透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「三日月が円くなるまで」

2016-12-11 | A 読書日記



■ 宇江佐真理さんの代表作『髪結い伊三次捕物余話』シリーズは子育ての物語として読むことができる。本業の髪結いの傍ら、町方同心の手先をつとめる伊三次と勝気な美人芸者・お文とがあれこれあって後、結婚して、授かった子どもを育てていく。巻を重ねて宇江佐さんは物語の主役を子どもに移していく・・・。

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宇江佐真理さんの『三日月が円くなるまで 小十郎始末記』角川文庫を読んだ。このタイトルには半人前の若者、半月ではなく三日月だから半人前でもないのか、が円くなるまで、そう、一人前の大人になるまでの成長を描く、というテーマが示されている。読み始めたときにこう思った。

**「三日月が円くなるまで仙石領か・・・」
賢龍の言っていた言葉が思い出された。三日月が満月となるまで歩き続けても、まだ仙石領地であると、その広さを大袈裟に褒め上げたものだ。**(53頁)という説明が出てくるが、タイトルに込めた宇江佐さんの想いは違うところにあるのだろう。やはり宇江佐さんは母親の優しいまなざしで我が子を見守るように作品を書いていたに違いない。

南部藩と津軽藩、実在した両藩の名を仙石藩と島北藩に変え、実際にあった両藩の騒動をベースに物語を描いている。

仙石藩主の汚名をはらす。

正木庄左衛門は藩命を受けて立ち上がる。庄佐衛門の助太刀を父親に命じられた刑部(おさかべ)小十郎が主人公。

物語は進み、ふたりは同志とともに島北藩の参勤交代の道中で一行を襲撃するという奇襲作戦を立てる。**「我らは羽州街道のいずれかで一行を待ち伏せする。短筒の二、三発も撃ち、奴らが怯んだ隙に島北公の乗り物の前に躍り出て、その首級を頂戴するという寸法だ」**(216頁)

この企みを知った島北藩の一行は参勤交代の道筋を変える。それで、作戦は失敗に終わる。主犯の庄左衛門は捕縛されて処刑される。一方、小十郎は仙石藩の江戸屋敷に一年余り匿われて助かる。**お前ばかりが、のうのうと生き延びて。**(256頁)藩士たちの冷ややかな眼。

宇江佐さんは上述した両藩の騒動(本稿では経緯をきちんと書いていないが)を「地」に恋物語を描いている。

庄左衛門が藩主の汚名を雪ぐ(そそぐ この表記は本書を読むまで知らなかった)ために藩の御長屋を飛び出すと、助太刀を命じられた小十郎も御長屋を出て借家住まいを始める。紅塵堂という古道具屋の主が大屋で、その娘・ゆたとの恋物語が本流。

**若い娘が店番をしており、「お越しなさいまし」と応えた。美形の娘だった。大きな二重瞼、くっきりと濃い地蔵眉、細い鼻、桜色の唇。おまけに肌はつるりとしてしみ一つない。年は十六、七だろうか。**(11頁) 小十郎は初対面の娘を仄暗い店の中でよくここまで観察したものだと思うが、そこは宇江佐さんも読者のためにきっちり説明しておきたかったのだろう。

**「早く戻らなければお内儀が心配するぞ。若い娘が男一人の住まいにいつまでもいるのは感心せんことだ」
「早く帰らせたいの?」
ゆたは試すように訊く。
「いや、そういう訳ではないが・・・」
「もしかして、これが今生のお別れになるかもしれないのに」
(中略)
「あたし、待っていてはいけませんか」**(194、5頁)

いいなあ、こういう古風な会話。


物語は進む。

**「紅塵堂のゆたさんは祝言を挙げられるそうです。お相手は鳶職(とび)をしている方で、早い話、町火消しです」**(251頁)

あれ?、ふたりは結ばれないのか・・・、と思いつつ、物語の終盤を読み進む。ちゃんとハッピーエンドが待っていた。

宇江佐さんが描く物語はあったかい。次も宇江佐さんの作品で『昨日みた夢』角川文庫。