そういえば、昨年末の仕事の際、他セクションから来た電話で“プライド”の話になって、
久しぶりにそれに関して考えることが多々。
とはいえ、 何時も出る結論は同じなんだけど・・・・
よく言葉にされるプライドですが、 実のところ、そうした思考が僕には殆ど無いんです。
何でなのか?というなら、 プライドは 金属に発生するサビのような物でしかないと思っているから。
金やプラチナみたいな金属は、地の輝きがそのままの美しさとして栄えるのもありますけど、銅や真鍮、銀のように 適度サビが発生した状態の物を適度に磨くことで不思議な輝きを放つ物が有ります。
しかしながらサビもその限度を超えると、 汚くなる一方で、他にも製品なら摺動部の動きが悪くなり、
スラスト、スプライン、滑り軸等々、 本来ならスムーズ動かねばならないはずの部分がざらつくし、挙げ句の果てには破損したりもする。
人も同じで、 下手にプライドを持てば円滑な人間関係を鈍らせる邪魔者となり、酷いときはそれに籠もって身を守る盾にしてしまう人もいる。
一番良いのは金やプラチナだろうけど、 これは生まれながらの才能と能力に長けた一部の人たちだけの世界で、 世の殆どの人間は銅か真鍮であろうと思う。
ちなみにその両方にすら入れない、鉄に近い僕にとってはサビが大敵。
すぐにダレてしまう一面を持つが故に、 常にオイルをコートして磨きあげる努力を継続し続けねばならない。
故にプライド等は持ったことが無い、持ちようが無いし、イヤ!それどころが邪魔な物として排除をしているので、自分自身の心のメンテナンスはとても楽だ。
プライドは”メンツ”にもなりやすいものだけど、 同様にメンツ等気にもしないし、全く無い僕は、やはり砂の中に大量に埋まっている鉄(砂鉄)なのだろうと思う。
格好を気にする男は多いけど、 そうした意識も余りなくて、多分普通の男が持つ感覚の30%もないのでは・・・・
そう考えると、実に安くてお気楽な男だな・・・やっぱり鉄だ! 僕は