透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「楡家の人びと」読了

2021-05-16 | A 読書日記



 北 杜夫の長編小説『楡家の人びと』の再読を終えた。小説では大正初期から昭和、終戦直後までの時代の大きな流れの中で楡家三代に亘る人びとが織りなす物語が描かれている。今回特に印象に残ったのは楡脳病院を創立した楡基一郎の長女と結婚、婿養子となった徹吉(徹吉は北 杜夫の父親、斎藤茂吉がモデル)。徹吉は基一郎亡き後、病院長を引き継ぐも、焼失した病院の再建や診療などの業務に忙殺される。その現実から、そして家族からも逃避するように「精神医学史」の執筆に多くの時間を割く。

こんな件がある。**(前略)徹吉は病院での診療についての自信喪失と同様、自分は家庭人としても根本的に不向きなのではないか、片寄った、偏頗(へんぱ)な、個人としても父親としても不適格な性格なのではあるまいか、という疑念が抗いがたく頭をもたげてくるのを感じた。
そうして、そのような寂寥、もの足りなさ、索漠とした感情を抱いて徹吉が自分の部屋に戻るとき、わずかばかりの焼け残りの書物のある自室の机の前に座るとき、彼ははじめていくらかほっとした、自分自身の時間をとり戻せるような気がした。(中略)自分ひとりの時間、深夜の、ほんの幾何かの、しかしかけがえのない、しんと年甲斐もなく涙の滲むような時間。**(上巻334頁)

物語の終盤。太平洋戦争の末期、戦禍を逃れて生まれ故郷の山形に疎開した徹吉。戦争が終わって間もなく、彼は自分の来し方を回想、総括する。**愚かであった、と徹吉は思った。自分は、――自分の一生は一言でいえば愚かにもむなしいものではなかったか。あれだけあくせくと無駄な勉強をし、そのくせわずかの批判精神もなく、馬車馬のようにこの短からぬ歳月を送ってきたにすぎないのではないか。(後略)**(下巻439頁)

続けて徹吉は次のようにも思う。**とにもかくにも、自分は自分なりに励んできた、働いてきた。それをも愚かなことといって悔いねばならぬのか。たとえ調子のよい養父の基一郎でもいい。ここに出てきて、ひとことこう言ってくれぬものか――「徹吉、お前はよくやった。もう一つ金時計をくれてやろう」**(440頁)

上掲した件を読んでいて涙がでた。我が人生に悔いはない、と総括することができたら、最高に幸せだろうなぁ。

北 杜夫が残したこの小説は白眉。もう一度読まねばならぬ。


**で引用範囲を示す。


塩尻市洗馬の火の見櫓

2021-05-16 | A 火の見櫓っておもしろい


(再 019)塩尻市洗馬 3脚6〇型 撮影日2021.05.16

 火の見櫓巡りを始めた2010年5月にこの火の見櫓も見ている。その時は今ほどの観察眼はもちろん無く、ただ漫然と見ただけだった。その後、再訪して見ているので(過去ログ)今回が3回目。梯子桟の数と間隔により見張り台の高さがおよそ11メートルだと分かった。高い部類に入るだろう。





櫓上部を道路側ではなく、初めて反対側から撮った。6段の構面の内、3段のブレースにアングル材が使われているが、やはりリング付きの丸鋼ブレースとは印象が違い、硬い。踊り場のところの垂直構面に交叉ブレースではなく、ハ型の斜材が用いられているのはなぜだろう。消防団員が櫓より外側に出ることがある、いう想定だろうか。中途半端なところに半鐘を吊り下げてある。ここだと半鐘を叩くたびに柱材に当たってしまうだろう。もう少し梯子の近くにあったものが端にずれてしまったのかも知れない。既に半鐘を叩かなくなっているから位置は関係ないだろうが。



これだけの高さの火の見櫓の脚部が単材というのはやはり気になる。強度的には問題ないのかもしれないが、見た目が。(柱スパン2.1メートル)

部材は全てリベット接合、ブレース端部も柱材相互の接合も。ただし後付けと思われる右の写真の持出し腕木(用途は? 消火ホースに関係するのだろうが、掛ける?引き上げる? 分からない・・・)は既存部材とボルト接合)。

見るたびに新たに気がつくことがある。一度見て終わりというわけにはいかない。





「22 男はつらいよ 噂の寅次郎」

2021-05-16 | E 週末には映画を観よう

14日金曜日、TSUTAYA北松本店でDVDを借りる。 久しぶりの寅さんはシリーズ第22作目の「噂の寅次郎」、1978年の作品。

マドンナは大原麗子。 とらやで働く早苗を演じた彼女は当時32歳。 旅からとらやに帰って来た寅さんは早苗に一目ぼれ。 結婚している彼女だが、別居中で離婚やむなし状態と知った寅さん・・・。 とらやで繰り広げられるお決まりのドタバタ。

柴又に帰る前、寅さんは旅先の信州で妹さくらの夫、博のお父さん(志村 喬 )と偶然出会って木曽で同宿。 飲めや歌えやの大騒ぎ・・・。 その後、お父さんから「今昔物語」に納められている説話を聞かされる・・・。 恋とは儚いものということを伝えたかったのだろうか。 いやもっと人生についての深い話だったのだろう。

柴又に帰ってからとらやの茶の間でこの説話を寅さん流にアレンジして皆に話して聞かせる。 この辺り、寅さんというか渥美清は実にうまい。

さて、寅さんの恋の行方。 早苗が離婚、引っ越しを手伝う寅さんは、早苗の従兄の添田と出会う。 その後、ふたりの心の内を察した寅さんはふたたび旅に出る・・・。 

もう寅さん、渥美清はこの世の人ではない。 大原麗子もとらやのおいちゃんもおばちゃんも、たこ社長も、御前様も。ああ、人生の儚さよ。