るには、2つの道筋がある。1つは、保護主義が蔓延すると自国が有利になるように為替を引き下げる「為替戦争」が起きる。2つめに、国債の格付低下と金利上昇が重なると、各国の財政が悪化し「国家破綻蔓延の懸念」が広がる。仮に皆がドルを手放せば、1ドル=50円があっても不思議ではない。
終幕(新たな夜明けか、永遠の暗闇か)で「新たな夜明け」に向かうには、2つのことが必要だ。1つは、「1人は皆のため、皆は1人のため」という心意気。今は「1人は1人のため」に陥っている。2つめは、「自分さえ良ければ」から「あなたさえ良ければ」への転換。つまり、互いの利益や市場を守るという意識だ。
「狂者の論理」から、強者と弱者が共存する「適者生存の論理」への転換が必要である。ジャングルには、百獣の王・ライオンだけが住んでいるのではない。このグローバル・ジャングルの中で我々は、ほど良いバランスで共生しなければならない。
新たな夜明けを迎えるには、人間の論理が変わらなければいけない。経済活動や景気は人間の意識や精神に大きく左右される。この不況時にこそ発想の転換をして、ライバル同士が互いに支え合うような共存社会を作っていかなければならない。
… … … …
いかがだろう。現在の世界経済が置かれている状況と今後の道筋が、明確に示されている。比喩が上手いので、スッと頭に入ってくる。「あなたさえ良ければ」という演歌調のフレーズも、気鋭のエコノミストの口から発せられれば、とても新鮮に聞こえる。
講演の冒頭で、司会の常山広氏(時事通信社奈良支局長)から、浜教授の近著『グローバル恐慌――金融暴走時代の果てに』(岩波新書)の紹介があり、面白そうだったので、早速買い求めた。
同書は、「BOOK」データベースに《アメリカのサブプライム危機は、金融市場を麻痺させ、全世界を震撼させている。現在の経済収縮は、金融危機の段階を超え、世界規模の「恐慌」へと歩みを進めているのではないか。危機拡大の要因を解説しながら、事態の意味、世界同時不況のゆくえについて考察。金融の暴走をもたらしたグローバル経済を変革する必要性を強く訴える》とある。
私はまだ読み始めたばかりだが、「あとがき」に教授はこう記している。《誰も誰かを意識的にいじめようとしているわけではない。我が身がかわいいだけである。その人間的な思いがパニックを世界に広める。人間の弱さと手前勝手が恐慌をグローバル化させ、地球経済の傷口を深くする。だが、人間は弱くて手前勝手なだけではない。同時に、優しくて勇気に溢れてもいるはずだ。そして知恵にも富んでいるはずだ。今こそ、優しさと勇気と知恵をもって、弱さと手前勝手を克服すべき時だ》。
「自分さえ良ければ病」を克服する道筋を示唆しているのだが、これはもう、立派な文明論だ。他にも《人間の営みである経済活動の中でも、金融は最も人間的な信用の絆で形づくられている。そうであるはずだった金融の世界から、人間が消えた。(中略) 金融もまた人間による人間のための営みであることを、地球経済が思い出すべき時が来ている》など、含蓄に富んだ指摘が随所にちりばめられている。
今回のブログ記事では、浜教授の主張のごく一部しか紹介できていないので、ご興味のある方には、本書のご一読をお薦めする。私も読み終わり次第、レビューを当ブログで紹介したいと思う。
それにしても、素晴らしい講演会だった。次回の7/22(内外情勢調査会 奈良支部7月例会)は、リクルート社から杉並区立和田中学校校長を経て、現大阪府特別顧問の藤原和博氏である。演題は「『つなげる力』で問題解決」。これも楽しみである。
※参考:呉善花さんが語る「日本人の縄文的世界観」
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/eec9d9a1ee6e06678436f966724f401a
今回の講師は同志社大学大学院ビジネス研究科教授の浜矩子(はま・のりこ)氏で、演題は、今最も世間が注目する「どうなる?世界同時不況の行方」だった。素晴らしいお話で、目からウロコ、口からタメ息の連続だった。快刀乱麻を断つが如き明快な氏の主張を、以下にまとめて紹介する。
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最近「景気が底入れした」という声をあちこちで聞くようになった。例えば、G8財務相会合の「世界経済の安定化を示す兆候がある」旨の共同声明(6/13)など。しかしこの認識は「著しく甘い」と言わざるを得ない。今の状態は、幕間の狂言のような小休止状態に過ぎない。
世界同時不況を芝居にたとえよう。4幕に、序幕(プロローグ)と終幕(エピローグ)を加えた6幕の構成になるが、今は第2幕と第3幕の間あたりである。
序幕(プロローグ)は「金融大暴走の幕」(=カネの世界)だった。一人歩きした金融が大失速の末、大暴走した。第1幕は「金融大激震の幕」(カネの世界)。アメリカ大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが倒産し、世界最大の保険会社・AIGが国有化された。
第2幕は「生産大縮減の幕」(モノの世界)、第3幕は「雇用大調整の幕」(ヒト
の世界)で、今はこの幕間にある。これからの第4幕は「通貨大波乱の幕」となり、終幕は「新たな夜明けか、永遠の暗闇か」。
始まりつつある第3幕(雇用大調整の幕)では、3つの厄介な問題が待っている。
1つは「自分さえ良ければ病」。個別の合理的な行動が、全体としては悲惨な状況になる(=合成の誤謬)。例えば金融機関の合理的な行動は、貸し渋りや貸し剥がしになる。一般企業だと雇用調整、国だと保護主義だ。その典型がアメリカの「Buy American」(自国製品の優先調達)である。
2つめは「統制経済化」。国がヒト・モノ・カネに口を出して介入すると、統制経済になる。オバマは、どこまで「不本意男」になるのだろう。彼は自分の本意に反して、「不本意ながら」と言いつつ、統制経済化に引っ張られている。GMは、Government Motorsになってしまった。リーマン以後のアメリカ政府の対応は「迷走」だ。
3つめは「元の木阿弥」。各国政府が大規模な経済対策を打ち出し、金融機関に資本を投入すれば、経済が大膨張して生産規模も過大に膨張する。これは結局、国が次のバブルの種をまいているのだ。「山高ければ、谷深し」で、高すぎる山に登ったから、世界同時不況の深い谷に落ちた。しかし「谷深ければ、山高し」とはならない。統制経済で再び高い山をめざせば、とんでもない状況になる。
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これから第4幕(通貨大波乱の幕)に至るには、2つの道筋がある。1つは、保護主義が蔓延すると自国が有利になるように為替を引き下げる「為替戦争」が起きる。2つめに、国債の格付低下と金利上昇が重なると、各国の財政が悪化し「国家破綻蔓延の懸念」が広がる。仮に皆がドルを手放せば、1ドル=50円があっても不思議ではない。
終幕(新たな夜明けか、永遠の暗闇か)で「新たな夜明け」に向かうには、2つのことが必要だ。1つは、「1人は皆のため、皆は1人のため」という心意気。今は「1人は1人のため」に陥っている。2つめは、「自分さえ良ければ」から「あなたさえ良ければ」への転換。つまり、互いの利益や市場を守るという意識だ。
「狂者の論理」から、強者と弱者が共存する「適者生存の論理」への転換が必要である。ジャングルには、百獣の王・ライオンだけが住んでいるのではない。このグローバル・ジャングルの中で我々は、ほど良いバランスで共生しなければならない。
新たな夜明けを迎えるには、人間の論理が変わらなければいけない。経済活動や景気は人間の意識や精神に大きく左右される。この不況時にこそ発想の転換をして、ライバル同士が互いに支え合うような共存社会を作っていかなければならない。
… … … …
いかがだろう。現在の世界経済が置かれている状況と今後の道筋が、明確に示されている。比喩が上手いので、スッと頭に入ってくる。「あなたさえ良ければ」という演歌調のフレーズも、気鋭のエコノミストの口から発せられれば、とても新鮮に聞こえる。
講演の冒頭で、司会の常山広氏(時事通信社奈良支局長)から、浜教授の近著『グローバル恐慌――金融暴走時代の果てに』(岩波新書)の紹介があり、面白そうだったので、早速買い求めた。
同書は、「BOOK」データベースに《アメリカのサブプライム危機は、金融市場を麻痺させ、全世界を震撼させている。現在の経済収縮は、金融危機の段階を超え、世界規模の「恐慌」へと歩みを進めているのではないか。危機拡大の要因を解説しながら、事態の意味、世界同時不況のゆくえについて考察。金融の暴走をもたらしたグローバル経済を変革する必要性を強く訴える》とある。
私はまだ読み始めたばかりだが、「あとがき」に教授はこう記している。《誰も誰かを意識的にいじめようとしているわけではない。我が身がかわいいだけである。その人間的な思いがパニックを世界に広める。人間の弱さと手前勝手が恐慌をグローバル化させ、地球経済の傷口を深くする。だが、人間は弱くて手前勝手なだけではない。同時に、優しくて勇気に溢れてもいるはずだ。そして知恵にも富んでいるはずだ。今こそ、優しさと勇気と知恵をもって、弱さと手前勝手を克服すべき時だ》。
「自分さえ良ければ病」を克服する道筋を示唆しているのだが、これはもう、立派な文明論だ。他にも《人間の営みである経済活動の中でも、金融は最も人間的な信用の絆で形づくられている。そうであるはずだった金融の世界から、人間が消えた。(中略) 金融もまた人間による人間のための営みであることを、地球経済が思い出すべき時が来ている》など、含蓄に富んだ指摘が随所にちりばめられている。
今回のブログ記事では、浜教授の主張のごく一部しか紹介できていないので、ご興味のある方には、本書のご一読をお薦めする。私も読み終わり次第、レビューを当ブログで紹介したいと思う。
それにしても、素晴らしい講演会だった。次回の7/22(内外情勢調査会 奈良支部7月例会)は、リクルート社から杉並区立和田中学校校長を経て、現大阪府特別顧問の藤原和博氏である。演題は「『つなげる力』で問題解決」。これも楽しみである。
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今朝、NHK日曜討論で浜教授が「危機克服の道筋は?」というテーマで「あなたさえ良ければ」という方向性を語っておられました。
「自分さえ良ければ」という姿勢が偽装を生み出し、現在の世界的混乱を招いている事はよく分かります。
しかし、私の拙い思考では「自分さえ良ければ」を改めるとすれば「お互いに譲り合って」となるのではないかと思います。
それが、なぜ「あなたさえ良ければ」になるのか知りたくてネットで探してみるとこのブログに辿り着きました。
浜教授の講演会にご出席されたの事、「あなたさえ良ければ」という指針の意味が語れていましたら、教えて頂けないでしょうか?
突然のコメントで不躾な質問をしてしまいまして申し訳ございません。
どうぞ、宜しくお願いします。
> 「自分さえ良ければ」を改めるとすれば「お互いに
> 譲り合って」となるのではないかと思います。
> 浜教授の講演会にご出席されたとの事、「あなたさえ良ければ」
> という指針の意味が語れていましたら、教えて頂けないでしょうか?
NHK日曜討論のことは、同僚からも聞きました。浜さんは、一般の人にも分かりやすいように「自分さえ良ければ」と「あなたさえ良ければ」という対語を使われています。これは「利己」と「利他」ですから、覚えやすいですね。
浜さんは、「自分さえ良ければ病」という言葉を使い、銀行がこれに感染すれば貸し渋り・貸しはがし、一般企業だと派遣切り・下請け切り、国だと「愛国づくし」(Buy AmericanやBuy Japanese)になるといいます。それぞれ正しいことをやっているつもりでも、国民経済的・国際経済的には大間違い、つまり「合成の誤謬」が起きるのです。
ここから脱するには、例えばBuy AmericanやBuy Japaneseを止めて、日本人はアメリカ製品を買う、アメリカ人はドイツ製品を買うなど「利他」的な行為をすべきだと言います。そういう「心意気」が必要だと。
それが「あなたさえ良ければ」の意味で、「お互いに譲り合って」ということではなく、より積極的に相手国の利益になることをあえてしよう、ということなのです。いかがでしょう?
改めてブログを読ませて頂いたところ、下記の文章が目に停まりました。
>誰も誰かを意識的にいじめようとしているわけではない。我が身がかわいいだけである
具体的には、今回のお返事にありますような行為になる事も分かりました。
>日本人はアメリカ製品を買う、アメリカ人はドイツ製品を買うなど「利他」的な行為をすべきだ
私は眼鏡小売業を営んでいますが、中国製メガネフレームがドンドンと入って来まして、鯖江のメガネ工業は大変な打撃を受けています。また、眼鏡小売業も極端な低価格戦争が勃発し、我々のような弱小店は四苦八苦しております。
そういう意味では、国産愛用ひいては適正価格の維持という方向で物事を考えています。
しかし、浜教授の「あなたさえ良ければ」と言葉を聞くと、少し見方を変えてみる事も必要かなぁとも思います。
貴重なヒント有難うございました。
藤原和博氏の講演のお話も楽しみしております。
以来、この言葉は頭を離れません。多くの方がこの言葉に手を止められたことを知り、嬉しく思っています。
そのような方々で一杯の日本・世界になることを心から夢見ます。
> 「あなたさえ良ければ」という浜さんの言葉を聴いたとき、膝を
> 打って同感共鳴しました。以来、この言葉は頭を離れません。
これは逆転の発想ですね。このように経済が動くことを期待しています。
浜さんが6/16におっしゃっていたとおり、最近の「景気が上向いた」という報道にかかわらず、経済の実態はますます落ち込んでいます。ここから脱出するカギが「あなたさえ良ければ」の心意気なのでしょう。