(2019年5月20日、ウクライナの首都キエフの最高会議で大統領に就任したゼレンスキー氏【5月19日 共同】)
【コメディアンから大統領へ ゼレンスキー氏の大統領就任1年の評価は?】
ウクライナのゼレンスキー大統領(42)は、コメディー俳優出身で主演したドラマを地で行く形で大統領選挙に勝利したことで話題にもなりました。
しかし、全くの政治素人ということで、東部で続く親ロシア派武装勢力との戦いをコントロールし、その後ろ盾となっているロシア・プーチン大統領に伍していくことができるのだろうか?とも懸念されていました。
先月で就任1年が経過。
全体的な印象としては、改革が目立って進展した・・・ということもありませんが、プーチン大統領に手玉にとられて・・・ということもなかったようにも。
国内世論調査では比較的良い数字が出ているようです。
****ウクライナ、汚職対策で前進 ゼレンスキー大統領就任1年****
ウクライナでコメディー俳優出身のウォロディミル・ゼレンスキー氏(42)が大統領に就任して20日で1年。
二つの重要公約であるウクライナ東部紛争の終結と、汚職撲滅では一定の前進を果たした。
ゼレンスキー氏は昨年4月の大統領選決選投票で73%の得票率で当選を決めたが、今月18日発表の世論調査によると「新大統領の1年」を68%が肯定的に評価している。
最大の懸案は2014年春から東部で続く、ロシアの支援を受ける親ロ派武装勢力との紛争だ。
ポロシェンコ前政権下で滞っていたロシアや親ロ派との捕虜・拘束者の交換、兵力引き離しを実現した。【5月19日 共同】
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しかし、東部ウクライナ状況にしても、汚職対策にしても、あまり前進していないのでは・・・という評価も。
****紛争、汚職、コロナ…正念場のウクライナ大統領 就任から1年****
ウクライナで喜劇俳優出身のゼレンスキー大統領が就任してから1年が過ぎた。東部での親ロシア派武装勢力との紛争終結や汚職撲滅、経済再生を公約に掲げ、国民の熱烈な支持を受けて一躍、国のトップに就いたゼレンスキー氏。
しかし、紛争終結に向けたロシアとの和平交渉は停滞し、汚職対策の実績も見えづらい。新型コロナウイルスの感染者も1万8千人を超え、正念場を迎えている。
ゼレンスキー氏は20日、就任1年の記者会見で「仕事は大変だ。誰も感謝してくれない」と吐露。その上で「国民が支持すれば2期目も考える」と語り、プーチン露大統領との会談を通して東部紛争の解決を目指す方針を改めて示した。
同国の独立系調査機関「ラズムコフセンター」によると、就任時に80%あった支持率は1年間で57%まで低下した。当初は既存エリート層への失望や厭戦(えんせん)気分がゼレンスキー氏への期待を高めたが、熱気が冷めるのは早かった。
2014年からの東部紛争では、ロシアの軍事支援を受ける親露派とウクライナ軍の戦闘で1万3千人以上が死亡した。ゼレンスキー氏は昨年12月、プーチン氏とパリで会談し、年内の完全停戦で合意したが、戦闘はその後も続く。
両国は東部に「特別な地位」を与えることで合意しているが、具体策で対立。東部での施政権回復を目指すウクライナに対し、ロシアは事実上の連邦制を導入させ、ウクライナの欧米接近を阻止する思惑だ。双方に歩み寄りの気配はなく、ゼレンスキー氏の「対話方針」は行き詰まっている。
ウクライナの積弊である公職者の腐敗にも国民の目が厳しい。ゼレンスキー政権は国会議員の不逮捕特権を撤廃。国家汚職対策局の独立性と権限を強化し、腐敗の温床と指摘されてきた検察当局やエネルギー業界の構造改革にも着手した。
だが、3月末には大統領府長官の弟に賄賂要求疑惑が出るなど火種は足元にもくすぶる。ゼレンスキー氏は今月、ジョージア(グルジア)のサーカシビリ元大統領を国内改革に関する諮問機関の幹部に招(しょう)聘(へい)する策にも打って出た。
低迷が続く経済は当面、国際通貨基金(IMF)頼みだ。ゼレンスキー氏は4月末、IMFが支援の条件としていた農地売買解禁法に署名。大資本による土地占有を懸念する国内の反発を押し切って決断した。IMFが求める金融改革法案も近く成立する見通しだ。
ゼレンスキー氏はIMFから80億ドル(約8500億円)の融資を受け、経済再建に弾みをつけたい考えだ。だが、コロナに伴う外出制限の影響もあり、今年の国内総生産(GDP)は4〜7%の減少が見込まれている。【5月21日 産経】
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支持率については、就任時の80%というのが異常値で、1年経過で57%なら、そう悪くもないでしょう。
ただ、上記記事にもあるように、東部親ロシア武装勢力の問題は、昨年末の停戦合意・捕虜交換以来、今年に入ると全く進展に関する報道を見ていません。まあ、3月以降は新型コロナでそれどころではなくなっていることもあるでしょう。
ゼレンスキー大統領みたいな全くの素人がいきなりトップに立ったときの問題は、既存の政治家・官僚などがその意に沿って動くのか、それとも、馬鹿にしてサボタージュするのか・・・という点。
ウクライナでも、首相が大統領を揶揄したことが発覚して辞任。
****ウクライナ首相交代=大統領やゆの音声流出で更迭****
ウクライナ最高会議(議会)は4日、ホンチャルク首相の辞任を認め、後任にデニス・シュミハリ副首相(44)を充てる人事を承認した。
ホンチャルク氏をめぐってはゼレンスキー大統領の能力不足をやゆしたとされる音声が流出する騒動が起きており、事実上の更迭とみられる。【3月5日 時事】
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“大統領の能力不足を揶揄”云々は容易に想像できる状況ではありますが、これではゼレンスキー大統領としても公約実現はなかなか難しいでしょう。
逆に言えば、素人トップが成果を出すためには、そうした状況を乗り切るだけの指導力が必要ということでしょう。
【感染拡大再燃の懸念も 大統領夫人感染で大統領はオンラインで職務に】
新型コロナに関しては、都市封鎖措置の緩和に伴い感染が急増している状況も。
専門家の間では、検査数の増加によるものだとの見方もありますが、政権内部に感染が広がる事態も。
****ウクライナ大統領夫人が新型コロナに感染 首都キエフは危機的状況に****
ウクライナ大統領夫人のエレーナ・ゼレンスカヤさんが新型コロナウイルスに感染していることが分かった。ウクライナの首都キエフでは感染が拡大しており、一度は緩和していた規制を再度強化するかどうかの瀬戸際にある。
ゼレンスカヤ大統領夫人は感染確認後、外来で措置を受けていたが、肺炎が両方の肺に広がったことから緊急入院となった。ゼレンスキー大統領は夫人の感染確認後、自主隔離に入りオンラインで職務にあたっている。(中略)
保健省の最新データによれば、ウクライナではこれまで3万5825人が新型コロナウイルスに感染し、そのうち994人の死亡が確認された。現時点で1万6406人が回復している。【6月21日 SPUTNIK】
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【欧州への移民・出稼ぎに頼るウクライナ経済 欧州の新型コロナで打撃】
新型コロナの問題は、ウクライナにとって国内感染状況だけではなく、欧州全域の状況が大きな問題となります。
そこには、ウクライナ経済が低迷しており、多くの国民が欧州に働きに出ているという、ウクライナが抱える根本的な課題が関係しています。またそこに、ウクライナが頼るEUとの歪な関係も垣間見えます。
(IMF資料によれば、2018年の一人当たりGDPは、日本の26位、39304ドルに対し、ウクライナは132位の3112ドル、フィリピンと同レベル。 日本の26位という低落ぶりも大問題ですが・・・)
****底辺で喘ぐ旧ソ連の出稼ぎ労働者 安住の地はロシアか?EUか?****
(中略)
ロシアからEUにシフトするウクライナ人労働者
さて、ロシアと欧州連合(EU)の狭間に位置するウクライナも、近年は国内の産業が壊滅し、ますます国外での出稼ぎ労働に依存するようになっています。
ただし、もともと最大の出稼ぎ先だったロシアとの関係が悪化し、またEUとのビザなし協定も成立したため、EU圏に働きに出る者が増えている点が、中央アジア諸国との違いです。(中略)
一体どのくらいの数のウクライナ国民が、外国で働いているのでしょうか? 正確なところは分かりませんが、2018年にウクライナ社会政策省が発表したところによると、常時外国で働いている者が320万人ほどで、季節労働・一時的労働のために外国に出向く者も加えれば900万人に達するということです。
ウクライナの労働人口は1,800万人程度なので、実にその半数が頻度・程度の差はあれ国外出稼ぎに従事している計算になります。
2014年の政変後、EU圏、とりわけポーランドが最大の出稼ぎ先となりました。ウクライナ人は見知らぬ土地で、農作業、建設労働、介護など、現地の人々が嫌う重労働に従事しています。
今やウクライナの労働移民は、欧州労働市場を底辺から支える存在。たとえば、ポーランドでは2014〜2018年に外国人労働者の貢献によって経済成長が11%上積みされたと言われており、それを主に担っているのがウクライナ国民に他なりません。
逆に、ウクライナ本国ではそれだけの成長ポテンシャルが失われていることになります。
新型コロナウイルスのパンデミックを受け、3月頃に、ウクライナ人労働者の一部が本国に帰国する動きが生じました。これについても、正確な数の把握は困難であり、65万人が帰国したという情報もあれば、4月には首相が「200万人が帰国した」と発言したこともありました。
ただし、コロナ問題にもかかわらず、ポーランドなどでは、本国に帰国したウクライナ人労働者は、多数派ではなかったようです。ウクライナのシンクタンクがポーランドの研究者らと共同で実施した調査によれば、ウクライナ人出稼ぎ労働者のうち、この春にポーランドを離れたのは、わずか12%だったということです(ただし、季節労働者を計算に入れると、その比率はより高くなる)。
専門家などによると、コロナ危機を経ても、ウクライナ国民の国外出稼ぎ志向は、引き続き高いということです。今後、EU圏の経済が回復し、その一方でウクライナの構造的不況が長引けば、外国に仕事を求めるウクライナ国民がパンデミック前よりもさらに増える可能性があると指摘されます。
今や、ウクライナの賃金水準は、お隣のモルドバと並んで、欧州で最低レベル。本来であれば、その安い労働力を当て込んで、外国企業がウクライナの労働集約型産業に投資し、ウクライナが「欧州の工場」になってもおかしくないはずです。
ところが、今日の欧州の現実では、生産拠点ではなく、むしろ安い労働力が働き口を求め国境を超えて移動していくのです。
ウクライナは、2014年にEUと連合協定を締結し、欧州統合への合流という方針を明確にしました。しかし、現実には、EUとの貿易は伸び悩み、EUからの投資は来ません。EUとの関係が目に見えて深まっているのは、出稼ぎの分野だけ。果たして、これが本当に、ウクライナ国民の願った欧州統合なのでしょうか。【6月23日 GLOBE+】
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【国境封鎖で問題化した代理出産もウクライナ経済低迷の側面】
新型コロナに伴う移動制限で表面化したものに、代理出産の問題があります。
これも代理出産がビジネス化しているというウクライナ経済の低迷を示すひとつのトピックでしょう。
****国境封鎖で引き取れない…代理出産の赤ちゃん足止め ウクライナ****
ウクライナの首都キエフのホテルで、プラスチック製のベビーベッドに赤ちゃんがずらりと並んでいる。マスクと手袋を着用したスタッフがミルクをあげたり、おむつを交換したりしている。
生後5日〜数週間の50人余りの新生児は、ウクライナで代理出産によって生まれてきた。だが、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)によって政府が国境を封鎖したため、中国、ドイツ、スペイン、フランス、イタリアなど外国人の親らは引き取りに来られない状況に陥っている。
現在新生児らがいるのは、生殖医療を手掛けるバイオテックスコムが、普段は親らの滞在用に提供しているキエフの端に位置するホテル「ベニス」だ。ウクライナの代理出産市場の約半分を占めると自称する同社は、顧客に4万〜6万5000ユーロ(約490万〜790万円)を請求している。
ウクライナ議会の人権委員を務めるリュドミラ・デニソバ氏は、暫定的な情報によると「多くの医療機関で100人以上の新生児が親を待っている」と述べた。
■人気の地
欧州連合およびロシアと国境を接し、世界で最も貧しい国の一つであるウクライナは、その法的枠組みと価格の安さから、代理出産で子どもを授かろうとする親にとって人気の地となっている。
他の欧州諸国と異なりウクライナでは、異性同士の夫婦は代理母の利用が法的に認められている。
だが、ウクライナは、新型ウイルスの感染拡大を阻止するため3月半ばに国境を封鎖し、航空便も停止した。外国にいる親が入国するには、自国の大使館経由でウクライナ政府から特別な許可を得る必要がある。
デニソバ氏は、責めるべきは両親への支援を「拒否する」各国の大使館だと指摘する。ウクライナ政府筋は、支援を拒否しているのは商業的代理出産を禁止するフランス、スペイン、イタリアなどの大使館だと述べている。
バイオテックスコムは4月下旬、赤ちゃんの様子を収めた動画を公開。関係各国に対し、自国の国民が自分の子どもたちと会えるよう支援を訴えた。
動画はメディアとデニソバ氏の関心を引いた。同氏は自国の大使館から支援を拒否されている親について、入国許可を取り付けると約束した。 【6月6日 AFP】
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ゼレンスキー大統領が取り組むべき課題は、東部での親ロシア派武装勢力との紛争終結や汚職撲滅もありますが、最終的には、外国への出稼ぎや代理出産に頼らなくてすむような経済の再生でしょう。
なかなかゴールは遠い道のりです。