● 数日前から『雪形』を再読していた。この小説のテーマは重い。ここに読後の感想をどのように書いたものか・・・。
「雪形」は安曇野の後方に連なる北アルプスの山肌に毎年春になるといくつも出現する。残雪と岩肌とがつくりだす自然の造形を動物などに見立てたものだ。爺ケ岳の「種まき爺さん」や五竜岳の「武田菱」、常念岳の「常念坊」などが有名だ。
松本が舞台のこの小説には白馬岳の名前の由来となった「代掻き馬」が特別な意味を持って登場する。代馬に白馬と漢字を充てているが代馬は岩肌がつくる「黒い馬」なのだ。小説のタイトルの「雪形」もたぶんこのあたりから採られているだろう。
『雪形』は交通事故で妻と幼い娘を失った外科医と結婚後まもなく夫を病気で失った女性との恋愛小説だが、そこに乳がんの治療をめぐっての思索が織り込まれている。あるいは主従が逆なのかもしれない。
小説に「ルビンの壺」がでてくる。ある図形の白い部分に注目すると左右対称の壺に見え、黒い部分に注目すると向かい合ったふたりの横顔が見える。地と図どちらに注目するのかによって見えるものが違う、有名な図形。
乳房切除か温存か。救命と生活の質、どちらに注目するのかで治療法も変わる。無条件に救命優先ではないのかと私などは思うのだが、そんなに単純なものではない、ということがよく分かる。どのように折り合いをつけるのか、患者にも医者にも重い課題なのだ。
**「黒い馬を見ていないのよ」奏子は呟いた。白馬の雪形は白くはない。現実は黒い馬だ。**
悲恋に涙するのもいいが、やはりラストは安堵の涙がいい、そうこの小説のように・・・。