映画「名もなき者A COMPLETE UNKNOWN」を映画館で観てきました。
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映画「名もなき者」は1960年代前半のボブ・ディランをティモシー・シャラメが演じたジェームズ・マンゴールド監督の作品である。「フォードvsフェラーリ」や直近の「インディジョーンズ」などアクション映画が得意な印象を持つが今回は静的である。ジョニーキャッシュの半生記である「ウォーク・ザ・ライン」のような音楽映画の色彩だ。
自分が初めてボブディランを知ったのはジョージ・ハリスンが仕切った1971年夏の「バングラデシュ」コンサートの時である。その年から12歳なのに洋楽の全米ヒットチャートをノートに記録するようになり、雑誌「ミュージックライフ」を読むようになった。ジョージ、リンゴの元ビートルズのメンバーを中心に、東パキスタンのバングラデシュを救済するコンサートが開催されたことを知った。このコンサートがレコードになったのは1971年末だった。日本ではレコード会社の駆け引きで発売が遅れている。親にねだって茶色ジャケットの輸入盤を買ってもらい、レコードを聴いて感動した。それにしてもものすごいメンバーである。
解散してまだ間もないビートルズメンバーがいるのに、そこで観客の拍手が異様な位鳴り響いたのがボブ・ディランであった。意外だった。少年だった自分はその時初めてボブ・ディランを知った。映画でのボブディランへの大きな拍手に初めてレコードを聴いた時の感動が蘇る。
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1961年、ニューヨークに来たばかりのボブディラン(ティモシー・シャラメ)は伝説のフォークシンガーであるウディガスリーの病棟を訪れる。そこには人気歌手ピートシーガー(エドワード・ノートン)もいて、2人の前でウディに捧げる歌を披露する。ピートに認められたボブはライブハウスで演奏するチャンスを与えられる。そこでは女性フォーク歌手ジョーンバエズ(モニカ・バルバロ)も演奏していた。ギター片手にハーモニカを吹きながら歌うボブディランはその場で絶賛されて、聴いていたコロンビアレコードの社員にも注目される。
ボブディランはニューヨークで知り合ったシルヴィ(エル・ファニング)と付き合いながら陽のあたる道を歩くようになる。当初コロンビアレコードのプロデューサーはボブディランに旧来のフォークソングをレコーディングさせていた。一方で仲間のジョーンバエズからはオリジナル曲の良さを認められてあなたの歌を歌わせてくれと頼まれる。同時に二股をかけて付き合う。やがて世相の矛盾を歌詞に取り入れたボブディランの歌が若者に支持され世間の注目を浴びるようになる。
すばらしい作品だ。
ボブディランになりきって自ら歌うティモシー・シャラメが凄すぎる。
正直言ってここまでのレベルに歌を仕上げているとは思っていなかった。ジョーンバエズのストーリーへの絡め方も絶妙で、勝手気ままなボブディランとの恋愛に戸惑い気味のモニカ・バルバロの演技も歌も良かった。この2人はアカデミー賞の個人部門で受賞してもおかしくない。エドワードノートンは「ファイトクラブ」の武闘派イメージも消えて違った一面が観れてよかった。トシという日本人妻に存在感があった。
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⒈ボブディランの歌
映画で流れるボブディランの歌は80%程度知っているけど、全部ではない。若い人はほとんど知らないんじゃないだろうか?それでも楽しめるだろう。ボブディランを知ったきっかけを上記に書いた。バングラデシュコンサートではここでも流れる「Blowin' in the Wind」「A Hard Rain's a-Gonna Fall」を演奏している。でも、字余りのようなボブの歌がすぐ好きになった訳ではない。当時「追憶のハイウェイ61」は名作とされていたけど、最初聴いて自分には合わなかった。
こうやって映画の字幕を観ながら歌を聴いていると、いかにボブディランがおもしろい歌を歌っていたんだなと感じる。自らの肌で感じた発想が歌詞に表れていることがよくわかる。1970年代に自分が理解するのは無理だったよなあ。当時のアメリカ史におけるキューバ危機やケネディ暗殺、黒人公民権問題などを劇中に流れるニュースとして取り入れている。このニュースの組入度合いが多すぎず適切だった。キューバ危機の時ここまでニューヨークがパニックに陥ったとは知らなかった。現代アメリカ史を知っていれば、映画のボブディランに関する出来事がいつの時代なのかがわかる。
⒉ジョーンバエズ
ジョーンバエズの使い方が絶妙だった。最初にニューヨークのライブハウスでモニカ・バルバロが「朝日のあたる家」を歌うシーンに思わずグイッと引き寄せられる。伸びのある声が美しい。いい加減なボブディランに呆れ気味で自分のところに来るなと言っているのに、ボブの恋人だったシルヴィ(エル・ファニング)がコンサート会場に来た時に親しげに意味深な歌詞の歌をボブとデュエットする。やきもちやかせる複雑な女性心理のシーンもこの映画の見せ場の一つだ。「北国の少女」「悲しきベイブ」はよかった。
自分がヒットチャートをつけ始めた1971年にジョーンバエズがザ・バンドの曲「オールドデキシーダウン」をスマッシュヒットさせて初めて彼女を知る。同じ年に映画「死刑台のメロディ」の主題歌も歌っていてラジオで流れていた。反体制のイメージが強い女性だけど、この映画では女性らしさが前面に出てよかった。恋人シルヴィとジョーンバエズとの恋愛と別れを巧みに描いている。
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⒊エレキ化への反発
それにしてもスタートのウディガスリーとの出会いから始まって見せ場の多い映画だ。1965年7月のニューポート・フォークフェスティバルでピートシーガーの説得にも関わらず、あえてディランがエレクトリック・ギターを持ち演奏する場面が最終のヤマだろう。この逸話は知っていても、ここまで観客や身内の反感をかっているとは思っていなかった。まさに決行だ。
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そんなシーンにジェームズマンゴールド監督が自ら手がけた「ウォークザライン」の主人公ジョニー・キャッシュを登場させる。使い方がうまい。コロンビアレコードのプロデューサーがピーターポール&マリーの悪口を言っていたり、「ライク・ア・ローリング・ストーン」の録音で当時無名のアル・クーパーがオルガンで有名なイントロを弾くシーンなど細かい逸話を散りばめている。ボブディランがバイクに乗るシーンが多く、いつ事故るかとヒヤヒヤしていたが、どうもこの後らしい。
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<いつ事故るかとヒヤヒヤしていた
全くそうでしたね(笑)
これも監督の狙いか? ← ないない!
><ディランがバイクに乗るシーンが多く... への返信
コメントありがとうございます。
すばらしいブログですね。
ニューヨークの街角で暴走運転のシーンもあったのでバイク事故の場面がいつなのかヒヤヒヤものでした。ほんの少しの時差ですね。ノーヘルは日本だと撮影無理だろうなあ。
ティモシーシャラメとエルファニングがウディアレンの映画で共演していたのを自分のコメントに入れるか一瞬迷いました。今回はジョーンバエズ役に感動していたのでそちらが優先でした。ウディアレンも大好きなのに、色々トラブルがあってこの映画後味悪くなったのが残念です。
アカデミー賞主演男優賞発表なりましたが、個人的にはエイドリアンブロディよりもティモシーシャラメの方がよく見えました。