後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

東日本大震災を支援した191ケ国、34地域を忘れない!

2017年02月03日 | 日記・エッセイ・コラム
人間は他人への恨みは忘れないが、他人から受けた恩は忘れると言います。
来月の11日で東日本大震災が起きてから丁度6年になります。そこで昨日は「東日本大震災の直後の韓国人の篤い支援を忘れない!」という記事を掲載しました。

今日は、韓国以外の世界中の国々や地域から日本が受けた支援をご紹介したいと思います。
6年前の震災直後、日本人はあまりの悲惨な津波の被害と福島原発の爆発に呆然とし、悲しみに打ちひしがれていました。
そんな時に世界中から暖かい激励と救助の支援を受けたのです。
私自身も勇気づけられました。希望の光が見えて来ました。
被災地に来て復旧作業をするボランティアたちに頭が下がりました。この恩は絶対に忘れないと決心もしました。
もう6年にもなるのですね。

そこで日本を支援してくれた世界の191ケ国、34地域のことをご紹介したいと存じます。
それについては膨大な資料があります。今日は、そのほんの一部の抜粋を以下に示します。
「東日本大震災に対する日本国外の対応」
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E5%A4%96%E3%81%AE%E5%AF%BE%E5%BF%9C )
ここでは、東日本大震災に対する日本国外の対応について記述してあります。
日本に対し、2011年5月2日の時点で、国連に加盟する191ヶ国の国、および幾つかの国や地域、約43の国際機関等からの支援の申し入れや見舞いの言葉があったのです。

(1)中国からの支援;

、中華人民共和国の温家宝首相は「中国政府を代表して日本政府と日本国民に対しお見舞いを申し上げる」という電報を菅直人総理に送るとともに、必要な援助を提供する意思があることを表明しました。
また、胡錦濤国家主席は「犠牲者の方々に深い哀悼の意を表し、一日も早い復興をお祈り致します」との電報を今上天皇に宛てに送ったのです。
中国地震局は3月12日夜、日本の被災者に、人道援助を提供するため国際救援隊15人を同月13日朝に派遣すると発表しました。
国営新華社通信は「四川大地震で日本から支援を受けた恩に報いたい」という論評記事を配信しました。
中国赤十字会は同日、日本赤十字社に100万元(約1260万円)を緊急援助し、必要に応じた人道援助をすることを決定しました。
一般市民の間でも支援の声は高まり、北京の大学生や会社員ら、有志の若者が仲間に義援金を呼び掛け、既に約5000元が集まったのです。同日午後、中国国際援助隊は生存者の捜索に必要な設備や救急医療物資など4トンの物資を携行し、羽田空港に到着します。
中国政府商務部は14日、毛布2000枚、テント900張、手提げ式応急灯200個などといった3000万元(約3億7500万円)相当の援助物資追加支援を決定し、初回分は14日、上海から空輸され、宮城県登米市に提供されたのです。第二陣は28日にミネラルウォーター6万本やゴム手袋325万組がそれぞれ茨城県、日本赤十字社に提供され、第三陣は31日にゴム手袋1万組、仮設トイレ60個、スニーカー2万5000足が提供されたのです。
さらに別枠で、3月16日、中国政府は日本政府の要請に応じてガソリンと軽油各1万トンを日本政府に対して提供することを決定、それぞれ4月2日、3日に日本に到着、被災地に送られました。
また新聞は「過去の遺恨による民族主義は天災や人道とは関係ない」とし、四川大地震の際に日本が援助したことを受け「民族の感情を超越した人道主義」と評し「必要なのは学ぶことと助け合うこと」と伝えたのです。
3月19日、東京電力は中国外務省を通じて中国の三一重工業集団有限公司に高さ62メートルから放水できるポンプ車の購入を打診すると、三一重工が無償での提供を申し出ます。
この巨大なポンプ車は1台約8500万円で、運搬にかかる費用を含めた約1億円を同社が提供し、24日に日本到着後、陸路で福島に向かい、31日より福島第一原子力発電所の原子炉冷却作業を開始します。
4月1日、中国政府はガソリン1万トン及びディーゼル油1万トンを緊急支援物資として被災地に提供しました。
そしてその後、温家宝首相は東北の被災地をつぶさに訪問し、直接、被災者を励ましたのです。

(2)中華民国からの支援;
さて一方、中華民国、台湾の馬英九総統は「日本側の要請を受けたら、すぐに救援隊を出動したい」と語り、要請があればいつでも援助隊を出動可能な状態に待機させた。
同総統は演説で、日本が1999年9月の台湾中部大地震や2009年8月の南部台風災害で台湾を支援したことに触れ、「我々も同様に積極支援する」と語った。
台湾の救助隊28人は3月14日午前に台北市内の松山空港を出発。同救助隊は日本に到着の後、自力で被災地に入り、救助活動に当たる計画を立てた。台湾は11日に派遣の用意を表明していたが、日本側の待機要請により、各国の救助隊が日本入りする中、丸2日間の待機を余儀なくされた。台湾側外交関係者は日本政府の中国の立場への配慮を示唆している。
また、親日家として知られる李登輝元総統は3月12日に、日本語で「日本の皆様の不安や焦り、悲しみなどを思い、私は刃物で切り裂かれるような心の痛みを感じている」、「自然の猛威を前に決して運命だとあきらめず、元気と自信、勇気を奮い起こしてほしい」と励ましのメッセージを寄せている。
物資支援として、発電機688台、毛布1,599箱、寝袋2,587箱、スリーピングマット236箱、衣類(防寒着等を含む)4,488箱、食品16.5トン及び9,444箱、ストーブ900台、マスク404箱、カイロ150箱、飲料870箱、手袋42箱、暖房器具53台、マットレス33箱、粉ミルク895箱、マフラー21箱、ナプキン10箱、枕16箱、キルト408箱、ティッシュ20箱、トイレットペーパー30箱、懐中電灯3箱、タオル48箱、納体袋24箱を宮城県、福島県、岩手県、新潟県、山梨県に提供。
3月17日・18日には、チャリティー番組「相信希望 fight&smile」と「送愛到日本311震災募款晩會」(日本の311震災に愛を送る夕べ)が放送され、8億9000万台湾ドル(約24億3000万円)が集まった。3月21日時点の義捐金の合計は15億台湾ドル(約41億円)以上に達し、4月1日には100億円を突破した。これは同時期に米赤十字が発表した同国の金額を上回る。4月15日には140億円を超え、世界各国中、最多となった。その後、200億円以上となった。
4月11日、日本政府は台湾への特別メッセージを込めた菅直人首相名義の感謝状を、実質的な在台湾の日本大使館として機能している財団法人交流協会を通じて馬英九総統、呉敦義行政院長、楊進添・外交部長に送った。

(3)タイからの支援;

タイのプミポン国王夫妻は3月12日に、「地震と津波で甚大な被害が出たことを深く悲しんでいる。両陛下と全ての日本国民に心からの弔意を表す」と弔意を表する書簡を送って来ました。
アピシット・ウェーチャチーワ首相は、国民向けテレビ番組で「日本は長年にわたる開発のパートナーであり、重要な友好国」と述べ、支援する姿勢を明確にしたのです。
また、毛布や食料など救援物資のために2億バーツ相当の予算を組む予定だと明かします。
同月13日にはレスキュー隊員と捜索救助犬の派遣を決め、日本の大学を卒業した医師35人の派遣も検討します。
タイ政府は義援金の送付をすでに決め、国民からの援助物資の受付や義捐金を受け付ける銀行口座を設置します。
3月25日までに政府より500万バーツ、国王夫妻より500万バーツが日本赤十字社に寄付された他、支援物資としてワチラーロンコーン皇太子より毛布2万枚、パチャラキティヤパー王女より救助袋15,550セット、寝袋1000式、缶詰9000缶、タイ政府・国民から即席麺2万4000個、缶詰1万9200個、飲料水1万5000本、懐中電灯400個を贈って来ました。
タイ政府は5月9日にも日本語が話せる医療支援チームの派遣を予定しており、被災者、特に小児に対する感染症防御のための支援活動を予定していると発表したのです。
以上はアジアの3ケ国を例にしてご紹介しましたが、その他のアジア諸国も世界の各国も心のこもった膨大な支援をしてくれたのです。

以下の資料も是非ご覧下さい。
(1)「東日本大震災に対するアジア諸国の対応 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ 東日本大震災に対するアジア諸国の対応
... 東日本大震災に対する日本国外の対応 > 東日本大震災に対するアジア諸国の対応. 東日本大震災に対するアジア諸国の対応では、東日本大震災に対するアジア諸国の対応について記述する。

(2)「東日本大震災に対するヨーロッパ諸国の対応 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ 東日本大震災に対するヨーロッパ諸国の対応
東日本大震災に対するヨーロッパ諸国の対応では、東日本大震災に対するヨーロッパ諸国の対応について記述する。 ..... トルコ:東日本大震災に対するアジア諸国の対応と西アジアを参照。

(3)「東日本大震災に対する北アメリカの対応 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ 東日本大震災に対する北アメリカの対応
メジャーリーグベースボール (MLB) およびメジャーリーグベースボール選手会 (MLBPA) が併せて50万ドルを、日本の地震と津波の被害に対する義捐金として国際連合児童基金 (UNICEF) に寄付すると発表した。また、MLBの「Japan Relief」特設ページで寄付 ...
・・・・・・以下省略・・・

これらの資料を見て、私は胸が熱くなります。
こんなに世界中の国々が日本を助けようと支援したのです。
日本は間違いなく国際社会の一員なのです。そして日本は世界中の国から大切に思われ愛されているのです。
有り難くて頭が自然に下がります。

我々も全ての外国を大切にし、愛そうと思います。
この青い惑星の永遠の平和をお祈りいたします。

今日の挿絵代わりの写真は昨日撮って来た近所の海岸禅寺などの梅の花の写真です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)












東日本大震災の直後の韓国人の篤い支援を忘れない!

2017年02月03日 | 日記・エッセイ・コラム
自分の隣人を大切にし尊敬することは人間の倫理の基本です。
従って私は隣国の韓国の人々を大切にしています。

しかし最近日本のマスコミは慰安婦像のことばかり大騒ぎをしています。私は慰安婦像の写真を見るたびにこれも朝鮮併合の負の遺産の一つに過ぎないと考えています。
自分の国が隣国に併合されるほど屈辱的なことはありません。現実に韓国や北朝鮮の人々の味わった屈辱と深い悲しみを想うと現在の日韓関係が必ずしも友好的とは言えないのも当然だと思います。
日韓の両方の政府は問題が起きるたびに何度も政治決着をして来ました、しかしいくら政治決着をしても人々の受けた心の傷は癒されません。
この事実を深く理解出来れば日韓友好も少しは進展すると信じています。

今日は日本では忘れられつつある東日本大震災直後の韓国人の篤い支援を示す写真をお送り致します。
今日ご紹介します写真は普通の韓国人達の本当の姿です。是非、写真を1枚1枚丁寧にご覧ください。

東日本大震災が起きた直後の韓国の街の様子の写真です。あの時、韓国の街には、こんなメッセージが溢れかえっていたのです。
友人の中村 文政 さんから教えて頂いた写真集です。
写真は、http://cadot.jp/impression/1794.html?detail から転載いたしました。

このような写真は日本のマスコミに詳しく報道されませんでした。
そして日本人から忘れられようとしています。しかし日本民族は忘恩の民族ではありません。
心ある日本人は韓国人の恩を絶対に忘れません。
韓国の人々、有難う御座いました。