(香港で1日、イギリス植民地時代の旗を掲げる「国家安全法制」に反対する民主派の人々【6月5日 朝日】)
【広がる絶望感】
香港情勢については多くの報道があるように、中国の全国人民代表大会(全人代)で国家安全法を香港に導入することが決定されましたが、国家安全法のもとでの今後を予感させるような動きがすでに始まっています。
香港立法会で争点となっていた中国国歌への侮辱行為に罰則を科す「国歌条例案」が4日、親中国派が民主派の反対を押し切る形で可決。
また、中国が民主化運動を武力弾圧した1989年の天安門事件から31年の4日、毎年続けられてきた香港中心部のビクトリア公園での大規模追悼集会について、香港当局は新型コロナ対策を理由に許可しませんでした。
実際には、ろうそくを手にした市民らが個人として公園に集合し、1万人規模の集会は強行されましたが、国家安全法が施行されれば、こういう集会も認められなくなると思われます。
香港市民の頭越しに中国主導で進む実質的「一国一制度」の押し付けの流れに、有効な対抗手段がないのも現実です。
*****泣き寝入り迫られた香港市民、広がる絶望感 藤本欣也****
「無力感というより、絶望感が市民の間で広がっている」
香港の民主活動家で、政治団体「香港衆志」メンバーの周庭(アグネス・チョウ)氏(23)は、5月下旬に中国の国家安全法の香港導入が決まった後の香港社会の状況について、こう話す。
昨年、大規模な反政府デモが起こった「逃亡犯条例」改正案をめぐっては、香港の立法会で審議するプロセスがあったが、国家安全法については中国の全人代常務委員会が制定し、香港側で審議されないまま施行される。香港でデモを行っても、北京に直接、圧力をかけることができない。
「国家安全法が怖いと言っているだけではだめ。反対の声を上げないと」(54歳女性)という市民もいる。だが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で集会は規制されている。そもそも、新型コロナの影響で解雇されるなどデモどころではない市民も多い。
デモを通じて精神的ダメージを受けた学生を何人も診察してきたという40代の精神科医は、こう語る。
「今回の国家安全法の件で私自身、移民を考えるようになりました」
最近、移民斡旋(あっせん)会社への問い合わせが急増している。1997年の中国への返還前も、移民ブームが起きているが、移民できるのは昔も今も経済的に恵まれた一部の人々に限られる。
返還前のように、大多数の香港市民は現実の受け入れを迫られている状況だといえる。
「民主派や勇武派のデモ参加者にとっては問題だろうが、一般市民には影響がないのでは。生活に支障をきたすとは思えない」(30歳女性)との声もある。
ただ、昨年6月以降の抗議デモを通して、これまで政治に無関心だった人々が「若者たちの抗議活動によって目が覚めた」と語り、デモに積極参加するケースが少なくなかった。
この1年のデモが香港市民に変化をもたらしたのであれば、“泣き寝入り”を拒否する新たな動きが出てくる可能性はある。
学生や市民が追い込まれているのは事実だ。しかし絶望の先に何が生まれるのか。まだ即断はできない。(後略)【6月5日 産経】
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【ジョンソン首相 「英国は良心に照らして、自分たちの義務を引き受け、別の方法を提示する」】
上記記事にもある「移住」が現実味を増していることは、5月30日ブログ“香港 習近平政権による国家安全法により崩壊する「一国二制度」 「移住」の選択も現実味”
そのときにも触れたように、台湾と並んで、旧宗主国イギリスが移住受入れの姿勢を示しています。
****英外相、海外市民旅券の香港人に「市民権も」 国家安全法めぐり****
ニク・ラーブ外相は28日、中国が反体制活動を禁じる「香港国家安全法」の導入を停止しない場合、英国海外市民旅券を保有する香港人に対し、英市民権を獲得する道を開く可能性があると述べた。
英国海外市民旅券(BNO)とは、香港がイギリスの植民地だった時代に香港人に対して発行されたもので、イギリス人が保有する旅券とは異なる。
現在、約30万人の香港人がBNOを保有している。BNO保有者は、イギリスにビザなしで最長6カ月間滞在できる。(中略)
ビザなし滞在を延長、将来的な市民権獲得も
ラーブ英外相は、英国海外市民旅券(BNO)をめぐる方針を変更する可能性を明らかにした。
「中国が国家安全法導入という道を進み続け、実際に施行するのであれば、我々はBNO保有者に認めているビザなしでの英国滞在期間を6カ月から12カ月に延長し、就労や就学を申請するために英国へ渡航できるようにするだろう。また、滞在期間はさらなる延長が可能で、それ自体が将来的な英国市民権を獲得する手段を与えることになるだろう」(中略)
市民権の自動的付与を求める声も
一部の下院議員からは、自動的に市民権を付与する方法を求める声が上がっている。下院外交委員会のトム・トゥゲンハート委員長(保守党)は、BNO保有者には自動的にイギリスに居住し就労する権利が与えられるべきだと述べた。
英政府はこれまで、香港のBNO保有者に対し完全な市民権を与えるよう求める声を一蹴してきた。
昨年、香港で10万人以上が完全な市民権を求める請願書に署名した。英政府はこれに対し、英国市民と英連邦市民だけが英国内に居住する権限を持っているとし、BNO保有者への完全な市民権の付与は、香港返還時の中国との合意違反になると説明した。(後略)【5月29日 BBC】
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英国海外市民旅券(BNO)保有者は約30~35万人ですが、ジョソン首相は更に250万人にパスポートを発行すてイギリスに受け入れる考えを表明しています。
****英ジョンソン首相、香港数百万人にパスポート発行の考え示す****
英国のボリス・ジョンソン首相は2日、中国政府が香港に「国家安全法」を導入した場合、香港住民数百万人に英国のパスポートを発行する方針を示した。
ジョンソン氏は英紙タイムズと香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストへの寄稿で、「香港の多くの人々が、自分たちの生き方が脅かされていると感じている」「もしも中国がこの恐怖を正当化するのであれば、英国は良心に照らして、ただ肩をすくめて立ち去るわけにはいかない。代わりにわれわれは自分たちの義務を引き受け、別の方法を提示する」と述べた。
ジョンソン氏によると現在、香港住民の約35万人が英国にビザ(査証)なしで入国し最長6か月まで滞在できる英国海外市民パスポートを持っているが、さらに250万人にこのパスポートを申請する資格を付与することを検討しているという。
ジョンソン氏は「もしも中国が国家安全法を導入するのであれば、英国政府は移民規則を改定し、香港でこれらのパスポートを持つ全員に更新可能な12か月間の英国内の滞在を許可し、就労権その他の移民権を付与する。これによって市民権獲得への道も開かれ得る」と記した。
また、国家安全法は「香港の自由を奪い、香港の自治を劇的に侵食する」ものだと批判。導入されれば「英国は香港の人々との深い歴史と友情の絆を守るしかない」とも書いている。
他国と足並みをそろえて中国政府の決定を非難している英政府は、英国海外市民パスポート保有者の在留権を拡大する方針をすでに発表している。だが、ジョンソン氏個人の方針表明は、さらにかなりの圧力となりそうだ。
さらにジョンソン氏は、英国が香港の民主派デモを組織しているという主張はまったくの「うそ」だと明言し、「英国はただ『一国二制度』の下での香港の繁栄を願っている」「私は中国もそう願っていることを期待している。その実現に向けて共に取り組みたい」と述べた。【6月3日 AFP】
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イギリスは、香港に高度な自治などを中国が認めた1984年の中英共同声明の当事者であり、香港の「一国二制度」の保証人でもあります。
****香港290万人、英国が移住後押し「将来的に市民権も」****
中国が香港での反体制的な言動を取り締まる「国家安全法制」の導入を決めたことに対し、旧宗主国の英国で対中強硬論が勢い付いている。
新型コロナウイルス対応をめぐる中国への不信感も背景にある。香港では海外への移住の機運が高まるなか、英国のほか台湾も受け入れ態勢の強化に乗り出した。
「中国が国家安全法制を制定するなら、各国と協力してさらなる対応を検討する。英国は香港の人々に歴史的な責任や義務を負っている」
ラーブ英外相は2日の議会でこう強調した。さらに「ルビコン川を渡って香港の人々の自治や権利を侵害するのか、一歩引いて国際社会の主要メンバーとして責任を果たすのか。決めるのは中国だ」と迫った。
中国は5月28日に香港の自由を制限する国家安全法制の導入を決定。香港に高度な自治などを中国が認めた1984年の中英共同声明の下、返還以来保たれてきた「一国二制度」が揺らぎ始めている。
英国は香港からの移住を後押しする対抗策にでている。英国が発行する「海外市民旅券」を持つ香港市民について、ビザなし英国滞在期間を現在の6カ月から12カ月に延長する措置だ。
ジョンソン首相は、6月3日付の英紙タイムズへの寄稿でさらなる権利拡大も示唆し、「将来的な市民権獲得に道を開くものだ」と強調した。この旅券の現在の保有者は約35万人、申請資格者もあわせると計約290万人にのぼる。
中国が法制導入を推し進めた場合、大量の移住者が香港から英国に押し寄せる可能性が出てきたことになる。
英国では、移民の増加への抵抗が欧州連合(EU)離脱の原動力にもなったが、今回の政府の対応は与野党がほぼ一致して歓迎している。議会でも香港市民に認める権利や対象の拡大を求める意見が相次いだ。
背景にコロナめぐる対中不信
背景には、新型コロナをめぐる中国の対応への不満がある。中国の情報隠しや虚偽情報が被害拡大を招いたと疑う与党議員もいる。
対中政策見直しを求める議員団体も結成され、有力議員らが名を連ねている。団体を率いる英議会下院の外務委員長のトゥゲンハート議員は5月30日、英紙への寄稿で「中国からの投資を歓迎する英中黄金時代は終わった。共産主義国家に立ち向かう」と主張した。
また、ハント前外相ら7人の外相経験者は6月1日、ラーブ現外相宛ての書簡で、各国と連携して香港問題に対応する国際的な枠組みを立ち上げ、英国が主導的な役割を果たすよう求めた。
コソボ問題で仲介役を担い、国際社会が協調して対応した成功例とされる欧米ロ6カ国による「コンタクト・グループ」をモデルに提案している。
ロンドン大東洋アフリカ研究学院のスティーブ・ツァン中国研究所長は「中国が国家安全法制導入に踏み切れば、香港社会が立ちゆかなくなるほど人が流出するというリスクを中国側に示し、再考を促すのが英国政府の真の狙いだろう」と指摘。
ただ、「中国が対香港で強硬姿勢をとるという習近平(シーチンピン)国家主席の決定を覆すとは考えられない」とし、「英国は国連で問題提起した上で、中英共同声明が形骸化しないよう中国に働きかける国際的な枠組みを探るべきだ」と話した。
香港では海外移住の機運高まる
新法制の導入で、香港では海外へ移住する機運が高まっている。香港のあっせん業者によると、相談件数は平常時の3~4倍に増加。英米、カナダなどの英語圏のほか、台湾も同じ中華圏で物価が比較的安いことから人気という。
ただ、実際、移住するには相手国に一定の投資をするなどの条件が課されるのが一般的だ。香港のカメラマンの男性(26)は「資産が少ない若者が移住するのは容易ではない」と話す。
香港政府高官は5月末、英国の動きに対し、英BBCの取材に「外国が中国内の立法行為に口を挟まないよう望む」と不満を表明。中国外務省の趙立堅副報道局長も3日の会見で英国側に抗議したことを明かし、「英国は香港に対する主権も監督権もない。中英共同声明を口実に無責任な発言をする権利はない。中国への内政干渉だ」と反発した。
一方、台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統は「台湾の友人である香港の人々に支援を提供したい」と表明。香港情勢の緊迫化に備え、香港人の受け入れ強化策を検討しており近く発表する予定だ。
報道によると、入境・滞在条件の緩和や生活支援、労働許可や医療保険の扱いなどの検討を進めている模様だ。(後略)【6月5日 朝日】
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【背景に中国のコロナ対応への不満・・・とは言うものの、大丈夫かね?】
中国への「圧力」という点では、「習近平国家主席の決定を覆すとは考えられない」というところでしょう。
ただ、多くの香港市民に移住という選択を可能にするという点では大いに評価すべきものでしょう。
評価すべきものではありますが、「大丈夫かね?」という感も。
中国の経済的存在感が増しているのは他の欧州諸国とどうようでしょうが、特にイギリスの場合、EU離脱を考えると、中国は離脱に伴う混乱の穴を埋めてくれる存在でもあります。
その中国と「ことを構える」ことをジョンソン首相が本当にできるのか?
とりわけ問題なのは、そもそもイギリスがEU離脱を決めた最大の理由は移民流入を防ぎたいということがあったはずで、そのイギリスが香港からの移住を大量に受け入れる・・・本当にできるのだろうか?
“背景には、新型コロナをめぐる中国の対応への不満がある。中国の情報隠しや虚偽情報が被害拡大を招いたと疑う与党議員もいる。”とのことですが・・・・
****英国人の約5割が「新型コロナは中国の生物兵器」―米華字メディア****
米華字メディアの多維新聞は27日、英国人の約5割が「新型コロナウイルスは中国が開発した生物兵器」と考えているとの調査結果が出たと報じた。
記事によると、英オックスフォード大学が今月4〜11日にかけて成人2500人を対象に調査を実施した。「新型コロナは中国が開発した生物兵器」という意見に同意した人は、「やや賛成」などを含め約45%。また、「世界保健機関(WHO)はワクチンを得ているのにそれを伏せている」に肯定的な人は約29%との結果も出た。
調査結果は、「陰謀論の拡散を減らすことが重要」などと指摘している。【5月29日 レコードチャイナ】
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イギリス国内の“中国の対応への不満”というものは、上記“陰謀論”みたいな、あまりレベルの高いものではないようにも思えます。
政治的な問題への認識からの中国不信感というよりは、単なる「黄禍論」「アジア人蔑視」に基づくものではないか・・・とも。
このようなレベルの認識で大量の香港移民を受け入れても、結局移住者は「アジア人蔑視」の犠牲者になってしまうような懸念も感じます。
新型コロナの第2派、第3波が起きたとき「あいつらがイギリスに持ち込んだせいだ」なんてことにも。
移住が可能になるのは資産を有する限られた者かもしれませんが、行き場を失った多くの香港市民にとっては天井から下りてきた一筋の蜘蛛の糸でもあるでしょう。
それを簡単に翻したり、「アジア人蔑視」で悲しませたり・・・といったことがないことを願います。