昨日はつい鍵っ子が野に放たれたなんて意味不明なことを書いたが、被写体から陰影を削除して得られたのは、創作上の自由であり、それによって解放された呪縛は、創作上のことだけではないような気がしている。日本人が初めて描いたという英一蝶の水面の影ではないが、公園の川面に映ったボートの影を描いてからいわれ続けることになった〝子供の絵じゃない”担任の全員参加の交通安全ポスターを〝私の絵だけ出すの忘れた”発言。フェイスブックで再会した娘は私は休み時間も絵ばかり描いていたという。高学年になり、図工の先生に私の版画が国語の教科書に採用されるかもしれないといわれたが、青森の女の子に決まった。落選理由はまた馴染みのセリフを聞くことになった。中、高は美術部にも入らず。独学我流の果てに、写真なら作れない物は撮れば良い。さらに陰影を排除してようやく。 野に放たれた割に買い物と、テーブルに味の素が置いてある定食屋以外ほとんど出かけないけど。
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