今日は日曜日です。日曜日には宗教に関する記事を掲載することにしています。今日はマンテガッツア神父のお陰で出来たイタリア風の美しいカトリック下井草教会の写真をお送りします。主日ごとに高い鐘楼から鳴り響く3個の鐘と、パイプオルガン、聖堂前の無原罪の聖母像、大理石の正面祭壇等はマンテガッツア神父の出身地カルダノの教会からの寄贈によるものです。ステンドグラスはイタリアの職人が作ったそうです。
写真の出典は、https://gramho.com/explore-hashtag/%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E4%B8%8B%E4%BA%95%E8%8D%89%E6%95%99%E4%BC%9A です。
カトリック下井草教会のホームページから、
「戦後間もない1948年、時の東京教区長・土井大司教は下井草の地に教会建設を依頼され、サレジオ会に対し3000ドルを寄贈されました。そこでサレジオ会はマンテガッツア神父を主任司祭に任命し、新聖堂の建設に着手することにしました。戦後は育英学院付属の小さな聖堂を使用していた経緯もあって、翌1949年4月17日の復活祭には、東京教区第18番目の教会として認可されました。下井草教会は、この日をもって教会創立の日と定めています。マンテガッツア神父が夢に抱いていた願いどおり、新聖堂は「扶助者聖母マリア」に捧げられ、神父は募金のために一路母国イタリアへと飛び立ちました。その建設資金の大部分は神父の働きとサレジオ会によるもので、7年余の歳月をかけて1956年10月21日、再び土井大司教をお迎えして新聖堂祝別式となって花開きました。・・・中略・・・1969年には支援してくれたカルダノ教会との間に姉妹教会としての締結がなされています。マンテガッツア神父の主任司祭としての任期は通算34年にも及び、創立当初72名だった信者は今や2300人を数えるに至りました。最近の主日のミサの参加者は平均600人を越えています。・・・省略します。
今日は美しいカトリック下井草教会をご紹介いたしました。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)