■ 八十日間で村上春樹の世界を一周する。
デビュー作の『風の歌を聴け』から近作の『アフターダーク』まで「黄色い背表紙の文庫」に収められている主要な作品を八十日間位で読もうと思う。そうジュール・ヴェルヌの世界旅行の日数で。
『風の歌を聴け』
風の歌から「何か」を聴こうと耳を澄ますとふいに風が止んでしまう・・・。「僕」が大学生活の最後に郷里で過ごした二十日間足らずの間に起こった出来事。その奥に潜む「何か」を読み取ろうとするのだが、よく分からない・・・。八十日間かけて村上春樹の世界を巡ってこのデビュー作に還って来た時に何かが分かるかもしれない。
『アフターダーク』
19歳の女の子浅井マリと彼女の姉エリの物語。
プチ家出をしたマリが過ごした一夜の出来事。姉の知り合いの高橋や中国人の娼婦、ラブホテルで働く元OLのコオロギとの出会い。空中を自在に移動するカメラの視点によって一夜の出来事が捉えられる。
軽妙な会話に挟まれている「深い指摘」。
「ねえ、僕らの人生は、明るいか暗いかだけで単純に分けられているわけじゃないんだ。そのあいだには陰影という中間地帯がある。その陰影に段階を認識し、理解するのが、健全な知性だ。(後略)」(高橋)
「それで思うんやけどね、人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、生命の維持にとってはべつにどうでもええことみたい。(後略)」(コオロギ)
マリは幼稚園のとき、エリとふたりでエレベーターに閉じ込められたことがある。その記憶が急に蘇り、高橋に語る。物語はすでに終盤だ。
「私たちは暗闇の中で隙間なくひとつになることができた。心臓の鼓動まで、私たちは分け合うことができた。それから突然明かりがついて、エレベーターががくんと揺れて、動き出した」
マリは姉のエリとの間を隔てる心の「壁」を取り除くことが出来るのか、この幼い頃の体験のように。
物語は僕を人の心の深層に導いて行く・・・。