後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

小保方論文捏造を生む日本の学界独特の温床とその悪習

2014年05月06日 | 日記・エッセイ・コラム

イギリスの科学誌、Nature が最近、論説を公開し、日本の研究報告には捏造や不正が多いと指摘しています。

しかし、日本の投稿論文の大部分は厳正な実験と厳密な考察にもとずいて作成されています。しかし少数ながら捏造的な投稿論文もあります。そしてその捏造的な論文の割合は欧米の投稿論文より間違いなく多いのではないかというのが今回のNature 誌の主張なのです。私も同意します。

そこで今日はその原因になっている日本の学界独特の悪い体質を3つ指摘したいと思います。誰にでも分かるように簡単かつ明瞭に書きます。

しかし、学界の悪習についての記事など読みたくないという方々のために鳳凰3山の地蔵岳の麓を流れている石空川(いしうとろがわ)の新緑の風景写真を下に示します。写真に写っている川の遥か右上の雪のある小さな山頂が地蔵岳です。その大部分は前の低い山に隠れています。

さてそれはさておき、日本の学界特有の悪い独特な体質を3つに限定して、何故捏造的な論文が生まれるのか説明したいと思います。その3つの悪い体質とは以下の通りです。

(1)学会が非常に細分化していて、その細分化した分野が素人を排除する聖域になっているのです。そしてその小さな聖域内では仲間を誉めあう甘い体質になっているのです。小保方氏はこの体質によって温室育ちになってしまったのです。

(2)大学の教授や准教授、研究所の主任研究者に昇進するためには多数の投稿論文を作成しなければいけません。

投稿論文の質よりも数が昇任の基準なのです。しかし多数の投稿論文の実績が無い研究者は話題性のあるテーマで一発勝負に出ます。ですから流行の研究テーマに飛びつく研究者は玉石混交なのが通例です。

この日本独特な研究者の人事管理制度が日本から生まれる投稿論文の質の低下を生むのです。実は私自身も投稿論文の数を増やすために質の悪い投稿論文を多数作りました。しかし捏造的なことは絶対にしませんでした。

(3)日本の学界は欧米の研究に類似した研究を歓迎します。はっきり言えば独創性よりも欧米が重要だと認めた研究テーマとその投稿論文を真似した論文を好むのです。

嫌な言葉ですが日本の学界も「真似の文化」の悪習がまだ存在しているのです。日本の投稿論文はある分野の学問的進歩にまったく寄与しない価値の低い論文が多過ぎるのです。

私もそうとは知っていましたが投稿論文の数を増やすために学問的価値の低い論文も多数投稿しました。これこそ浮世の悲しみです。

このような日本の学界の3つの悪い体質が理化学研究所の20000件もの投稿論文の再検討作業の原因になっていると私は認識しています。

しかし日本の投稿論文の大多数は絶対に捏造的ではありません。その真面目な研究者の名誉のために参考資料として名古屋大学で工学博士になった矢嶋 保さんのご意見を下に転載しておきます。原文はFace Bookに掲載されたのもで一部省略しました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。

後藤和弘(藤山杜人)

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===参考資料:矢嶋 保さんのご意見========

(出典は、https://www.facebook.com/tamotsu.yajima?fref=ufi です。)

ゴールデンウィークで時間があったのでゆっくりとFaceBookを見ていましたら、若いときに間接的に指導を受けた後藤氏が小保方さんの問題について発言されていたので、ちょっと私も発言させていただきます。
小保方さんのSTAP細胞論文の疑惑について、色々マスコミを含めインターネット上で議論されていますが、ノーベル賞を受賞された山中教授まで巻き込むような話なのでしょうか?
小保方さんは早稲田大学で学位を取得されたそうですが、博士論文とはもともと学術論文誌に投稿し、査読され科学的に新規性があり、論理性が認められた投稿論文を幾つかまとめて提出するものです。
しかし今回の場合には博士論文のデータをその後の投稿論文で使用したのです。その場合には、当然引用文献として、小保方氏は自分の博士論文の題目と提出年月日と提出した大学の名前を明記すべきです。それがあるのが当たり前です。
・・・中略・・・・・
現在の日本では、 大学院大学という認定を取った地方大学や私立大学でも博士学位が乱発される様になっています。
私が学位を得た24年前、指導教授が学位授与式の席で私に言った言葉が今になって心に響いています。
その言葉は、「これからは、博士学位をどの大学で授与されたのかが、問われる時代になるよ。君は、名古屋大学で学位を授与されたことを常に意識して研究に励みなさい。」という言葉でした。
今にして身に染みる言葉です。
若い研究者が、目の前の実験データに振り回され、間違った考察や結論を書い論文を投稿することは昔からあったことです。
以前は、各研究者の研究は、国内、海外の専門の学会で口頭発表という形で先ず発表され、その場で他の研究者から質問や指摘を受け、間違った研究データは排除され、認められたものが論文誌に投稿され、さらに専門の複数の研究者の査読を受けた後、査読を通った論文のが専門の論文誌に掲載されていました。
現在も大半の学術論文は、このような何重もの外部チェックを受け、論文になっていると思います。
しかし電子出版が普及した現在では、素早く論文の先見性を示すため審査が甘くなります。
そして最先端の研究の世界では口頭発表の前に論文誌に投稿すること多くなっているのです。ですから昔は機能していたチェック機能が甘くなってしまっているのだと思います。
私も一企業の中で研究開発を行っていますが、共同執筆者として名前を挙げさせていただいている外部の先生方には、サンプルを送り、独立して特性評価をいただき、間違いないことを確認した上で論文投稿を行っています。
今回の理化学研究所の問題では、小保方さん以外の共同執筆者の直接的な評価結果や再現実験のデータが出てきていないことが不思議でなりません。
先端技術の研究開発の世界で名を残したいというのは誰しも持っていますが、論文の内容に責任の持てない人が共同執筆者になっていること自体が不思議でなりません。
日本の最先端研究開発の一端を担ってきた理化学研究所がこのような問題を起こしたことが、日本の研究開発の信頼を揺るがす大きな問題となっていることに国民の皆さんに理解していただきたいと思います。
名古屋大学の大先輩でノーベル賞まで受賞された野依先生が、こんな問題に巻き込まれていることに憤りを感じます。
野依先生には、何も責任は無いと思います。理化学研究所の理事長職は、これまで名誉職でノーベル賞を受賞された野依先生を招聘し、知名度を上げようとした理化学研究所自体に問題があるということをしっかりと理解していただきたいと思います。
今回の小保方さんの問題では、野依先生と京都大学の山中教授とノーベル賞を受賞された日本が誇る研究者2名を巻き込む問題となっています。
未熟な研究者の間違いを正せなかった理化学研究所の上級研究者やネイチャーの査読者達がもっと非難されるべきだと私は思います。
STAP細胞についてはいずれその正否は証明されることだと思いますが、野依先生や山中教授にかけられた疑義は、マスコミが責任を持って解消し、先生方の名誉を回復していただきたいと思います。

・・・中略・・・・・
さて、話は少し変わりますが、私は学生時代、応用化学系の研究室で、固体イオにニクスの研究をしていました。固体イオニクスは、電気化学分野の一つで最近では、固体電解質型燃料電池、自動車の空燃比を調整するための酸素センサ、製鋼プロセスで溶鋼中の酸素濃度測定用酸素センサやアルミニウム鋳造プロセス用水素センサ(これは私の発明ですが。)などの基礎を支える学問です。この電気化学系の研究では、得られたデータに理論式を当てはめ、データの正当性を証明することが当たり前のことでした。そのためには、論文には第三者が再現できるように実験手順の詳細を記載することが必要であり、これが学術論文のあるべき姿であると私は信じていました。
最近、物理系の研究開発をするようになり、論文を読んでいると、研究の再現に必要な重要なデータが記載されていない論文に頻繁に出くわすようになりました。特に企業が大学の研究を先んじて開発が進んでいるような分野ではノウハウとなる部分を隠して論文投稿されていることに気づきます。
このような論文が査読を通ること自体が問題だと思いますが、今回のSTAP細胞の捏造的な問題は、以前にもありました。例えば、常温核融合やポリウォータなど過去にもたくさんあったと思います。早急に小保方さんの問題が片付き、研究者が安心して研究に没頭できる日が来ることを願います。(終わり)