透明タペストリー

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「廃線紀行」

2015-11-15 | A 読書日記



 『廃線紀行 ―― もうひとつの鉄道旅』 梯久美子/中公新書を読んだ。

以前梯さんの『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』新潮文庫を読んでいたので(過去ログ)、特に廃線好きというわけでもないが興味を覚えて読んでみた。

「おわりに」に記された文章によると、この本は2010年1月から2014年12月まで読売新聞の土曜夕刊に連載した「梯久美子の廃線紀行」の中からの選んだ、北海道から九州までの50路線をまとめたもの。1路線に4ページ割き、紹介文と自ら撮影した写真1枚、所在地を示す地図とで構成している。写真を1枚に限定しているところが潔い。

最初に紹介しているのは昭和38年に廃止となった北海道の下夕張森林鉄道夕張岳線。インターネットで夕張市のシューパロ湖にかかる三弦橋の写真をみて一目惚れして出かけたという。写真はこの橋を写した1枚。

緑の森に囲まれたダム湖に架かる真っ赤なトラス橋が実に美しい。この橋は地元の技術者が景観に配慮して設計したという。残念なことに橋は後に完成した新しいダムに水没してしまったとのこと。

同じく北海道の定山渓鉄道が紹介されている。写真は唯一残っている石切山駅。なんと駅舎の隣に火の見櫓が写っている。  読み始めて気が付いて驚いた。梯さんは火の見櫓には関心がないとみえ、全く言及していないが・・・。

1987年(昭和62年)に佐賀駅と瀬高駅間が廃止となった国鉄佐賀線の紹介。筑後川橋梁の写真が載っている。国指定重要文化財のこの橋は筑後川を航行する船のために中央部が昇降する構造になっていて、真っ赤なキリンが2頭向かい合っているように見える。

やはり人は美しいものと珍しいものに惹かれるのだ。(*1

梯さんは危険をともなう探索はしないことに決めているし、また無理をしないことにもしている。だから全部を歩き通すことが難しい場合は、バスやタクシーを利用したりもしている。それでも廃線の魅力を十分楽しむことができる、ということがこの本で分かる。

**お寺にたどり着いて毘沙門天を拝み、境内の食堂でうどんをすすっていると、相席になった中年女性が「私は毎年、ここにお参りするんや。金運がつくでぇ」と言って豪快に笑った。**(145頁 近鉄東信貴鋼索線)

この本で梯さんは現地の人やタクシーの運転手との会話なども記しているが、それが単なるマニアな廃線記録にはないほのぼのとした雰囲気を醸し出していて好ましい。

JR篠ノ井線の漆久保トンネルもこの本で紹介されている。地元の人たちの手によってトンネル周辺が整備されていて、見学者も多いと聞く。まだ見学したことがないから出かけたい。

**地面の上を水平方向に移動するのは地理的な旅であるが、廃線歩きはこれに、過去に向かって垂直方向にさかのぼる歴史の旅が加わる。(中略)廃線とは地理と歴史が交わる場所であることに気づく。
天災、戦争、線路の付け替え、モータりゼーションの普及、そして過疎。さまざまな理由で鉄道は消えていった。だが昔の路盤を歩いていると、いま自分が踏んでいる土の上を、かつて多くの人々の人生を乗せて列車が走っていたことを実感するのである。**(204、5頁)

引用(*2)が長くなった。これは「おわりに」の文章。


*1 シューパロ湖にかかる三弦橋と筑後川橋梁はネット検索で画像を見ることができます。

*2 拙ブログでは**で引用箇所を示しています。