後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「協調主義を強要する教育の弊害(4)個性を消し独創性を抹殺する」

2017年02月24日 | 日記・エッセイ・コラム
現在の我々の生活は非常に便利になり、そのお陰で余暇が生まれました。余暇があるといろいろな趣味が楽しめます。従って豊かな人生が送れるようになったのです。
生活を便利にする文明とは、蒸気機関の発明から始まって、自動車、飛行機、電信や電話、そしてラジオにテレビです。
そして現代ではコンピューターで手紙や写真をやり取り出来ます。そしてインターネットのお陰でブログを書いたりしています。そして『SNS』の『Face Book』などを通して世界中の人々と交流出来ます。私も毎日交流しています。

ここで考えてみるとこれらの蒸気機関、自動車、飛行機、電信や電話、そしてラジオにテレビに、コンピューターとインターネットは全て欧米人が発明したものです。
日本人は残念ながら何一つ発明していません。皆無です。
このように客観的に書くと感情的になって日本人は新幹線を発明したではないか!とか日本の自動車の品質は世界一だ!と主張する人が必ず現れます。しかしそれは独創性とは何のかかわりの無い技術者集団による改良技術の集積に過ぎないのです。

ですから日本人には独創性が無いと考えるのが自然な考え方です。はたして日本人は先天的に独創性が無いのでしょうか?
今日はこの問題を考えてみたいと思います。
結論を先に書けば、日本人にも本来は独創性があったが明治維新以後の富国強兵を目的にした集団行動重視の教育が独創性を抹殺したという問題提起なのです。そして西洋の科学技術を導入して軍事技術を強化していった社会体制が個人の独創性を必要としなかったのです。
そんな考え方を以下に記します。

私は日本人も本来、独創性を持っていたと信じています。例えば歌川 広重の浮世絵は非常に独創的だったのです。その独創性に感動したゴッホは広重の浮世絵を何枚も模写しているのです。

ところが現在の学校教育では先生が協調の重要性を教え生徒の集団行動を訓練します。それに着いて行けない生徒は先生に叱られ差別されます。
勿論、協調性は人間の社会生活を円滑にする大変重要なものです。ですからこそ入社面接では協調性を厳しく評価されるのです。
しかし小学校からあまりにも協調性を押し付ける教育をすると生徒は自分でものを考えないようになります。
先生の言う事に従ってさえいれば先生が喜びます。会社に入社しても上司の言うことをよく聞き、同僚と協調する人は出世が早いのです。
しかしこれでは個人の独創性は邪魔になります。こんな教育や社会なので日本人の独創性は育たないのです。
この様子を分かり易く書いた小文を以下に示します。イギリスに長年住んでいる石山 望さんが2017年02月18日にコメントとして送って下さったものです。
====石山 望著、「イギリス人と日本人」========
藤山杜人(後藤和弘)さんへ、

基本的に、日本人は、「自分の考え」を持つように教育されていないと思います。
学校でも(高校までならば)、先生の言われることを、金科玉条みたいに信じて、生徒は、質問すらしません。少なくとも私の行った公立学校ではそうでした。
ですから、日本人に「キミ、これについてどう思う?」と訊いても、「さあ〜」と首をかしげるばかり。または、「ーーーさんは、こう言っておられます」と先人の言を、引いてくるのが関の山。
日本によく「ーーー塾」とかいうのがありますね。この「ーーー」のところには、大抵、偉大な先人の名前が入ります。または、現存の人でもいいでしょう。とにかく立派な人です。それらの偉人の言われることをそのまま守っていけば、まず間違いがないという考え方ですね。
為政者には、こういう国民、実に御し易い。
尤も、あくまで一般論ですが、こういう日本人のあり方にも、勿論、いいところはあります。
極端に、「とんでもない」人が出てこないということです。
私が住む英国では、大抵の子供が、まるで小さな大人みたいに、はっきりと自分の意見を述べる代りに、中には「とんでもない」のがいます。
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このようなイギリスの教育は日本に導入されにくいものです。
何故ならイギリスの教育はその社会と密接に関係しているからです。それは日本と同様です。
それではイギリスの社会とはどういう社会なのでしょう?イギリスに長年在住している男性の方からのコメントです。
====石山 望著、「イギリスの階級社会」===========
藤山杜人(後藤和弘)さんへ、 2017年02月20日

私、英国住まい。この国に、階級制度というものが、往時ほどではないにしろ、今もなお存在するということは、皆様ご存知ですよね。
どうして、そういうことになるのかということは、ここに一定期間お住みになれば、お分りになります。そんなに違和感はありません。
階級と言って、まあ、王族、貴族、上流、中流、一般、とあります。そのいずれも、さらに細分化されますが、私などは、一般にも属さない「その他」ですね。
それらの階級のどれを取っても、それに属する人は、階級固有の、話し方、考え方、価値観、教育、教養程度、と言ったものを持っておられます。したがって、ついておられる職業も違います。だいたい、顔つきが違います。
ですから、異階級間の人々では、違いがあまりに大きいので、「これだったら、お互い交わらないのも当然だわ」と、私は思います。
勿論、上の階級の人にも、嫌な面があります。一般の人にもあります。
私が、お目にかかることのできる、最高の階級の人は、いわゆる「中流」ですね。弁護士とか、公認会計士とかがそれらの人たちの典型的な職種です。
ただ、それら中流の人が、さらに上に行こうとされると、自分より下の人は、鼻から歯牙にもかけられませんから、非常に嫌な感じです。要するに、付き合って、自分の得にならないような人とは、付き合わない。
一度上流階級の人のパーテイに呼ばれていきましたが、実につまらなかった。
私など、相手にしてもらえない、それは、いいんですが、それらの人たちの物の考え方が、、。
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さらにもう一つお送りします。イギリスに長く在住している日本の女性の方です。
===MionFさん著、「イギリスの階級社会」2017年02月17日=========
英国の階級社会って面白いんですよ。上は貴族のアッパークラスから下はご存知労働階級まではっきりと存在しますが、誰でも自分がどこに属するか正確に把握していて、しかも上のクラスをやっかんだりしないんです。これは本当に不思議な現象で説明するのが難しいんですが、個人主義が徹底しているので、としか申しようがありません。しかもイギリスのこういう不思議な現象には、イギリス人独自のユーモアのセンスも無視できない要因で、これまた住んでみてその独特なセンスが生活の隅々に入り込んで、それが個人個人の幸せと結びついていることがわかります。
Oxbridgeと家柄が結びつくのはせいぜい戦後のどさくさの頃までで、今はまったくありません。寧ろ今の問題と言うか特徴は、海外から超優秀な学生が押し寄せてくるため、イギリス国内で自分は優秀と思っていても果たして入れるのかどうかはふたを明けてみないとわからない、と言う点にあります。ドリアンさんがおっしゃる「家柄」で辟易してしまう学校というのは、日本の中高にあたるシニアスクールの名門校であるイートン、ハーロー、ウェストミンスターと言った男子のパブリックスクールかと思います。門戸はすべての学生(留学生含む)に開かれていますが、学費が高いですし、独特の校風もあります。大半が寮に入りますが、週末になるとカントリーの別荘に行く子がいっぱいいてそういう部類でないと浮く、惨めな思いをする、ということがありますので、学力的に入れても自分に合ってるかどうか、見極めが必要です。
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以上のイギリスの階級社会の記述で重要な点はそれぞれの階級の人が「人は人、自分は自分」と自分の世界をしっかり持っていることです。これが個性の尊重につながります。そして自分の独自の考え方が独創性を育てているのです。
階級制のほとんど無いアメリカでも「人は人、自分は自分」と自分の世界をしっかり持っていることは同じです。ですからアメリカでも自分の独自の考え方が独創性を育てているのです。そしてアメリカでは伝統や因習に捉われないだけに一層自由に独創性が発揮できるのです。
日本はその真似をすべきではありません。しかし欧米と日本の教育や社会の在り方の大きな違いを理解し認識しておくことが非常に重要なのです。「己を知り、敵を知れば百戦危うしからず」です。

今日の挿し絵代わりの写真は独創的な歌川 広重の浮世絵です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
===参考資料===========
歌川 広重;https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%B7%9D%E5%BA%83%E9%87%8D
広重は寛政9年(1797年)に生まれ、 安政5年(1858年)に没しました。
江戸時代末期の浮世絵師。本名は安藤重右衛門。江戸の定火消しの安藤家に生まれ家督を継ぎ、その後に浮世絵師となった。かつては安藤広重(あんどう ひろしげ)とも呼ばれたが、安藤は本姓、広重は号であり、両者を組み合わせて呼ぶのは不適切で、広重自身もそう名乗ったことはない[1]。ゴッホやモネなどの画家に影響を与え、世界的に著名な画家である。
なお、遠近法は印象派画家、特にゴッホ(1853年-1890年)に影響を与えたことで良く知られているが、もともと西洋絵画から浮世絵師が取り入れた様式であり、先人としては北斎や、歌川の始祖豊春(1735年-1814年)の浮絵にみられる。