映画とライフデザイン

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映画「競輪上人行状記」  小沢昭一

2014-02-06 21:07:10 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「競輪上人行状記」は昭和38年の小沢昭一主演の日活映画だ。
原作は直木賞作家寺内大吉でその後ロマンポルノで数多くの作品を監督した西村昭五郎がメガホンをとる。
その気がないのにやむなく実家の寺を継いだ主人公が、競輪に狂って財産を失い転落していく姿を描く。普通であれば、一気に終りのところが最後にかけて面白い展開を見せる。そこで見せる小沢昭一がいい感じだ。

主人公伴春道(小沢昭一)は坊主が嫌いで中学校の教師をしていた。バレーボールの顧問で女子生徒の指導をしていた。家庭環境がうまくいっていなくて、家出をした教え子サチ子の面倒を見ていた。そんな時、実家の宝寺院の住職兄伴玄道が突然亡くなってしまう。
葬儀で戻ると、住職の未亡人みつ子(南田洋子)は悲しんでいた。そして、父玄海(加藤嘉)から兄嫁と子もお前が面倒をみて、寺を継ぐように言われる。兄嫁はもともと好きなタイプだったが、父親には反撥した。ところが、父は教師の退職願を出してしまう。しかも、オンボロ寺の本堂再建の資金を集めるのに檀家を回ってあるかねばならなかった。資金集めに奔走したがうまくはいかなかった。

ある日、松戸競輪で車券を一枚買ったのが、運よく大穴となってしまう。突然競輪に目覚める。しかし、ビギナーズラックは続かない。徐々にエスカレートした彼はすぐさま有り金を使い、本堂再建費として父親がためていた百万円余りをも使い果してしまうのだ。そうした時父が突然死んでしまう。春道は坊主になる決意を固め、頭をまるめて京都大本山に行った春道は修業の末、下山し寺の再建に精を出すが、競輪狂いの悪い虫がまたでてくるが。。。

ギャンブル狂いの没落する姿を描いた映画は多い。ここでも同様だ。
(ネタばれあり)
思わぬ大穴が出て、次も買ったら当たりそうな気がする。同じように大金を次から次へと車券買いにつぎ込むが外れる一方だ。絶対使ってはいけないお金に手を出すと同時に、ノミ屋にも手を出し、たちまちツケがたまってやくざに追われる。無理やり実家の寺も売りに出される。よくある話だ。

でもここから夢をつなぐ。。。。
最後は公営ギャンブルにいる予想屋だ。坊主の格好をしているからハクがついている。
横には教員時代の教え子が手伝いをしてくれる。身寄りがなく、預けられた家でも虐待を受けた悲しい女の子だ。セリフにも出てくるが、「社会の底辺を彷徨う子」が慕ってずっと付いてくる。頼られるっていうのはいいよね。
もっと早く気がつけばいいのにと思うが、そうはならない。バクチは買う人よりも胴元が儲かる。同じように予想屋も自分で買わなければ、わずかな予想代だけどチリも積もれば山となるといったところだろう。

寺内大吉と言えば、小学生のころキックボクシングの解説をしていたベレー帽のオヤジだ。当時いったい何者と思っていた。まさに生臭坊主ここにありといったところだ。

最初に出てくるのは大宮駅である。自分も現在埼玉居住であるが、昭和50年代半ば以前の大宮は知らない。現在と同じように、ものすごい人ごみだ。同じように昭和37年の「キューポラのある街」にも大宮駅のホームが出てくる。確か大宮の次の駅は蓮田ってホームの看板に書いてあったな。
あとは都内のドヤ街、昭和30年代後半って、自分は生まれていたんだけど、なんか汚いよな。
「三丁目の夕日」のように美化した姿だとどうも違和感を感じる。
これぞ30年代の日本の下層社会だ。

競輪上人行状記
ギャンブル好き特有の転落映画
コメント
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