後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

教養としてのキリスト教・・・謝肉祭、灰の水曜日、四旬節そして復活祭

2017年02月25日 | 日記・エッセイ・コラム
欧米の人々は無宗教の人もいますが多くの人はキリスト教の影響を強く受けています。洗礼を受けて信者になっている人も多いです。
ですから欧米の文化や社会の背景にはキリスト教があると言えます。そして政治の世界も当然、キリスト教の影響を受けています。
従って欧米人と交流したり、いろいろな事業を協力しあって進めて行くためにはキリスト教のことを知っていると良いのです。ことが円滑に運ぶのです。欧米人に親しみを感じます。
そこで今日は間もなくやって来る復活祭(イースター)の前の謝肉祭(カーニバル)、灰の水曜日、そして四旬節のことを簡単に説明致します。
時系列にしたがってやって来る順序は、謝肉祭(カーニバル)、灰の水曜日、四旬節、そして最後の復活祭(イースター)という順序になります。
しかしそれぞれの宗教的な意味を説明するためにはこの順序を逆にして説明したほうが分かり易いのです。

復活祭 (イースター) は、十字架にかけられ死んだイエス様が3日目に蘇られたことを記念する、キリスト教の最も重要なお祝いの日です。クリスマスより重要とも言えます。
その復活祭の日の決め方は、「春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日」です。 この決め方に従うと2017年以降の復活祭は次の通りです。2017年4月16日 2018年4月1日 2019年4月21日 2020年4月12日 2021年4月4日 2022年4月17日になります。

復活祭前に節制した生活を送る準備期間を四旬節(40日間)と呼びます。40という数字は、イエス様が荒れ野で40日間断食をされたことに由来しています。それに倣って40日の間に断食をしたり節制したりする習慣が生まれたようです。
もう少し厳密に言うと、四旬節が始まるのは その直前の水曜日 、すなはち「灰の水曜日」 からです。
「灰の水曜日」という名前は、この日に司祭が灰で信者の額に十字の印をつけることに由来します。自分が灰のように消えてなくなるはかない者であることを認め、ただ神の慈しみによって生かしていただいていることを思い起こすのです。

灰の水曜日に用いる灰は、前の年の「枝の主日」に祝別されたシュロの枝を焼いて作られます。エルサレムにイエス様が入城した時に群衆が棕櫚の葉を手に持って打ち振り、歓迎しました。シュロの枝は勝利と歓喜の象徴として、凱旋の行列に用いられるといわれますが、イエス様がこれによって人間の栄華も歓喜も、灰のように塵になる儚いものであることを認識させられるのです。

さて謝肉祭はカーニバルとも呼ばれますが、これは分かり難い祭です。
断食をしたり節食をして静かに過ごす40日の四旬節に入る前に、思いっきり飽食をして仮装をして踊り狂います。この世の楽しみを思う存分してから40日間の静かな節制生活に突入するのです。
ですから有名な南米のリオのカーニバルも「灰の水曜日」の前日にピタリと止め、静かになります。

以上はカトリックの習慣です。しかし欧米では夏のバカンス以外の休日は、多くカトリックの習慣に従って決まっています。ですから謝肉祭(カーニバル)、灰の水曜日、そして四旬節、そして最後の復活祭(イースター)などは歳時記として欧米社会に定着しているのです。
それらは欧米社会の風物詩になっているのです。復活祭(イースター)はクリスマスと共に日本の俳句の季語にもなっています。

今日は灰の水曜日の直前の日曜日なのでこんなことを書いてみました。
今日の挿し絵代わりの写真は函館市のカトリック元町教会の写真です。函館に行く度に訪問した教会です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)





「今日の日記、春の花を買いに行きました」

2017年02月25日 | 日記・エッセイ・コラム
まだ風は寒いのですが、陽射しが明るく光の春の日です。
午後から三鷹のJマートに花を買いに行きました。
ついでに店先の花々の写真を撮って来ました。
写真をお楽しみ頂けたら嬉しく存じます。









川のように流れゆく老境の日々

2017年02月25日 | 日記・エッセイ・コラム
皆様は毎日が早く過ぎ行くとお感じになりませんか?
クリスマスやお正月がアッという間に過ぎ、ロウバイや梅が咲き、二日たつともう弥生です。
老境の日々は川の水のように何事も無く静かに流れて行きます。
そんな想いにとらわれる時、無性に川の流れを見たくなります。長い時間、ただ川の流れを眺め、もの思いにふけるのです。
そして人生は川の流れのようなものだとしみじみ想うのです。
そんな折に必ずのように行く川の岸辺があります。相模湖の上流の桂川と鶴川の合流地の岸辺です。
中央高速道路を50Kmほど西に走り上野原インターを出るとその岸辺に車を入れることが出来ます。
先週、撮って来た写真で説明いたします。

1番目の写真は合流地点の鶴川の写真です。向こうの山の麓を富士五湖の山中湖から下って来た桂川が流ています。

2番目の写真は鶴川の川波の写真です。足元の流れを何時までも眺めています。寒くなったら車内に戻り、そこからまた川の流れを見ます。

3番目の写真は桂川の写真です。この500mほど下流で相模湖へ注いでいます。

4番目の写真は桂川と鶴川の合流点より500mほど下の相模湖の西端の写真です。

この岸辺は私の好きな場所で、もう何十年来訪ねています。広い川原に車を自由に駐車出来ます。その上、人影の無い静寂な場所なのです。
こんな静かな川辺の様子を書いているのは昨日下記のような少し面倒な記事を書いたからです。

・・・「協調主義を強要する教育の弊害(4)個性を消し独創性を抹殺する」2017年02月24日・・・
現在の我々の生活は非常に便利になり、そのお陰で余暇が生まれました。余暇があるといろいろな趣味が楽しめます。従って豊かな人生が送れるようになったのです。
生活を便利にする文明とは、蒸気機関の発明から始まって、自動車、飛行機、電信や電話、そしてラジオにテレビです。
そして現代ではコンピューターで手紙や写真をやり取り出来ます。そしてインターネットのお陰でブログを書いたりしています。そして『SNS』の『Face Book』などを通して世界中の人々と交流出来ます。私も毎日交流しています。
ここで考えてみるとこれらの蒸気機関、自動車、飛行機、電信や電話、そしてラジオにテレビに、コンピューターとインターネットは全て欧米人が発明したものです。
日本人は残念ながら何一つ発明していません。皆無です。
このように客観的に書くと感情的になって日本人は新幹線を発明したではないか!とか日本の自動車の品質は世界一だ!と主張する人が必ず現れます。しかしそれは独創性とは何のかかわりの無い技術者集団による改良技術の集積に過ぎないのです。
ですから日本人には独創性が無いと考えるのが自然な考え方です。はたして日本人は先天的に独創性が無いのでしょうか?
今日はこの問題を考えてみたいと思います。
結論を先に書けば、日本人にも本来は独創性があったが明治維新以後の富国強兵を目的にした集団行動重視の教育が独創性を抹殺したという問題提起なのです。そして西洋の科学技術を導入して軍事技術を強化していった社会体制が個人の独創性を必要としなかったのです。・・・以下省略・・・

このような物議をかもすような記事の後はしばし静かに休みたくなるものです。そこで今日は先週撮って来た冬の川の流れの写真を眺めています。
そして今日も、老境の日が川の水のように何事も無く静かに流れて行くように祈っています。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)