帆∞翼(セイル バイ ウイング) -太陽そして風と供に- 

海・南風・そして何より”真夏の太陽”が大好きな翔です。

「よろしく!」  

ドラマ版戦国自衛隊

2006年02月02日 | Weblog

火曜日に放送された、ドラマ版戦国自衛隊を、家内と二人で見ました。
なかなかの出来です。
途中で武者たちとの戦闘シーンがありましたが、3人一組を最小単位(米軍等)とする、基本戦闘ではなく、各隊員ばらばら戦っているのが目に付いて、それが残念でした。 近代兵器を戦術的にうまく使用した戦闘ではありませんでしたねー・・・(--;)
まあ、ドラマですので、その辺は「まあ まあ まあ」、と言うことでチャンチャン。
さて、後半隊が二分して、戦車や、ヘリを率いた側が石田光成側につくことになりました。
これは、実際の事実と重ねている部分で。
戦国時代に、初めて大筒(大砲)を使用したのが光成であったのをこのドラマでは引っ掛けています。 ヘリに関してはまだわかりません。
また、小早川秀明と自衛隊の伊庭らが知り合い、それが後半のドラマにて、
西軍、東軍どちらにつくかで迷うことになる、その迷いに影響を及ぼす設定となっており、このあたりもなかなか旨い設定です。
光成に関しては、島左近に比較してて落ち着きが無く、いくら武人派側の人間ではなかったとて、6万近い軍勢を実質動かした(総大将は毛利輝元)人物の描き方としては今ひとつ、うーん30点くらいかなー・・・・

家康に関しては、がはは! うまく描いてます!
これは歴史を少しでも深く掘り下げた事のある人間なら、彼の一生がいかに弱い者いじめの人生であったかは知っているものです(おー決め付け)。
実際、関が原以降の家康の乱行はとにかくひどい、国を治めるために悪役になったなどと良い方向で解釈する見方も有るけれど、晩年の家臣全員から疎まれ、下手すれば近い家臣からも暗殺されそうなくらいになっていた事を考えると、そこには戦略的意図など無かったと解するほうが自然ではないかと思う。
実際の関が原では、小早川隊に鉄砲の一斉射撃を加え、間接的に寝返りを恫喝しています。
それに対して徳川300年の歴史の基礎を作り上げた一番の功労者は、実は2代将軍、秀忠であったのは、紛いも無い事実で、家康自体はたまたま運良くお鉢が回ってきたと考えるべきでしょうかね・・・・・。
もし秀忠の完全な体制作りが無ければ、再び戦乱の世になっていたのです。
うわーこんなこと書いて、静岡や愛知の人を敵に回してしまいそうですねー、
お許しを・・・(^^;) あ!スクールも愛知県だった・・・・・・


さて、隊員も減り、戦車やヘリ等、主力近代兵器なき伊庭が後半のドラマでどうするのかがとても楽しみです。
今回の戦国自衛隊、点数をあげるとするなら70点でーす!
早く火曜日こないかな・・・・・