東北地方には6つの県があります。私は宮城県で生まれ育ったので東北地方の歴史や文化をいろいろ考えてきました。東北地方には奈良や京都にあるようなみやびかな文化はありませんが独特な興味深い地方文化があります。特に津軽地方や岩手の遠野地方には独特な文化があります。
今日は岩手の遠野地方の文化の一例として柳田国男の遠野物語をご紹介します。
その前に岩手県出身の総理大臣の多さを紹介したいと思います。東北6県でこんな県はありません。
後藤新平(台湾総督府民政長官、満鉄初代総裁、逓信大臣、内務大臣、外務大臣、東京市市長):奥州市
原敬(第19代内閣総理大臣):盛岡市
斎藤実(第30代内閣総理大臣):奥州市
米内光政(第37代内閣総理大臣):盛岡市
東條英機(第40代内閣総理大臣):盛岡市
鈴木善幸(第70代内閣総理大臣):山田町
政治家だけではありません。宮沢賢治や石川啄木なども岩手県出身です。何故か岩手県は東北地方で突出した県です。独特な文化を持った県です。
さてそれはさておき柳田国男の遠野物語をご紹介致します。
『遠野物語』は柳田国男が明治43年(1910年)に発表した、岩手県遠野地方に伝わる逸話、伝承などを記した本です。遠野地方の独特な伝承文化を書いた本です。
遠野地方の民話蒐集家であった佐々木喜善よって語られた、遠野地方に伝わる伝承を柳田が筆記し編纂する形で明治43年(1910年)に出版されました。
『遠野物語』は評判良く、例えば芥川龍之介はこの本を購入した当時は19歳でしたが、親友に宛てた書簡に「此頃柳田國男氏の遠野物語と云ふをよみ大へん面白く感じ候」と書き綴っています。
前置きはこのくらいにして『遠野物語』の一部をご紹介致します。
ザシキワラシ(17話)
旧家にはザシキワラシという神様が住む事が少なくない。多くは12~13歳ほどの童子で、時折人に姿を見せることもある。先日も土淵村の大字飯豊の今淵勘十郎という家で、高等女学校で学ぶ娘が帰宅していた時のこと、廊下で男のザシキワラシに遭遇して驚いた事があったという。同じ村の山口に住む佐々木氏の家では、妻が独りで縫い物をしている時に、隣の部屋からなにやらガサガサと物音がするものだから板戸を開いてみるも人影は無く、しばらくは縫い物を続けていたが、しばらくすると今度は鼻を鳴らす音が聞こえてきたという。ザシキワラシが住む家は名誉も財産も思うがままだという。
オシラサマ I(14話)
部落に1軒は旧家があり、この家は大同と呼ばれ、オクナイサマという神を祀っている。この神の像は桑の木を削って顔を型取り、真ん中に穴の開いた四角い布を上から被せて衣装としている。正月の15日には小字中の村人達が集まってこれを祭っている。また、オシラサマという神もいて、同様に桑の木から造られ、正月の15日には白粉を塗って祭られることがある。大同の家には必ず畳一帖の部屋があり、この部屋で寝ると枕を蹴飛ばされる、体の上に乗られる、何者かに抱き起こされる、部屋から突き飛ばされるなどされ、静かに眠る事ができない。(14話)
『遠野物語』には不思議な話もあります。
神隠し(8話)
黄昏時に子女が生活の痕跡そのままに忽然とその姿を消すという、各地にも類似の話がある神隠しに関する説話。遠野物語では寒戸という場所で梨の木の下に草履を残したまま娘が姿をくらました。その30年後、親類縁者が家に集まっているところ、突然姿をくらました娘が皆に会いたいからと再び姿を現した。かと思うと、また何処かへ去っていったとされている。
里での生活から突然居なくなるということは、その者と死別するということか、あるいは発狂して山野を彷徨うか、異質な存在や遠国の者にかどわかされるなど、さまざまな理由が考えられる。残された者達の悲しみや、諦め切れない苦しみに折り合いをつけるためにこういった話が残され、この事象が山人によるものであると「6話」や「7話」では説かれている。また、人里から離れた場所にはいかなる危険や未知なる存在がいるものか解らないため、見知った場所で生活していくことの安全を諭す事にもこういった話が用いられてきた。
今日は独特の文化の岩手県と柳田国男の遠野物語の一部をご紹介致しました。
挿絵代わりの写真は現在の遠野の風景です。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)


