夏のフォトアルバム 松本市内にて路上観察 撮影日140813
■ JR篠ノ井線の近くに火の見櫓が何基も立っていることに気がついている。今朝(13日)の6時過ぎにこの撮影ポイントに立った。
どちらも列車の位置がベストとは言えない。撮り鉄ならば完全にボツにする写真だろう。線路の後方に火の見櫓が立っている、という位置関係の方が好ましいような気がする。晩秋の休日にでも篠ノ井線に沿って長野方面まで足を伸ばすか・・・。
上 聖高原6:03発松本行きの普通列車 6:28撮影
下 長野6:09発名古屋行きの特急しなの2号 6:56撮影
(再) この火の見櫓をとり上げるのは2回目。
■ 梯子段の数とピッチによって高さを概算する方法によると踊り場の床までの高さは約11m。踊り場の床から避雷針の先端までの高さは下の写真を分一(ぶいち)当たりして約3mと割り出した。よって総高は約14m。
この高さなら櫓の中間に踊り場があることの方が多いと思うが、これにはない。消防団員は昇り降りする際、怖い思いをしているだろう(怖い思いをしていただろう、と過去形にすべきか)。
3角形の櫓の場合は屋根と見張り台はともにこの火の見櫓のように平面が円形か、6角形の場合が多い。このことは骨組みの整合性からの必然といえるだろう。丸い屋根には下り棟がないので蕨手はつかない。それであっさりした印象になる。
消火ホースを昇降させる電動ウインチがあって、その上に切妻の小屋根が設置してあるのがうっとうしい。だが、放水後の20mの消火ホースは相当思いだろうから、これは仕方がない。これをうっとうしいとは部外者の勝手な言い分だ。
柱脚部分にはコンクリート基礎を立ち上げてある。これは柱部材の接合部の保護、というより補強を意図したものだろう。私が考える美脚とは違うデザイン。
アーチ部材と第1横架材を繋ぐプレートの横に銘板があるので建設年月日が昭和34年12月25日と確認できる。昭和30年代半ばには火の見櫓が盛んに造られた。