後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「篠原勝之さんの「戯れの魔王」など、もう少しご紹介します」

2024年01月07日 | 日記・エッセイ・コラム
篠原勝之さんは1970年代のアングラ劇のポスターを描いていました。
その「戯れの魔王」など、もう少しご紹介します。

1番目の写真はムンク版画展のポスターです。

2番目の写真は状況劇場の「腰巻おぼろ」のポスターです。

3番目の写真は状況劇場の「下町ホフマン」のポスターです。
4番目の写真は「うつろう」、1996年、高知県 中村市の公園に常設展示してあります。
この写真と続く3枚の写真の出典は、http://www.kuma-3.com/jousetsu/index.html です。

5番目の写真は「感謝的大地」、1993年、中国.内モンゴル自治区.昭和草原に常設展示してあります。

6番目の写真は「森の記憶」、2002年、高知県春野市の公園に常設展示してあります。
7番目の写真は「ゆら水」、2009年、山梨県北杜市の野外に常設展示してあります。

篠原勝之さんは16歳で室蘭の家を出奔してから、30年間家に帰らず、アングラ劇のポスターを描いたり大きな鉄板の造形作品を作ってきたのです。その自分の一生を小説として書いた[骨風」などの本もあります。クマサンの自叙伝的な短編小説集です。
30年間会わなかった母との再会、そして十数年後の死別の悲しみが読み易い文章で書いてあります。
篠原勝之原勝之さんは独創的な造形芸術家だけでなく優れた小説家なのです。
私が思うには篠原勝之さんがアングラ劇のポスターだけを描いていたら腕の良い職人に過ぎなかったでしょう。鉄の巨大な造形芸術に挑戦したので世界的な芸術家になったと思います。彼はイタリアで個展も開催して、その大きな作品は海外にも展示されているそうです。
篠原勝之さんは徒手空拳で上京し一流の世界的な造形芸術家になったのです。彼の努力と才能に深い敬意を感じています。

篠原勝之さんの「戯れの魔王」などをもう少しご紹介しました。

「芸術と自然が調和する篠原勝之さんの野外芸術作品」

2024年01月07日 | 日記・エッセイ・コラム
彫刻や造形芸術に打ち込んでいる人には尊敬を感じます。芸術に生涯を捧げている人には憧れを感じます。それにしても作品が大型で自然の中に展示してあるものに感動します。
今日は造形芸術家の篠原勝之さんの野外展示の作品をご紹介したいと思います。
篠原勝之さんは甲斐駒岳の麓に一人で住んでいました。現在も私の山林の小屋に登る途中に大きなアトリエもあります。私は篠原勝之さんの造形作品が好きです。美しいのです。勇気や希望が湧いて来るのです。格調高いのです。 
この篠原勝之さんのことは2019年03月03日掲載の「篠原勝之の芸術と「戯れの魔王」」と題する記事でご紹介しました。
篠原さんの造形作品の写真をご紹介したいと思ます。
1番目の写真は篠原さんの大きなアトリエです。隣に篠原さんの住居があり、西を見上げると甲斐駒岳が聳えています。
このアトリエで大きな鉄板を溶断したり溶接して作品を創ります。大きなガラスの溶解炉もあります。
2番目の写真は甲斐駒岳を背景にして立っている篠原さんの「風弦」という造形芸術作品です。
左から流れ下る石空川と右の大武川の合流点の土手の上に立っています。
高さ30メートルの鉄製の尖塔が斜めに建っているのです。そしてその尖塔から大きな岩が空中につり下げられているのです。
3番目の写真は尖塔からつり下げられている大きな岩の写真です。斜めに立っている尖塔の足元付近に丸い岩が写っています。
4番目の写真は尖塔から吊り下がっている岩を下から写した写真です。
風が吹くと岩を吊り下げいる鋼鉄のワイヤーが美しい音を出します。このワイヤーが美しい音を出す楽器の弦のような役目をするのです。「風弦」という名前はそんな理由で出来たようです。

5番目の写真は北杜市武川町にあるオートキャンプ場、「フレンドパークむかわ」に隣接した大武川の中にある「水の樹」と題するオブジェです。
この下で孫たちが何度も川遊びをした思い出があります。楽しい雰囲気を作ってくれるオブジェだと感心していました。

6番目の写真は「フレンドパークむかわ」の傍にある大武川にかかっている甲斐駒大橋の欄干の何カ所かにある「Sky line's」と題する篠原さんの造形作品です。
甲斐駒大橋からの甲斐駒岳と八ヶ岳の眺めが雄大なので私の大好きな撮影ポイントです。
行く度に水晶のように見えるガラスのオブジェを見て楽しんでいました。
甲斐の国は昔から水晶の産地だったのです。

篠原勝之さんは1970年代にはアングラ劇のポスターを描いていました。その後、大きな鉄板を溶断したり溶接して実に独創的な造形作品を創りました。その後は大きなガラスの溶解炉をアトリエに運び込んでガラス製のオブジェも作るようになりました。
これらの作品は私のブログ記事(2019年03月03日掲載)でご紹介してあります。
篠原勝之さんは北杜市武川町(旧武川村)に住んでいました。土地の人々を愛していたそうです。独創的な造形芸術家だけでなく暖かい心の持ち主なのです。

今日は造形芸術家の篠原勝之さんの野外展示の作品をご紹介致しました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。 後藤和弘(藤山杜人)