575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

改憲派浅蜊夜通し砂を吐き    星野昌彦

2009年10月15日 | Weblog
豊橋の俳人・星野昌彦さんが、新しい句集を出され、
中日新聞で、加藤かな文さんが紹介してました。
加藤かな文さんは、星野さんの句を
「具象と観念の絶妙の調和」と表現していました。

朱露さんは、星野さんと親しいので、感想を聞いてみました。
朱露さんが、句集から選んだ三句。

      テレビは八時アマゾンの魚混み合ひて

      改憲派浅蜊夜通し砂を吐き

      死んだら何になるシャボン玉つぎつぎ割れ

いい句だか何だかわけの分からない句です、
という感想だそうです。

私は、なぜ俳句を作るのか?
気取ったことばを発言したこともあったが、
今はそんな物言いは無駄だと思うようになった。
なぜ、俳句をつくっているのか?と言えば
習慣で作っているよいうのが真実である。

星野さんは後書きで、こう述べているそうです。
私は、ここにとても共感しました。

私の気に入った句

      右目から僅かに濁り鳥渡る

                 (遅足)



                          


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幸せの香り    麗

2009年10月15日 | Weblog
玄関のドアを開けると金木犀のいい香りが飛び込んで来ます。
住宅街の角からもいい香り。
遊歩道の植え込みからもいい香り。
乾いた秋晴れによく似合う幸せの香り。
深まる秋の前の自然からのプレゼント。
キョロキョロと金木犀の木を探します。

人生色々あるけれどこの瞬間の香りをかぐと
「まあいいかあ」と思える癒しの香りです。
間違ってもトイレの香りと言わないで下さいね。
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句会近づく   遅足

2009年10月14日 | Weblog
今回の題詠は、「茸」具体的なキノコもOKです。
ところで、まだキノコを食べていません。
(スーパーで年中売っているエノキタケなどは除いて)

子どもの頃、まだ豊橋に住んでいた時ですから、
小学生の1、2年か。
どこかの茸山に松茸狩りに行きました。

大人たちと、トラックの荷台に乗って、
砂煙のなかを行ったような記憶。
紐で囲まれた里山に一斉に入る。
母や弟たちと、一生懸命になって・・・

全員でわずか一本だった。
あれは、一体、どこだったんだろう?

   茸山誰かが嘘をついている

   躓きの石に茸が顔を見せ






  

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秋深し空缶拾い身を尽くす   朱露

2009年10月14日 | Weblog

      向こうは気にしないが私は注目する。
      生きて行く重要な時間が空缶拾いだ。
      私の現状維持は何にもしないことだ。
      彼の迫力は私を怯ませるものがある。

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肝木の実は真っ赤で    鳥野

2009年10月13日 | Weblog
あの「肝木」は、今年もあの真っ赤な実を付けただろうか。

夏が過ぎるころ、つい気になるのは赤い実のこと。

たっぷりと体液を含み、針先で突けば、血の色の汁がプシュッと噴出しそうな。妖しいまでの実。

出合った時に、折りよく草女さんが一緒だったという幸運がなければ、今でも名を知らず、強烈な印象だけに終わるところでした。

図鑑でみると、スイカズラ科の落葉低木。花はガクアジサイに似て純白で小さい。

その可憐な小花が、見事な成熟。自然界の妙は、驚くばかりです。

  ・ 人の肝の血の色もかくやと赤き実のたわわにみのる肝木の闇

                          鳥野 

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ソウル短歌・俳句会       愚足

2009年10月12日 | Weblog
 四十数年ぶりに学生時代の仲間四人で韓国旅行をした。
 韓国の王宮跡や民俗村、青磁の窯元など見学し、最後に板門店を見終わった三日目最後の夜、誰かが句会をやろうと言いだした。
 短歌なら出来そうという仲間もいて、俳句短歌会となった。
 賞品もなくてはと言いだしたのがいて、土産に買った「韓国海苔」だの「青磁のマグカップ」挙句は女房に買った「化粧品」が並べられそれぞれが土産の増えることを目論んで食事中も黙々と句作にふけるのもいて愉快であった。
 お互いに口は達者で友を貶すことにかけては年期が積んであり句会は冒頭から舌戦で始まった。
 読者の皆様には噴飯ものでしょうが紹介します。
 
 高麗の村秋深し唐辛子
 分断の哀しみ湛えガイドの瞳
 秋静か軍事境界線の民家かな
 分断の影は写さずイムジン映ゆ
 未来思考韓国娘の笑顔かな
 板門店の悲話今もとガイドさん
 コリアンのガイドは声に悲願こめ
 イムジン河番いのとんぼ事もなく
 漢河の奇跡わが目にすさまじく
 ミョンドンの喧騒に消ゆ秋の冷え
 秋晴れとともにソウルに降り立ちぬ 学生時代を思い出しつつ
 板門店ガイドの声に緊張し 上体乗り出す我が良き友よ

さてソウルの夜は更け、最高点を取ったのは?
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鵯が目の前に来て六十年   朱露

2009年10月12日 | Weblog

      戦後鵯(ひよどり)をよく食べた。
      空気銃を抱えて蜜柑の木に隠れる。
      下から撃って照焼きにして食った。
      卑しいのは鳥じゃなくてニンゲン。

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ヘビノボラズ 草女

2009年10月11日 | Weblog
海上の森の湿地のヘビノボラズの実が赤く美しくなってきた。メギ科メギ属で日本固有の落葉低木である。ヒロハヘビノボラズは分布が広いがこちらは東海地方、近畿地方の湿地の周辺に稀に生える。絶滅危惧種に指定されていないがどこでも会える植物ではない。                             ヘビノボラズは鋭く、長い棘があり蛇も登れないということ。コトリトマラズという別名も同じ意味だ。しかしコトリトマラズの名前はメギにも使われるもで要注意である。
 メギ属の木本はどれも鋭い棘を多く持っているが、ヘビノボラズの棘が一番長いと思う。
 ヘビノボラズの実は直径6mmくらいの楕円形である。赤い実には光沢と長い果柄があり、風情たっぷりである。5月の初め頃咲く花は明るい黄色でこれもいい。
 海上の森は戦中、戦後燃料にするため、ほとんど丸坊主にされた。人々はヒノキやスギを植林するとともに、オオバヤシャブシなど成長の早い樹木も植林した。植えられとは思えないもの、例えばヘビノボラズはどのように生えたのであろうか? 鳥達が運んだり、役に立たないので伐採を免れたものもあるだろう。が、それらだけでは納得がいかない程植物も生き物も多種多様である。6年も森に通っても飽きない理由がそこにある。会いたい植物は広い森に点在しているのでかなり歩くことになる。

 
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お見合いの話それきり十三夜  江本絵悶

2009年10月11日 | Weblog
仲秋の名月のひと月遅れの満月を「後の月」という。
秋も深まりをみせ、月が一層冴えてくる。
娘にお見合いの話があった。
ところが肝心な娘に、その気がない。
話はそれきりになったままだった。

    (句集・天邪鬼より)


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本箱の位置変える案冬支度   朱露

2009年10月11日 | Weblog

     冬支度の真似事をして弾みをつけたい。
     3メートル本箱を動かすことに決めた。
     日記にぶつかって読み耽ってしまった。
     37才の私を倍の私が読む薄気味悪さ。

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秋の昼回転寿司の皿の上   遅足

2009年10月10日 | Weblog
どこで句として完成したか?
この見極めは、とても難しいものです。
推敲の段階では、コトバをいろいろに入れ替えてみます。
これは、俳句教室に提出した句。兼題は「秋の昼」

  秋の昼回転寿司の皿に足 

下五をどうしようか?と決まらぬままに提出。

先生はよくコトバを入れ替えて、違った句になってしまう場合は、
句として完成していると判断しても良いのでは、と。
どうしたら、この句は完成するのでしょう?
先生から、皿を空にしたら、と助言。

 秋の昼回転寿司の空の皿
 
どうも、今ひとつ・・・
そしてこうしました。

 秋の昼回転寿司の皿の上

なにがのっているの?読者にゆだねてしまおう。

そして、次に、上五の、秋の昼、を。
春の昼、にかえてみます。

春の昼回転寿司の皿の上

この場合は、秋の昼、としたシュールな感じがガラリと変わってしまい、
ほんわりとした句になります。
七五が決まりならば、上五は、秋の昼、で良いことになります。
現段階ではこれでヨシに。

  秋の昼回転寿司の皿の上

なぜ、こんな句をつくったのか?

「違和感の正体をつきとめたい」
高村薫さんがテレビで話していました。

日常生活のなかで違和感を持つことがある。
なぜ?違和感を持ってしまうのか?
オウム真理教の事件を殺人を起こすような教団だから悪。
宗教ではない、と断定して納得。
しかし、ホントウにそうだろうか?という違和感が残ります。

これが創作の出発点だと高村さん。

たしかに番組を自由に発想する場合、この違和感はとても大切。
私は「ひっかってくるもの」という言い方をしていますが、
多分、同じことでしょう。
この句は、秋の昼、という宿題でつくったものですが、
発想の原点は静岡県で入った回転寿司の店。
秋の好天に恵まれた昼に、お店に入りました。
なにかシュールな不思議な感じが一瞬。
これは何だろう?
食事という日常の出来事がオートマチックに展開されている。
このアタリマエの風景に違和感があったのでしょう。

もう忘れかけていた風景が「秋の昼」というコトバによって
記憶の海の底から引き出されてきた・・・

皿の上には、さまざまな寿司が。
でも、それは切り刻まれた死体の数々。
なかには、食べられて皿だけが回っている。
このアタリマエで、奇妙な風景が、どこまで伝えられるのか?

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列島を狙い定めた嵐去る    朱露

2009年10月10日 | Weblog

     列島は日本で嵐は「台風18号」。
     昔グラマンは俺を狙ったと思った。
     以後六十年被害妄想のまま生きる。
     「嵐」が季語じゃないなど知るか。

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秋の雲分水嶺を動かざる   遅足

2009年10月09日 | Weblog
船団の星野早苗ドクターの診断です。

秋は雲の造形が面白い季節です。
刷毛で掃いたような薄雲もありますが、
この雲は多分、羊雲系の存在感のある雲でしょう。
その雲が尾根を離れません。
見たままの句なのですが、作者はあの尾根は分水嶺、と知っているのです。
それを、雲も水分を補給しているのかと、面白く感じました。
登山者にとっては、視界を遮る迷惑なガスに違いありませんが。

  ありがとうございます。

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朝寒や雲の中から雲を見る    朱露

2009年10月09日 | Weblog


      雨上がりの早朝赤岩山系の雲を見る。
      雲は谷から生まれるとしか思えない。
      下の町から見るとここも雲の中だし。
      三方が山だから大きい谷に違いない。

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野分あと   麗

2009年10月08日 | Weblog
明け方激しい風の音で目が覚めました。
シャッターを下ろしていたのでその音がガタガタとうるさく寝不足気味。
知多半島に上陸したとのことですが我が家は
しまい忘れた植木鉢が倒れたくらいで特に被害はありませんでした。
伊勢湾台風から50年と聞くとそろそろまた大きなものが
来るのではと身構えましたが甚大な被害もなく安堵しました。

朝、台風が去りそれぞれの家の雨戸やシャッターが開き始める瞬間って
なんだかいいですね。安堵の音です。

   雨戸あく野分のあとの安堵かな   麗
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