■ 久しぶりに松本駅近くの丸善書店へ出かけた。
新潮文庫のコーナーに並ぶ北 杜夫の作品を見ると『どくとるマンボウ青春記』『幽霊』『楡家の人びと』、以上の代表3作品がちゃんとあった。出版社には作家の代表作をいつまでも絶版にしないという責務がある、と僕は思う。
『楡家の人びと』を再読し始めた。現在書店に並ぶ新潮文庫のこの作品は活字が大きくなり全3巻になっているが、僕の手元にあるのは、1978年16刷のもので上下2巻だ。
昔の文庫は活字が細かいが、小説を読んでいるという満足感が得られる。大きな活字となったこの頃の文庫では味わえない読書の幸福感が味わえる。それに長編が相応しいような気もする、なんとなく・・・。
ところで、小説の書き出しについてだが、夏目漱石は『草枕』を画家の思念から書き始めているし、島崎藤村は『夜明け前』を舞台となる木曽の地理的な状況の描写から始めている。また川端康成は『雪国』を例の有名な書き出しから一気にズームインさせている。
**楡病院の裏手にある賄場は昼餉の支度に大童であった。** 北 杜夫はこのように『楡家の人びと』をいきなり舞台となる楡病院の様子から始める。なんだか、イタリアあたりの古い映画の始まりのようだ。
大正から昭和、太平洋戦争が終わるまでの激動の時代を背景に楡家の三代にわたる個性的な人びとが織りなす繁栄から凋落までの壮大な物語をじっくり味わいながら読み進めよう。