無学祖元師、法衣を作り、一旦乾燥に入る。法衣の皺を今回は初めて指で作った。今後、法衣はこれで行くことに。それにしても何で私は坊様作っているのだろう?しかも明日はあろうことか蒙古兵を作ろうとしている。 陶芸から人形制作に転向以来、考えずに感じるままに来た。独学我流のくせに、一度入ると出ていかないことを恐れ、知る必要ないと思えば頑なであった。その根拠はどこにあったのか不明で〝ただそう思ったから。とダウジングロッド、のロッドと化して、その指した方向に行き当たりばったり。挙句に禅宗の坊様を作っているのは偶然でなく、むしろ出来過ぎた話と言えるだろう。 さらに先のことを考えないことが、途中挫折の可能性を低めることだ、と気付いて以来、死の床で、あれを作るんだった、という後悔に身を捩る恐れが消えた。乾燥機を使わず、無学祖元師をベランダの洗濯機の上に置いて乾かす。この余裕?が嬉しい。