引退して暇になると、以前に知り合った印象深い人々のことをあれこれ思い出して楽しんでいる。そんなことも一つの趣味になる。
現役最後のころ、あるベンチャー会社の役員をしていたことがある。株式公開に向けて努力している会社であった。その会社の毎月の役員会で安達俊久さんという方と同席した。伊藤忠テクノロジーベンチャーズ株式会社の社長である。ベンチャー企業へ投資している場合はその会社の役員会に出席しているという。
物静かで滅多に発言しない。たまに発言するときは会社の発展に具体的に役に立ちそうな建設的な意見である。数多くのベンチャー企業へ投資し役員会へ出ているので成功・失敗の原因を直接見て、知っているのだ。投資している相手の会社を監視するために来ているのではない。業績が向上し株式公開が早く実現できるようにさりげなく指導しているようだ。しかし発言の言葉が丁寧で、外部役員としてのつつましやかさを忘れない。なにか深い教養がある感じがする。しばらくして、私が働いていたベンチャー企業が株式公開を断念した。株式公開しなければ安達さんの投資したお金が無駄になる。決っして少ないお金ではない。安達さんの会社の損害になって終わるのだ。その決定をする最後の役員会での安達さんの態度と発言が印象深い。「この会社が株式公開して私の会社に利潤が返ってくると判断し、投資したのは私です。そうならなくても、この会社の責任では有りません。自分の会社へ損害を与えたのは、一切私の責任です。どうぞ気になさらないでください。ベンチャ-キャピタルのミッションはそういうものなのです」
その日の役員会では株式公開中止の決議をすることになっていた。当然、安達さんから厳しい叱責や批難論があると皆が首をなでていたのだ。叱責のあとで多数決で決める予定であった。しかし安達さんの格調高い、短い発言で誰も厭な思いもしないで役員会が円満に終わった。
あまりにも立派な態度だったので、後日、青山にある伊藤忠本社ビルを訪ね安達さんとお会いした。素人の私へ、ベンチャーキャピタルとは投資した数十社の中で一社でも株式公開に成功すれば利潤が上がるシステムになっていることを分かりやすく説明してくれた。それにしても最後の役員会での態度が立派ですねと褒めた。そうすると、「いやお宅の会社の社長が立派でしたよ。役員会の前に丁寧に相談してくれて十分お互いに立場を理解し合ったあとでした」と言う。
引退前の最後の会社で、こんな良い経験をしたのは幸運としか言えない。
ちなみに、伊藤忠テクノロジーベンチャー株式会社は2000年に創設され2008年までに79社のベンチャー企業へ、総額157億円の投資をしてきた。
この79社のうち11社も株式公開に成功している。栄枯盛衰の激しいベンチャーキャピタル会社の社長として安達俊久さんは8年間も社長を続投している。非凡な才の持ち主なのだろう。単に経営能力が高いだけでない、他人が厭がることを絶対にしないという人間的訓練を積んだ人なのだ。商社で育った人々を毛嫌いする人も多いがそれは偏見なのだ。人間は一人一人みんな違う。そんな当たり前のことを身をもって教えてくれた。
老後の現在、印象深かった人々を思い出すのが楽しい趣味のひとつになっている。
なお安達さんの投資先はIT関連ベンチャーに限定しています。その分野で株式公開を計画中の方々が是非、安達さんにお会いするのが良いと信じています。
連絡先は伊藤忠テクノロジーベンチャー株式会社を検索すると出てきます。
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